七十六話 ビールと物騒な食堂
俺は今日も『猫の手食堂』で酒を飲む。
食堂って名前だが、昼は食堂、夜は酒場になるのがこの店だ。
ニーナやユチって年少組も働いてるが、別に飲酒するわけじゃないから問題ないらしい。酒は15歳になってからだ。どれだけの奴らが守ってるかはしらないけどな。
「サイ。始まりそうだよ」
「今日も稼がせてもらうかの」
俺と一緒に飲みに来ているソーマとオッサンが話しかけてきた。
自己紹介が遅れたがサイだ。
ここは夜になるとリバーシやトランプでの賭博が始まる。
もちろん大金を賭けるのはご法度、料理一品や銀貨数枚までってのが決まりで、普通に飲み食いするだけの連中も居るから、店内を半分ぐらいに分けて迷惑をかけないように遊んでる。
まぁ『大人向けの娯楽』ってところだな。
「『から揚げ』『ソーセージ』『ビール』おまたせ」
絶妙なタイミングでニーナが料理を運んできた。
たぶんこれを賭けろって事だろうな。もしくは観戦のツマミにしろって事か?
「「「ゴクッ、ゴクッ、ゴック! プッハァァァーー!!」」」
まぁ当然だけどビールは即行無くなるわな。
「相変わらず『から揚げ』と『ビール』は殺人的な組み合わせじゃなっ! 手が止まらんわ!」
「いやいや、ピリ辛のソーセージもビールが進むよ」
この『ビール』はロア商会独自の製法で作った酒。
フィーネ様が考えたらしいが、今まであった『ワイン』『ヨッティ』って酒とは比べ物にならない美味さだ。
早く大量生産を頼む。現状この食堂でしか飲めないってのだけが不満なんだよ。
「リバーシ参加者はこっちのテーブルですにゃ! トランプはあっちのテーブルに行ってー!」
おっと、俺達が酒を飲んでたらゲームが始まるみたいだ。
主催者のユチがテキパキと慣れた動作で賭け試合を進行していく。
「ワシは頭を使うのは苦手じゃ。賭けだけ参加するぞ」
「僕はリバーシをしようかな」
俺は・・・・トランプだな。今日は運で勝てそうな気がする。
まぁ本番はここじゃない。これはあくまでも酒を楽しむためにやる余興のゲームだ。
「ふざけるな! 貴様イカサマをしたな!? この俺が負けるわけないだろっ!」
おっと来た来た。試合が進むに連れて、こういう風に負けを認めないヤツは必ず現れる。
酒が入って酔っ払ってるのもあるだろうが、初めての客なら大抵暴れ出すんだよな。
「よし、ワシは・・・・10秒に賭ける」
「彼、筋肉はあるけど・・・・弱いと見た5秒」
さて賭け本番といきますか。
あれは1ヶ月ぐらい前だった。
「なんだこの虫は? この店は安いかもしれないが、その分料理にこんな隠し味を使ってるんだな~。グワッハッハ」
俺はソーマと一緒に飲みに来てたんだが、妙なクレームをつけるバカが居たんだ。
俺達が働いてる工場もそうだがロア商会には虫が全く存在しない。
虫嫌いな女どもは喜んでるんだが、フィーネ様かユキ様がなんかしてんだろう。
当然ロア商会の系列店である猫の手食堂も同じはずなので、この男は確実に食堂の評判を落とすためにやってきた刺客。
まぁ、どの業界でも出る杭は打たれるってのが常識だろう。
実際ウチの露店でも似たような事が多いが、そんなウソ情報を誰も信じることなく爆売れしてる。直接手を出せばフィーネ様が飛んでくるってのも知れ渡ってるしな。
逆を言えばウソ情報だけならいくらでも流せるから、簡単に評判が落とせそうな出来立ての飲食店なんかは絶好の的って訳だ。
「お客様、どうかしましたかにゃ?」
対応に来たのは非力なウェイトレスのユチ。
普通ならクレーマーの対応には責任者、つま店長のリリが出てくるもんだ。せめて同じウェイトレスでも大人なアンやアールが出て来いよ。
流石に子供がこの場を治めるのは無理があるだろ。
「いやな。ここは客に食べられない虫を提供する店なんだろ? ほれ俺の皿を見てみろ」
そう言ってユチの前に自分が持ってきた虫入りハンバーグを見せる。
俺も入れる瞬間を見たわけじゃないが、どうせそんなとこだろう。
「それは変だにゃ~? この店の防虫魔術は完璧で私達は虫を見たこと無いし、ハンバーグは挽肉に加工してるから紛れ込むのもあり得ないにゃ。
あと、なんで料理に乗ってるのにゃ? これなら料理を持ってくる時に気が付くはずにゃ」
コイツ本当に10歳か?
