千百四話 王女争奪戦Ⅸ
誰もがバカバカしいと鼻で笑うような情報がアンダーグラウンドに流れた数時間後に、公式から同じ内容の発表があった。
しかし実はそれ等は真っ赤な嘘。
そんなの騙されない方がおかしい。
精霊がもたらしてくれる情報を信じて生きてきたルナマリアは、精霊王という立場を利用した悪質極まりないやり口に怒り心頭。
「二度とするんじゃないわよ。どうせ言っても無駄だろうけど」
「前向きに検討します~」
駆けつけた時の勢いそのままにユキに詰め寄るかと思いきや、驚くほど軽い、どころか次もやってくれと言わんばかりの注意だけしてアッサリ引き下がった。
呼び出しが掛かることを心待ちにしていたに違いない。『騙された』を参加する言い訳にしたかったに違いない。それがツンデレという生き物だ。
「それとアタシのことは『マリア』って呼びなさい。この仮面も付けたまま出場するから」
俺の推察を立証するように非常に前向きに話を進めるルナマリア。
懐から取り出したロアレンジャー用の仮面を装着して、あだ名というか略称というか、本名では呼ばないように指示してきた。
少数ながら同族や同族になることを選ばなかったハーフエルフも参加しているようだし、エルフの王女として色々あるのだろう。
戦い方でバレるというツッコミは無しだ。
そのぐらい彼女もわかっている……はず。大切なのはどのエルフかバレないこと。ロア商会と関係を持っているエルフは多いのでたぶん大丈夫。
それはそれとして、呼び方について聞いておかなければならないことがある。
「マリアって単語に『聖母』とか『優しい女性』を意味する言語はないよな?」
「は、はい。ありませんよ」
フィーネが質問の意図を理解しないまま答える。若干戸惑っているのは、いつもの俺のルナマリア弄りかどうか、判断しかねているからだろう。
「ちょっと……どういう意味よ」
ただフィーネほど融通が利かない王女様はジト目で真意を尋ねてくる。
「いや、なに。自分のことを優しいエルフだと勘違いしてたら訂正してやろうかと思ってさ」
「ふざけんじゃないわよ! 駆けつけてあげたんだから十分優しいでしょ!」
「自分で自分のことを優しいというヤツは、傲慢だ」
「客観的な意見よッ!! 自分を可愛いとかほざく連中と一緒にするな! アンタの我がままに付き合ってやるって言ってんだから有難いと思いなさいよ! 無駄とはわかっててもベルフェゴールにも声掛けたんだからね!」
「は? なんでそこでベーさん?」
売り言葉に買い言葉。勢い任せの戯言として流すには気になる主張だった。
「なに言ってんのよ。ロアレンジャーのブラウンがベルフェゴールだからに決まってんでしょ。アタシ個人じゃなくてそっちの方で招集が掛かったから連れて来ようとしたけどダメだったって話」
「ルークさんは自分をロアレンジャーの一員にしてましたけど、本当のメンバーは私、ユキがホワイト、フィーネさんがシルバー、ルナマリアさんがグリーン、ベーさんがブラウン、ニーナさんがブラックなんです~」
「ふ、ふ~ん……ま、まぁ俺は実働部隊って感じじゃないしな。実力も不足してるし、どちらかと言えば司令官だな。というか司令官だ」
仲間外れは嫌だ。何か役職くれ。何でもします。
あ、やっぱ今の無し。出来る限りのことをします。
「チッ……」
誰だ、今舌打ちしたヤツ。怒らないから手を挙げなさい。
「ところでヒカリは? そのメンツなら入ってて然るべきだろ」
「戦隊は5人か3人じゃないと精霊界にある組合に申請が通らないので、やむを得ず辞退してもらいました~。あんまり乗り気じゃなかったですし」
「ヒカリさんは手に入れた力を少しでも世界のために役立てたいと思っており、ニーナさんは身近な者達を幸せに出来れば良いと思っていました。その姿勢の差が大きかったですね。
さらにロアレンジャーはニーナさんが神獣となった際に作ったものですが『燃えろ!ロアレンジャー』を作る以外に活動したことはなく、ロア商会のための組織ということも相まって彼女には合わなかったのでしょう」
燃えろロアレンジャーってさっきの曲か……。
「まぁあんまり活動しないってのはネックだわな。まさかこんなことになるとは思いもしなかっただろうし」
「ですね~。入っていればこの面白イベントに参加出来たのに惜しいことをしました。ドンマイ! 次に期待しましょう! ブラウンの座をベーさんと争うことになりますけど頑張ってもらいたいですね!」
「無茶言うな」
暖簾に腕押し。ベーさんがロアブラウンの地位(?)をどの程度気に入っているかは不明だが、もし在籍していることを苦と思っておらず譲る気がなかったらヒカリに勝ち目はない。
「それと、これは言うまでもないことですが、ニーナさんもルーク様のお誘いを断っていた場合、ルナマリア同様に駆けつけることになっていましたね」
「しかもルナマリアの速度についていけなくて足手まといに~」
「……否定出来ない」
