千六十一話 情報共有1
魔術とも精霊術とも違う方法で世界に干渉する力『科学』を、たった一度、リニアモーターカーのためだけに魔道と合成させることにした俺達。
副産物で何か生まれたら良い、などという甘えた考えは捨てた。
究極技術『魔科学』はリニアモーターのための力だ。
「……って、これだとフィーネの言ってた『無駄のように思えることも大切だったりする』と相反するんじゃね?」
「ルーク様。人生に無駄なことはありませんが、すべてに意味を見出そうとするのは愚かと言わざるを得ませんよ。時には取捨選択も必要です。余計なことを考えていては成功するものもしませんよ」
ごもっとも。そんなものは行き詰った時に考えれば良いことだ。今は精一杯やるだけ。
さ、というわけで早速、そのために必要な技術や素材などの具体的な話をしていこう。
『質問がある。魔法での代用は不可?』
いの一番に名乗りをあげたのはイブ。
戦闘技能について詳しいわけでもない彼女が魔術側の究極系『魔法』のことを知っているのは驚きだが、みっちゃんという神獣が傍に居るわけだし、魔道具を作る過程で何かの役に立つかもしれないと教えてもらったのだろう。
そう思うことにした俺は、魔力・魔法陣・精霊を合わせることで生まれる、魔科学の亜種とも言える魔法(魔科学の方が後から知ったので順番で言えばこっちが亜種だが。というかパクったが)の代用が可能か否か、強者の返答を待った。
「え、私言いましたよね? 副産物で何か生まれたら良いなんて甘えた考えは捨てろって。二次利用で楽しようなんて考えは捨てろって。全部オリジナルに決まってるでしょ。ふざけるのも大概にしてください。私達はそんな気持ちの人間に協力したくありません。やる気がないなら出て行ってください。そして本件に二度と関わらないでください。迷惑です」
ドドドッ――。
「いたたたたッ! な、なんですか!? 私が何をしたって言うんですか!?」
相も変わらず円卓中央に座っていたユキは、全方位からペンやら飲み物やら魔術やら、投げつけられたり投げつけるフリをされたり。
堪らず叫ぶも助け舟を出す人間は誰も居ない。
当然だろう。そんな台詞一言も言ってないし、真っ当な質問だったのに辛辣に答える意味がわからないし、ここまでの流れからしてユキが指導するのは俺とヒカリだけでイブに協力する気皆無。にもかかわらずさも自分がアドバイスするかのように振舞って迷惑ってのが総意であるように言っているのだ。
「むしろお前をクビにしてやろうか」
「この私をクビ!? そんなことしてタダで済むと思ってるんですか!? 世界が黙っちゃいませんよ!?」
お前は世界の何なんだ……ってリーダーでしたね、そう言えば。
しかし、おそらく精霊達も強者達もリアクションは「ふ~ん、で?」だ。過保護な親のように子供の喧嘩に口出ししたりはしないはず。
にしても面の皮が厚いイブで助かった。他の連中なら涙目で謝罪していたところだ。一歩間違えば空気が冷え切っていた。気まずいなんてもんじゃないぞ。
「「「…………」」」
そう思っていた時期が俺にもありました。
まぁすでに手遅れだったってオチですわ。
「ほらぁ。誰も質問しなくなったじゃないか。責められるの怖がって消極的になってじゃないか。どうしてくれる、この空気。
お前みたいなヤツが居るから恐怖政治が生まれるんだ。失敗するのは勝手だけど尾を引かないようにフォローしておけよ」
「フォロー……? あーはいはい、表面だけ気にしてない風を装えるアレのことですね~」
そうそう、裏では怯えてたり舌打ちしたり「マジないわ~」と愚痴ったりするし、表でも目が笑ってなったり声のトーンが下がったりする、全員が気を遣って何事もなかったように振舞うあの地獄なような時間のことだよ。
ってオイ。
『ならリニアモーターカーの車体はドラグーンの原理を使わずにゼロから作り出す? それともあのドラグーンは魔科学で作られたものだから平気?』
