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異世界の魔道具ライフ  作者: 多趣味な平民
一章 オルブライト家
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十二話 華麗なる日々

 バタッ……。


 運動と呼ぶにはあまりにも過酷な特訓を受けた三歳児は地面に倒れ込んだ。


(も、もう……むりぽ……)


 ――俺である。


「情けないわねぇ……」


 元凶はもちろん家族もこうなるまで止めてはくれない。


 他の家庭を知らないので真偽は不明だが、以前この光景を目撃したフィーネですら口出ししないということはこれが普通なのだろう。


 ここは泣けばなんでも許される甘い世界ではない。頑張らなくても生きていける世界でもない。


 とは言え、甘い世界でたっぷり五十年以上生きてきた俺にそんな度胸があるはずもなく……。


「いい加減にしろよ、この野郎っ! 俺はもう魔力を使えるんだよ! アリシア姉のレベルに合わせてやってるのがわからないのか!? それなのにこんな超回復も筋力バランスも考えない時代錯誤の修行させやがって! 魔力を得るために強靭な肉体なんて必要ないんだよ!!」


 などと言おうもんなら、「じゃあ魔力を使った修行もするぞ」と余計厳しくなるのは目に見えているので黙っておく。魔力で自然治癒力を高めればまだ動けそうだけどそれもしない。


 俺が折れることで平和が手に入るってんならいくらでも折れてやるさ。妥協と譲り合いは円滑な人間関係を築くために最も必要なことだ。


「三歳に何を求めてるんだよ……」


 俺は地面に突っ伏したまま、アリシア姉に非難の目と言葉を向ける。


「なによ? じゃあ大きくなったらやれるっての?」


「……たぶん」


 嘘だ。絶対やらないしできない。あれは年齢関係ない。慣れることでしか対応不可能。


 そもそも意志と加齢は無関係なことが大半だ。将来役に立たないからと勉強を放棄したやつは大きくなっても同じとを言うし、争いが苦手な子供は大きくなっても苦手なまま。大きくなったらやれるってのは先延ばしの言い訳だと思う。


 そして大半のやつは、忙しいとか怪我したら仕事に差し支えるとかつまらないとか、次の言い訳を始める。


 やる気なんてそんなものだ。


「ふーん、じゃあ十歳までに真剣での打ち合いができるようになってなかったら、何でも言うこと聞いてもらうけどいいわね? もちろん指導には絶対服従よ?」


「……ちょっとずつ慣らしていきます」


 アリシア姉はそんな怠惰を見逃さない人間だった。


 具体的に設定してくる。達成できなかった時の責任を負わせてくる。絶対達成するよう仕向けてくる。


 鬼軍曹並みのスパルタより厳しめの部活動の方がマシ。



「ま、いいわ、今日はこれで終わりましょ。あとは私一人でやるからそこで見てなさい」


 前に演技で倒れ込んだら本当に動けないか殴って確かめられたが、今回は御眼鏡に適ったようで、俺は運動という名の修行からようやく解放された。


「たあああっ! やあああっ!」


 アシリア姉が杖や拳を振るう度に火が舞う。彼女は残った力を出し切る時、こうして俺に見せつけるように魔術を使う。


 時々飛び火(文字通り火が飛んでくる)するけど、所詮は子供の使う魔術。一直線にゆっくりと飛んでくるだけ。火力も高くないので暴行に使用された木刀を盾にすれば防げるし、魔力量も少ないのですぐに尽きる。


「はぁ、はぁ……」


 はい終了。


「やっぱり良いわ~“これ”」


 アリシア姉は俺の隣に腰を下ろし、ウットリした声を上げながら杖に頬ずりする。


 俺が倒れるまで続ける可愛がりや、残った魔力を使い切る乱舞と同じく、これも凄いお姉ちゃんアピール後の定例行事。ついでに言うなら、魔術がどうだったか感想を求めてきて、褒める以外の選択肢はないので口にするとニマニマして、全工程が終了する。


 彼女が持っている杖は俺特製の魔術を補助する魔道具。


 運動がここまで過激になった原因がこれにあると言っても過言ではないので、地面に倒れているのも自己責任と言えなくもないけど、やっぱり理不尽だと思う。




 あれはレオ兄にフリスビーを渡してすぐのこと――。


「ね~、私にも魔力を使うオモチャつくってよ~」


 いつも通り菜園活動に励んでいた俺は、アリシア姉からのお願いにため息をついた。


「魔道具は作れと言われて作れるほど簡単じゃないよ。それにどうせ強くなれるオモチャを作れって言うんでしょ?」


「当たり前じゃない」


「無理だよ。何も思いつかない」


 自宅以外の世界を知らないのでアイディアに限界がある。温室育ちの腑抜けを舐めるんじゃねえ。修行方法を考えるのは思春期で卒業したわ。高校生になってから一度も気を練ってねえわ。


 あとそれほど暇じゃない。自由気ままな幼児ライフを楽しんでいるように見えるかもしれないけど、ちゃんとやることはやっている。


 老若男女、病人怪我人問わず働かざるもの食うべからずな世界において俺がしているのは、フィーネロボを動かして皆に指示を出すこと。


 母さん達にはさり気な~く生活改善案を提示しているし、レオ兄とアリシア姉には遊具をプレゼントしたり遊び方を教えている。父さんには仕事に役立ちそうな魔道具を聞いて作る努力をしている。


 アリシア姉がいつも傍にいるせいで魔道具を作れるのは彼女が寝た後になるけど、運動時間を昼寝に当てれば問題はないし、ポジティブに考えれば彼女に家事や勉強を教えらえるということ。


