七十七話 お好み焼きと恋1
「はぁ・・・・へぇ・・・・ほぉ・・・・・・」
週末になると毎晩のように猫の手食堂で飲んでいるノルン、サイ、ソーマの3人だが、今日のソーマは明らかに様子がおかしかった。
先ほどからため息ばかりついている。
「なぁどうしたんだソーマは?」
「アタシが知るわけないでしょ、サイこそ知らないの?」
仲が良い2人にも原因はわからないが、かと言って気味が悪くて聞き出すことも出来ずにいる。
ソーマは心ここにあらずと言った様子で、厨房をボーっと眺めてはため息をつき、酒の入ったコップを口に付けるという動作を繰り返す。
「僕は・・・・恋を、してしまったのかもしれない」
「はぁっ!?」
「ゴフッ! ゲッホ、ゲフ、ゴホッ!」
突然ソーマの衝撃告白に、サイはフォークに刺していたから揚げを床に落とし、ノルンは飲んでいる酒を吐き出して動揺を露にする。
「「相手はっ!?」」
動揺を抑えようともせず、2人はソーマの恋する相手が誰なのか問いただす。
ちなみにサイの落としたから揚げとノルンの零した酒はウェイトレスであるニーナが一瞬で片付けたが、その最中ニーナは恨みの籠った視線を2人に向ける。しかしソーマの相手が気になって完全に無視していた。
「君達は洞察力が足りないね。僕がさっきから見ているのがわからなかったのかい? これだけ熱烈な視線を送っていたのに?」
もちろん2人とも気が付いてはいたが、単純に料理を待っているだけかと思って無視していたのだ。
彼の視線の先、つまり厨房だ。
「厨房のヤツって事か・・・・となるとリリ、トリー、フェムの3人か」
「いやいや、料理を取りに行くからニーナちゃん、ユチちゃん、アン、アールって可能性も」
結局は食堂で働く全員が厨房に行くのでソーマが誰の事を指しているのか全くわからない。
もっとも恋する相手がニーナやユチだとすると、色々話し合う必要がありそうだが。
「本当に残念な2人だね。僕は揚げ物をしている彼女、トリーさんを見ていたに決まってるじゃないか」
自分の視線は厨房内でも油関係を中心に料理しているトリーに注がれていた、とソーマは言うが、サイ達が居るテーブルから厨房までは10m近く離れている上にトリーだって動いている。
「「わかるかっ!」」
説明されなければ、本人以外は絶対に気付くことはないだろう。
「で? 告白するの?」
先ほどから「恋した」だの「可憐だ」だの言ってはいるが、行動に移す様子の無いソーマにイライラしながらノルンが尋ねる。
「う~ん・・・・ほら、と、年の差が・・・・」
獣人は成人時期がもっとも長いため、ぱっと見では年齢がわかりづらい。
しかしトリーは11歳になるユチの母親、つまり28歳のソーマよりほぼ確実に年上なのだ。
「悩む前に聞いてみりゃいいじゃねぇか。おーい! ユチーーっ!!」
「お、おいっ、何を勝手に!?」
忙しそうな厨房まで行って本人に年齢を聞くのは難しいが、ウェイトレスをしている娘のユチになら話しかけても問題ないので、サイが動き回っているユチを呼び寄せた。
「どうしましたにゃ~? サイさんが無料チャレンジしますにゃ?」
『無料チャレンジ』
開店当初は賭けの対象になっていた酔っ払い、無法者と従業員のバトルだが、最近では『ヤバい店』として有名になりサッパリ挑戦者が居なくなっていた。
そこでギャンブラーユチが新たに考え出したのが、勝てたら無料になるという制度。当然全額タダと言う事で多くの客が挑戦したがことごとく敗北していった。
中には名うての冒険者や兵士も居たが、回避必須なアダマンタイトの包丁が従業員の巧みなコンビネーションにより縦横無尽に飛んでくるので勝てるわけがない。
むしろ抵抗して弾き返そうとすると切れて貫通するだけなので、貴重な装備が無くなり泣く羽目になる。
アダマンタイトを弾けるのは、ウェイトレスが常備している同じくアダマンタイト製トレイだけで、彼女達は飛んでくる包丁を器用に反射させて挑戦者の背後からも攻撃が可能。
一度放たれた包丁が地面に落ちるのは、身も心もズタズタになった客が倒れる時だ。
