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異世界の魔道具ライフ  作者: 多趣味な平民
五十章 ニューフェイスとニューウェーブ

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千六十三話 情報共有3

『精霊のいない世界の人達の考え……仮説に次ぐ仮説……凄く興味深い。

 けどルーク君は失敗談と言った。つまりこれから大きな失敗がある?』


「ああ」


 人類最大の研究と言っても過言ではない錬金術について語る上で、古代ギリシアの哲学者達による万物の始源論争は避けては通れない。


 世界について考えるようになって100年。


 的を射た思考を持ち始めた異世界人に、イブをはじめ全員が鼻で笑い飛ばすことを忘れ、早く続きを聞かせてくれと縋るような空気を出し始めていた。


「万物は水から出来ているとしたタレスの影響を受けたエンペドクレスは、『火』『水』『土』『空気』こそ万物の始源であり、四元素はそれ自体が運動性能を持ち、愛と憎しみによって元素に運動の方向性を与えるとした。

 精霊や微精霊が当たり前のように存在してるこの世界、アルディアに生きる俺達からしたら当然の理屈だけど、それを証明する術を持たない向こうの連中は思想止まりだった」


『……? 科学が進歩するって話は?』


「そう焦るな。エンペドクレスは今後の論争に多大な影響を与えるこの『四元素説』を出しただけ。そっちの研究が本格化する前にもう1つ、エンペドクレスについて話したいことがあるんだ。

 さっき魂の話しただろ? 実は彼も思想ではあるけど魂について考えててな。魂は頭や胸ではなく血液に宿っていて、最初の人間は土から頭や足などの体の一部が形成されてそれ等が寄り集まって生まれた、ってものだ。

 さらに魂は転生すると主張し、『わたしはかつて一度は、少年であり、少女であり、藪であり、鳥であり、海ではねる魚であった』と述べた」


『凄い……立証出来てないだけでほとんど正解に辿り着いてる』


「魂は血液だけでなく細胞すべてに宿っていて、最初の人間ではなく世界を構成する各属性から力を貰って生まれる子供も居て、神に浄化されるのでそこまで記憶が残ることは無い、ですけどね~」


 と、探るような視線を向けてくるユキ。


 彼女の言いたいことを察した俺は無言で頷き、


「ま、そんなの万物の始源以上に立証しようのない話だ。戯言で片付けられたよ。魂を信じない世界じゃどう頑張っても無理だわな。

 転生については一部の宗教で根付いたけど、どちらかと言えば死への不安を取り除くのが目的で、現代に至るまで立証する気は無さそうだったな。たぶんどれだけ科学が発展してもしないんじゃないか。想いは形にしたくないっぽいし」


「おやおや~? 意図せず形になってしまうこの世界を批判しているように聞こえるのは私だけですかね~?」


「もしそうなら精霊術は使えなくなるわな」


 俺は、嫌がらせの意味も込めて大気中の火精霊を集めて、会議場をさらに明るくした。世界を肯定しているからこそ出来る御業だ。


 さ、それでは本題を進めていこう。



「エンペドクレスの死後、四元素説を受け継いだプラトンは、これ等の元素は複合体で、分解出来るだけでなく相互転化すると考えた。優秀な数学者でもあったプラトンは、四元素と5種類の正多面体を関連付けたわけだな。

 正多面体ってのは……」


「すべての面が同一の正多角形で構成されていて、かつすべての頂点において接する面の数が等しい凸多面体のことですね。構成面が正三角形の『正四面体』、正方形の『正六面体』、正三角形の『正八面体』、正五角形の『正十二面体』、正三角形の『正二十面体』の5つがそれです」


 流石は理系。種類だけで終わらせようと思っていた俺と違い、パスカルは詳細説明をスラスラおこなってくれる。


 放っておいたら正多面体群やシュレーフリ記号のことも語り出しそうなので、誰かが興味本位で質問する前に話を戻そう。


「向こうの世界で初めて正多面体を発見したプラトンは、火は正四面体、土は正六面体、空気は正八面体、水は正二十面体、そして宇宙は正十二面体で構成されているとした。

 それぞれの正多面体が基本の三角形に解体されて、別の正多面体になることで元素から元素への転嫁が起こるって解釈だ。

 さらに元素には重さがあって、土、水、空気、火の順で重さに応じて運動して互いに入り混じるとも考えた」


「ををっ! ついに属性の相性に触れ始めましたよ!」


『100年以上もよく頑張った。感動した』


 なんだろう……この未来人目線……。飼育ケース内の蟻の行動にイチイチ歓喜する観察者と言っても良い。



「最終段階行くぞ。プラトンを師としたアリストテレスは、元素論を否定しつつも四元素の相互転化の考え方を受け継いだ。

 彼は、四元素はあくまでも『素』で、温・冷・乾・湿という相対立する4つの性質が付与されることによって、物質の状態は確定するとしたんだ。

 土は『乾-冷』、水は『冷-湿』、空気は『湿-温』、火は『温-乾』の性質をそれぞれ持っていて、それに加えて土は水より重いから土と水には『重さ』の性質が、火は空気よりも軽いから火と空気には『軽さ』の性質がある。

 例えば、『冷-湿』の性質をもつ水を温めると、水は『温-湿』の性質を持つ空気になる。水を熱すれば空気(水蒸気)になるっていう当たり前のことを科学的に説明してるだろ? 同じことが他の原質や性質でも起こる。

