七十五話 ハンバーグと羨む女達
今回から主人公がチョイ役な番外編が続きます。
ロア商会で販売部門の職員をしている、ノルンです。
最近の事業拡大によってアタシ達の仕事が部門分けされました。
他には製造部門、食料部門、子育て部門があります。
そして今日は昔の友達と一緒に遊んで、昼食を取るために猫の手食堂にやってきました。
「ノルン、誰に話してんの? その口調、気味悪いんだけど」
「アタシの売る物に文句あんのか!? って客を怒鳴りつけてた頃の方がイキイキしてたよ。そのせいで店が潰れたんだけど」
彼女たちはアタシの友達のイザベラとメリル。今日一緒に遊んでいた連中だ。
「うっさいな。折角ロア商会で敬語の勉強してんだから邪魔すんなし」
客商売をしてるから敬語だとお淑やかな女としてバカな男は騙せるし、女なら丁寧な販売員だと思ってくれて何かと便利なんだよね。
アタシの脳内イメージでは沈着冷静なフィーネ様のつもりだったんだけど「気味悪い」の一言で台無しだわ!
アタシは最近、同じロア商会の接客業をしているこの『猫の手食堂』によく通っている。
安い、美味い、友達が働いている食堂に通わないわけがない。
ウェイトレスをしているアンとは年も近いから仲良くなり、今度友達を連れてくるって言ってあったので、2人に猫の手食堂の素晴らしさを知ってもらうためにやってきたわけだ。
まだオープンして1週間だからか、噂は広まってないみたいで行列は出来てない。あ、あと立地条件があるかも、スラム街の目の前だし。
まぁ時間の問題だろう。
丁度アタシ達が入る時に店内が満席になったらしいので店先に並び、待ち時間にイザベラ、メリルと最近の出来事を愚痴っていたらロア商会の話になった。
「でもノルンが仕事失ったって聞いたときは焦ったよね~。スラム生活になりそうだったじゃん」
「ね~。でもロア商会って給料良いし、仕事も楽なんでしょ? 私も入りたかった~」
おっと、それ語らせてもらってもいいの? 長くなるけど覚悟はいいんだな?
2人は並んでいる間はどうせ暇だから話せと言う。ならば語ろうじゃないか。
「会長がエルフのドラゴンスレイヤーって聞くけど、やっぱり怖い人?」
「いやいや、尊敬できる素晴らしい会長だよ。まぁ失敗は許されても敵対は許されないと思うけど・・・・」
もちろん未だにフィーネ様を怒らせた愚か者は居ない。どんな仕打ちを受けるのか考えるだけでも恐ろしい。
「なんで長年働いてる私達より給料良いのよ。こっちはいくら頑張っても潰れないか心配するほどなのに」
「日々の営業努力と従業員の実験の賜物ですよ。ハッハッハ」
常に新しいことに挑戦しているロア商会と他の仕事場を一緒にしてもらっては困る。石鹸ひとつ取っても暇を見つけては新作を考えてるし、色々と配合も変えているのだ。
アタシも接客する時、体以外でも洗い物全般に使える事を言ってるし、客の要望を製造部門に報告して一緒に改善案を話し合ってる。それを作る職人の給料が良いのは当たり前だっての。
なにより職場環境が良すぎていくらでも働けるって言うのも大きい。
そんな話をしているとアタシ達の番になったので入店する。
「いらっしゃいませー! 3名様ですかニャ?」
2人にも話していた噂のアンが接客係だった。
ちなみにアンの語尾は本来『ニャ』じゃないけど、採用条件にあったので努力して『ニャ』って付けてるみたいだ。
フィーネ様・・・・は考えにくいからユキ様の提案かな? たしかに可愛い気がする。
『真実はルークの提案だが、当然秘密である』
ちょうどいいのでアンに友人の2人を紹介する。
「アン、こんちわ。こいつ等がアタシの友達の「イザベラよ」「メリルで~す」だよ。常連になると思うからヨロシクね」
ここの料理が気に入らないとは思っていないので、2人のリアクションが今から楽しみすぎる。
「よろしく、アンですニャ。ではこちらへどうぞニャ」
案内されたテーブルにはすぐにニーナが「・・・・どぞ」と水を出してくれた。アタシはもちろんニーナとも仲良いよ。