 オルブライト家の全員が同じことを思っているのか、どうも彼女の世話を俺に一任している節があるが、俺にとっても一石五鳥ぐらいあるので不満はない。


 苦労してるからこそ思う。


 ニートや引きこもりって凄いんだな~と。


 あれがどれだけ難しいことか実感したね。平和な世界でなきゃ成立しないし、他人とのコミュニケーションを嫌がるあまり自尊心と世間体捨てるとか生半可な覚悟じゃない。我が家の誰かを引きこもらせようとしてもその方法が思い浮かばない。絶対数日で飽きるか無理矢理引っ張り出される。


 引きこもりや働かない選択肢がある世界こそ俺の求める世界ではないかと考える今日この頃。


 フィーネとの共同開発ということにすれば何だって作れるため、流石に貯水ボックスほど革命的な魔道具は生まれていないものの、俺を頼る者は多い。フリスビーで味を占めたアリシア姉もその一人だ。


「そんなのやってみないとわからないじゃない!」


「ぐっ、そ、それはそうだけど……」


 アリシア姉の正論を覆す方法を思いつかなかったので、相手をできないお詫びの意味も込めて、望む品を作ってあげることにした。


 あの時の俺はどうかしていたんだ……何を思ってあのような恐ろしい代物を作り出してしまったのか……今考えてもわからない。


 たぶん何でも作れる夢のような世界におかしくなっていた。


 自分が神にでもなったような気でいた。


「テレレレッテレ~! 魔術が簡単に打てる杖~!」


 負けず嫌いで努力好きの姉が望んだのは、学校で一番になるための修行道具だった。もちろん頭脳じゃなくて肉体方面。


 自分が実験体にされることなど想像もしていなかった俺は、貯水ボックスを作る過程で生まれた仕組みを利用して、杖の先端に取り付けた魔石から魔力を放出する魔道具を作った。


「お、お、おおっ! すごいすごい!」


 アリシア姉は大喜びで試し打ち。どこぞの大魔王のように『今のはメラゾ●マではない、メ●だ』とまではいかないものの、明らかに火力アップした。


「なんかこう……ギューっと魔力が絞り取られてる感じがして、術が出しやすくなった!」


 キラキラした笑顔で火を出したままの杖をこちらに向けてくる。


「その魔石が流れを作ってくれるから楽に打てるんだってさ。フィーネが旅に出る前に教えてくれたんだけどね」


 っていう建前。


 魔力に変換すれば魔石は壊れないし蓄積できることはわかっていたので、溜めた魔力で魔法陣を起動させて正しい魔術を発動させるようにした。言ってみれば電動アシスト付き補助輪。


 全てはフィーネという協力者と理数系だった自分の知識の賜物だ。



「杖の調子どう? 慣れた?」


「もちろん! ルークが作ってくれたこの杖のお陰で火魔術の威力が上がったのよ! もっともっと修行して学校で一番になってやるんだから!」


 ようやく動けるようになったので、修行の成果と魔道具の使い心地を尋ねると、アリシア姉もいつものように笑顔で答えた。毎日使っているので体が正しい回路を覚えているし、魔力も上がっている。自分の専用というのが気に入ったんだろう。


「こんな便利な物が作れるなんて私の弟は天才ね!」


「いやいや、思いついたことをフィーネに伝えただけだから。形にしたのはフィーネ。頑張ってるのはアリシア姉。ぼくは何もしてないよ」


「そこは素直に喜んでおけばいいの!」


「はいはい……」




 そんなこんな充実した日々を過ごしている俺だが、家族とも仲良くやっている。


 積み木やベニヤ板で神経衰弱をしたり――。


「コレとコレね……あら、違ったわ」


「こっちだよ。母さん弱い~」


「うっ! と、歳じゃないのよ!? まだまだ記憶力はあるんだから!」


「アリシア姉と同じぐらい弱いよ」


「六歳と一緒なの!? 待ちなさい、もう一度よ!」



 食材の加工(主に皮むき)を手伝ったり――。


「ふふーん、知識はあるようですが技術はまだまだですね!」


「エルこそガルム食えるようにしなよ。ライバルは他人じゃなくて自分だよ」


「うっ……そ、それを言われると……」


「がははっ、プロが三歳児相手にマウント取って言い負かされてやんの」


「マリクもフィーネに一撃入れられるようになろうね」


「お、おう、善処するわ……」



 フィーネが残していった二千ピースのジグソーパズルに一家総出で挑んだり――。


「これは我等への挑戦状! 絶対に帰ってくるまでに完成させるように!」


「「「おーーっ!!」」」


 と、勢いと同じく序盤は順調に進んだものの、わかりやすい側面を組み立てたところで一気に失速。


「まだこんなに残ってるのね……」


「もうちょっと少なくしても良かったんじゃないかな?」


「完成図を見たいですぅ~~!」


 子供の遊びといえばパズル。何歳になっても教育に便利なものであり、体を動かさずにはいられないアリシア姉も目に見えて完成に近づいていることがわかるパズルは好きなはず――そう思って勧めたのが不味かった。


 全員が暇さえあれば取り掛かっているのに、一向に終わりが見えない。


 しかもこのジグソーパズル。脳をリラックスさせる効果でもあるのか、勉強前後にレオ兄やアリシア姉が必死になって取り組んでいるのだが、やはり終わりは見えない。


 まあ、フィーネが旅立ってからまだ一週間。予定している一カ月まで時間はたっぷりある。


 頑張ろう! おーっ!

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