千七十九話 深層への道1
事前に目的や手段を説明し、手本を見せ、改めて説明し、実際に作業させてみたものの、少女達の中に地面や空間を調べられた者は誰一人居なかった。
エルフとしての能力を存分に活用したイヨが化学反応までは辿り着いたが、それは教師が黒板に書いた文字を丸写ししたようなもので、一切理解していなかったのでノーカン。調べられてもいないしな。
(ま、俺は地球から大量の知識持ち帰りましたけどね)
所詮は子供。やる気こそあったが方向が見当違いだ。
役に立つかどうかではなく何となく楽しいからやっているだけ。本気は本気でも、自分が楽しめるかどうかがすべての刹那的なもの。理解よりも感性優先。結果よりも感情優先。
それでも何かをした実感はあったようで、それ以降、彼女達は一向に変化のない作業に文句を言ったりバカしたりしなくなった。
「ふふ~ん、私の勝ち。獣人最強」
「い、今のはてかげんしてあげたのッ! 精霊術ありならチコに負けたりしないから! サイキョーノザワはエルフのだから!」
「『最強の座』ね。ノザワさんは最強でもなければ誰のものでもないから」
「で、では、ももも、もう一度……イ、イ、イヨさんの全力疾走が見られますのね……デュヒヒヒ……」
飽きて見なくなったけど。「進展があったら知らせてよ」と美味しいとこ取りを望んで離れた場所で遊んでるけど。
「ルーク様……」
「あ、はい、すいません。『獣人』『ロリ』『運動』の三種の神器に、つい作業を忘れて見入ってしまいました。一部始終をシッカリ脳内に記録してしまいました。反省しております。今後はこのようなことがないよう努力してい、」
「よーいどーん!」
じぃぃ~~。
ココの元気いっぱいな合図が聞こえた瞬間、俺の視線は自然と少女達に向き、そのまま大地を駆ける2人の姿に釘付けになった。
「……(ぼそっ)アーストラップ」
「おわああああああああーーー!?」
突然の浮遊感。それは果てしなく続く……と思ったら案外早く終わった。
辺りは一面の土。ギリギリ両手を伸ばせるほどの広さしかないが、手を伸ばせば届きそうな距離に青空が広がっている。2mほどの穴に落ちたらしい。
(いや、落とされた……か)
犯人はわかっている。
土精霊だ。
誰に命令されたかは重要ではない。実行したのは間違いなく土精霊。首謀者が別にいるとしても共犯であることに変わりはない。その首謀者も彼等に問いただして突き止めれば良いだけの話。
が、その前にまずはここからの脱出をば。
「って精霊術が発動しないんですが?」
土精霊は無理だとしても他属性も無反応。何なら魔力も発動しない。
「これはもしかしてヘルプミーが必要ですか? というか声届いてます? 風だか土だかの結界で封印されてたりしません? 魔力ゼロなんで見えないんですけど。清々しい春の青空しか見えないんですけど。子供達の声も、就農者の作業音も、聞こえないんですけど」
………………。
…………。
素手で壁面を削り、足場を作って脱出する頃には、辺りはすっかり夕日に染まっていた。
農作業に励む人がぽつぽつ居るだけで、フィーネの姿も、少女達の姿もない。
「……運動して腹も減ったし、夕飯にしようかな」
(((あ、それで良いんだ……)))
数時間ぶりに聞いた声は、収穫した作物を籠や荷台に乗せて帰路につこうとしている農家達の心の中のツッコミだった。
「むっ、この芳醇な醤油のニオイ……肉が焼ける香ばしい音は……間違いない。すき焼きだ。やったぜ。イヨの友達が来るってんで奮発したんだろうな。採れたて野菜も美味しくいただける最高の料理だし」
(((しかもコイツ、宿舎で食べる気だ……)))
肉を合わせ調味料で煮る関東風、焼く関西、牛肉ではなく豚肉を使う北海道と、各地域の調理方法を伝えたがどうやら今回採用したのは関西式のようだ。
肉も野菜も穀物も一級品なら、料理人も一流、さらに大勢でワイワイ囲う鍋。
このために砂糖や醤油を作ったと言っても過言ではないほどの素晴らしい夕食になることだろう。
「ふへぇ~、食った食った。余は満足じゃ」
突然の参加にもかかわらず用意されていた自分の分のすき焼きを、少女達をはじめ宿舎の皆々様と楽しくお喋りしながら美味しくいただいた後。
俺は、共有スペースの片隅にあるベーさん専用エリアに置かれていた畳に寝転びながら、調査第二部を始めるまでのまったりとしたひと時を満喫していた。
「そのエリアに関してはスルーなんだね……」
「んあ? なんだココは不満なのか? 自分が気に入らないからって人の家にケチつけるのか?」
仰向けのまま首だけ動かしてソファーに座る少女を見る。
