千百二話 王女争奪戦Ⅶ
「まぁ私はニーナさんの参戦に反対ですけどね~」
誰もが納得する形で勧誘を終え、次なるメンバーを探しに行こうとした矢先、ユキから待ったが掛かった。
「反対する理由を400文字以内で説明しろ」
俺は話の流れをぶった切った彼女に冷静に尋ねる。
ニーナはおバカでおっちょこちょいでコミュニケーション能力が低い割に妙に自己評価の高い神獣だが、ネット社会を形成した知識と技術は認めざるを得ないし、戦闘力は他国の精鋭達が束になっても敵わないほど。
千里眼という誰も真似出来ない力を振るうヒカリより優先して獲得したい人材だ。
真似されても困る。あれはリニアモーターカーを生み出す要。手に入れようと変な努力をされてトラブルが起きる未来しか見えない。隠し味はバレてはならないのだ。
理由がわからないまま受け入れるわけにはいかないが、それ相応の理由があるとしたら、やる気を出してくれているニーナには悪いがリスクを冒してでもヒカリを選ばなくてはならない。
そしてこれは俺の問題。関係のない猫の手食堂の面々に応援要請するわけにはいかない。
これまでも散々やってきたクセに何を今更……、とか言うのは友達が居ないヤツだ。10回も20回も同じなんて思うな。迷惑を掛けることを悪びれろ。
「何を言ってるんですか~。それを許すのが本当の友達でしょう~。大丈夫です。私達は迷惑だなんて思ってませんよ」
「やめろ。それは自力で解決する気持ちを奪う悪魔の囁きだ。支え合うのは大切だがそれ以上に自分を成長させることが大事だろ。人生って自分で作り出すもんだろ」
と、堕落させようとする悪魔を振り払い、
「ま、まだです! まだ負けていません! ここから先へは何人たりとも進ませない! 私はこの命に代えても友との約束を守る!!」
「1つのネタをいつまでも引っ張るな。さっさと諦めろ。やるなら閑話でやれ。本当にその物語があるならの話だけどな」
「ぶぅ~」
今度こそ悪魔を退治出来たので本編再開。
そんな相手から貴重な従業員を2人、最低でも4日貸せというのは難しいと判断したからこそ真っ先にニーナを勧誘したし、例えヒカリが前向きでニーナが後ろ向きだったとしても先程述べた理由から無理矢理にでもニーナを加入させるつもりだ。
「そこまでわかってて反対するってことはよっぽどの理由があるんだろうな?」
「戦力として微妙な上に手加減が苦手なので~」
「――っ!?」
改めて問いただすと、ユキは呆気らかんと言い放った。
「それは……まぁ……」
「――っっ!!?」
隙を生じぬ二段構えにニーナの繊細なハートは一瞬でボロボロになる。
仕方がない。強者と呼ぶには弱く、弱者と呼ぶには強い。そんな中途半端な存在が今のニーナだ。
しかも口下手で友人は非戦闘員ばかり、ウェイトレス業の忙しさも相まって格下と模擬戦をする機会がほぼゼロ。というかゼロ。あって魔獣を瞬殺だ。
つまり手加減の仕方を知らない。
それは手加減を前提として参加するユキ達にしてみれば邪魔以外の何物でもない。たしかに反対する理由には十分だった。
「そんなことはない。無銭飲食した客を上手に気絶させられるし、無料チャレンジを挑んできた冒険者も周りが楽しめる程度に弄べる。2人とも、わたしの本当の力を知らないからそんなことが言えるだけ。知ったらビビる。実はわたしはバカなフリをしてた。無能なフリをしてた」
と思ったらニーナさんは強かった。メンタル強者だった。
まぁ都合の悪い部分を全部隠してるってだけなんですけどね。
「じゃあ聞くけど無銭飲食を気絶以外の方法で捕まえたことはあるのか? 気絶させるのが上手ってのも誰に言われたんだ? 無料チャレンジで周りに被害が出たことは何回ある? リリに防御だけしてろって注意されてるとこ見たことあるけど、最近お前攻撃してるのか? してるとしたらどんな風にだ? 今すぐ俺にやってみろよ」
「九九の7の段が言える。しちいちがしち。しちにじゅうし。しちさん……じゅう……じゅう」
「無視すんな。あと7×3は10の位じゃないし、長考するようなことでもないし、指で計算するのは理解してるとは言わないぞ」
「スラスラ言えるなんて一言も言ってない」
皆さん、これが詐欺師の手口です。
これなら基礎学校に入学したてのココとチコの方がよっぽど賢い。誰とは言わないが同格も居るので『3人』ではなく『チココ』と言わせていただく。ルイーズのことはよく知らないから除外。たぶん賢い側だ。
それと何度も言っているが誤魔化すのは認めている証拠だ。
「せめて実践するぐらいやれ。俺を殴ってみろ」
「ルークが喜ぶだけだから嫌。気持ち悪い。無理」
「あちゃ~。これは一本取られましたね~」
絶対嘘だ。ニーナはそんなことを気にする子じゃない。
「斜めに並んだ鍋」
「うん、それだいぶ昔にやったネタだから。どんだけ練習したのか知らないけどドヤることじゃない。誰でも出来る。難しいのは語尾が『ニャ』になってからだろ。お前バリバリ標準語じゃん」
じゃあ向かいに居る商店の誰かで良いから、と提案するより早くニーナが自己PRを続けた。
「…………」
「あ~あ、拗ねちゃった~」
「ニーナは努力家だな! 凄いな!」
思わず普段通り辛辣なツッコミを入れてしまったが、参加意欲を失われては困るので、慌ててご機嫌を取る。
ユキを納得させる方法を思いついたのだ。
「むふーっ」
チョロインさんマジパネェっす。
しかも調子に乗って次の課題を求めるような目をしている。
ユチ達にやらせた早口言葉を練習させたら一生無理そうなので、『魔術師手術中』という簡単なものを薦めると、
「まじゅちゅしゅじちゅつ……まちゅじゅつ……まじつしゅ…………」
遅いね! そして言えてないね!