自信家のニーナでも流石に今回ばかりは認めざるを得ないのか、メンバー最弱であることを自覚してうな垂れるニャンコ。
「気にすることないわよ。持久力はそこそこあるしこれからよ、これから」
「そうですよ~。獣人は極めれば身体能力最強なんですから、あと300年もすればルナマリアさんを担いで移動する側になれますよ~」
そう言ってニーナを慰めるルナマリアとユキ。チーム内の仲は大変良好のようだ。
まぁ俺の作った特別な空間で修行すれば300年も掛からないけどな。大丈夫。俺は陰ながらサポートする立場だ。全然無視されてない。俺以外のライングループなんて存在しない。
全員がピンチになった時、基地を改造した移動要塞で颯爽と駆けつけて皆を回収した後、リーダーの席の後ろから「今だ、変形合体!」とか叫んじゃうし。
余談だが、俺が死ぬまでに『マリア』がそういった意味で扱われることはなかった。
功績だけなら後世に語り継がれるほど大量にあるんだが……まぁ雰囲気だろうな。子持ちじゃないってのも辛いところだ。優しさ=母のイメージは強い。乳飲み子を抱えて微笑んでる中年女性以上に母性を表現する絵ってないし。
「よう、兄ちゃん。やっぱりアンタただ者じゃなかったな。それがロア商会を代表して参加した猛者ってわけか。俺にはひと目でわかるぜ。面構えが違う」
5人揃ったので改めて受付をしていると、選手紹介をしてくれたオッサンが、まるで共に死線を潜り抜けた戦友のような雰囲気で絡んできた。
チラッと見えたがロアレンジャーの名前が書かれているチケットを持っていた。間違いなくウチの勝利に賭けてる。そして数時間後にはホクホク顔をすることになる。
が、それはそれとして、独断と偏見で猛者扱いされるのは困る。
「俺は違うぞ」
「へっ、リーダーが何言ってんだか」
照れんなよ、とでも言うように馴れ馴れしく肩を叩いて来るオッサン。情報通で便利だけどちょっとウザい。
「ふふふっ……ハーフエルフを味方につけたか。だがしかし精霊術が貴様等だけの専売特許だと思うなよ! 私の精霊術の前では全てが無力!」
テンプレ雑魚軍団も復活。
典型的な才能に胡坐をかいた魔術師風の男は、仮面からはみ出ている長い耳でルナマリアのことをハーフエルフと判断したのか、勝手にライバル視して自分の方が上だと宣言。
だが残念ながらルナマリアはハーフではなく純血のエルフだ。何なら王族。ハイエルフだ。精霊術においては並のハーフエルフの数十倍の精度を誇る。
コイツがハーフエルフに勝っているという確証もないし、こういうヤツは初戦で負けるのが世の常なので、指を突きつけられて苛立っているルナマリアには悪いがテキトーに流して、
「……って俺達かい」
初戦の相手、ウチでしたー。
『そこまで! 3対0でロアレンジャーの勝利です!』
精霊に大量の魔力と1分近く祈りを捧げてスズメの涙ほどの力を貸してもらえる自称精霊術師およびそのチームメイトは、噛ませ犬にすらなからなかったのでカット。
「ところでル、マリア……手加減って知ってる?」
俺は二回戦に進めたことを喜ぶより仲間への説教を優先した。
第三試合を担当したのが彼女なのだが、その内容がまぁぁぁ~~酷かった。
「精霊はどれだけ祈っても無反応。魔力は全力の1割も使えない。頼みの綱の物理攻撃も一流冒険者でも見えるかどうかの高速足払いで生まれたての小鹿よりおぼつかない。挙句の果てに、読心術で魔法陣の成功例を読み取って大舞台で失敗させて、観客から『その程度の実力でなんで参加したんだ』とヤジが飛んでもギブアップすることすら許さずに徹底的に心をへし折る……悪魔か! 圧倒的戦力差を見せつけるならともかく、これまでアイツが歩んできたすべてを否定しちゃダメだろ! アイツ二度と戦えなくなるぞ!」
「調子に乗ってるバカはああでもしないと直らないのよ」
「せめて治ると言ってやってくれ……生き物扱いしてやってくれ……」
「良いじゃない。研究者じゃないんだし。精霊達もあんなのに使われたくないって言ってたわよ」
呆気らかんと言い放つルナマリア。
人間……いやエルフ以外の種族を嫌っている彼女に参戦してもらったのは間違いだったかもしれない。このままだとトラウマ製造機と化す。
「取り合えずお前の出番は三試合目以降決定な。どうせ研究者でも容赦なく潰すだろ」
「相手によるわね」
つまりやると。正体がバレないのなら手加減して負けるなんてことしなくて良いと。
どうせ引退するなら、ロクでもない思考を持った研究者より、ロクでもない思考を持った戦士の方が良い。これはそういう大会だ。
もしこの場にイブが居たら絶対に賛成してくれる。というか研究の役に立たない武力は排除したいと思っているに違いない。特別席に鎮座している姿をチラッと見たが、雑魚同士の殴り合いは視覚情報を脳から追い出して前の試合で見た魔法陣のことを考えていた。
俺にはわかる。あの顔は絶対そうだ。