そんな食堂名物になっている賭けにサイも挑戦しないか、とユチが進言しながらやってきた。
「やらねぇよ。それよりお前とトリーの年齢っていくつだ?」
と、サイは情報収集を始める。
ユチが近づいて来てからのソーマは挙動不審だった。
将来ユチの父親になるかもしれない人間にはとても見えないし、これが親だと言われてもユチには全力で拒否されるだろう。
「え? どしたの?」
仲間からのプライベートな質問に、営業スマイルを忘れて素の表情で聞き返すユチにサイとノルンが事情を説明する。
「いいい、いや。ちちち、ち、違う・・・・違うんだよ? 僕は別に好きとか、そそ、そういうのじゃなくてね。い、いや嫌いなわけじゃもちろんなくて・・・・」
何が言いたいのか全くわからないが、誰が見ても気持ち悪い男になっているソーマを無視して2人の話を熱心に聞くユチ。
「にゅっふっふっふ~。なるほど、なるほど~。楽しそうなお話ですにゃ~」
当事者のはずだが、ユチはニヤニヤと笑いながら協力する姿勢を見せる。
「私は10歳でお母さんは31歳にゃ。ちなみにもうすぐ11歳になるからプレゼント期待してるにゃ」
チャッカリ情報料を要求する、したたか少女だ。
もしかしたら母と付き合う条件として「お小遣いをくれる人物じゃないと納得しない」と暗に言っているのかもしれない。
しかし肝心の年齢はわかった。
「3歳差か、全然問題なくない?」
「いや待て。まずトリーが今、付き合ってる相手が居るかどうかの確認が先だ」
そこまで大きな差ではないから告白しろと言う行動派なノルンと、案外冷静に話を進めていく慎重派なサイ。
実際問題としてトリーに現在恋人か好きな人が居ればソーマの努力は無駄になってしまう。
「大丈夫。お父さんが亡くなってからはそんな余裕なかったし、食堂に応募した時に結婚の予定は無いって言ってたから。にゃ」
完全にサイ達の仲間になったユチは重要な情報を伝えつつ、辛うじて従業員として必須の「にゃ」を語尾を付ける。接客態度として給料に響くらしい。
「つ、つつっつつ、つまりぃトリーさんは今フリーで、ひひひぃひぃ1人寂しい夜を過ごしていると?」
歯の浮くようなセリフを女性全員に言っている普段のソーマからは考えられないほど気持ち悪い質問だった。
一応ユチは「まぁその通りなんだけど、私も居るよ」とソーマの質問に引きながら答える。
彼はこの時点で娘(予定)からの評価がガタ落ちしている事に気付く余裕もない。
それからユチ、サイ、ノルンの3人が相談して近々ロア商会で合コンを開くことにした。
当然メインはソーマとトリーの仲を取り持つ事なので2人の参加が必須なので、母親はユチがなんとか説得すると言う。
「ねえ、いい男が居たら捕まえても良いよね?」
充実した毎日を送っているノルンは必死と言うわけではないが、結婚適齢期ではあるので相手が居ればするつもりでいた。
「お前・・・・ロア商会の男女比を考えろよ」
「距離的にアクアは無理。食堂は女性だけ。孤児院なんてそんな余裕ないだろうし、残ってるのは肉体労働してる筋肉バカだけだけど?」
毒舌なユチだが言ってることは間違っていない。
「ぐぬぅ・・・・アタシの恋はまだまだ先か~。別に良いんだけどさ」
「まぁまぁ。じゃあ成功を願って、乾杯っ!」
「「乾杯っ!」」
労働中にも関わらずユチは勝手にジュースを用意して、2人と共に乾杯して合コンの成功祈願をした。もちろん料金はソーマ持ち。
客から「可愛いウェイトレスだから」とご馳走になる事も多いので誰も文句を言ったりはしないし、今は夜の酒場なので完全に無礼講となっていた。
「あの、僕を置いて話を・・・・進めないでもらいたいん・・・・だけ・・・・ど」
ソーマの声は誰にも届くことなく食堂内に虚しく響いた。
あっと言う間に合コン当日。
仕事終わりに集合場所にやってきたサイ達だが、そこには30人近くの人々が集まっていた。
「なんでこんな大規模にしたし!?」
「知るか! ソーマじゃねえのか?」
「オッサンに話したのがマズかったかな~」
