千九十五話 企画説明
「イブが人間関係でゴタついてて戻って来れないってのはわかりましたけど、それと俺が天下一武道大会に出場することと、どう繋がるんですか?」
友人にして婚約者の実姉からもたらされた情報の中で、将来の嫁が寝取られたというのは俺の早とちりだったと知って安堵したが、まだ疑問が残る。
ここは現実だ。戦闘に負けたからといって諦めたりはしないし、武力に頼らなくてもイブを手に入れられる者達がわざわざ相手の土俵で勝負するとも思えない。
万が一、自称婚約者達が同意したとしても、イブはもちろん世間も『そんな方法で一生を左右する問題を片付けてるんだ? 婚約者を物みたいに扱うんだ?』と批判的な意見を抱く可能性はゼロではない。
「てか3人で武道大会って大げさじゃないですか? いくらイブのためとは言え、そこまで大規模な戦争をするつもりもないですよ?」
「え?」
「……自称婚約者ってそんなに居るんですか?」
マリーさんの『第二、第三の~』発言から相手は二か国(大貴族の可能性もあるが)だと判断したのだが、この反応からしてどうやら違うらしい。クラス対抗戦のような少組多人数でもなさそうだ。
「それを説明する前に話しておかないといけないことがあるわ。まず大前提としてイブがこの話に乗り気なのよ」
「まさかのイブ悪女ルート!? 寝取られてないってのは本人が逆ハーレム希望で、一応一番だから他に同棲相手が居ても平気だよねってこと!? それとも自分のために争えって方!?」
「微妙に違うわね。イブの望みは彼等が持っている技術力、さらにはそれを発揮する場所よ」
「ルークさんはこれまで、世界を良くするために情報提供や技術の拡散を惜しみませんでしたね~。ロア商会も『これは自分達が作ったものだ』と完全後出しで言われても『はいどうぞ』って方針ですし~。
ただ今回登場した婚約者候補は、それ等を使って独自の技術を発展させた国や企業の御曹司さんなわけです~。イブさんは彼等の持つ未知に興味を示したんですね~。簡単に言うとルークさんの自業自得ぅ~」
詳細を尋ねる前にユキから補足説明が入る。
要約すると『自分で鍛えた連中に負けても文句言うなよ』。
そんなことは言われなくてもわかっている。独占しなかったことを後悔はしていないし、もしそういう理由でイブを取られたとしても悔しがるだけで実力行使や復讐したりはしない……と思う。
予定は未定。実際にその時になってみないとわからない。
「イブはルーク君が勝つことを疑っていないわ。普段のあの子ならいくら夢のためでも見世物や賞品にされることは賛成しない。でもうるさい連中を一掃出来て、合法的に世界中の技術力を目の当たりに出来て、その上協力を得られるなんて、願ってもない条件だと思わない?
思わせぶりな態度という意味では悪女だけど、あの子、自分の欲するものをすべて手に入れたいって願望は昔から持ってたし、今更責める気にはなれないのよね」
そう言って苦笑するマリーさん。
たしかに彼女の言うようにイブは昔から研究第一な女の子だった。しかしそれは当然のこと。少し前に神様とも話したが、他人志向型はあくまでも他者を基準とするだけで、自己犠牲ほどの信念は持っていない。
果たして自分の夢のために他者を犠牲……とまでは行かずとも、蔑ろにすることを責められる高尚な人間がどれだけ居るというのか。
それが彼女の選んだ道と言うなら俺は従うだけだ。
まぁ価値観が同じで一緒に居て疲れない相手と結婚したいという俺の意志も存在するので、道が繋がるよう努力はさせていただくが……。
「要するにイブは異文化交流を望んでるから、知恵と技術を餌に結婚まで漕ぎつけようとしてる連中を圧倒して黙らせて、技術提供だけさせるようにしろってことですよね? そんなのリニアモーターカーで余裕じゃね?」
俺は、各国の勢力図(?)を把握しているであろうフィーネとユキの様子を窺う。
「『コイツは週一男で良いな』と思われないと良いですね~」
「それを決めるのはイブだろ。俺はベストを尽くすだけだっての」
「ルークさん……1つアドバイスしておきましょう……」
ユキが急に神妙な顔つきになり、
「悟りを開いた主人公は終わりですよ」
「うるせえッ!!」
良いじゃないか、勧善懲悪するようになったって。まだまだ俺の物語は続くけど、焦りや揺らぎが一切存在しない終盤主人公になったって。
ラスボスとの口論で勝って「だ、だが力なき者には実現不可能だ!」とか「ならば私を倒して証明してみせろ!」とか暴力での解決を望ませても良いじゃないか。相手が望んだら合法だよ。正当防衛だよ。
「面白くなくなる=強者から見放される=研究・開発が滞る=イブさんに振られる。Q.E.D.証明終了」