頑張れニーナ。誰も出来るとは思ってないけどきっと君なら言えるようになる。俺としては同時進行で手加減を覚えてもらいのだが無理そうだ。
「というわけで早口言葉は後回しだ。大会まで1週間を切ってる。急いで手加減を身につけろ」
「…………ハッ、大将なら、大将なら問題ない」
「む?」
「ルークが負ければ二番手三番手が手を抜いて終わり。勝てば他3人が手加減して戦って、わたしまで回ってきたら勝利必須だから手加減の必要がない。これで解決」
なんということだ。ニーナが自力でたった1つの正解に辿り着いた。
これが、成長……!
「でも決勝戦はルークさんが大将の方が盛り上がりますよね~?」
「相手の実力次第で即ギブアップする。手加減の必要ない相手なら普通に戦う」
「ならオッケ~」
あ、俺がラスボスと戦うのは決定なんですね……。
どうせ最後まで残ったチームの大将なんて強者だ。伝説の冒険者とか、楽しさだけを求めて参戦した魔族とか、スイちゃん関係で恨みを持ってるエルフとかだろ。知ってる知ってる。
とにかく今度こそニーナ参戦決定だ。
猫の手食堂の方々に事情を説明し、ココとチコが居るから大丈夫とのお達しを頂いた後、俺はその足でロア農場へとやってきた。
「俺、フィーネ、ユキ、ニーナ……とくれば最後の1人はお前だ、ルナマリア。
やったね。俺的有能ランキング上位4人に選ばれたよ。別名『便利ランキング』だよ。ぶっちゃけ一定以上の実力がある声掛けやすい順だよ」
「帰れ」
今日も今日とて農作業に励んでいたルナマリアに栄誉あることだと伝えるも、彼女はいつものツンデレを発揮してこれを拒否。まぁ予想通りだ。
「そんなこと言って良いのか? 他国の方が技術力があった場合、イブは結婚生活を放り出して出向くって言ってるんだぞ。それはロア商会が下ってことだぞ。俺も浮気や技術が気になって引っ越すかもしれないぞ。フィーネと一緒にヨシュアを離れるかもしれないぞ。でもイヨの世話を頼まれてるお前はあと5年はここに残らなくちゃいけない。大好きなフィーネと離れ離れだ」
「くっ……!」
ナイチチフィーネスキーに72のダメージ。共に辛酸をなめ続けていた同志が手の届かない高みへ行ってしまったかのような声を漏らす。
「逆に俺が参加者の誰よりもイブの興味を引けたら全員ここに残るし、ロア商会は名実共に世界一の商会としてさらなる発展を約束される。フィーネもやれることは全部やったから近々会長の座を降りるって言ってた。親友との時間取り放題だ。皆で面白おかしく暮らせる」
「そ、それは……」
否定が弱くなった。畳みかけるならここしかない。
「エルフの王女であることを明かせとは言わない。正体は隠して良い。実力や技術力を披露しろとも言わない。フィーネ達と同じく手を抜いてくれて良い。
アピールは全部俺がやる。お前にはその後の処理をやってもらいたいだけだ。お互い悪い話じゃないはずだぞ」
「…………わ」
わかったわよ。
この後にはそう続くはずだ。
ニーナとは比べものにならないほど有能な彼女ならユキも嫌とは言わないだろうし、ルナマリアが意志表明をした瞬間に参戦決定。チーム編成も完了だ。
「人間やハーフエルフに敗北したという事実をルナマリアさんが受け入れられるならどうぞ~。私とベーさんは口止めされても里に広めますけどね~」
「そんなの嫌よ! 無理無理無理! この話はなし! イヨの世話だってゴーレムやジョセフィーヌに頼めば済む話だし、そもそもアンタ達物質作り出す力を手に入れたんだから引っ越す必要ないじゃない。ここでやりなさいよ」
キミはアレだね。人生楽しそうだね。
他人の人生を弄ぶヤツの気持ちなんて理解したくもないけどな!
(しかし困ったぞ……どうせベルダンの連中は無理だし、アリシア姉はなんか楽しいことしてるから邪魔したくない、というか今からじゃ間に合わないし、ヒカリはニーナを優先したせいで拗ねられたから頼めないし、何よりこれ以上の引き抜きはリリにガチギレされる)
あと1人……どうすっぺ……。




