千六十八話 大微精霊との交流4
「で、どうよ。水を飲んだ感想は。美味しかったか? 口から竜が出たか?」
二次面接および三次面接の会場。
2人目の試験官となる夏色夢想いさんに与えられた試練『空気から美味しい水を生成する』を、持ち前の知識と技術と発想力でやり遂げた俺は、手応えを感じていたこともあり積極的に尋ねた。
『そこまでではありませんけど想像以上のものではありました。合格です。技術・知識ともに申し分ありませんし、これほどの水を生み出せる人に悪い人はいませんからね』
「……どうも」
釈然としないが合格は合格だ。
ウソでも良いから出たと言って欲しかった。せめて出かけたと言って欲しかった。冷静に否定されると貶されてる気すらしてくる。というかアレで出てないとか出た時どうなるんだよ。
言いたいことは山ほどあるが、予定時刻を過ぎているのかユキも夏色夢想いさんも急かして来ていて、気楽に質問や雑談が出来る雰囲気ではない。
次の試験官は相手にされないことを嫌うメンヘラ。かまってちゃん相手に遅刻など、ましてや無断でなど到底許されることではない。
よって三次面接はこれにて終了。
四次面接という中々経験出来ない段階へと駒を進めた俺は、2人に見送られて会場を後にした。
「……ってユキはここに残るのか? 今回はついて来ないのか?」
これまでにおこなった3つの面接には同行・同席していた。
しかし今回は動く気配がない。
YESかNOで答えられる内容なので流石に大丈夫だろうと、扉に手を掛けたまま振り返って尋ねると、
「2人きりの時間を邪魔するほど野暮じゃないので~」
「まるでカップル扱いだな……」
メンヘラとは初対面の相手ですら1対1の関係を望む生き物なのだろうか?
実際に会ったことのない人種なのでわからない。
俺は、無用な心配をする杞憂民の態度にやれやれと肩をすくめ、下ろすと同時に湧き上がってきた疑問を心の中に落とし込み、1人隣の部屋へ向かった。
コンコンコン。
「失礼いたします」
木製、頑丈な鉄っぽい何か(しかも二重)と来て、3つ目の部屋の扉は再び木製。正確には、冬将軍さんのところが素材の味を活かした簡素な木の扉で、こちらは会議室などでよく使われているべニアに色を塗った人工物っぽい扉だ。
ユキ達と別れて数秒。
これまでのように試験官の情報なり試験内容のヒントなりを貰っていないことを思い出した俺は、取り合えず真面目にしておいた方が良いだろうと、面接マニュアルに従って軽く3回ノック。返事がくるまで待つも反応が無かったので挨拶と共に入室した。
『浮気したわね……』
「何のことでしょう!? 遅刻ですか!? それとも直前まで別の女と会ってたことですか!?」
そんな俺を出迎えてくれたのは、壁に何かを書き殴っていたゴスロリの、体はそのままに天上を見上げてガクンと首が折れたように横に倒すという、ホラー映画さながらの演出と意味不明な難癖だった。
『全部よ。世の中にはわたしなんかより魅力的な人はいくらでも居るわ。あなたはそんな女性達に目移りしたんでしょう。わたしを捨てるんでしょう。わかってるのよ』
真っ赤な唇から紡ぎ出される謂れのない批難と、そうなる未来を視て怒りと悲しみに震える金と白の瞳に、俺はメンヘラ……いや、乙女心と秋の空さんを楽観視していた数秒前の自分を殴りたくなった。
「もし間違ってたら悪いんですけど、俺達、初対面ですよね? 振った振られたを気にする関係じゃないですよね?」
『何を言っているの……?』
心底不思議そうな顔をする乙女心と秋の空さん。
『わたしはあなたの想いを何度も受けっているわ。告白以上のことをされているのよ。わたしはそれに応えただけ。なのに一方的に疎遠になろうとするなんて酷いじゃない。敬語なんて余所余所しいものを使ってるし』
「微精霊ってそういう存在だからね! 敬語に関しては謝る! 無難かなと思って!」
もしかしたら彼女は全世界の生物がヘラる対象なのかもしれない。ソッポを向かれる度に同じことしているのかもしれない。
誤解を解きたいのは山々だし、そうすべきなのだろうが、このままだと何十文字も会話したとか何百文字も語ったとか、メタな上にメンヘラを通り越して末期のヤンデレの発言が飛び出しそうだ。
発言だけならまだ良い。