「お前が居なくなる時はそういうふざけたことも言わずにある日突然居なくなる。からかってくれてる内は大丈夫だ。そして黙れ。悟り切ってても俺は面白い」
「くくく……それはどうかな?」
「なら俺からも1つ言っておいてやる。もしからかった翌日に俺の前から姿を消してみろ。一生掛けても探し出して理由を聞いてやるからな」
「メッチャ好きやん。ルークさん、ウチのことメッチャ好きや~ん」
――ていう茶番ね。
誰もツッコんでくれないから話を先に進めるよ。
「問題はここからなのよねぇ」
「名乗り出たのはイブの知的好奇心を満たす餌を用意した連中だけじゃない……ですか?」
マリーさんは自称婚約者うんぬんは序章でしかないと言っていた。
参加者や勝利条件の話だと予想した俺は、げんなりしているマリーさんに恐る恐る尋ねる。
「イブが生まれる前から居た婚約者候補の1人……というか一族が、あの子の成果を各方面に広めちゃったのよ。下手に知識があったせいでイブの手に入れた力がどれだけ凄いものか理解したんでしょうね。知識をひけらかさずにはいられない権力者を象徴するような存在だわ。
彼等は外堀を埋めるつもりだったんでしょうけど、そのせいで魔族やエルフ族からも目をつけられて、セイルーンはてんてこ舞いよ。ホント嬉しくて涙が出そう」
「うわぉ……」
彼女はより一層疲れた様子で王都の惨状を教えてくれた。
国やら大貴族を相手にするだけでも面倒臭いのに、対応を間違えれば自国が滅びかねない連中まで関わってきたとか、政治家の苦労は計り知れない。
「魔族は純粋な暴力を求め、エルフ族はスイちゃんを見つける力になると考えたのでしょうね。彼等の原動力はイブさんと共通するものがあります」
俺か? 俺が悪いのか? たしかに宇宙に連れ出したけど、全然大丈夫そうだったし、そっから先は勝手に居なくなったんだ。
明言こそされていないが、強者達からそれとなく無事ということも伝えられている。エルフ族の長であるミナマリアさんにもシッカリ伝えた。
そこからどうするかは彼等次第じゃないか。
魔族は知らん。まずは指導者を見つける旅をしろ。案外人間界の方が強者多いっぽいぞ。しかも割と協力的だぞ。魔界はダメだ。排他的だから。
と、フィーネの補足に心の中で言い訳してみる。
「それを知った人類は焦って結託。自分達が勝てる方法を探した結果、戦闘方法をイブの好きな魔法陣に限定した応援要請ありの武道大会を提案したの」
「うわぉ……」
ロクでもないヤツはロクでもないことしか思いつかないらしい。
化学反応や魔道具を使うためのルールなのだろうが、魔術や精霊術にも魔法陣は使われている。そんな初歩的なことに気付いていないわけでもあるまい。
まさか自分達が作り出す武器の方が強いと思っているのか?
「最初は魔道具だけでやろうとしてたのよ。でもイブに止められて仕方なくって感じ。あの子が求めているものの中には戦闘技術も含まれてるらしくてね。私を感動させられる力を持っているなら喜んで妻になろうってなもんよ」
真犯人はぼくの婚約者。
てか普通に戦って魔族やエルフに勝てって無茶過ぎません? まぁイブがそのルールに合意してしまった以上従うしかないんだが。
「ちなみにロア商会の名前を出して『ははーっ』的なことは……」
「最近、開発ばかりで武力方面の活躍が見られず、丸くなったと思われている大企業の名前に怖気づく国や強者が居るとでも~?」
「それは……」
「ヨシュアが良い例じゃないですか~。何故ゴミがそこら中に落ちていると思います? 誰も私達を恐れていないからですよ。恐れていたとしても『こんなことで怒らないだろう』という慢心があるんです~」
あー、チョーシに乗っちゃったかぁ……。
穏便に話し合いで済ませられたら楽だったんだが、今回ばかりは実力行使で何とかするしかないようだ。
「てか応援要請ありって勝確じゃね? 実質『ロア商会vs小国』だろ? ぶっちゃけ全世界でも勝てるくね?」
「その辺は応相談ということで~」
「なんでだよ。お前等もイブ好きだろ。俺と彼女が織りなす物語見たいだろ。だったら協力しろよ。バランスとか考える必要ないって。一方的な虐殺で良いんだって。俺は初戦で圧勝してリタイアさせまくるって戦法を推奨するぞ」
「あえて敵チームとして参戦することも辞さない覚悟です~」
しまった。強者は面白くなれば後はどうでもいいって連中だった。
まぁ何はともあれまずはメンバー集めからかな。
流石に人数制限はあるだろうし、如何に精鋭を集められるか(もちろんやる気と実力を兼ね備えた)がカギとなるのは間違いない。




