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異世界の魔道具ライフ  作者: 多趣味な平民
五十章 ニューフェイスとニューウェーブ

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閑話 コーネル編

『……っ!? た、大変です船長! あそこのメーターが凄いグルグルしています! この異常な揺れはこれが原因かと思われます!』


『なにぃ!? どうなっているんだ! 急いでその辺のレバーを引いたりしろ!』


 数分前まで何事もなくセイルーン王国の上空を飛んでいた飛行船は、数秒前に激しい揺れに見舞われた。


 その原因を突き止めた副長は、操作ミスなのか乗客に個々で対処してもらうためなのか、上司への報告をアナウンスに乗せる。


『ッ、ッ……ダメです! 反応がありません!』


 2人の慌てように船内に緊張が走る。


『じゃあそっちの黄色とか緑のボタンをカチャカチャしてみろ!』


『何も起こりません! このままでは墜落します!』


『く、くそおおおおおおおおおおおおッ!!』


 ドンッ、と何かを叩くような音が響く。


 己の不甲斐なさ、そして楽しい旅を求めて乗船してくれた者達を助けられない絶望が、船長にこの行動を取らせたのだ。



「これは相手にした方が良いのか?」


 そんな操縦者達とは対照的に、隣でフラつく相棒に手を貸しながら淡々と尋ねる、乗客の男。


「コーネルの好きにすれば良いニャ。ただしツッコんだら最後。バルダルに到着するまで……ととっ、何なら帰路でも絡まれることになるニャ」


「それは絶対に御免被る。しかしこうも揺らされては作業にならない。ユチ。キミなら何とかならないか? その巧みな話術で彼女達をただ黙らせることは出来ないのか?」


「それが出来たらとっくの昔にやってるニャ。まぁ運んでくれるだけ有難いと思って、気が済むまでやらせるのが一番だニャ。作業は諦めて道中を楽しむニャ」


「ふむ……仕方ないな」


(っしゃオラァ! ナイスだニャ。メルディさん、ハーピーさん)


 私との時間より仕事を優先しようとした恋人が折れた瞬間、ユチは心の中で雄々しくガッツポーズを取った。


 仕組まれたものではない。ボタンやレバーがあれば取り合えず触りたくなる&暇つぶしに旋回とかしてみたくなるクソガキコンビの天然によるものだ。


 それは、ギャンブルと香辛料の国【バルダル】を代表する大貴族の跡取りコーネルと、その同行を頼まれたユチの珍道中が始まって間もない頃の出来事だった。




「ハァ? 仕事でバルダルに行くことになったからついて来てくれぇ~?」


 2人が……いや4人がヨシュアを発つ前日。


 ユチの下を訪れたコーネルは、数十分前までルーク達とおこなっていた会議の内容を可能な限り伏せて説明し、呆れる少女を説得すべく深々と頭を下げていた。


「頼む。香辛料の採れる空島を調査するよう言われたんだ。ユチはその誕生に立ち会っているし賭け事にも詳しい。最近のバルダル事情に関しては僕より知っているだろう?」


「それはそうかもしれないけど……私にも色々準備とか用事とかあるしニャァ……」


「ロア商会は全面協力してくれている。食堂には迷惑を掛けない。飛行船の手配も済んでいる。あとはキミの合意だけなんだ」


「え、マジで? むむむ……ちなみに両親と会う予定は?」


 問題が片付けられていることを知ったユチは、少し考え込み、前向きな姿勢で尋ねた。


「僕が家族と会うこととキミが同行することがどう関係あるのかは知らないが、必要が無ければ会わないつもりだ。今回の件に彼等は関係ないからな」


「……もしかして意思疎通出来てないかニャ?」


「まぁ相変わらず平行線辿っているよ。僕は人を幸せにするために金は必要ないと言い、彼……父は経済を回すために搾取は必要だと言っている」


「いや、なんかもうこの時点ですれ違ってるニャ……。私が言ってるのは私とコーネルの意志疎通であって、ライヤー家のこととかどうでも良いニャ。というか上手くいってないのは知ってるニャ。ドルトンさんに仲を取り持つように頼まれてるからちょくちょく通話してるし」


「父とそんな仲だったのか!?」


「いや……まぁその辺のことは道中で話すニャ……。

 とにかく! 恋人としてじゃなくて先駆者として同行して欲しいって話だニャ!? 空島にいる幻獣達との間を取り持って欲しいってことだニャ!?」


「あ、ああ……」


 怒りに近いユチの雰囲気にたじろぎながらも、コーネルは旅の目的をハッキリと主張した。




 4日間にわたる空の旅を終えた一行は、バルダルで一二を争う都市【カッシーノ】に到着。


 そこは以前ルーク達が訪れた土地でもある。


「すぅ……懐かしい空気だ」


 大地に降り立つなりコーネルは胸いっぱいに地元の空気を吸い込んだ。自然と笑みが零れる。嫌いな国とは言え生まれ育った故郷には変わりない。体が覚えているのだろう。


「それで? 肝心の空島はどこにあるんだ? ルーク達から聞いた話では地上からでも見えるらしいが……見当たらないぞ?」


 てっきり空島の直下あるいは空島そのものに降り立つと思っていたので、無茶な飛行をしなくなったこともあり、ギリギリまで部屋に籠って仕事をしていたコーネルは、昔と変わらない空に首を傾げた。


