千六十六話 大微精霊との交流2
ユキ曰く、リニアモーター実現のためには新たな物質が必要で、それを作り出すためには世界の理から外れる必要があるらしい。
イレギュラー、“力”を持つ者、特異点、外側の存在、叛逆者。
言い方は様々だが、つまりそういうことだ。
正直ワクワクしないと言ったらウソになる。
が、しかし、そのためには適性と辛く厳しい修行が必要で、第一の試練『冬将軍の面接』を命からがら突破した俺は、次なる試練に挑むべく扉を開いた。
「なるほどなるほど。内なる扉と掛けた中二ワードですね~。秘められた力を解放するんですね~」
「単なる事実だろうが」
「ウソはいけません。今ルークさんは心の中で『2つ目も開いてしまったか……』と全開放に向けて意欲を高めてましたよ~」
「…………そんなことより春一番さんはどんなタイプなんだ? いやその前に教えてくれ。この空間には一体何の意味が? 何故扉の先に新しい扉ある? 2つ目の試練だから?」
自覚していたかしていなかったかで言えば、していた。
仕方ないじゃん。このシチュエーションは中二病卒業しててもなるよ。患ってなかったとしても患うよ。力は人を狂わせるんだよ。
まぁ今はそんな話どうでも良いので置いておいて――。
冬将軍の時は扉を開けばすぐ対談室だった。しかし今回は新しい扉。半畳ほどのスペースがあるので消毒室か何かと思い、入って数秒待ってみたのだが何も起こらない。
「その2つの質問はこれ1つで答えられます……」
爪をこちらに見せながら、数字の読み上げに合わせて指の立てる本数を変えたユキは、妙なタメを作って勿体ぶり(当然終始キメ顔)、
「春一番さんに認めてもらうためには実力を示す必要があります」
「……今度は本当だろうな?」
冬将軍は、甲冑というAGIを犠牲にした代わりにDEFを高めて一秒でも長く戦うことを念頭に置いた装備だっただけで、中身は平和主義者だった。
対して春一番さんは見た目も中身も熱血ボクサータイプ。
うな垂れていても自然だからという理由で納得してしまった冬将軍よりは信憑性のある話だが、一度騙されている以上油断は出来ない。
扉を開いたら筆記試験会場だったとしても不思議ではない。
「別に信じなくても良いですよ~。不意打ちのワンパンで倒されて力を手に入れられなくて困るのはルークさんですし~。私は困りませんし~」
出た。押してダメなら引いてみろ作戦。
対人関係においてこれほど面倒なことはない。『私は止めた』『頼んだのはお前だ』と言うだけで責任を擦り付けられるからな。
「じゃあ聞くけど、なんで想いを実現させるために武力が必要になるんだよ。冬将軍の兜は良いよ。術式解除の技術とか全開時の魔力量とか見たいだろうし。でも制御するための力と武力は違うじゃん」
「そんなにおかしいことですか~? 想いほど善悪がハッキリしてるものってないでしょう? ルークさんが手に入れようとしている力は、善を悪にすることも悪を善にすることも出来る、世界の理を変えられる力。
強大な力を得た時にどういった行動を起こすか、またはどういった人格が出てくるのか、調べるのは当然だと思いますけどね~」
「……ごもっとも」
ぐうの音の出ない正論および説明に、すべての疑問を吹き飛ばされた俺は、すんなりと受け入れてしまった。
無限のエネルギーを自由に使えるなんて発明限定とは言え立派な強者だ。許可する方は慎重にもなる。ならなければならない。
「って強大な力を得た? まだ手に入れてないけど? この部屋に入ったら付与されんの?」
「ゴートゥヘル!!」
「おわっ!」
新たに生まれた疑問を抱えたまま、俺は二次面接会場へと押し込まれた。
『ッシャ、オラアアアアアアッ!!』
地球における春一番は、日本海で発達した低気圧が、毎年2月下旬から3月半ばに、広範囲に暖かな南寄りの強い風を吹かすことを言う。
そこはアルディアでも同じだが、近くに海がないヨシュアは日本以外の国のようなもの。発生しないので耳馴染みのない言葉だ。
そして大微精霊とは人々の想いが形になった存在。
つまり、今、俺に殴り掛かってきた春一番さんは、どこぞの海に面した国からやって来たお客様であり、この土地の常識が通用しない頭のおかしい者であり、事前にユキに説明してもらっていなければ何も出来ずに不合格を言い渡されていたこと間違いなしのバカ野郎ということだ。
「甘いわ! 風が土に弱いことなんて知ってんだよ!」
思考した瞬間に精霊術が発動。目の前に巨大な土の壁がせり上がってきた。談話室だが土だ。
与えられる力がどの程度かが唯一の不安要素だったが、これならイケる!
