千五十九話 強者の心子知る
ロア研究所の一室に10人の男女の姿があった。
円卓に腰を下ろしているのは、俺・コーネル・パスカル・リン・ヒカリの5人。世界各地に居るイブ・ガウェインさん・ユウナさんは映像通話による参加のため、割り当てられた席に置かれたケータイから浮かび上がっている。
残る2人、フィーネとユキは少し離れた場所からその様子を眺めている。最近強者の間で流行っている最低限の助言のみをおこなうスタイルだ。
「よしっ、みんな集まったな……それじゃあ第一回『魔科学会議』を始めよう」
1人1人の顔をジッと見つめてやる気を確認し、頷き、宣言する。
コクリ――。
7人が静かに頷く。
「議長! その前に、私とフィーネさんがこんな不当な扱いを受けている理由を教えてもらっても良いですか!」
進行しようとした矢先。円卓中央、このためだけに用意したと言っても過言ではないドーナツの穴の中に配置され、360度全方向から注目されていたユキが叫んだ。
「この会議の目的が『精霊術をどの辺りまで魔道具で再現するか』と『そのために必要な技術の調査』だからだ」
魔科学とは、精霊術を使えない人間でも科学の力で使えるようにする技術のこと。
科学とは、魔道とは別の方向から精霊・微精霊にコンタクトを図る力のこと。
魔道が想いや経験や生まれ持った才といった『本人の力』だとすれば、科学は『世界に備わっている力』だ。意図的に操作することはあるが根本は自然力。
それ等を合わせた魔科学は可能性の塊であると同時に危険性の塊でもある。
――というのが、この会議を開くにあたって事前に決定・周知していたことだ。
「説明になってません! それと部外者の私達の両手両足を椅子に縛り付けることにどんな関係があるっていうんですか! 少し離れた場所からルークさん達の様子を眺めているとか、さも私達が望んでこの場に居るような発言で印象操作までして!」
「バカ言うな。当事者も当事者だろうが。別にヒカリに与えた力の詳細を教えろとは言わん。だが世界の方針やルールや危険性については教えてもらうぞ」
「教えてもらう!? 無理矢理聞き出すの間違いでしょう!? これから拷問が始まってもおかしくない状況じゃないですか!」
「私は嫌いではありませんよ」
「まぁ私も楽しいですけど~」
じゃあ良いじゃん。一応ジタバタしてるけど縄が切れない程度に手加減してるのバレバレだし。お前等にとって耐荷重300kgとか無に等しいじゃん。
さて、フィーネのMっ気のお陰で反乱分子が大人しくなったことだし、早速本題に入ろう。
「言っておきますが、私達を見て少しでも邪な考えをした者は、知り合いであろうと容赦しませんよ」
「私もです~」
と思ったらSっ気も炸裂した。
頑張る必要があるかどうはか知らんが取り合えず頑張れ男性陣。じゃないと何度殺されるかわからんぞ。今後ハッピーライフを送るであろうコーネルも、現在ハッピーライフを送っているガウェインさんも、振られるor離婚待ったなしだ。
宣言直後に視線を逸らしたガウェインさんには注目しておこう。一応ね。
リニアモーターカーを動かすだけの出力を手に入れるために、第四の物質状態『プラズマ』について調べ始めて早2週間。
微精霊を変化させやすい物質内でおこなうというヒントを貰ったものの、変化した状態の微精霊を転移する方法はおろか必要な変化もわからない有様だった。
それだけならまだ良い。試行錯誤することが研究者の使命だ。進展があろうがなかろうが何十年と続ける覚悟はある。
問題は前提が間違っていた場合。
俺達がおこなっていた作業は、術式または化学反応で何とかなるというのが前提だった。
しかし、少女達との邂逅によって、精霊術と魔道具の複合『魔科学』という新たな分野の可能性が生まれた。
昔から頭の中にはあったのだが、知識と技術と責任感が追いついておらず、強者のフォローに期待出来ない状態でやるのはちょっと……と放置していた。
しかし、もしもそれがプラズマを生み出すために必要な技術だった場合、禁忌を禁忌でなくす努力をしなければ先に進めない。
「要は正解ルートを教えろってことですよね~?」
「ちげェよ。言っただろ。精霊術を魔道具で再現するために必要な技術の調査が目的だって。もう進むべき道は決まってんだよ。魔科学に取り組むんだよ」
「ええぇ~? その辺りのことも含めて私達から情報引き出すつもりですよね~? 口八丁手八丁誘導して正解ルートを聞き出すつもりですよね~?」
「そんなつもりはない」
こいつ等と口論しても負ける気はしないが勝てもしない。手に入れた情報が正しかったか判断出来るのは結果が出た後だ。それも『あの時の発言はそうだったのかも……』程度のもの。