角度の関係でスカートの奥に潜む何かが見えるが俺はロリコンではないので気にしない。口にすればそれはもう意識しているのと同義。相手に意識させたら終わりだ。あえて言うなら陰影がグッド。『見えそうで見えないでもよく見ると』ってやつだな。チラリズムとは似て非なるフェチだと思う。
「そうじゃないけど……」
案の定、ココは……いや4人とも気付いた様子はない。
まぁ見えているのはミニスカ着用のイヨとココだけで、ズボン姿のチコは太ももがまぶしいだけだし、ルイーズはロングスカートなのでそれ以前の問題。
だからなんだって話だ。肝心なのは如何に眺められるかであって、中身だのチラリズムだの大したことではない。何故なら俺はロリコンじゃないから。あくまでも自然体が好きなのであって他は二の次三の次。
見えて嬉しいという感情を否定するつもりはない。
ぶっちゃけ、子供だろうが老人だろうが同性だろうがブサイクだろうが、何なら物だろうが、普段見えない部分が目に入ったら凝視してしまう。見慣れないポーズを取っていたら注目してしまう。性に限らず興奮する外見だったら一瞬目を奪われてしまう。
それが人間だ。思考する生き物の性だ。
――と、話が逸れたな。戻そう。
「ベーさんのフリーダムは今に始まったことじゃないだろ。ここには自然界にあるものを汚いと思うような人間は居ないし、夜の砂浜に寝転びたいと思うパリピ精神も少なからず持ち合わせてるんだ。フローリングを切り取って剥き出しの大地があるのだって普通普通」
アルディアは室内でも靴を履く文化。ならこれはリビングに釣り堀を置くような奇行ではなく、ペットのための寝床を用意したようなものではないだろうか?
「それもそうだけど……」
「じゃあ何なんだ? 俺がペット扱いされるのを受け入れてるみたいなことか? 仕方ないじゃん。食後に畳の上でごろ寝する誘惑には勝てなかったんだから」
しかも地面にカウントするためか妙に世界を感じられる。畳というより極上の干し草と言った方が近い。流石ベーさん。やりおるわ。
「おにぃが触れようとしないから言うけど、そこさっきまで床だったよね? 突然出来たよね?」
「別におかしくないだろ。住み心地の良い空間を作ろうとした結果、欲しいと思ったものが何でも揃うようになっただけじゃん。さっきの例え話じゃないけど、夜の砂浜に寝転びたいと思ったから何十分も掛けて赴くなんて当たり前のこと、強者がするわけないって。
ちなみにこれは昼間の作業にも関係していて、物質を構成する微精霊を想いの力で変化させ、」
「エルフさん、カモンヌ!!」
俺の説明からドラゴ●ボールと勘違いしたルイーズが、話を遮ってギャルのパンティばりに威勢よく願望を口に出した。
が、当然出て来ない。
「ただし自然現象に限るぞ」
「ガッテム!!」
お嬢様の口から出るスラング。とても良いと思います。
「んで、義務感や焦燥感の一切ない楽しみの感情で何も起こらなかったわけだが、どういうことだ?」
「しっかり学んでおられたのですね……」
突然の真面目トーク。問いかけられたフィーネは驚いたような呆れたような顔で言った。
「そりゃな。進展しないならするようにするだけ。昼間のことは何一つ無駄にしてないぞ、俺は」
「ケッキョクどっちなのよ?」
あまり頭が良くないイヨにはついて来られない話だったようだ。おそらく脳内で『する』『しない』がゲシュタルト崩壊している。
「あまり深く考えるな。『進展させる』を『する』だ」
「なら進展させるでいいじゃない」
「自分で何とか出来るならな。でも今回はそうじゃない。場所や知識だけ提供して『あとは任せた』が俺の作戦だったんだ。あえて干渉しないことで進展させることに『するようにする』って言い回しを使ったわけ」
「???」
アホ面で固まるイヨ。だから深く考えるなと言ったんだ。
「わかりやすく言うとお前等に託してみた。無邪気に遊ぶお前等にな。
でも結果は失敗。遊ばせてるだけじゃ無理だと思ったから、知識が足りないことを承知で試してもらったけどダメ。若干与えてみたけどやっぱりダメ。微弱とは言え精霊術が発動してたのに、だ。
つまり深層に行くために必要なのは想いや精霊術じゃないってことだ。出力不足って可能性もあるけどさ」
「ダメ!? このわたしが!?」
何故この子はこんなにも自己評価が高いのか……悪いこととは言わないが失敗を認めることも時には必要だぞ。ドヤるのは成功した時や自慢する時にしろ。
そもそも俺は見下したりしていない。好きにやれと言ったのは俺なのだ。ダメなのはむしろイヨ達の才能を引き出せなかった俺の方だ。
試せたって意味では成功と言えるしな。
「可能性が残っている内は試してみるべきですよ」
「ごもっとも」
というわけで夜パート行ってみよう!