怒っている男を前に、全く動じることなく完璧な正論で撃退するユチはさらに追撃する。
「その魔術もドラゴンスレイヤー様のお墨付きですにゃ。確認しますかにゃ?」
ドラゴンスレイヤー、つまりフィーネ様のお墨付きってことは、防虫はユキ様の魔術らしいな。
あのとぼけた開発部長は俺達に無関係のどうでもいい情報しか話さないから知らなかったのも当然か。まぁ面白いんだけど。
「う、う、うるさいんだよっ! とにかく俺の皿には虫が入ってたんだ!」
おいおい・・・・評判落とすつもりなら、せめて口の立つヤツを連れて来いよ。子供に論破されてんじゃねえよバカ。
「止めるかい?」
ソーマに提案されたがこの食堂には戦力が十分にあるし問題ない、と傍観することにした。そろそろ苛立って何か行動に移しそうだったしな。
そして俺の予想通り口で勝てないと悟った男はユチに手を上げた。
ガシッ
「ユチに何するつもり?」
その瞬間、遠くで接客していたニーナがクレーマーを止めた。
ニーナの強さを知ってる俺達はそのまま男がボコボコにされて追い出されると思ったんだが・・・・。
襲い掛かられたユチが動いた。
「ニーナ待って。
さあ! 彼が何秒持つか!? 張った張ったぁーっ! ・・・・にゃ」
どこからともなく倍率が書かれた紙を取り出して、食堂内に響く大きな声で俺達に賭けを提案してきた。
なんか語尾を無理矢理付けてるが、たぶん大事な事なんだろうな。
「くはははっ! なんだい彼女は? 僕らに賭けろって言うのかい?」
ソーマは爆笑してたが俺は呆れたね。
この場を鎮めるために出てきたんじゃないのかよ? なんで賭けをしようとしてんだ。
てっきり謝罪して終わらせるか、論破して落ち着かせるかだと思ってたら助けに来たニーナを止めて賭けを開始だと?
なんだあの金の亡者は。絶対元締めとして金儲けするつもりだろ。
「は、放せ! なんで動かない!?」
ニーナに両手を掴まれてる男は必死に足掻いてるがビクともしない。
見た目だけなら子供に欲しい物を強請られて振りほどこうとする父親なんだが、実際は男の腕にニーナの指がめり込んでミシミシ音を立てていて痛そうだ。お前の握力いくつだよ・・・・。
そうしている間もクレーマーの敗北時間が賭けの対象になっていく。
「じゃ、じゃあ僕は・・・・そうだな30秒かな」
「俺は10秒」
「アイツが倒される? 店員の方が負けんじゃねぇか?」
「だな。俺も負ける方に賭けるぜ」
この食堂の連中の強さを知らないバカは負ける方に賭けているが、まず負けはあり得ないから問題は秒数だ。負けるって、今まさに抑え込んでるだろうが。
「俺は2秒に賭ける」
「「「2秒!?」」」
ほぼ一瞬だが、開始と同時に地面に叩きつけて終わりだろ? さっきから厨房で「まだかニャ? まだ投げちゃ駄目なのニャ?」って何人かウズウズしながら包丁を構えてるしな。
お前ら全員注意不足なんだよ。
この勝負もらった。
「では締め切るにゃ! よーい。スタート!」
ユチの掛け声と共にニーナが男を厨房とは逆方向に飛ばす。同時に厨房から凄まじい速度で何本もの包丁が投げられ、皮一枚ギリギリを刺して壁面に男を磔にした。
男は防具を身に着けてたがありゃ無意味だな。
飛んできた包丁がユキ様の自慢してた凄い素材で作った調理器具ってんなら回避以外は負けを意味する。
「結果は2秒ですにゃーー! そちらの男性、大正解っ!」
お、俺1人で全取りか儲けたな。
いや本当に儲けたのはユチか・・・・ちゃっかり胴元として金を懐に入れている。
その後も酔って暴れ出すヤツや食堂にイチャモンつけるヤツを容赦なく賭けの対象にしているので、もはや恒例になっている賭博方法だ。
賭けの対象は暴れる客。食堂の従業員に倒されるまでを予想する。
さて今回のヤツはどれだけ持つかな。
オッサンとソーマが騒動でゲームを中断したテーブルの上に紙を広げて、自分の名前が書いてある札と金を乗せていく。
「いや~。アイツたしか冒険者してたはずだ。30秒」
「バカだな、酒入ってんだぞ。15秒だ」
「お前らチマチマ掛けてんじゃねえよ。俺は2手だ」
「「「手数掛けだと!?」」」
賭けの倍率には2種類ある。
何秒で倒されるかを賭ける『秒数賭け』
何手で倒されるか賭ける『手数掛け』
もちろん俺が賭けた手数掛けの方が桁違いに高い倍率だ。おおよその秒数を当てるんじゃなくて、完全に2回の攻撃で倒すって宣言するんだからな。
一応店員が負けるってオッズもあるが当たった事はない。
まぁこっちの賭けが本番だ。
この食堂の恐ろしさが有名になって賭けの対象が居なくなるまで精々儲けさせてもらおう。
「今回の挑戦者、結果は・・・・・・3秒、2手にゃ!」
「「「なんだと!?」」」
悪いな。お前らのオカズ貰うぜ。
そんな秩序の保たれた安全・安心な食堂は今夜も営業中だ。
この食堂、おっかな過ぎるだろ・・・・。