千七十五話 ゴミ拾い4
ゴミ拾いを始めて20分。俺達は序盤の遅れを取り戻すべく、約2m、フットワークだけではどう頑張ってもカバー出来ない距離をあけて進んでいた。
「っ、っ……くっ! まだまだぁ!」
楽しいボランティアではあり得ないこの掛け声は、ユキとの茶番でも、気がふれたわけでもなく、真面目にゴミ拾いをしているからこそ。
もはやこれはゴミ拾いではない。スポーツだ。
テニスや卓球、野球の特守を思い浮かべてもらえたらわかりやすい。
前傾姿勢でカカトを浮かして足先で細かくステップ、軸足を固定して大きく足を開いて体全体ですくい上げるように拾う。そうすることで打ち返した(ゴミを拾った)後に次の移動および捕球が迅速におこなえる。
ゴミの近くまで歩いて行ってしゃがみこんで拾う? 雑談に花を咲かせながら? そんなの遅いし見逃すだけだろ。
今、俺達に必要なのは、口から出すのは想いを伝える言葉ではなく、この行為を1秒でも長く持続させるための心拍数管理だ。
ゴミが落ちていなければ息抜きがてら喋っても良いのだが、1人半径1m、3人で6mもの範囲をカバーしているのだから、落ち葉は数秒に1つ回収出来る。出来てしまう。
汗水たらして頑張っている仲間を横目に会話するなんてあり得ないし、目の前に転がっている標的を如何に効率よく回収するかの1人を作戦会議したり、陣形を崩さないギリギリの範囲で先行したり立ち止まって一掃したり、左右だけでなく前後のフットワークもおこなっているのだからそんな暇などない。
「ぜぇ……ぜぇ……ぜぇ……」
で、マンツーマンの千本ノックを20分もすれば当然こうなる。
魔力で身体能力を向上させていても、その分速度もブーストしているのでプラマイゼロ。どころか疲労倍増だ。100m走しながら握力測定するようなものだし。
「「え?」」
……普通の人間はこうなる。
他メンバーが、身体能力お化けの獣人と、『疲労? なにそれ美味しいの?』な強者であることを失念していた。
断じて俺がひ弱ってわけじゃないのよ。2人がおかしいのよ。
「す、すごいですね……」
風の魔術で集めたり、得点の高い粗大ゴミやコスパ最強の吸い殻に狙いを絞ったり、清く正しい心を持つ俺では到底思いつかない法網をかいくぐる手段は除外するとして。
正攻法における最高効率を叩き出していた俺の耳に、引き攣ったような声が届けられた。
「なんだカルロスじゃないか。どうしたんだ、こんなところで? まだ業務時間だろ?」
「それはこちらの台詞ですよ。どうして清掃活動でそこまで全力を出しているんですか。知らない人が見たら……いえ、見て引いてるじゃないですか」
言われて周囲に目を向けると、町の人々はマイナー時代のハロウィンでも見たように、気色悪さを隠そうともせず俺達から距離を置いていた。
「仕方ないですね~。今の私達は、親子の触れ合いイベントで二人三脚をすることになったのに、勝ちたいからと子供を抱えて走ったみたいなものですし~」
「とってもわかりやすい説明どうもありがとうよ!」
たしかに鬼気迫ってたよ。もし俺が目撃した側だったら絶対関わりたくないよ。馬車の御者をしてたら道変えるよ。実際ここまで一度も声掛けられなかったよ。割と人通りの多い道路を占領してたのにもかかわらずな。
でも俺達はただ町のために働いてただけ。恥じる必要もなければ批難される謂れもない。
「まぁ気にしないでくれ。俺達も気にしてないから。正しいことをするのには犠牲がつきものだろ」
「わかってますよ……だから町の人達は困っているんでしょ……」
納得していない様子のカルロス。
どないせーっちゅーねん。文句言うなら解決策を出せ。従うかどうかは別だが聞くだけ聞くぞ。いや、今は無理だけど。
「それはつまり今回は我慢しろってことでは~?」
「……そうだな」
良いんだ、良いんだ。普通じゃないことをおかしいって言いたいヤツには好きに言わせておけば。本気で頑張ってる人の顔が変だと嘲笑うようなもんだろ。そっちの方がおかしいよ。
「で、YOUは何しにこの区域へ?」
こんな意味のない問答をしてても仕方ない。こちとらゴミ拾いを続けたいんだ。さっさと本題入りやがれ。邪魔だったら許さねえ。
「なんだ、結局お前等も参加するのか」
「はい。来週の中央部の清掃活動ですけど」
このゴミ拾い。実は研究所の連中にも参加を促していた。
新人教育(というか先輩後輩の関係)が上手くいっていないようなので、親睦を深めるために丁度良いイベントだと思ったのだ。
しかし急だったこともあり全員は揃わなかった。
こういうのは全員でなければ意味がないので不参加になったのだが、別日なら揃うらしく、カルロスはその下見に来たんだとか。主催者や内容は同じだしな。見るだけでも雰囲気や温度感はわかる。
