千七十一話 目隠しプレイ
ザクッ……ザクッ……ザクッ……。
真夜中のひと気のない山中で、1人の若者が何かに追われるように一心不乱に穴を掘っていた。
魔術があまり得意ではない男は、魔力を肉体強化と作業用具の強化に当て、その身一つで30分掛けて大の大人が3人は入れる巨大な穴を作り出す。
穴の横には、地中特有の湿り気を帯びた大量の土、力なく横たわる人型の何か。その口元からは赤黒い液体が滴っているが、本人も男も拭こうとはしない。
「はぁ、はぁ……なんだってこんなことに……!」
男は後悔を拭い去るように手にしたショベルを振るい続ける。
「これはこれは……随分と掘られましたね」
そこへ現れる新たな登場人物。
豊満な肉体を強調するようなメイド服に身を包んだ女は、丁寧な口調とは裏腹に呆れや侮蔑といったマイナスの雰囲気を男に向けたかと思うと、横たわる人型を無視してさらに続ける。
「これからどうされるのですか?」
「『それ』を埋める。もう俺に出来るのはそのぐらいしかない」
穴から這い出してきた男は、愛情など1ミリも籠っていない様子で人型を一瞥し、
「っしょ……っと」
ドサ――。
自分の腕力では到底持ち上げられないことを理解しているらしく、試みることなく転がす形で人型を穴の中に落とした。
そこまでされても人型は微動だにしない。目を開けることも、言葉を発することもない。ただ死んだように横たわるだけ。
「「…………」」
そんな人型をジッと眺める2人。
「「………………」」
ただひたすら眺める2人。
「……………………埋めるか」
何かを期待していた男は、諦めたように独り言ちると、ショベル片手に傍らにある土の山に手を掛け、
スカッ……スカッ……。
「~~~っ!! あ゛あ゛あ゛ああああーーーッ!! 鬱陶しいわ! なんだこの目隠し! 見えねえんだよ! 月明かりもないし余計に!」
あるべきはずの手応えがない。何度試しても見つからない。
男はブチギレた。
「あ、もうそれ取っていいですよ…意味ないですし…」
「ザケんなよ! じゃあ何のためにこんなことやってたんだよ!」
穴の中からの指摘にさらにボルテージを上げる。
まぁ俺だ。
マテリアル結晶は、ダンジョンを探せば1時間でリュックが一杯になるほど簡単に手に入る素材にもかかわらず、化学反応を引き起こしやすい物質で、最近の発展に大いに役立ってくれている。
そんなマテリアル結晶だが他の鉱石と同じく純度が存在するらしい。
以前フィーネが言っていた『すべての化学反応を網羅出来る夢の素材』はそういった物を含めてのことなんだとか。
そしてそれは深層で手に入る……一言で説明するなら、『深層にある高純度の結晶取って来い』という指令を受けたのでなんとか自力で向かおうとしていると。
もちろんショベルで掘るなんて非現実的な方法で到達するなんてサラサラない。
では何故あんなことをしていたのか?
それはベルダン周辺の地面を調べ始めて1週間。一向に進展の見られない俺を見かけた(?)ベーさんが放った一言からすべては始まった――。
「ふっ…視覚に頼るなど雑魚のすること…」
「ありがちな台詞かつアドバイスっぽいけど俺にどうにかするだけの力はないのよ!? 俺の精霊術じゃいくら視ても違和感すらないのよ!?」
「感じるな、考えろ…」
「新しいィィ!」
データを捨てないとか新機軸だ。
散々想いの力などという非科学的なことを言っておきながら、ここに来ての理詰め。しかも見たことないものを実現させろという無理難題。
「ルーク様……ベルフェゴールさんの役に立たない助言は無視してください……」
「それっぽかっただけ!?」
「なんと…私がウソをついていると…? フィーネさん、あなたの言っていることこそウソなのでは…?」
なんか人狼ゲーム始まった……。
ただフィーネの方が本物だろう。呆れる演技などという高等テクニックを入れるほどのこととは思えないし。
「バカなぁ~…何故バレたぁ~…」
「絆の勝利です」
この茶番自体は秒で、ベーさんを土葬する時間を含めても数分で終わったわけだが、
(待てよ……これ、本当に意味ないのか?)
