外伝32 勇者の生まれた町
暴虐のグレゴリとの戦闘に辛くも勝利したアリシアは、破損した装備品を修復するべく、武具の製作が盛んな町にして勇者誕生の地【ゴルド】を訪れていた。
ルーク達が丹精込めて作り上げた世界で一つしかない魔法剣や竜車と違い、防具や衣類は金で手に入るもの。オルブライト家が財力と権力を用いてそれなりの品を用意しているが、強敵と戦えば壊れる程度の代物だ。
自身の勘とクロの判断を頼りに適当な店を選び出し、鍛冶師のドワーフに希望する性能とそれに見合った素材を提供した後。
「やっぱりゴルドと言えば勇者よね! 博物館に行くわよ!」
というアリシアの提案で、一行は完成するまでの時間潰しに勇者博物館へ足を運ぶこととなった。
「へぇ~、伝説の勇者も結構失敗してたのね」
魔獣お断りということで、いつものようにクロには駐車場で待機してもらい、150年前に実在した人類最強と謳われる人物およびそのパーティの功績を後世に伝えるために建てられた博物館内を練り歩く。
木とガラスで構成された館内には、町を襲ったドラゴンの群れとの死闘を描いた絵画や彼等の経歴、実際に使用されたと思われる武具、入手が困難なものはレプリカで再現されていたりと、勇者ファン垂涎の空間が広がっている。
世間に出回っている書籍に書いてある武勇伝以外にもこの博物館には勇者の歴史が事細かに書かれた年表があり、彼女もそれを、特にダンジョンで断念した階層や討伐失敗した話などの話を食い入るように見ていた。
「まさかアリシアがこのような展示物しかない場所に興味を示すとは……驚きを隠せませんよ、私」
「な~。しかも武具や功績や修行内容だけじゃなくて、人間関係とか本人が学生時代に使ってた勉強道具とか明らかに創作っぽい説明文とか、戦闘に関係ない部分までジックリタップリ見てるぜ。イヤらしいメスのニオイを漂わせながらよぉ」
町を訪れた記念に観光名所を訪れただけだと思っていたピンキーとパックは、入館した途端に戦闘狂から研究家へと変貌したアリシアに驚きっぱなしだった。
入館してから1時間が経とうとしているにもかかわらず、まだ半分も回れていない。興味のない者なら10分、展示物について考察したり話し合ったりする者でもよほど盛り上がらなければ40分もあれば回り切れる博物館で、実質2時間滞在……。
2人ともアリシアの肩に乗っているので移動速度は彼女の気分次第なのだが、人間の文化に興味津々で調査するように言われていた彼等も流石に飽きていた。
「アンタ等、肩の上で内緒話するのはやめなさい。両方から聞こえて集中出来ないじゃない」
「気にするのそっちですか!?」
「そうよ。パックも訳のわからないこと言ってないでちゃんと見て覚えなさい。私達はこれを超えるんだから。これ以上邪魔するならクロと一緒に外で待たせるわよ」
「記憶する必要はなくね!? オイラ、勇者マニアになりたくないんだけど!?」
「それに絶対嫌です! 私達が居なくなったら歯止めが利かなくなるじゃないですか! 閉館まで居るつもりでしょう!? 職員に話を聞いたり、あわよくば武具を使わせてもらうつもりでしょう!?」
「別に良いでしょ、どうせ防具が完成するまで暇なんだから」
「否定してください! そして冒険者してください! この地域にはダンジョンも強敵も沢山ありますよ! 全然暇じゃないです!」
彼等は知らないが、元々この土地はあの戦闘狂が修行とどちらを優先するか悩むほど訪れたかった場所。
結果的に修行を優先したが、足を運ぶ目的が出来た以上、アリシアは昔から憧れていた『勇者』という人物を調べるために手を抜くことはない。
「それがどこにあるか、どんな種族が居るかを調べるためにこうして隅から隅までジックリ眺めてるんじゃない。伝説の勇者がどこでどんな功績を挙げたのか、知ってないと比べられないでしょ」
「150年前のダンジョンや魔獣と比べて何の意味があるんですか!? 地形も生息種族も絶対変わってますよ!? 何ならお互いの能力も!」
現在と過去。
どちらが上かは戦争になる話題の1つだが、ピンキーはあえて踏み込むことを選んだ。そうでもしなければアリシアはここに書かれている嘘か真か怪しい功績の数々を超えるべく、自分達を巻き込んで世界中を大暴れするに違いないと思ったから。
戦闘だけならともかく武勲となると話は別だ。
いくら頑張っても力のみで国に認めてもらうなど今の時代では不可能だし、そもそも町を襲うドラゴンの群れや悪の大魔王がいなければ英雄譚は始まらない。
その時、彼女がどういった行動に出るのか……考えるのも恐ろしい……。
「その通ぉおおおーーーーりっ!!」
次世代の勇者(笑)が発言するより早く、騒ぎを聞きつけた老人が遠くから叫んだ。
監視員も睨んでいる。ピンキーの声がよほど大きかったようだ。
「何がその通りなのよ? 私なんかじゃ比較対象にならないってことかしら?」
駆け寄って来た老人に不機嫌そうに尋ねるアリシア。
