千六十二話 情報共有2
俺がアルディアに転生してから13年と4ヶ月。前世の知識を使ってあれこれしてきたが、その中で感じたことは『未知を伝える難しさ』だった。
知識は現世での経験と閃き、技術は努力によって身に付けたものという主張に違和感を抱かれないようにしつつ、再現出来るかわからない作業をしなければならないのだ。
自身も理解しきれていないことを何もしらない相手に伝えるのは、想像を絶する難易度。フィーネやユキが一を聞いて十を知る強者だから何とかなっていただけで、他の連中にすべてを明かしたとしてもこうはいかなかっただろう。
万能の言い訳「これは強者から教えてもらったことだけど……」も合わせて彼女達には感謝しかない。あれがなければ今頃どうなっていたことか……。
しかし、化学反応を発見した辺りから強者達が非協力的になり、この言い訳が使えないことが増えた。
同時に現状に限界を感じ始めた。
パクるのが嫌だとか、強者頼りの無能だとか、そういうことではない。やれるだけのことは全部やったので、これ以上先に進むためには新しい知識より画期的な知識が必要になっただけの話。
具体的に言うなら協力者。それも一を聞いて十を知る人間ではなく、一を聞かずに一を出してくれる人間の協力が必要になったのだ。
前々から何かするべきだと考えてた俺は、地球に転移した際、『過程』と『失敗例』の情報を手に入れることに力を注いだ。
地球では困難or失敗したがアルディアなら出来ることの宝庫であると同時に、俺が転生者であることを知らない仲間達とおこなえる初めての作業でもあるからだ。
俺自身結果がどうなるか、正解がどこにあるか知らないのだから、正真正銘閃きとしてあーだこーだ議論しながら取り組める。それは違うんだな~とドヤ顔することもない。『再現』ではなく『実現』が出来る。オリジナルを作り出せる。
しかも、予言者様の有難い助言によって転移の件を皆に伝えることになったので、情報として第三者目線で語ることが出来る。
「え~、ニッポンには魔力が存在しない代わりに技術が存在した。外敵がいないからこそ人々は自らの弱さを気にすることなく、ひたすらに豊かな生活を送ろうと努力したわけだ」
俺は、会議場に集った9人の精鋭に向けて、手に入れたばかりの科学の知識を披露していく。
イブ達研究者には帰還直後に出来る限りの情報共有をおこなっているが、お互いにやるべき作業もある中ですべてを語ることは不可能に近く、成功例や過程の話を聞きたがったのでこれから話すような失敗談についてはまだだったりする。
これはその序章。
「努力? 豊かな生活が成り立ったのは最近で、100年前まで同族で争いばかりしていたと聞いたぞ?」
そんな中、聞いていた話と違うと言わんばかりに尋ねてくるコーネル。他者を虐げることに敏感なコーネルらしい意見だ。
「ユキが言ってただろ。争いこそ最高の技術革新だって。向こうはこっちみたいに外敵がいて、討伐するためには自らを鍛えることが一番で、それが出来ない連中は生きるので精一杯で、巡り巡って冒険者も生きるので精一杯みたいな環境じゃないから。金儲けや権力維持のために戦争するような世界だから。なんか凄い爆弾作れたから使ってみようってお気楽思考だから」
『倫理も何もあったものじゃないわね……』
国を治める立場の人間として思うところがあったのか、話を聞いたユウナさんが嘆く。
「道具を頼ってるせいで罪の意識が失われているんですよ。指先を数cm動かすだけで命を奪えるんです。ボタン1つで何万人と殺せるんです。
しかも神様や死者の魂の存在を本気で信じてる人も少ない。悪霊の呪いだなんだと娯楽のネタにする始末です。戦争中だろうが平和中だろうがニッポンで人の死が重かったことなんて一度もありませんよ」
「「「…………」」」
「だからこそ神をも恐れぬ研究も出来たんです」
そんな世界の知識など欲しくはない。
全員から少なからずそのような空気を感じたが、俺は構わず続けた。
技術として重要なのは確かなのだ。
悪いのは使った人間であり、弱い人間であり、何も思わない人間であって、そこから生み出された知識や技術には何の罪もない。
「皆は魂の重さってどのくらいだと思う?」
「魂は存在するんですか!?」
「……そう言えばお前ってそんなタイプだったな」
パスカルは死んだら何も残らない説を推すマッドサイエンティスト。
思い返せば彼女だけは命の重さの話でノーリアクションだった。あまり感情を表に出す方ではないのでそういうものだと納得していたが、どうやら単純に内容に疑問を抱いていないだけだったようだ。
地球育ちと言われても納得してしまう彼女の考え方に自然と口から息が漏れるのを感じつつ、俺は他に誰も返答しそうにない状況にさらに落胆し、話を進めた。
「ニッポンにはそれを調べた研究者が居る。彼は、人間の命が無くなる際、息に含まれる水分や汗の蒸発以外の何らかの重量を失われると主張し、実験し、人間の魂の重さが21gと発表した」
「どうやって調べたんだ?」
「伝えられてない。6人という試行回数の少なさや2人は計測に失敗したと自ら認めてること、21gだったのは最初の1人で他は違う結果が出てること、さらに死の瞬間をどう設定するかの測定基準も曖昧なこともあって、科学的な信憑性も認められていない」
「論外だな。仮説にしてもあまりにもお粗末だ。お前はそんなものを僕達に伝えて何をしようと言うんだ?」
コーネルと同じく当初の関心を失った一同の視線が殺到する。
「別に何も。最初に言っただろ。今回するのはそういう失敗談だって。無理矢理捻り出すとしたら『俺達じゃ考えつかないことをした異世界の連中の話』だな。
伝わってないのも非人道的な方法だったからだろうし、正確な結果が出るまで続けるのが研究者なのに何で諦めたんだって感じだし、後には続かないクセにネタになるからって人間21g説を広めるとか意味わかんねえよ、と、どんだけ首を捻れば良いんだって話題が盛り沢山だろ?