数々のバトル漫画を読んできた者にとって『視覚を奪う』が効果的な修行の1つであることは周知の事実。『重り』『エネルギーを空にするor出力制限』『強敵相手に実践』と並ぶものだ。
というわけで目隠しをして世界を感じながら調査再開。
「右…もっと右…あと1歩右…」
「スイカ割り!?」
「…ちょっと上」
「地面調べるっつってんだろうが! なんだよ、上って! その様子だと『前』の言い間違いでもないよな!?」
つい指示通り動いてしまった俺も俺だが、やはり強者のノリは危険だ。スイカ割りの流れになっているし、ここでスルーしなかったら完全にベーさんのペースになるだろう。気を引き締めていかなければ。
「上上下下右左右左ABCDEFG」
(コ●ミコマンド!? い、いや、落ち着け……落ち着くんだ俺。微妙に違うし、どうせツッコんだら「え? なんですかそれ?」と梯子を外されるんだ。俺の取るべき行動は無視一択。ビークール)
「エッチ~♪」
「コマンドの続きなのか、俺への風評被害なのか知らないけど、少し黙ってろ。邪魔すんな。俺は忙しいんだ。遊んでる暇なんてないんだ」
と、スイカ割りの流れを大切にする怠惰の悪魔に宣言&忠告しながら、当たり屋をされないようベーさんから距離を置いて作業再開。
『蹴られた。お詫びに遊べ』
ありありと浮かぶ光景だ。
「ベルフェゴールさん……ヒント出し過ぎですよ……」
「もぉ~一度聞いても良いですか!? どこからスタートでした!? いやぁスイマセンね。バカで。俺の知らない精霊術の術式か何かだったんですね。へへっ」
踵を返して三下スタイルで媚びる。
手の平ドリル? 情けない? 好きに言え。俺は手掛かりのためなら何だってする。それほど手詰まりなんだ。もはや誰かに邪魔されてるんじゃないかと思うほど何の進展もない。
「…え?」
「え?」
ま、まさか……。
「スイカ割り…」
「はい、喜んでぇ~!」
懐疑心は世界一要らない想いだ。信用出来ないなら出来ないとハッキリ言えば良い。明かされるまで疑ったままなんてロクなことにならない。
俺は、自分の勘より本人の発言を信じて、手掛かりを手に入れるべく夏の陽キャの定番レクリエーションの準備に取り掛かった。
「ぶるぁぁ…ルークさんの作ったスイカ…マズゥ…」
農場からスイカの種を事後承諾で分けてもらい、いつも通り知識を活かした精霊術で急成長。
修行なのか、ただの遊びなのか、目隠しは外さないよう指示された俺は、前者であることを信じて終始呪いの装備を身に付けたまま作業をおこなった。
道中はコケたりぶつかったりストレスマッハだったが、スイカ割りをする段階になると視覚を頼らない状況にも慣れ、見事に一撃粉砕。
飛び散ったものは世界が食べるという便利な言い訳を用い(まぁ事実だし)、残った部分を食べたのだが、ベーさんの感想は「9月中旬のシャバシャバした砂のようなスイカです…」という失礼極まりないものだった。
「ではルークさんはこのスイカが美味しいと…?」
「スイマセン。不味いです。甘くないです。育ちすぎたキュウリと一緒です。口の中が不快です」
感覚を研ぎ澄ますことに役に立つかと思いきや、品種改良や育成には俺が想像していた以上に視覚情報が重要だったらしく、ビックリするぐらいの失敗作が出来上がってしまった。
「求)口直し…出)情報…」
「よっしゃ!」
「駄目に決まっているでしょう……美味しいスイカは私が用意します。ルーク様は引き続き深層への道を探してください。ベルフェゴールさんはくれぐれも余計なことは言わないように。良いですね」
「それは…目には見えないのにそこに存在するもの…とかですか?」
「……ええ。そうですよ。どうやら止めても無駄なようなので私が戻って来るまで黙っていなさい。暇なら口を拭いていなさい」
「難しい問題です…」
「どこがですか!? 赤ん坊でも出来ることでしょう!?」
「その代わりに私は赤ん坊では出来ないことが出来きます…フィーネさんに出来ないことも出来ます…」
「当たり前の理屈で片付けようとしないでください……それと私が下と言いたいならハッキリそう言いなさい。期待を裏切る食べ物を提供して差し上げますから」
美味い物を食べる気でいる舌にそれは犯罪だ。上げて落とすのが一番ダメ。それがアイスだったりした日には落差で絶命しかねないぞ、ベーさんは。
とにかく死体遺棄のような状況はこうして出来上がった。
今回得られた情報としては『深層への道は精霊界のようなもの』『目隠しは別の修行には役立つけど本件では不要』の2点かな。
「あと…その目隠しには感覚を狂わせる術が掛けられていたり…」
「フィーネさーん、ちょっと話があります。これ用意したの貴方ですよね。なんでそんなことしたんですか? 人を弄んで楽しいですか?」