 四元素は四性質を変化させることで相互に転換可能という理論のお陰で、自然界に生じている様々な物質変化の説明が可能になった。科学の基礎の誕生だ」


『~~~っ!』

「~~~ッ!」


 イブが一瞬画面外に消えた。それが出来ないパスカルは、何が起きているのか体現するように、机に突っ伏してビクンビクンと全身を痙攣させる。


 直前の反応が同じだったのでおそらく正解だ。


『……ふぅ……軽くイキかけた』

「やはり白衣は素晴らしいですね。これが無ければ椅子を汚していたところです」


 そして2人して両手で軽く全身を抱きしめ、紅潮した顔で色っぽい溜息をついた。類友だ。


 というか、一応王女様だし友達だし異性も結構居るし何なら親御さん居るから、事実だとしてもあんまりそういうこと言わないように。


 気持ちはわかるけどさ。研究者からしたら魚が地上に出たぐらいの進化だし。



「で、その原理を使えば他の金属から金を錬成することも出来るんじゃないか、って考えたのが『錬金術』だ。

 金属を加熱して溶かしたり、分解させたり、高温にして蒸発させたり、水銀と溶かし合わせたり、ろ過したり、色んな操作や実験が繰り返された。

 物質の構造や性質、物質相互の反応を研究する自然科学の一部門『化学』は、ここが始まりとも言われている」


『金属は独立した元素。如何に物質を変化させたところで創り出せるわけがない』


「ですね。それとも、その時代の人々はすでにあたし達以上の技術を手に入れていて、化学反応の力によって金を生み出せたのですか?」


 また少女2名がビクンビクンするのではないかと心配になったが、今回は美しい道筋に対する興奮よりも疑問と否定が勝ったようで、実に冷めた反応だった。


「いんや。案の定失敗したよ」


 言った瞬間、それみたことかと言わんばかりの得意顔をするイブとパスカル。


 若干の悲しみが混じっているのは、固定概念を覆してもらいたいという気持ちがあったからだろう。法則から何から違う別世界のことだとしても、成功例があるというだけでやる気には繋がるものだ。


「例えば、辰砂しんしゃっていう加熱することで水銀を得ることが出来る物質が、不老不死の妙薬になるんじゃないかって研究されたりもした。

 この辰砂。正式名称は『硫化水銀』と言って、水銀と硫黄の2つの元素から成り立ってる化合物で、加熱することによって分かれる性質を持ってるんだ。

 加熱すれば赤い石から液体の金属が作れるなんて、知らないと不思議な力を持った物質と思っても仕方ないことだろ?」


「しかし水銀は猛毒です。そのようなものを不老不死の薬にするなど自殺行為も良いところです」


「ああ。何人もの王や貴族や研究者が命を失ったよ。でもだからこそ期待は高まった。『今度こそは』『自分なら』ってな。

 錬金術もだけど、他の金属から硫黄と水銀を作れば良い、もしくは硫黄と水銀を混ぜれば良いって考えで、実験に次ぐ実験の幕開けよ」


「どこの世界にも似たような人は居るんですね~」


 ユキのこの言い方からして、こちらでも過去にそういった実験がおこなわれていたようだ。


 セイルーン王家……もといガウェインさんとユウナさんも心当たりがあるのか、気まずそうな顔をしている。イブは何も知らないらしく無反応。闇が深そうだ。


「あ、勘違いしないでください。別に責めているわけじゃありません。出来ないことを出来るまで続けるのは良いことですよ~。そういう無謀な人達は見ていて楽しいですし、知識や技術の進歩のためには必要な犠牲です~」


「ま、向こうでも錬金術を研究したお陰で、『王水』って金を溶かすことが出来る液体が発見出来たわけだしな。他にも化学に役立つ情報満載だったらしいぞ」


「ふむふむ……科学力では劣るこちらでも、1人の王が魔力で無理矢理適応して力を身につけましたし、つまり失敗ではないと! 研究に失敗など無いと! ルークさんがしたのも失敗談ではないとッ!! そういうことですねー!」


「いや錬金術としては失敗だろ……犠牲者だけ出して別の分野の成果しか得られてないんだから。費用や労力だってバカにならなかっただろうし」


「リアリ~?」


 クソが。コイツ絶対わかってて聞いてやがる。


「……実は科学が発展した現代、錬金術と四元素説が見直されてたりする。錬金術の最終形態『賢者の石』の製造過程に、心の成長過程との類似を見出したヤツが居てな。四元素説や四性質説も心の機能を『思考・感情』『直観・感覚』の4つと関連付けて考えたりしてる。

 自我は、その関心を周囲の環境である『外的世界』に向ける場合と、ココロの世界である『内的世界』に向ける場合があって、行為の動機を外的世界から引き出す人と内的世界から引き出す人では、心的エネルギーの方向、ひいては自我のありように差異が存在するって説だ」


『そ、それは、精霊と微精霊、想いの力そのもの……っ!』


「ああ。他にも『五行思想』って古代ギリシアに対抗して、木・火・土・金・水の5種類の元素が、互いに影響を与え合って生滅盛衰によって天地万物が変化し循環するって考え方もある」


「まんま属性ですね」


「な? 面白いだろ? こういうのをこっちの世界で本気で取り組んでみたらどうなるか、試してみたくなるだろ?」



 てかユキさんよ。その適応した王が魔族の始祖とかじゃないよね? 元は人間だったみたいなオチじゃないよね? 別にどうだろうと構わないけど登場するフラグ立ってないよね? ね?


 俺は、キラキラと目を輝かせる一同に悟られぬよう、1人不安に苛まれていた。

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