「ん~、国中を漂うって話だったからニャ~。別の町に行ってるのかもしれないニャ~。でも当てもなく探すのもアレだからパチ屋で時間を潰して――」


「アレもコレもない。賭け事など死んでも御免だ。すいません。お手数をお掛けしますが今一度飛行船を動かしてもらえますか?」


 ユチの誘いを断り、長時間の運転を終えて一服中の強者2人に頼み込む。


 それは忘れ物をしたから途中で立ち寄ったパーキングエリアに戻れと言っているようなもの。ましてや相手は友人の友人。全身から申し訳なさが滲み出る。


「あー……それは別に構わないんですが……目的の幻獣、パチ屋に居ますヨ?」


 ハーピーの一言でコーネルが泣き崩れたのは言うまでもない。幻獣への評価がダダ下がりしたことも言うまでもない。




『お、ユチじゃん。久しぶり。ちょっと金貸してくんね?』


 台詞だけでも最悪なのに、それをパチンコ台に座ったまま言われたら、おそらく8割以上の人間が縁を切るだろう。


 コーネルにとって賭け事をする店は悪魔にとっての神社と同じく居るだけで苦しい場所。それに加えて金銭の貸し借り。もはや念仏を唱えられたようなものだ。一言で言うなら致命傷。


 しかしまだ倒れるわけにはいかない。縁を切るわけにもいかない。技術の進歩という目的達成のためには彼の協力が必要なのだ。


「僕はコーネルと言います。ファイアーさん、貴方に頼みたいことが――」


『あ、ちょっと待ってくれるか。今メッチャ良いとこだから。期待度60%越えのスーパーリーチ掛かってるから』


 一般人に混じって玉を打ち出すハンドルを握るファイアーは、保留玉が白から赤色に変わった瞬間、手慣れた様子で親指付近にあるボタンを押して玉を止め、演出を見守った。


「…………」


 当然、見向きもされず会話を中断させられたコーネルの中では、彼に対する評価はさらに下がる。


「青文字だニャ。そこは赤かトラ柄じゃないと弱いニャ。これハズレるんじゃないかニャ」


『え~、マジでぇ~……うわっ、ハズレたし。この演出で当たらんの萎えるわぁ~。ちょっと当たるまで打ってて良いか? 話は聞くから。たぶん』


「だって。ささ、話を続けるニャ」


「いや……僕は外で待っているから気が済むまで楽しむと良い。話はそれからにしよう」


 今の彼に何を言っても無駄だ。目が完全にギャンブラーだ。興味があるのは台と出玉だけだ。


 そう判断したコーネルは、パチカスと化した幻獣と、おそらくプレイするであろうユチを残して店を出た。


『あ、んじゃあお前で良いから金貸してくんね? なんか協力してほしいんだろ? 前払い前払い♪』


「~~~っ!!」


 ついでに財布も残して店を出た。




『ほえ~。新しい物質をねぇ。人間のクセにスゲーことやろうとしてんなぁ~』


 閉店まで散財し続けてコーネルの旅費をすべて使い切ったファイアーは、ウィンドウショッピングという名の無料素材調査をおこなっていたコーネルと合流。財布の中身が対価だと言わんばかりに真面目に話を聞いていた。


 空になった財布の中身が戻って来ることはないだろう。


 しかし、コーネルもそれで協力が得られるなら安いものだと納得している様子なので、一応win-winの関係にはなっている。


 失った分以上に相棒が稼いだので旅費を心配する必要がないことも大きい。


「そのためには空島を調べることが必要だと言われたんです」


『別にオレに頼まなくても勝手に行きゃいいだろ。こっちで止められるとは言え観光地みたいなもんだぞ、あそこは』


「だとしてもそこに住まう貴方達幻獣の協力は必要です」


『そうかぁ?』


 しかしファイアーはあまり乗り気ではない様子。


「もしかしてそれが嫌で空島を出たとか?」


 ファイアーの口調から実家を荒らされているような雰囲気を感じ取ったユチが尋ねる。それこそが非協力的な原因だと思ったからだ。


『いいや? オレは基本的に自己主張するか、でなけりゃ火の壁の中に居るから迷惑だなんて思わねえよ。ここに居る理由は、地上で香辛料育てる方法を研究するってんで、その相談役としてここ3日ほどライヤー家で世話になってるんだ』


「だってさ」


「…………やろう」


 家族との仲直り、香辛料の研究、空島の探索、強者へのツッコミ。


 コーネルの辛く厳しい修行はこうして幕を開けた。

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