「賞金のことは今知りましたけど……」
「それこそ気にすんな。目的は清掃と親睦を深めることだ」
「でもミドリさんが……」
あー、実は負けず嫌いな謎生物が何をするかわからないってことか。
役立たずに特製ビンタをお見舞いする可能性も大いにある。逆に自分が足手まといになったら先輩としての面目丸つぶれ。悔しさのあまり魔術を使って集めたり、そうならないように他人から奪うかもしれない。
ポン、ポン――。
「……何故キミ達は僕の肩を叩くのかな? 何故カルロスは縋るような目をしてるのかな?」
「言わせないでくださいよ、恥ずかしい」
と、恥ずかしさの欠片も見せずに言い放つユキ。
ええ、ええ、わかってますよ。来週も清掃活動することになるんでしょ。職場の仲間編がスタートするんでしょ。
「ってちょっと待て。仲介役は俺じゃなくても良いだろ。リンとかリンとかリンとか」
「仕事が忙しいって言ってました」
「俺だって忙しいよ!? たぶんだけど俺の方が忙しいよ!?」
「ププッ、い、忙しい……プププッ」
「笑うんじゃねえ! 人の努力を笑うヤツが一番ダメだって知らないのか!? たしかに俺の知り合いも『貴方のあらゆる言動を誉める人は信頼するに値しない。間違いを指摘してくれる人こそ信頼出来る』って言ってたけど! お前のは指摘すらしてないじゃん! ただ嘲笑ってるだけじゃん!」
「ロクでもない知り合いですね~。無能の言うことですよ、それ。誰ですか? 説教しないと」
ソクラテス先輩を馬鹿にすんな。釈迦・キリスト・孔子と並ぶ四聖人だぞ。スゲー哲学者なんだぞ。
「凄いかどうかは私が決めます。ルークさんの価値観を強要しないでください。
一見正しいことを言っているように聞こえますけど、この人は間違うことの重要性を理解していませんね~。力さえあれば取り返しのつかない間違いをした後でも助けることは可能ですし、成長するためには自覚する必要があります。指摘なんて言語道断です~」
(くっ、こんな時だけ正論を……)
まぁユキの主張も間違ってはいない気もする……というかこっちの方が正しい気がするけど……研究者してたら特に。
「あなた! 何がそんなに嫌なんです!? たまの休日ぐらい家族サービスしても罰は当たらないんじゃないですか!?」
と思ったら突然始まるコメディ。
温度差で風邪を引きそうだ。まぁ平気なんですけど。
「誰が家庭を顧みない仕事人間だ。後でフィーネに怒られろ」
彼女は冗談でも俺との結婚を許さない。恋人よりも上の育ての親として、口うるさい姑やヤンデレ彼女も真っ青な手段で報復する。
トイレ呼び出しからの腹パンに3000点。
「冗談はこのぐらいにして……たまの休日ぐらいゆっくりしたら良いじゃないですか~。根を詰め過ぎても良いことありませんよ~?」
「たまの休日にギスギスした職場関係をなんとかしようとする方がおかしいけどな。こんなことしてたら心も体も休めないじゃん。そもそも結構ゆっくりしてるわ。たまに熱が入って20時間労働することもあるけど基本8時間だわ」
どれだけ時間を費やしても質を疎かにしては何の意味もない。俺がやっているのはそういう作業だ。
「つまりルークさんにとって後輩と過ごす時間は苦痛なのかにゃ? それとも休息が必要だとウソをついてまでプライベートを邪魔されたくないのかにゃ?」
「まさか。新人はともかくカルロス達と居てもリラックス出来る。1年間ガッツリ絡んだ仲だしな。仲介なんて面倒なことがなければの話だけど」
「んまぁ~! 奥さん聞きました? 対人関係が面倒とか、引きこもりか育児放棄する人の考えですよ。今後数十年一緒に過ごす仲間なのに他人事ですよ」
「そんな人だとは思わなかったにゃ」
「僕もです。失望しました」
はいはい、やれば良いんでしょ、やれば……。
ただし言っておくぞ。
それをするのが教育係の仕事だ! 担任が上手くクラスをまとめられないからって学年主任すっ飛ばして校長に任せるのと同じだからな! 相談でも頼るのでもなく丸投げだ!
「そうなんですか~?」
「いいえ。その方が面白くなるからと皆さんに言われたので。全然自分達でやれました」
「そんなこと言ったのはどこのどいつだッ!」
「ここに居る私だ」
でしょうね。知ってた。俺とカルロスの共通の知り合いは全員そう言う。何なら俺の知り合いは全員そう言う。
だからツッコまない。
「自分達でやれるならやれ! 俺を巻き込むな! 忙しいって言ってんだろ、知ってんだろ!」
「それもユキさんに言われました。『どうせ何の進展もないのでイベントラッシュしちゃってください』と」
「き~さ~ま~っ!」
「その振り上げた拳、事実でないならどうぞ振るってください……私は謹んで受け入れます。そしてお詫びします」
うぜぇ、コイツうぜぇ。




