千九十六話 王女争奪戦Ⅰ
「おーおー、相変わらず人の多いこって」
王都セイルーン。前回訪れてから4ヶ月も経っていないというのに、色々あり過ぎて久しぶりに感じるそこは、建国1000周年ということもあって非常に賑わっていた。
人間、獣人、ドワーフ、魔族、ハーフエルフ……様々な種族で溢れる大通りを縫うように歩く。
都民の佇まいをした者より物騒な装備で固めた者の方が多いように感じられるのは、お祭り騒ぎの一環と化した王女争奪戦の存在が大きいからだろう。
こんな人混みで読心術を使ったら情報過多でぶっ倒れること間違いなしなのでたしかなことは言えないが、会話に『王女』のワードが多く出ている気がする。
ま、俺が気にしてるせいで自然と耳に入るってだけかもしれないけどさ。
「半径300mの範囲にいる143人の中で、直近2分間で王女争奪戦について語った回数……18回」
「多いのか少ないのかわからん数字だな」
なんちゃって読心術しか使えない俺と違い、欲しい情報のみを取捨選択可能なユキは、無駄のない無駄な動きで何の役にも立たない情報をもたらしてくれた。
お祭り会場でたこ焼きについて話すより少ない気がする。綿菓子ぐらいか?
「対象範囲を広げて会場となる闘技場を含めれば、10倍以上に膨れ上がりますけど~?」
「それは反則だろ。お祭り会場で祭りについて話してる連中を含めるのと同じ。海水浴場で水着や塩の香りについて話してる連中を含めるのと同じ。話してないとおかしいレベルだ」
もうおわかりだろうが、俺が……いや俺とフィーネとユキが主戦場となる王都を訪れた理由は、王女争奪戦に参加するためだ。
まだメンバーは揃っていないが、登録しておかないと出場出来なくなるので取り合えず名前だけ借りて、争奪戦当日までにメンバーを確定させる手法と取らせていただいた次第。入れ替えは自由らしいからな。
ちなみにマリーさんに事情を聞いてから3時間ほどしか経っていない。
強者の足スゲー。
「……で、知り合いが予選の審査員をしてるんだが、俺はどうしたら良いんだ? スーリを殴り飛ばせば良いのか? 流石にみっちゃんは辛いぞ?」
身分証明書を提出したり名前やチーム名を記載したり受付を済ませると、何故か闘技場の控室に行くよう指示された。
言い忘れていたが会場は以前アリシア姉が無双した闘技場だ。王都には他にもいくつか闘技場が存在するが、おそらくここ以外の闘技場は登場しない。
――というメタ発言をしつつ、そこに居た王都の守護神アルテミスと悪友スーリの存在意義を尋ねる。
「なわけあるか。ルールを聞いた連中がワンチャン狙いで殺到したせいで予選をすることになったんだ。黙って能力を見せろ。今すぐ合否を判定してやるから」
「なるほど……化学反応や魔道具ならスーリが、武力や術式方面はみっちゃんが判断するって感じか。ゴミみたいなもん見せたらイブの機嫌が悪くなるかもしれないし、ま、最善だな」
「なんでお前はいつも上からなんだ……」
「能力のある者が上から目線になって何が悪い。自慢する必要はないけど謙遜する必要もないだろ。俺はただ努力した成果を誇ってるだけだ」
「アー、ハイハイ、ソウデスネー」
口で勝てないとわかった途端、投げなりな対応になったスーリ。
腹が立ったので、スーリとみっちゃん、2人の力を合わせないと判定不可能な化学反応を起こしてやるとしよう。
「そういうとこよ!?」
「人を責める前に自分の無能さを責めろ。国家試験官になるために化学反応について学べば問題ないなんて甘えた考えは捨てろ。いくらでも応用出来るんだ」
と、嫌がらせに対するスーリの批難を華麗に躱し、見事本戦出場の資格を得た俺達は(メンバーの誰か1人が合格すれば良いらしい)、会場を後にするのだった。
「バ、バカな……っ! 彼はぼくの想定を超えている!?」
「本物は確率を上回るということか……」
「帰ったらデータの洗い直しだ! まだ間に合う!」
その間際、メガネを掛けた細身の連中が何やら焦っていたが、大会に1人は必ずいるデータマンだし気にしなくて良いだろう。
1つたしかなのは既に戦闘は始まっているということ。
今大会における『勝利』とは自分達の力を認めてもらうことなので、真似やら比較やらは無意味なわけだが……まぁ好きにやらせておこう。
「なぁ……古今東西、戦略だけで勝利したヤツなんて居るのか?」
「そりゃあ居ますよ~。知将なんて山の数ほど居ますよ~」
山って大量の例えとしては微妙じゃね? 数百単位な気がする。リアルだけど。
「ルークさんはアレでしょう? 創作物の話がしたいんでしょう?」
「あ、ああ……」
俺は喉まで出かかったツッコミを呑み込んで話を進めた。
圧倒することはあれど、結局は主人公側の新技術なり気合と根性なり味方の裏切りで、はたまた「俺はデータを超える!」などの自身の意識改革によって倒される運命にあるのだ。
たまに両立する形でハッピーエンドを迎えることもあるが、データ通りだの、情報通りだの、確率通りに行くことなんてあり得ない。
どうでも良いが俺はデータは大事だと思う。親や周囲が強要しているだけでデータは悪くないのに何故かデータが悪者にされる。頑張れデータ。負けるなデータ。お前が輝く場所は別にある。
そして彼等には大切なことがある。
それは最後までキャラを守ること。
視聴者は主人公側の新しい力を見たいのであって、キミ達には全然期待してないし、1ミリも勝てると思ってないけど、無いと無いで寂しいっていうか全編ドキドキしてたら身が持たないっていうか……。
ま、色んな意味でありがとうだ。
そんなことより帰還している間にメンバー集めについて語って行こう。
様々な思惑が交錯する王女争奪戦のメンバーを集めるにあたって、俺が真っ先に声を掛けたのは、フィーネとユキ。
ここさえ押さえておけば星取り戦(全体の勝敗数で勝ち負けを決める形式)以外なら何とでもなる。もしそうでも確定白星が2つあるのは相当なアドバンテージだ。
「ちなみに1チーム5人編成よ。補充ありだから補欠人数に制限はないけど登録出来るのは5人。それと重要なのはイブの興味をどれだけ引けるかだから、優勝=婚約ってわけでもないわ。勝ち進めばアピールする機会が増えると思って頂戴」
「もろたでクドー!」
俺はマリーさんの言葉にガッツポーズを取った。
目の前に居るから2人に声を掛けただけで俺にはまだ多くの候補が居る。
毎回俺が先鋒で出場して技術力を披露し、あわよくば勝利。ダメでも残る4人で白星をもぎ取る。余裕があれば人間にもわかるレベルの術を使ってもらって好奇心と探求心を刺激。ヒントなんかもいただけると大変嬉しいです。
「入れ代わり立ち代わりで飽きさせないし、隙のない完璧な作戦だな!」
「「私達は参加しませんよ」」
「……ほわい?」
ユキは応相談とのことだったので今から交渉しようと思っていたが、熱い手のひら返しで前言撤回された挙句、フィーネにまで拒否されてしまった。
何故だ?
