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異世界の魔道具ライフ  作者: 多趣味な平民
五十一章 仕事とプライベートの両立

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千九十話 続・ゴミ拾い5

 町を分断するメイン道路とは無縁の裏路地と呼ぶべき場所に、ミドリとアスカの姿はあった。


 自分の生まれ育った町をあまり悪く言いたくはないが、このひと気のなさと言い、身や物を隠すのに適した雑多さと言い、教育的指導の名所であるトイレ・校舎裏・バックルームを超えると思う。


 ぶっちゃけボコりやすい。


 そのような下衆な行為が仲間達の間でおこなわれているなど思いたくないし、考えるつもりもないので、町の様子を描写したということにしてもらって――。


「待て待て待て。お前等ちょっと落ち着け。何があった? 何が原因で喧嘩してる? どっちの推しキャラが人気とかか? お兄さんに話してみなさい」


 アシカのようなお手手を器用に丸めてファイティングポーズを取るミドリと、直前まで負けず劣らず鋭い眼光をしていたが、俺の姿……いや気配を捉えた瞬間に目を潤ませてか弱い女性と化したアスカの間に割り込む。


 攻防が繰り広げられた形跡はなく、流血しているわけでもない。だがたしかに争っている雰囲気は感じ取れた。つまり口論が白熱したことによる開戦直前。


 何故こんな推測じみた説明かと言うと、俺に出来るのは雰囲気を捉えることだけで一部始終を見ているわけではないから。感知術なんてそんなものだ。


「聞いてくださいよぉ~。ミドリ先輩ったら酷いんですよぉ~」


 取り合えずアスカに抗戦の意志は無くなったようなので、ミドリの動向に注目しつつ、少し前に見たその光景に一縷の望みを託して冗談交じりに尋ねる。俺が到着するのを待っていたようにアスカが甘えた声で縋り寄って来た。


 ここまでは一緒だ。


「セクスィーさんをぶん殴……おっほん、ぶっていたので注意したら、私のこともぶったんですぅ~。ほら。ここ。見てください。赤く腫れてるでしょ~?」


「いや全然」


 アスカの過剰被害トークはともかく、俺(というか本人達)が許可したのはお互いがやり過ぎてしまった場合のみ。他の人間に説明なしビンタはアウトだ。


 彼女がミドリの言葉を理解しているとも思えないしな。


 叩いたことは事実なのかミドリも話に割り込んで来ない。


「被告。不当な暴力を振るったとのことですが、何か反論はありますか」


「……b」


 勿論と言わんばかりに親指を立てるミドリ。


 聞きましょう。


「の前に……通訳が面倒臭い。1人で喋ってるみたいでなんか嫌だ。ラッキー出てこい。お前が代弁してくれ」


「はい! 任せてください!」


 呼ばれた瞬間、ラッキーが壁の角から飛び出してきた。彼女は、事件(?)は起きた後、俺が来るよりは前から、2人を陰ながら見守っていたのだ。


 元相方のエリートはチーム編成を変える連絡を受けてカルロスの下へ移動中。新たに相方となるセクスィーは連絡を受けたばかり。


 1人なら当然ここへ来る。しかも隠密で。


 彼女はそういう人間だ。


 セクスィーを迎えに来るだけならアスカと行動を共にすれば良い。そうしなかった理由は、ミドリとアスカのことが気になったが干渉するのは違うのでトラブルになるまで様子見していたから。


 ちなみに、ある意味トラブルの発端であるセクスィーだが、争いに巻き込まれないよう壁際に隠れてチラチラ顔を覗かせている。頭のネジが何本も外れたパリピも、流石にキャットファイトには混ざりたくないようだ。


「さぁさぁ見せてくれよ、セニョリータ。俺のソウルを震わせる心と心のぶつかり合いを。聞かせてくれよ、セニョール。俺のハートを震わせるビートをよォ」


 あ、違った。そういう光景に点数をつけたいだけだ。全肯定だ。ブサイクなくしゃみ顔から危ない願望まで、その人のすべてに点数をつけたい変態だ。


 もしかしたら俺達も対象かもしれない。


 割と怖い。そして気持ち悪い。


 閑話休題――。



「さぁ、どんと来いです!」


 そのまま嬉しそうにミドリの斜め後ろに移動するラッキー。完全に通訳の立ち位置だ。というか仕事をしているよりこの時が一番充実している気がする。


 俺の知る限りミドリと一番接していて仲の良い人物だし、苦労の末に手に入れた力を発揮することが出来て嬉しいのだろう。


「もちろん真面目にな。この前みたいにフザけたら怒るぞ。俺もミドリの言葉を聞けるようになってるんだ。解釈違いがあったらその都度注意するからな」


「私のアイデンティティがッ!」


 まぁ早速俺がぶち壊しましたけどね。独占禁止法発令の時間だ。短い天下だったな。ふははっ。


 てな冗談はさて置き、


「それが通訳の話なら謝る。申し訳ない。あんまりしないようにするよ。でももしミドリを使って言いたい放題・やりたい放題の話をしてるなら異動させてやる」


「そ、そんな! ミドリさんの感情を織り交ぜて通訳しただけじゃないですか! たまに噛んだりしましたけど!」


「あれは噛むなんてレベルじゃない。キッチリ勘違い出来てしまうんだよ。あと感情を入れるにも限度があるぞ。ラッキーのは『キミ可愛いね』を『やらせろ、ビッチ』と翻訳してるんだ。エキサイトし過ぎだ」