「あっちの子は静かなのね」
「でも機敏に動き回ってる。きっと仕事が出来る人なんだね。まだ子供なのにやるな」
ただ無口なだけなんだけどね・・・・こっちから話しかけないと絶対に会話できないし。
最初はアタシ嫌われてるのかと思ったけど、一番仲が良いアリシアちゃんですら話しかけられることが少ないらしいから、元々そう言う性格なんだろう。
早速2人にオススメメニューを教える。
「定食ならパン2つとサラダと料理に合う飲み物がついて銅貨4枚追加ね。初めてなら『ハンバーグ』か『から揚げ』の定食が鉄板。どっちも銅貨6枚だ!」
肉が嫌いじゃないなら絶対注文するべきだ。
肉が苦手でもガルムバーグの油抜きなら魚みたいなサッパリした味になるから食べられると思う。
「「安っ!!」」
衝撃の値段を伝えたアタシに「信じられないっ!」という顔をする2人。
そうだろう、そうだろう。節約家なアタシでも昔はパン2つで銅貨4枚の店に行ってたんだから、パン以外にも色々と付いて銅貨4枚は安い。
「驚くのはそれだけじゃない! 見よ、この価格表を!」
そう言って突き出したメニュー表の隣には『昼食のみ。定食は銅貨6枚均一』という文言がある。
つまり実質無料でパンとサラダとジュースが付くのだ。
「「やっすっ!!!」」
ねぇ~。アタシの月給は銅貨換算で2000枚、つまり毎日昼食を取りに来ても180枚なのだから爆安と言える。
「え? 利益出るの? これで儲かるとか飲食店業界に革命を起こしてるじゃん」
「いんや、赤字にならないレベルらしいよ。だから他の店でやったらすぐ潰れる」
メリルの心配はごもっともだけど、ロア商会のモットウは『みんな楽しく』だから別に利益は求めてないのだ。
もちろん画期的な商品ばっかりだからバカ売れして儲かってるし、この食堂も誰も食べたことのない料理を提供するから常連が増え続けている。
まぁ薄利とは言え商品が売れれば儲かっていくわけで・・・・。
最近いろいろと店舗を作ってるけど、全部がフル稼働したとしてもフィーネ様が魔獣退治した方が絶対稼げるので、商売が軌道に乗るまではそこから給料が出ているらしい。
そんな裏話をしつつ、2人はアタシに勧められるまま『ハンバーグ定食』を注文した。
体重を気にするイザベラはサッパリした油抜きガルムバーグ、ガッツリ食べたいメリルは普通のガルムバーグ、アタシはマイブームのガルムハンバーガーだ。
モッチリしたパンとガルムの挽肉が絶妙なハーモニーを醸し出す極上の一品、前に工場で働く女の子が作ったサンドイッチを食べたけど、ここのハンバーガーは完全に上をいってた。
「おまたせ。どうぞ」
5分と経たずニーナが定食2つとハンバーガーを運んでくれた。素晴らしいボディバランスでコップに入った飲み物もこぼしてない。
「「ふおおおおおーーー!」」
2人はハンバーグが焼けてソースと絡んだ香ばしい匂いに思わず声を上げた。
そうだろう、そうだろう。人目が無ければすぐにでも齧り付きたい気持ちはわかるよ。
でも驚くのはまだ早い、だって食べてないじゃん。
「「いただきます!」」
おっと、いつも異性の目を気にして自分を取り繕っているイザベラが我慢できず食べ始めた。もちろん彼女ほど周囲を気にしないメリルはすでに食べ始めている。
この空腹に響く匂いと、まるで「早く食べて」とでも言うようにジュージューと音を立てるハンバーグを前にしては無理もない。ここで取り上げたら飛び掛かってきそうな恐ろしい表情で無我夢中に食べている。
食後に本人に言ってやろう。きっと顔を真っ赤にして恥ずかしがるから。
「こ・・・・こ、これは。なんてこと・・・・」
イザベラはハンバーグを一口食べて感想を言おうとしたらしいけど、声になっていないし手に持ったフォークが震えてるよ。
同じく無言で食べたメリルは・・・・何故か立ち上がった。
「これがガルム? 臭くて不味くて捨てられてた? あり得ない、あり得ないよ!