「今回の事件の発端は、世界改革を優先し技術を独占しなかったことでルーク様と同格の技術者・研究者が現れたことです。解決するために我々を頼るようでは意味がありませんよ。それではイブさんはルーク様ではなく我々強者の知識と力が目的でルーク様の傍に居ることになります」
「それって財産目当ての悪女や体目当ての下半身男と同じですよね~? 今のルークさんは色々手に入れてますけど、もし強者が気まぐれで向こうの人達に力を与えたら、イブさんはどっちを選ぶんでしょうね~?」
前世の知識が枯渇し始めた今、イブさんの興味がそちらに移るのはしかたのないことでは?
マリーさんが居るので口には出さなかったが、2人の雰囲気がそう言っていった。
「つまり自分の力で愛を取り戻してみろと。熱い心を強者という鎖で繋いでも無駄。邪魔するヤツは指先どころか触れることなく魅力1つでダウンさせろと」
「だってイブさんの愛を得たいのはルークさん自身でしょう~?」
それはそう。
友達として仲良くしたいなら彼女が誰と結婚しようが構わない。研究者として互いを高め合いたいなら一緒に居ない方が良いまである。
でも俺は邪魔する。
何故か?
俺がそうしたいから。
行動を起こすのにそれ以上の理由はいらない。しかしだからといってそのために誰かを頼るなんて間違っている。
それは自分の力で、己の魅力で、自らの行動で勝ち取るべきものだ。
「でも5人じゃなきゃ出場出来ないじゃん」
「颯爽登場! 純白の花嫁ロアシルバー!!」
「同じく! 雪像の化身ロアスノーホワイト!!」
「さらにさらに! ミルクのような肌ロアミルキーホワイト!!」
「待たせたな! 心は赤ん坊より無垢な白さ、ロア乳白色!!」
指摘した瞬間、各色のフルフェイスマスクを被った戦隊モノのような恰好をした4人が、戦隊モノのような口上と共に現れた。
「あ~……フィーネがノリノリなところまでは良いとして」
「――っ!?」
「他3人をユキが担ってる意味がわからないし、全体的に色が被っててわかりづらい……というか乳白色なんてミルキーホワイトと駄々被りだし、何故わざわざ『心』と入れたのかも気になるし、どうせならカタカナで統一して欲しかったし、正体隠して出てくれるのは嬉しいけど分身とかたぶんアウトだから2人分にしかならないんだが?」
「わたしかい? 実はここだけの話、ミルクが嫌いなんだ。名前に入ることがどうしても許せなかったからメンバーと話し合って乳白色で妥協したのさ。
それと心と入れた理由だが……少し前までレッドを担当していてね。よ~く見てもらうとわかるんだが、赤い衣装の上から塗っただけだからアイボリーに近くなっているだろう? これでは無垢な白さと言うのは無理がある。だから体は分けさせてもらった。最近世間がうるさいだろう? ネチネチ言われないための処置だよ」
「誰も聞いてねえよ、んなことッ! あとロールプレイ続けんな! とっくの昔に正体バレてんだよ!!」
「「「…………」」」
「な、なんだよ、その『うわ~、それ言っちゃうんだ。ないわ~』な顔は?」
マスクの上からでもわかる批難の空気。何故かマリーさんまであちら側だ。
自分以外の者達が反対意見というのは元日本人として怖いものがあるが、ここで挫けてはいけない。自分を強く持つのだ、ルーク=オルブライト!
「察してくださいよ~。精霊王や世界樹の子としてではなく、ロア商会に所属する謎のヒーローとしてなら参加してあげると言っているんです。当然実力もそれ相応ですけど、この方法なら他の人達もOKしてくれると思いますよ~」
「マジでか!」
フィーネが広告塔をしてくれているので忘れがちだが、ユキやその他の強者は元々目立ちたくない設定だった気がする。というかフィーネも嫌々だった気が。
「設定とか言わないでください。今でもそうです。私達は歴史の闇に葬られるべき存在です」
「私もルーク様のためでなければ断っていましたよ」
フヒヒ、サーセン。
何にしても頼りになる味方は増やせそうだ。
……なに? 手加減していたら意味がない? そんなものは口八丁手八丁で乗せれば済む話だろうが。口の悪い敵とかが現れてくれたりさ。