ちなみに犬でも実験したけど重量の損失が起こらなかったらしい。ただバカは『動物には魂など存在しない! 魂を持つのは人間だけだ! 人間は尊い!』と宣い始めた。中途半端な研究は都合の良いとこだけ抜き取られるって良い例だな」
『あるある過ぎる』
実体験があるのか、イブ、激おこぷんぷん丸化。
「次。錬金術ってあるだろ? こっちの世界では魔力や魔術で鉱石を何とかして金を精製することを指す言葉だけど、向こうでは卑金属から貴金属を精錬しようとすることを指す言葉なんだ。
あ、補足しておくと、向こうにも鉱石を溶かす技術はあるぞ。ただそれは『錬金』で『錬金術』だと普通こっちを指すな。まぁそれはそれで役立ちそうだから後で教えるけど、今は錬金術について話させてもらうぞ」
「「「…………」」」
はいはい、そんな『ばっかでェ~』って顔しないの。『ニッポン何がしたいの? そんなこと出来るわけないのに』って目しないの。失敗談だっつってんだろうが。
人間の肉体や魂を完全な存在に錬成する試みの方は言わなくて正解だったな。賢者の石。エリクサー。白けを通り越して爆笑されかねない。
ただ一応60年弱お世話になった世界のことなので悪く言われるのは嫌だし、前向きな姿勢で学びを得ていただきたいので、本題に入る前に思考回路を組み替える話をしておこう。
「最初に言っておくけど、お前等、絶対興味持つからな。特に研究者共。化学反応の基礎になった話だ。耳の穴かっぽじってよーく聞け。精霊の存在しない世界の人間が考える属性とか、面白過ぎて本にしたくなるレベルだぞ」
「ほほぉ~、それはそれは……」
「聞かせてもらおうじゃないか」
『いつでもカモン』
と、一部人間のやる気をヒシヒシと感じたところで、錬金術トークスタート。
「古代ギリシアに『最初の哲学者』と呼ばれる人間が居た。名前はタレス。彼は、それまで神話的説明がなされていた世界の起源を合理的に考えた初めての人間だった。
哲学の出発点『○○とは何か』という合理的な問いをした彼の主張はこうだ。万物の根源を水であり、存在するすべてのものがそれから生成し、それへと消滅していく。水は冷やすと氷になり、熱を加えるとまた元の水に戻り、暖められた水は目には見えない水蒸気となり、冷えると白い湯気へと変化し水滴を作る。川や海の水は水蒸気となり空へのぼって雲になる。
それ等の循環において決して無くならず、新しく無から生まれることもない。何故か? すべての物質はただ1つのもので出来ているからだ。物質の形が変化しても消えて無くならないのは、それ以上分解出来ない最小単位のものだから。
それこそが水だとしたタレスは、『万物の栄養は湿ったものであり、熱ですら湿ったものから生じる』という説を唱えたんだ」
「たしかに自然現象だけを見ていれば納得する理屈ですね~。やりますね~、タレス君。要するにニッポン初の水信者というわけですね?」
違う……と思う。
断言出来ない俺を許してくれ。
「当然ながらこれに異を唱える連中もいた。アナクシメネスは万物の始源は空気と言い、クセノパネスは土と言い、ヘラクレイトスは火と言った」
「ヘラクレイトス君に死を~」
どんだけ火が嫌いなんだ、この精霊王は……。
というか黙ってろ。説明させろ。邪魔すんな。
「アナクシメネスは、空気は薄くなるにつれて熱くなり、最も薄くなると火となる。濃くなるにつれて冷たくなって水になり、最も濃くなると土や石になるとした。
大地は大きな石の円盤で、木の葉が風に舞うように空気に乗って安定している。太陽や月はこの大地円盤の土が希薄化することによって生じているもの。基礎となる物質が存在し、それが薄くなったり濃くなったりすることで世界を構成する物質に姿を変えるとな」
「なるほど。面白い考えだ。精霊による明確な属性が存在するこちらの世界でも納得する者は居るだろうな……いや、むしろ魔力で生成可能な分、多いか?」
コーネルのは独り言なのでセーフ。絡んで来たらユキ同様の処置をおこなう。慈悲はない。
「ヘラクレイトは、万物は流転……つまり火が変化することで空気や水なんかを生成すると考えた。万物の根源は変化と闘争。燃焼は絶えざる変化だけど、常に一定量の油が消費され、一定の明るさを保ち、一定量の煤がたまるなど、変化と保存が同時進行する姿を示しているとな」
「ヘラクレイトス君に死を~」
無視無視。
「ただそれ等の主張は証明するに至らず、世界を構成するものが何なのかわからないまま時代は100年ほど進む。
研究者エンペドクレスが、物質の根源は火・水・土・空気の4つの『リゾーマタ』である。それ等、四大元素を結合するのは『ピリア(愛)』であり、分離させるのは『ネイコス(憎しみ)』であるとしたんだ。
だからこそ4つのリゾーマタは集合離散を繰り返す。リゾーマタは新たに生まれることはなく、消滅することもない。宇宙は愛の支配と争いの支配が継起交替する動的反復の場である」
「おお~。ほとんど属性と微精霊の理屈じゃないですか~」
「だろ? そしてここから一気に科学は進歩することになるんだが、それはまたの機会に」
「「「えええええええッ!?」」」
っていうのは嘘で、次回に続く。
現実世界では1秒と経たないから安心してくれ。