この挽肉にすると言う発想、素晴らしい! これによって本来硬かったガルムの肉がまるで高級なオーク肉と変わらないレベルにまで昇華している。しかもどの部位を使っても同じ味に仕上げることが出来、作り置きすら可能になる!?
さらに凄いのはソース! 完全にハンバーグ専用として配合された各種調味料が肉と絡み舌と胃袋を直撃する。私は今までの人生でこれほど多様な調味料は味わったことが無いし、これを作り出した料理人は神と言えるだろう。
これが銅貨6枚!? ないない。銀貨6枚でも通うと私はここに宣言するっ!」
「ど、どうした、メリルってそんな性格だったっけ?」
「いや、これは仕方ないって」
なんか料理専門家みたいなコメントを延々述べた後、満足したのか大人しく椅子に座って涙を流しながら2口目を食べ始めた。
2人は痙攣したり、叫んだり、変なジェスチャーしたり、涙流したりしながら完食。
完全に不審者だけど、この食堂では日常茶飯事なので誰も気にしない。
「「ご馳走様でした」」
うん、今日も変わらず美味しかった。
「で、どうよ? アタシに何か言う事あるんじゃない?」
「「素晴らしい店を紹介してくれて、本当にありがとう!」」
うむ、うむ。アタシ満足。
問題は美味しすぎるので朝食や夕食が物足りなくなる事と、常連が増えて食べれなくなる可能性がある事だ。
「あ~、たしかに! この後で硬いパンと薄味の野菜、安物の肉は無理だわ~」
「客が増えて私は食べれなくなる? ノルンのロア商会従業員権限で何とか!」
いやいや、そんなの無いから・・・・工場内に下ごしらえしたハンバーグとソースを持ってきてもらって焼くだけなら出来るか?
もしくはアンに弁当を作ってもらう? こ、これだ!
「なんか独り占めしようとしてない?」
目を見開いて満面の笑みを浮かべる私にメリルがツッコんできた。
「ギクッ、そそ・・・・そんなわけ、なな、な、ないじゃん」
大丈夫、バレてない。アタシはポーカーフェイスのクールな女だ。
食後に1人銅貨6枚を支払い食堂を出る。
「安い、美味い、早い、量が多い、綺麗、店員可愛い、美味しい。文句なく常連になること決定ね」
「異議なし。美味しいが2回あったけど間違ってないよ」
たぶん2人も知り合いを連れてきて、その知り合いも常連になって、っていう連鎖で客が増えていくんだろうな~。
「しかも料理のレパートリーが増え続けてるから、限定メニューとか出来るらしいし」
フィーネ様が狩ってくる魔獣によって数量限定とかもあるね。
「「なんだってぇぇぇーーーーっ!?」」
「限定、限定はダメよ。数量制限もダメ。私が食べれない可能性があるじゃない」
「万が一食べれたとしても、気に入った料理が無くなる事もあるね」
ああ、なるほど。こういう考えをした権力者が「ならいっそ食堂ごと買う」ってなるのか。
アンやニーナが言ってたけど、たまにそういうバカ貴族が居るらしい。
もちろん武力で黙らせていると言う。
今日もロア商会は大忙しです。
なので弁当案は却下されました。
・・・・食堂の誰か人事異動でアタシの同僚になったりしない?