「違います! 『よくもやってくれたな』に『だから仕返しをしてやる』を付け加えてるだけです!」


「なに勝手に言葉を足してその後の展開決めてんの!? むしろ悪いわ!!」


 相手の気持ちを汲み取って代弁するのは悪としか言いようがない。


 新人歓迎会ではミドリもそれを望んでいたので事なきを得たが、今後も一致するとは限らない。今の内に手を打っておかなければ。


「……b」


「え? わたしに任せろ? 問題ない? 良いから話を進めろ?」


 こりゃまた失礼。そしてありがとう。やっぱミドリさんは頼りになるね。


 というわけで、勝手に通訳されて「きーっ」と悔しそうにハンカチを噛んでいるラッキーを無視して、喧嘩の原因究明に勤しむことに。




「え~、ミドリさんはこう言っています。『あれは合意の上でおこなっていたことだ。止めに入る方が悪い』と」


 先手。被告。責任転嫁。


「それにしたってぶつのは酷くないですかぁ~?」


 後手。原告。これを容認。


 過剰防衛を主張。


「え~、『あれはアスカに纏わりついている悪い精霊を祓っただけ。先輩として優しさを見せようとしたら誤ってぶつかってしまった』だそうです」


「まんま俺達の真似じゃん! 誰かから聞いた!?」


 後後手。第三者。最近見た(というかやった)やり取りにツッコミを入れる。


「え~、『本人から』と言っています」


 たしかにアスカと別れたのと同じタイミングでイリュージョン婆達とも別れたけど……妙にロア商会に詳しいあの三銃士が、騙しやすそうなミドリからゴミを没収しようとするのも当然っちゃ当然だけど……。


「暴力を正当化するのに使えそうだからって実際やるのは違うじゃん」


 百歩譲ってそれがアスカのためで、説明する方法がなくて仕方なく事後承諾でおこなったとしても、ミスしたせいで怒っているのだから謝るべきだ。


「え~、ミドリさんはこうも言っています。『叩くつもりはなかった。蚊が止まるほどの速度で空を撫でたら、アスカが見た者すべてを失笑させる重鈍なフットワークで私の手に当たって来た』と」


「挑発するか、謝るか、言い訳するか、どれかにしてくれません!? そしてアスカはどういうことなのか説明してくれません!?」


「くっ……!」


 いよいよもって罪を擦り付けることが難しくなったのか、悔しそうに顔を歪めるアスカ。


(なんかもう面倒臭いから読心術を使お……どれどれ……)



 判決。


 ミドリ、有罪。


 彼女の言った『蚊の止まるほど』とは真っ赤な嘘。実際はセクスィーにかましたのと変わらない超スピードのビンタで、アスカは辛うじて反応したが間に合わずダメージを負った。


 ただあんなことを言われたら避けられなかった自分が重鈍ということになる。素直に認めるのは難しく、あのような態度を取ってしまったと。


 避けてくれると思ったのに、などと言われたら目も当てられない。


 が、セクスィーへの暴力が教育的指導だったことも事実。


 ロクに事情も聞かずにイジメられていると勘違いして、ここぞとばかりに罵詈雑言を浴びせたアスカも悪い。彼女の言う暴力も裁判沙汰にするようなものではない。


 ミドリのビンタは虫も殺せない一撃だ。そんなの満員電車で女性の袖に一瞬手が触れてしまったようなもの。それで痴漢扱いは無理がある。


 よって相手を貶めようとしたアスカも有罪。


「一応聞いておくけど悪い精霊を祓ったってのは本当なんだな?」


「……b」


「ならよし。んじゃあアスカも一発殴ってチャラにしよう」


「「えっ!?」」


 ラッキー、アスカ、ミドリが三者三葉のリアクションを返す。


 ラッキーは恩と罪で相殺出来ていると不満そうな顔をし、アスカは『やっちゃっていいですか!?』と黒い笑みを浮かべ、ミドリは神も仏もいないと言わんばかりに天を仰ぐ……と思ったら挑発的な顔でアスカを見据えた。


 いつも通りのウーパールーパー顔だけど。纏っている雰囲気がそうなのだ。


「言っておくけど防いだり反射したりは無しだからな」


「…………」


 今度こそミドリは絶望に満ちた様子で天を仰いだ。



「オンドリャアアアーーッ! 死にさらせェーーーッ!!!」


 絶対にアイドルが放ってはならない罵声、決してアイドルが出してはならない大地を踏みしめる音、何があってもアイドルが見せてはならない盛り上がった筋肉と浮かび上がった血管。


 火力を出すことにすべてを注いだアスカの、一世一代の炎を纏った拳が、ミドリの顔面に突き刺さる。


 重量級のミドリを吹き飛ばすほどではなかったようだが、立っていられないほどではあったらしく、ノーガードで喰らったミドリはゆっくりと地面に突っ伏して動かなくなった。


「ふぅ……」


 そんな先輩の姿を恍惚とした表情で数秒見下したアスカは、やり遂げた感たっぷりの溜息を漏らして、


「さ、ゴミ拾い続けましょうか」


 腹を割って話し合えたし、拳で語り合えたし、これまでに溜まっていた色々な感情を発散させられたようだし、少しは仲良くなれた……のか?

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