千七十三話 ゴミ拾い2
「しっかし凄い数だな~」
9時30分。元々多かった参加者は、俺が到着してからも増え続け、開始予定時刻になる頃には50人を優に超えていた。
これは町全体のイベントではない。あくまでも北部のみの清掃。
ボランティア精神溢れる者達を目の当たりにして思わず感嘆の声が漏れる。
「正確な人数はわかりますか~?」
「……57人かな」
ユキに言われて感知を試みる。通行人と区別がつきにくいが、そこは清掃する意思を読み取ってカウントした。精霊術様様だ。
「惜しい! 強者と目的が清掃ではない人がカウントされていないのと、本人も気付いていない妊娠2ヶ月のお腹の中の子をカウントしちゃってます~」
「十分だろ! 強者なんて感知出来る方がおかしいし、妊娠してるかどうか判別出来るだけで産婦人科で引っ張りだこだし、清掃目的じゃないヤツを除外したんだからそれで正しい……ってか何しに来てんだよ、そいつ等」
「なんだ知らないのか? このゴミ拾い大会は、制限時間内にどれだけゴミを集められるかを競う、賞金を懸けた戦いなのさ」
「ゴミは種類によってポイントが違うが、優勝チームには金貨3枚が贈られるんだ! 競い合うことでゴミも無くなる素晴らしいイベントだぞ!」
疑問に答えたのはユキではなく二十歳そこそこの男性2人。
最初に発言した男(ハゲ)は隣に居たのでわかるが、後から現れた男(筋肉)はそれほど近くに居たわけでもないのにわざわざ歩み寄ってきた。テンションから察するに話したがりのオタクなのだろう。同志を求めているのかもしれない。
それはそうと、住み心地の良い町づくりのために立ち上がったかと思いきや、まさかの30万円争奪イベント……。
先程とは別の溜息が漏れそうになるが何とか押し止め、筋肉と違って参加した目的が金オンリーであろうハゲに話し掛ける。
「例え賞金が出るとしても、筋にk……そっちの人が言ったみたいに、あくまでもイベントの目標は町をどれだけ綺麗に出来るかで」
「ハッ! 全員金目当てに決まってるだろバカめっ!」
バカって……ボランティア精神を持っているだけなのにバカって言われましたよ……。
もし読心術を身に付けていなかったら(というか使ってなかったら)、主語の大きなハゲの発言を否定することが出来ず、筋肉のように疑心暗鬼になっていたことだろう。
まぁ大小の差はあれどどちらも金目当てであることには違いないようだし、「俺、人の心読めるけど、誰もそんなこと思ってねえよ」とトラブルの種を蒔くこともあるまい。
「キミ達。たしかに賞金目当ての人もいるが、この町を愛し、ボランティアで集まっている人もいる。一緒に頑張ろう、金貨拾……ごほん、ゴミ拾い大会!」
これ以上話すことはないだろうと会話を打ち切ろうとしていると、新たに現れた中年男性が、俺や筋肉の味方をすると見せかけてポロっと本音を漏らした。
「アンタ、今、金貨拾いって言おうとしただろ?」
「何を言っているのかサッパリわからないな」
と、白を切る中年。
これならハゲの方が清々しくて好感が持てるまである。
いや、どっちも嫌だけどさ。どっちかを選ぶならって話ね。子供の前で金の話する大人、ましてや罵ったりライバル心を剥き出しにするヤツとか無理無理。
『え~、本日はお集まりいただき――』
賞金のこと以外、参加申し込み用紙に書かれていた内容そのままの説明&校長ばりの定番の挨拶は流すとして、
『そして優勝チームには金貨3枚が贈られます。本来であればこのお金で業者を雇った方が早いのですが、町民の意識改革に繋がるからとヨシュア領領主のエドワードさんが清掃用品と合わせて出資してくださいました』
と思ったら流せない話が飛び出した。
ボランティアという崇高なイベントを欲望に塗れた連中だらけにした犯人は、親友の父親。
しかし彼を責めることは出来ない。これを悪とするなら現在『正義』と言われているものの9割は悪になるだろう。あえて悪者を決めるならそうしなければ集まらない参加者だが、やる気を出す理由を求めるのも、物で釣るのも、社会を成り立たせる上で必要な手段であり生き方。嘆きこそすれ責めはしない。
苦肉の策ってやつだ。
「嘆かわしいことですね~」
そんな俺の胸の内を知ってか知らずか、ユキはまったく同じことを呟いて肩を竦めた。
「まったくな。そもそもこんな活動すること自体おかしいんだよ」
当然同調する。
俺にはわからない感覚だが、どうもゴミを所持することを『格好悪い』と思う者もいるらしく、彼等の中は手に持ったりカバンやポッケの中に入れておく選択肢が存在しない。
ならどうするのか?