どうやら合コンと言うよりは飲み会と勘違いして参加者が増えていったらしく、ロア商会の従業員ほぼ全員が集まっていた。
「ね、ねえ。どうするの? 絶対面白おかしい雰囲気になって恋とか、告白どころじゃなくなるんだけど・・・・」
あの手この手でトリーを説得してなんとか連れて来たユチが、1人でこっそりサイ達の下にやってきて「合コン開始前から失敗してるのでは?」と言ってきた。
たしかにロア商会の面々が集まって飲み会を開けば、間違いなく告白するムードなど存在しない爆笑必至な宴になってしまうだろう。
「しかもなんで集合場所がココなんだよ」
合コンメンバーが集まったのは見慣れた広場だった。
近くには以前までサイ達が石鹸販売していた露店スペースが見える。
「いや、ユキ様がここに集合って・・・・」
幹事をするはずだったノルンはユキから指定されただけだと言う。
「お・ま・え・がっ! 喋ったんだろうがぁぁーーーーっ!!」
サイに怒鳴られてシュンっとするノルン。
どうやら彼女がよりにもよってユキに合コンの件を話してしまったらしい。
そして勘違いなのか気を使ったのかはわからないが、ユキが大勢に声を掛けて大規模な親睦会になった、と。
「私も飲み会って言われたわよ」
「わたしも~」
「ワシらはタダ酒が飲めると聞いて」
他の参加者達もユキによって集められた酒豪だ。
「皆さん集まってますね~。楽しい飲み会にしましょう~」
「「「ウィーッス」」」
そう言いながら現れたのは今回の計画の首謀者であり、ロア商会No2のユキ。
こんな大人数での合コンだとは夢にも思わない一同は完全に飲み会のテンションになっている。
((まぁ飲み会で良いか))
正直ソーマの恋より親睦会の方が楽しそうなので、サイとノルンはユキに流されていく。
「待ってぇぇぇーーーーっ! 私は問題あるから! すごく困るから!」
母とソーマの恋を本気で応援していたユチだけが慌てている。
いや、よく見ると一言も喋っていないソーマも呆気に取られているだけで泣きそうだった。
「では皆さんで一緒にツマミを買いますよ~」
事前にユキから参加条件として提示されたのは『自分のオススメのツマミ』を購入する事。
それ以外は無料なので十分元は取れるし、自分の好きなツマミで酒が飲めるのはむしろラッキーだと考えた従業員達はノリノリで商店街へと歩き出した。
「は? 甘いもんとか、ふざけてんのか?」
「アンタこそ苦いだけの野菜じゃんか」
女性のノルンはオレンジ、サイは最近ハマっているポックルと言う根野菜を購入し、お互いに「それはない」と否定し合う。
肉を買う屈強な男、魚介類を買う女性、珍味に手を出すお調子者、持参したソーセージを見せびらかす者、皆がそれぞれに買い物を楽しんでいる。
意外と知らなかった各々の趣味趣向が垣間見えた瞬間だった。
「あ、私も肉、高い肉」
ユチは全額ソーマ持ちなので、ここぞとばかりに高級なビッグベアの肉を買う。
「ト、トリーさんは。ななな、何を・・・・かか、買うんですか?」
恋する相手に一生懸命話しかけるソーマだが、相変わらず気持ち悪い。
「私は、このカリカリな骨ですにゃ。ついつい食べ過ぎてしまうんですけど、お酒が進むのでオススメにゃ」
トリーは猫らしく小型魔獣の炙った骨らしい。ちなみにソーマは炒った豆だ。
ちなみに彼女は元々語尾が『にゃ』なのでこれが普通の喋り方である。ユチは父親似で『にゃ』とつけなくても違和感がないらしい。
兎にも角にもこんなメンバーにも関わらず2人きりの空間は作り出せている。
問題はトーク内容だ。
「もーっ! そこで今度一緒に飲みましょうって誘わなきゃ! 女たらしとして失格じゃない! しかも自分が何を買ったのかも言わないから会話が続かないし」
そんな2人を陰から見ていたユチは、ソーマの話術の無さにイライラしている。
ノルンとサイは普通にツマミトークで盛り上がっているので戦力外だ。
この場で彼女だけが恋の行く末を本気で心配していた。
こうしてツマミを買い揃えた一同は飲み会の会場へと向かう。
まだ合コンは始まってすらいない。