問題は行動だ。
俺は、浮気男と同じ末路を辿らないよう、早々に切り上げて本題に入ることに。誤解は俺という人物について知ってもらいながら流れで解こう。俺なら出来る。自分を信じろ。やれるやれるやれる。頑張れ俺。
『まぁ良いわ』
(良いんだ……)
と思ったらアッサリ許された。
『その代わりずっと一緒に居てもらうわよ』
「ずっと一緒? それが試練か?」
『ええ』
「具体的にはいつまで?」
『ずっとよ』
埒が明かない。相手に任せるのではなくこちらから答えを提示する形で質問していこう。
「乙女心と秋の空さんが認めてくれるまでここに通うってことか? それともアンタが俺に憑りつくみたいなことか?」
『それは一緒とは言えないわね。憑りつくなんてわたし以外の女性に目を向けるのを容認するようなことは論外よ。あなたは一生ここでわたしと暮らすの』
考えないようにしていた最悪の選択肢が正解だった。
「そこまでして手に入れたい力じゃないって言ったら怒ります? やりたいことが沢山あるので帰りたいんですけど。ここって生活出来るような場所じゃないですし」
申し訳なさもあって思わず敬語が再発してしまう。
『怒るも怒らないもないわ。もう出られないもの』
乙女心と秋の空さんが言う直前、扉が消えた。家具も消えた。壁も消えた。何もない真っ白な空間が広がった。
逃げる手段はない。紛うことなき監禁である。
『でもどうせなら自主的にしてくれる方が嬉しいわよね。手に入れたいと思うようになるまでお話しましょう』
「たーーすーーけーーてーーッ!!!」
迫る魔の手。喚き散らすも、返って来た反応は、メンヘラの嬉しそうな笑いだけだった。
「あまり遅くなると家族が心配するんですけど。強者が殴り込んで来るんですけど」
いくら暴れても騒いでも何かが起こることはなく、最後の希望として精霊術で出口を作る努力をしてみたものの無駄に終わった。
自力ではどうにもならないと冷静になった俺は、脱出するためには乙女心と秋の空さんに許可してもらうしかないと、ここへ来た本来の目的でもある交流に取り掛かった。
もちろん情報収集も忘れない。
『時間の流れが違うから平気よ。心臓を刺されればその感覚を何百年と味わうことになるわ』
どっかで見た。
『そしてそれを何百回と繰り返すのよ』
それもどっかで見た。
『とは言え私も鬼じゃないわ。私が満足するまで私のことを想ってくれたら出してあげる』
おっと。ようやく試練っぽくなってきた。
「要するに精神集中しろってことだな? 内なる自分と対話したり、頭の中を空っぽにして世界を感じたり、疲れた脳を休めろってことだな?」
『……? 何を言ってるの? 私以外のことを考えないようにしろって言ってるのよ。修行なんてどうでも良いわ。あなたはただ私に好きという気持ちを伝え続ければ良いのよ』
「…………よく知らない相手を好きにはなれません」
『なら貴方の知り合いに姿を変えてあげる』
「それはもう浮気では!? 乙女心と秋の空さんのことを考えるって前提が崩壊してませんか!?」
『見る相手が私であれば良いのよ。必要とあらば脱ぐわよ。欲情も愛情も想いには違いないのだから』
「やめろ。家族の裸で欲情なんてしないし、同性とは言えコピーされるのは不愉快だわ」
人生で最も見ている相手は間違いなくアリシア姉かフィーネだ。
時点で他の家族やユキ。ヒカリは学生時代を共に過ごしたお陰で出会いの遅さをカバー出来るが、社会人生活を始めてから言うほど会っていない。それでも親友や仕事仲間より会っているんだが……。
まぁそんな話はさて置き、想いの強さが視覚情報と比例するかは不明だが出てくる可能性はおそらく高く、家族に面と向かって好きと伝えるだけでもハードルが高いのに偽者にするなど拷問も良いところだ。
というか無理。色んな意味で無理。
「悪いことは言わないからやめておけ。そんなことしなくてもアンタの魅力を探すぐらいしてやるから。見当違いなこと言ったのが悔しかっただけだから。
じゃなきゃフィーネに殺されるぞ。あのエルフはこの空間でも平気で殴り込んで来るぞ。欲情するなら本人にしろってな」
『そ、それは……困るわね……』
世界が認めるメンヘラを引かせるフィーネは、もしかしなくても凄い存在なのかもしれない。