イブさん、マジパネェっス。ホント面の皮が厚いっス。他人の罵倒をここまで気にしない人間未だかつて見たことないっス。13年間どんな壮絶な人生歩んできたんスか。
ちなみにドラグーンとは隣町ダアトにある起動しない古代兵器のことだ。ユキが寄贈した。前に俺達が解析してそれなりの成果しか得られなかった未知の素材でもある。
「ふっ、やりますね~。良い推理です」
そして今度は普通に答えるユキ。
マジでさっきの和やか空気ブレイカーは何だったんだ……。
「冷たい空気って365日24時間欲しいじゃないですか~。あって困らないじゃないですか~。つまりそういうことです」
ただしそういう属性の連中に限るけどな。
「そんなことより何が良い推理だって? まさかアレも今回の件に関係してんのか? 化学反応を使っても解析しきれなかったアレが」
「その通り~。でもルークさんは別のお仕事があるので気にせずに~。フィーネさんも言ってたでしょう、余計なことを考えてたら鬱になるって」
微妙に違うが言いたいことはわかるのでスルーして、
「適当に集めたメンバーだけど見事に適材適所だったわけだ?」
「いいえ~? ガウェインさんとユウナさんの仕事はありませんよ~」
『『…………』』
ゴメンって。俺の言い方が悪かったよ。法整備が必要ないことがわかった時点で解散させておくべきだったよ。だからそんな目をしないで。反省してるから。
新しい技術に興味があるみたいで残ってくれてたけど、政治家に研究しろって言ってもそりゃあ無理ですわ。
「一応まとめておくと、ルークさんは千里眼を使わない物質の生成、ヒカリさんは千里眼を使った物質の生成、ルークさんとコーネルさんとパスカルさんとイブさんはそのための魔科学の研究、リンさんは各研究者と連携を取るって感じですね~」
「俺の名前が2回あったんだが!?」
「やれやれ……掛け持ちに文句を言う人間はゴミと教えたはずですが?」
そんなことを教えてもらった記憶はない。
負担がエライことになるが、自分でなけば出来ない仕事があるのは有難いこと。謹んでお受けいたしましょう。
そもそも仕事がないと言ってる人間の前で拒否するなんて俺には無理だ。お構いなしに発言したユキもユキだが。
「魔道と科学の違いや科学技術そのものについて、各国と連携して法整備を進めればよいのでは? 技術が確立するまで情報を広めることはやめておいた方がよいでしょうが、確立してからおこなうよりスムーズにことが進みますよ」
これ以上傷付く前に去った方が良い。
そう発言しようとした直後、パスカルからアドバイスというか提案がなされた。
『もちろんだとも。他に何か出来ることは無いかと思い、我々は残ったわけだが……どうやらなさそうだな』
『そうですね』
聞きましたか、皆さん。これが有能という人種です。王族という生き物です。人の上に立つ人格者です。
自らが成すべきことを『当たり前』とした上で他に出来ることを探す。手伝うのではなくそれも自分の成すべきこととして扱う。
自ら考えて動くというのはこういうことですよ。「やっておきました」「任せてください」なんて素人の言う台詞ですよ。本物は何も指示が無くても動くんですよ。成果を自慢したりしないんですよ。
「まぁ私は先程暴力振るわれた恨みがあるので、他国の情報漏洩という形でこっそり会議の内容を外部に漏らしますけどね~」
そしてこういうクズによって台無しにされるわけですよ。
フリすら許されない過保護社会の象徴たるアホは、魔科学に必要な情報を引き出せるだけ引き出したら沈しておこう。
「んじゃあ今後の方針も決まったことだし、そろそろ解散しますか。作業は各々で頑張る必要があるっぽいしこれ以上進展しないだろ」
『ルーク君。気が早い。精霊術や科学の基礎知識の共有がまだ』
……そうでした。何のために地球でサバイバル生活の合間を縫って知識を手に入れたのか忘れるところでした。
使えそうな科学の知識を伝えておかなければ。