念のために腕輪の結界を展開し、さらに念のために腕をクロスさせてガードもしていたが、無用な心配だったようだ。
『は? そんなの俺様の絶対喰らうパンチで無効だし』
「ガキか! もっとちゃんとしたバトルかと思って身構えた俺に謝れ! というか実行すんな! 世界の理簡単に覆すな! だったらこっちだって絶対喰らわないバリア張るわ!」
今日日小学生でもやらない無茶苦茶パワーのせいで土壁を消滅させられ、挙句、名前の通り絶対喰らうパンチに体が引き寄せられているのを感じた俺は、批難しながら対策を講じた。
『人差し指と親指で輪を作りその輪を繋げる』
『人差し指と中指をクロスさせた状態で両手をクロスさせる』
『右手の中指と薬指をクロスさせた状態で両足をクロスさせる』
『人差し指を突き合わせ、第三者に断ち切ってもらうイメージで離す』
通称エンガチョ。
小学生の頃、学校でウンチをするという禁忌を犯した際にクラスメイト全員からされたイメージと、すべての菌を防ぐ多重結界のイメージを抱きつつ、それらすべての印を高速で結んだ。
今ここに世界一強固なバリアが構築された。
『残念だったな。それより早く俺様は防御無効化能力使った。はい、これでお前は二度と土属性使えなくなった~。避けるしかない~』
「ふざけんな。絶対喰らうパンチを避けられるわけないだろ。そんなことするなら俺は窒素と酸素奪うぞ。お前の属性を水に変えて木の力で圧倒するぞ」
『あ~無理無理。俺様、復活能力持ってっから。存在を奪われても時間巻き戻して復活出来っから。そもそも空気無くなったらお前死ぬじゃん』
「概念を奪うから無理で~す。誰もお前のことを認識しなくなりま~す。春一番は風ではなく名水として名を馳せま~す。使い慣れない体に四苦八苦しながら負けやがれ、バカが。あと俺は体内で光合成出来るから平気だ」
『ププ~、バッカでぇ~。光合成には酸素が必要なこと知らねぇでやんの~』
「そんな当たり前の自然現象頼るわけないだろ。土と木だけで出来る光合成・改に決まってんだろ。封印されたの土属性の防御だけだから使えるよな?」
『ハァ!? 理論が構築出来てないもん持ち出すんじゃねえよ! ルール守れよ!』
「やってみなきゃわかんねぇだろ! 出来るかもしれねぇだろ! 大体ルールってなんだよ! 事前に説明しないとか完全に自分ルールじゃねぇか! 自分が法じゃねぇか!」
『うるせぇ! 俺が勝ちゃ良いんだよ! 黙って負けとけ!』
出た。自分が一番にならないと気が済まないタイプのガキ。
言うことを聞くのはシャクだが俺は大人。
「んじゃあ俺のことを認めてくれたら負けてやるよ」
『おっしゃ!!』
春一番は嬉々としてこの提案に乗った。
やっといてなんだが本当にこんなので良いのだろうか。
一応、土の防壁は生成したし、空気の知識は披露したし、バリアという意志の強さも示したけど……なんだかなぁ……。
まぁ何はともあれ二次面接突破だ。
「おっと、部屋を出るのはまだ早いですよ~。夏色夢想いさんの第三の試練は、すでに始まっているのです~」
「なに……?」
春一番は、手加減を知らない子供のごとく割と痛いなんちゃらパンチを放ち、結構な速度で壁に激突した俺のリアクションに満足して姿を消した。
もうここに用はない。部屋を出ようとした俺の行く手を塞いだユキは、衝撃の事実を告げる。
『私に認められたければ無から有を生み出してみなさい』
「難易度ッ!!」
さらに、空気中の水分を集結させるという無駄にカッコいい演出で現れた夏色夢想いさんから、補足説明が入る。
普通に無理難題だった。
『……は、流石に難しいと思うので、空気中の水を抜き出してみなさい。私の舌を満足させられたらクリアです』
「ま、まぁそのぐらいなら……」
『言っておきますが私は口から竜が出るような水でなければ満足しませんよ』
幻の食材に感動する話は数多あるが、水不足に困っているわけでもない人間を、水の味のみで幻想空間に引きずり込むような物語は存在するのだろうか?
これが料理であれば、調味料で味に深みを持たせたり、食材の中に何かを仕込んで驚かせることも出来るが、水本来の味というのは流石に厳しい気がする。
そもそもの問題として、空気から生成した水が飲めるかどうかすらわからないのに、どうしろと?