その辺に捨てるのだ。
『ゴミなんて誰かが片付けるっしょ』
『捨てやすいようにゴミ袋に入れておいたからダイジョブダイジョブ。ってわけで誰かさんシクヨロ~♪』
『ゴミ箱一杯だけど一緒に回収してくれるよねぇ~。つーか一杯にしとくとかマジ信じらんないしぃ。ちゃんと仕事しろっつーの』
一刻も早く手放すためのポイ捨てはもちろん、捨てる努力しましたアピールと共にパーリーナイツの残骸を目立つ場所にぶら下げたり、公共のゴミ箱に家庭ゴミを持ち込んだり、入らなければ謎の理論で周辺に放置したり。
それを目撃した仲間達も「うぇーい」とか言うだけで批難しない。もしかしたら「あっ、忘れてきたわー」と白々しくとぼける場合もあるかもしれないが、取りに戻れとは言わないし、次から気を付けろ的な注意だけで再犯確定。
何故、飲酒運転と同じく共犯にしないか不思議でならない。命の危険がないからか?
彼等は、現実世界のゴミを捨てれば捨てるほど心のゴミが増えていることに気付いていないのだ。
「出た。おにぃの人間アンチ。風で飛ばされちゃったとかもあるでしょ」
「ココ……たしかに、証拠もなく疑うのは悪いことだし、信じることは大切だけど、精霊の言葉わかるようになったらそんなこと言ってられなくなるぞ。向こうに落ちてるタバコとか悪意無く捨てられたもんだし」
俺は、お姉さんぶって『めっ』する猫タンにハァハァしそうになる気持ちをグッと抑えて、広場の外を指さして嘆く。
彼等にとってはポイ捨ては息をするのと同じ。当たり前の行動となっている。
精霊を知ることはそういった嫌な面を知ること。『かもしれない』を無くして善悪をハッキリさせること。真実はいつも1つ。心弱き者は絶対に生きていけない闇の世界だ。
「お前は知り過ぎた……」
「突然正義のジャーナリストを殺す直前の闇組織ゴッコ始めんな。結構真面目な話してただろ」
こめかみに突きつけられたユキのピストル形の手を払いのけ、
「ぐあっ! だ、誰です!? ここには私と彼しかいないはずですよ!?」
……る前に、ユキが肩を抑えて膝をついた。
「隙だらけだよ、ユキちゃん」
「私もいる」
その前に立ったのは2匹の猫。
「ココさん……! チコさん……!」
「ふふふ、こんなこともあろうかと保険を掛けておいたのさ。今頃あの情報は彼等の下に届いているだろう。お前は終わりだ」
さらにその奥でほくそ笑む俺。
「やって……くれたなぁあああああーーー!!」
『そこ、うるさいですよ』
「「「ごめんなさい……」」」
謝罪は人類が生み出した素晴らしい文化です。恥ずかしがらずに積極的に利用していきましょう。
茶番で流されたが別に構わない。言うほど悩んでないからな。
闇はどの世界も同じだ。真実がわかるからこそ救われることもある。わからないから悩むこともある。なら気にするだけ損だ。
そもそもこの能力、全自動じゃなくて手動だし。
そんなの、便利なものを使いこなせないからストレスを感じるとか、運動不足の原因は車だとほざくようなものじゃないか。文句があるなら使うな。便利過ぎるから嫌とか何なら満足するんだよ。
『それでは第三回ゴミ拾い大会、スタートです!』
進行をしていた男性は、宣言と共に持っていたクラッカーをパァンと盛大に鳴らした。
早速大量のゴミが生まれた。
サササッ――。
と思ったらスタッフの方々が迅速な対応で片付けた。花吹雪1つ残っていない。プロだ。
(そんなことするぐらいならクラッカー使うな、ってツッコミはしちゃダメなんだろうな、たぶん……)