強者の真意など……いや、他人の真意などわかるものではない。
例え読心術が出来てもその裏に別の想いがないとは言い切れないのだ。逆も然り。本人すら意図しない想いを知ったところでどうしようもない。
「おっ、千里眼アンチですかぁ~? ヒカリさん怒って良いですよ~」
御覧の通り。まともに強者の相手にする方が間違っているのだ。
俺は、すべてを知った上で知らぬ存ぜぬピエロを演じるユキを無視して、進むべき道を決めた理由を話し始めた。
「何故強者が助言すらしなくなったのか? 必要なものは全部手に入れていて助言する必要がなかったからだ。
何故千里眼を解析させたりヒカリの実力不足を指摘したのか? フィーネは、新しい物質は万人が持ちえない力を頼らなくても生み出せると言っていたのに、何故だ? 複数の要素が必要だからだ。千里眼を使わなくても生み出せる物質と、千里眼の力を使わなければ“何かが出来ない”物質が。
千里眼の力を使わなければ出来ない“何か”とは何か? ユキ、お前、俺が『使えなくて無駄になるなんてオチじゃないよな?』って千里眼を使って生み出した物質について尋ねた時、YESともNOとも言わなかったよな。口笛吹いて誤魔化したよな。フィーネは無駄のように思えることでも身に付けておく重要性も説いていた。それが『新しい物質は』じゃない方のことだろ?」
どれだけ的確な推理を披露しても、フィーネもユキも拘束された時から同じ微笑を浮かべるだけ。その表情からはやはり真意を読み取ることは出来ない。
俺は構わず続ける。
「無駄のように思えることってなんだ? 放置していた作業だ。
手に入れてるものってなんだ? そのために必要な力だ」
スポーツ大会で優勝したヒカリは、滅多に受けられない強者の指導を合法的に受けられる。期間は関係ない。千里眼の鍛え方さえわかればあとは1人で何とでもなる。世界のどこかで活躍してるアリシア姉の情報を出されたら負けじと励むだろう。
俺達研究者組は、彼女の準備が整うまでに千里眼を使わなくても生み出せる物質を見つける。パスカルが来たことで物理学・化学・生物学・惑星科学・宇宙科学、全自然科学のプロフェッショナルが揃った。特化しているのはもちろん各々が全分野に精通しているオマケ付き。さぞ有意義な討論が出来るだろう。
セイルーン王家にはそれ等と並行してルール作りをしてもらう。ノーベルやオッペンハイマーのような失敗が起きないように事前にトラブルの芽を摘んでもらう。
「全部が噛み合ってはじめてに成り得るんだろ?」
これがお前等の用意したシナリオだ。
断言するように2人に視線を向ける。
「まっさか~♪ そこまで考えてるわけないじゃないですか~。私は人類がどう動くか興味があるだけ。道筋を作るなんてポリシーに反します~」
返って来たのは、いやですよ~、とからかわれたオバさんのように手をパタパタさせる否定。
本人がそう言っている以上、それ以上の情報が出ることはないので普通なら引き下がるしかないが、俺にはまだ奥の手が残っている。
「ウソつけ。ベーさんに聞いたぞ。昔、似たようなことがあった時、ほどほどにアドバイスしてたそうじゃないか。代々精霊王はそういうことしてるそうじゃないか」
「なっ……! お、おのれぇ~、ベーさんめぇ~!」
「まぁ嘘だけどな」
「っていうのはジョークですけどね~。あれ? もしかして信じちゃいました? だとしたらごめんなさい、演技力ありすぎちゃって~」
なんだろう、この腹の探り合い……。
「ま、全部こじつけだ。証拠なんてどこにもない。ただここに居るのはそんなこじつけに共感してくれた連中で、今からするのはそのための会議ってだけだ」
新しい技術が確立出来るかもしれないので、他の誰かが作り出す前にルールを決めておく場。リニアモーター関係に魔道学が使えるかどうかは二の次だ。
「ほら~、フィーネさんがヒント出すから~」
「これは気付いたルーク様を褒めるべきですよ。流石としか言いようがありません」
「どうして突き放した途端に寄って来るんだ!? 正解なんて知らなくて良い。俺達は勝手にやる。そういう空気だったじゃん!!」
「何故かって? 恋愛のプロだからですよー!」
本日一番のドヤ顔をする自称プロ。そして同意せずにひたすら俺を褒める清純路線(笑)のフィーネ。
まぁ進むべき道が合っていたというのは朗報ですけどね。
「というわけで千里眼を使わない物質の作り方を指導しようと思うんですけど~」
「急に協力的になったな!?」
「あ、嫌なら断ってくれても全然良いですよ~?」
「……お願いします」
もしフィーネの数年掛かる発言がそれありきだったとしたら詰む。意地やプライドなんて捨てるべきものだ。少なくともここには必要ない。




