千九十一話 合流1
「おー、久しぶりじゃんかパスカル。どうよ、なんか掴めたか……って掴めたらから戻って来たんだよな。スマン。今の質問は忘れてくれ」
俺に遅れること2週間。修行を終えたパスカルが戻って来た。
「白々しいなぁ……」
俺と共に研究室の入り口で彼女を出迎えたリンから、ワザとらしい会話の切り出しを罵るような発言が飛び出す。
が、相手はいつ如何なる状況でもツッコミを入れてくれるヒカリやコーネルではなく、ゴーイングマイウェイのパスカル。その場のノリより自分を優先することの多い彼女にはスルーされるのがオチだ。自己完結するしかない。
「そんなことはありませんよ。ちゃんと指摘します」
「む……」
驚きだ。読心術を身に付けている。
しかも、見た目こそ普段通りの小汚いゴーグル・マスク・厚手の白衣と、実質フルフェイスマスクだがシッカリ受け答えしてくれている。今までなら「コホォ~」で終わっていた。
能力だけでなくコミュ力まで……この短期間で彼女にどのような心境の変化があったというのか。
「ルーク君がわかりやすいって言うのもあるけどね」
「だまらっしゃい! なんでお前等はそうやって他人を下げることばっかりで、本人の努力を褒めないんだ!
たしかにワザと顔に出したよ? 内心も力で隠さなかったよ? だからなんだ! パスカルが成長したのは間違いないだろ! 出来なかったことが出来るようになったんだ! 褒めてやれよ! 認めてやれよ! 比較するより先によ!」
「ど、どうしたのさ、突然……」
「ちょっと思うところがあっただけだ。別に俺の変化に触れてくれなかったとか、入手したブツに無関心だったとか、そういうことはまったくない」
「それじゃん」
「黙れ黙れっ! 今後もガンガン指摘していくから覚悟しておけ!!」
「うわぁ~、やりにくいわぁ~」
まぁね。何でもかんでも注意する人間というのも、正義を軽視し悪を讃える人間と同じぐらい扱いづらい。それを馬鹿にする人間もな。
あと突然ブチギレるヤツ。
……いや、俺じゃないよ。
「意識高いのは結構だけど主役そっちのけで盛り上がるのは良いの? 今はパスカルさんに色々聞くべきじゃないの?」
………せやね。
リンのごもっともな意見に、俺は自己顕示欲を破棄して話を進めることに。
「どこ行ってたか知らんけど楽しめたか?」
「ええ。上手くいけば世界中の植物をマンドレイク化することが可能になりました。その先に待っているのは苦しみのない真に平等な世界……くくく」
ゴーグルとマスクのせいで表情は読み取れないが、良くない方向に歪んでしまっていることはわかる。纏ってるオーラもなんかドス黒いし。
こんなことを企むのは1人しかいない。
「レイクたんに何を吹き込まれたのか知らんけど、その計画は上手くいかないから諦めろ。そして自分を思い出せ。キミは世界の破滅ではなく再生を願う者だったはずだ。人々に苦しみの先にある幸せを求めてもらいたかったはずだ」
彼女の修行先を魔界オラトリオ領、師匠をレイクたんと断定した俺は、人間(というかマンドレイク以外)嫌いの最恐メイドをどのように説得したのか気になりつつも、ただの変態だった頃の友人に戻ってもらうべく訴えかけた。
「あたしが愚かでした……愚鈍な者はいつまで経っても愚鈍なままなのです。成長を促すためには時として残酷さも必要です。再生のための破壊。それこそが世界を救うただ一つの方法だと気付いたのです」
悟り切った顔(見えんけど)で新世界について語るパスカル。
良くない。これは非常に良くない。
フィーネは彼女のことを『研究によって見つけた力で世界を変えようとするタイプ』と言っていたけど、まさかこんなことになるなんて思わないじゃん。
――というわけでサクッと解決しておこう。
「平等ってことは俺やイブみたいな才気溢れる人間も生まれなくなるけど、それでも良いのか?」
「意味不明な洗脳はやめてください」
「意味不明じゃねえよ。考えてもみろ。俺達はどうやって育った? 学校や周りの大人達からの教育を基に、自分なりに物事の善悪を決めて、進むべき道を決めただろ? 平等はそういう価値観を全部統一することだ。
個性を蔑ろにする教育で全員同じ枠にハメることになるんだぞ。枠からハミ出そうとする者を反逆者と呼び、努力を認めない世界になるんだ。
俺は違うと思う。成長って与えられた役割から脱却することじゃないのか? 楽しさは自分で創り出すものじゃないのか? 平等が正しい世界なら、愚鈍な連中がどんな変な人生を歩むか見守るのを楽しんでる強者達は、全員間違ってるってことで良いんだな? 今、俺達がやってることを否定するんだな?」
「そ……それは……」
隙あり!
「ホーリーセイントクリーンデトックス浄化リセットオオオオオオオッ!!!」
「はぐぁっ!?」
貧弱体質が売りの少女にとって油断し切っていたところへの男性からの腹パンは、一般人で例えるなら一流冒険者からの腹パンと同じ威力がある。
耐えられるはずもなく床に倒れ込むパスカル。
もしまた同じことを言い始めたら、俺はその度に彼女に教育的指導をおこなうつもりだ。言わなくなるまで続ければ解決したのと同義だろう。
ふっ、暴力はすべてを解決する……。
「ただのパワハラじゃん。というか暴行事件じゃん」
「いやいや、これは治療だから。フィーネほど上手く出来なくて仕方なく殴ってるだけだから。負の力を浄化するにはああして正の力を送り込むしかないんだ」
謂れのない批難を浴びせてくるリンを一蹴。
「ぐ……い、今……暴力であることを……認め」
「聖・シャイニング癒しツボマッサァァァーーーッジ!!」
「カハッ――」
極真空手の基礎にして極意である、中指だけ少し出っ張らせて握り込む『中指一本拳』で、治療不足だった患者の腰を刺突。
パスカルは今度こそ大人しくなった。
「ねぇ、フィーネ様にお願いしようよ。これはちょっと見た目的にアウトだよ」
リンは、床に突っ伏してピクリとも動かないパスカルの口元に滲む涎に引きつつ、早期解決策を提案。
実質フルフェイスマスクと化している彼女の正装のお陰でこの程度で済んでいるが、やはり気絶した人間というのはあまり見目麗しいものではないな。一応言っておくと実体験だ。
「それじゃあ先輩として示しがつかないだろうが。多少強引でも自分で解決しようとすることが大切なんだろ。幸い、俺と同じで単独では使いようのない力みたいだし、ジックリ時間を掛けて教育していけば済む話さ」
「留学生に暴行してるように見えることの方が問題だと思うけどなぁ……」
価値観なんて人それぞれ。俺は俺の正しいと思ったことをするだけだ。何が正しいかは歴史が決める。
ま、1年後には本人を含め全員から感謝されてる自信あるけどな。
余談だが、後日ヒカリが「ふ~ん、じゃあこれまでの成果は邪魔だよね」と彼女の作った魔道具を破壊すると脅したら一瞬で治ったことを、ここに記す。
……効率的だからって正しいとは限らないよな?