崇高な使命を邪魔されたこともさることながら、見ず知らずの相手に自分の考えを否定されたことが主な要因である。彼女からしてみれば『お前なんかに勇者を超えられるわけがない』と言われているようなものだ。
「ふんっ、わかっておるではないか」
60そこそこの老人は、年の割にピンとした背筋で、アリシアを物理的にも精神的にも見下しながら鼻で笑う。
「勇者は150年以上昔の人物。つまり今とは何もかも違う状況なのじゃ。当時は専用装備など存在せず、下の階層にも味方など居ない。脱出するまで救援に期待できない切迫した精神状態でいつ壊れるとも知れない……いんや、ほとんど効果が無い武器や防具を身に付けた彼らの辛さがお主にわかるはずもない! もしも彼等が現環境で挑戦したならば間違いなく踏破しているはずじゃ!」
と、老人はひときわ大きな勇者一行を描いた作品の下に書かれている『レギオン洞窟48層攻略』を指さして吠える。
レギオン洞窟は、その名の通り冒険者の聖地【レギオン】にある、世界最難関と言われているダンジョン。地の底まで続いていると言われており、現在も彼等の記録は抜かれていない。
この老人はそれが如何に凄いことかをアリシア達に伝えようとしているのだ。
が、しかし、そんな理屈は結果がすべてのアリシアには通用しない。
「そんな『もしも』の話をしてもしょーがないでしょ! 結局、勇者達は8人、相棒のドラゴン・竜・犬を入れたら10人で49層を突破出来なかったのよ!」
「な、なな、なな……なんじゃとおおおおおお!!」
「私達は4人で同じ階層まで行ってやるわよ! もちろん装備はそのままでね!」
不毛論争第二弾『もしもトーク』に決着をつけるべく、アリシアは同等の条件でダンジョン攻略に挑むと宣言。
「ダンジョンを踏破したこともないヒヨッコ冒険者が吠えるな! お主などより勇者の方が何百倍も強いわ!」
当然、勇者ファン(?)の老人は激怒した。
不毛論争第三弾『当事者以外の対立』の幕開けである。
「あるわよ、ダンジョンを攻略したことぐらい何度もね!」
「問題は回数ではない! どこのダンジョンじゃ!」
「な、名前とかは知らないけど……」
「それ見たことか! 無名のダンジョンなど誰でも踏破出来るから名前がついておらんのじゃ! 本物はお主等には絶対無理じゃ!」
「だ、だったらなんだって言うのよ! 伝説の勇者だって魔族とか妖精族とか反則級の仲間が居たんでしょ! どうせ彼等に頼ってて実際は大したことないのよ! 散々見たけど本当に強かったって証拠どこにもないじゃない! それともこの後にこれでもかってぐらい展示されてるのかしら!?」
「き、貴様、言ってはならんことをぉぉ~~!」
痛いところを突かれて唸る老人。
伝説とは往々にしてそういったものだ。
「だ、だったらお主等もそうじゃ! 何をもって証拠とするんじゃ! 同じ階層じゃと? どうせここで手に入れた知識を、さも自分達が経験したかのようにひけらかすだけじゃろ!? もしくは誰も見たことがないのを良いことに好き勝手宣うんじゃ!!」
すかさず反撃に出る。
「そんなことするわけないでしょ!」
「大体環境が違う! 昔と違って今は30層辺りまで冒険者で溢れておる! 実質帰りのことを気にせんで良いんじゃ! これは大きなアドバンテージじゃ!」
「それこそ証拠ないじゃない! もしかしたら今と同じだったかもしれないでしょ! それともなに? 勇者達は30層以下の雑魚にも気を付けないといけないほど弱かったってこと?」
「はい、ライン越えましたー。お主、勇者好きの者達を完全に怒らせましたー。そういうことは実際にレギオン洞窟に行ってから言ってくださーい」
「だから行くって言ってるじゃない!」
「その場のノリで決めるでない!! お主等のような若造は大人しく自分の実力に見合った三流冒険者が挑むダンジョンにでも行っておけ!」
「他のお客様のご迷惑になりますので館内ではお静かに……」
2人の止まらない口論に、とうとう堪忍袋の緒が切れた警備員から注意が入る。
その太い二の腕には力こぶが出来ており、手には血管が浮き出させ、親指でアリシアと老人に「外へ出ろ」と指示している。
「「ご、ごめんなさい……」」
武力とは別の力に屈した2人は、大人しく従った。
「さっきの話だけど本気よ。踏破は無理でも将来のための下見としてね」
「……なんじゃと?」
博物館の外。
アリシアが喧嘩口調とはかけ離れた様子で言うと、老人も嘘や勢い任せでないことを悟り、真剣な口調で聞き返した。
合流したクロも含めて4人が無言で頷く。
「いやいやいや、悪いことは言わん。やめておけ。これでお主等に死なれたら流石のワシも目覚めが悪い。というか訃報を聞いた翌日目覚められんかもしれん」
「じゃあアンタが死に掛けてたら踏破して黄泉の国から連れ戻してあげるわね」
慌てて引き留める老人に笑いながら言って、アリシアはその場を立ち去った。




