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異世界の魔道具ライフ  作者: 多趣味な平民
五十章 ニューフェイスとニューウェーブ

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千五十七話 入学

 在校生や親や関係者でなければ馴染みがないかもしれないが、新社会人の中には地方公務員……端的に言えば教師も含まれる。


 引継ぎや情報収集といったどこの企業でもおこなっている新人教育を2、3日したら、30人の子供達を1人で受け持つ。


 普通に考えたら無理だ。


 事前に各種研修をしているからって、サポートありきのそれとはプレッシャーが比較にならない。しかも相手は進級・進学したばかりの、春休み明けでリミッターが解除された若造達。さぞ調子に乗ってうぇいうぇいしていることだろう。


 恋愛において過去の相手と比較するのは最低の行為とされているが、子供にはそんな正論は通用しない。


『前の担任の方が良かった』

『その方針は正しいとは思いません』

『チョーシ乗ってんなよブス』


 創作物では話を面白くするための誇張表現が多いのは確かだが、根本的な部分は変わらない。


 そんなクソガキ共の相手をイチイチしていたら身が持たないので、多くの教師は対処法として個を殺す。


 金持ちしか入れない最高級レストランや、一部マニアから絶大の支持を受けるゲテモノ料理店や、甘いもの好きには堪らないスイーツ店になることも出来るはずなのに、ほとんどの教師は無難なチェーン店を目指す。


 どの店舗でも同じ経営方針、同じメニュー、同じ味と量と価格、同じ外観、教育委員会だか国だかが定めた計画に従って淡々と仕事をこなすだけ。


 いわゆるマニュアル人間だ。


 これを悪と取るか、仕方ないと取るか、正義と取るかは人によると思う。


 仕事をする上で計画性というのは必要なことであり、『いついつまでに生徒達にこれだけの知識を身に付けさせろ』というノルマを達成するためには、授業を面白くするだの個人個人の対応だの自分の夢だの入れている余裕などない。


 ましてや右も左もわからない新米教師。与えられた仕事をこなすので精一杯のはずだ。効率よく動けなくて残業時間がエグイことになるという話は耳ダコだろう。まぁそれは教師に限った話ではないが……。


 生徒をノルマ達成のための機械にせず、担当クラスの子供1人1人をちゃんと見てくれて、学校を楽しい場所に変えてくれる教師というのは本当に貴重だ。


 どこぞのグレートティーチャーも言っていたが、教師にとって生徒はン百分の一でも生徒にとって教師は1人なのだ。



「どうだったよ、初めての学校は?」


 ここまで長々と語って来たが、つまるところ何が言いたいかというと、チコとイヨたn……イヨとココ、通称『チョコ』の入学初日がどうだったかメチャ気になるよって話。


 どんなクラスメイトで、どんな担任で、どんな1日だったか聞かせろって話。


 学生という身分を得た3人のことを幼女と呼ぶわけにはいかない。立派なレディだ。『たん』付けすることは許されない。


「まずはイヨたそから」


「わたしイヨたん! ってこれもちがう!!」


 一瞬照れ笑いを浮かべたイヨたそは、敬称がちょっと違うことに気付き、訂正。そもそも『たん』付けも公認ではないのでさらに訂正。


 結果流れるようなノリツッコミとなった。


「そもそもなんでおにぃが校内に居るの……」


「え? 帰りが遅くて心配になったからだが?」


 次はどうやってアホの子を弄ろうかと考えていたら、ココから質問というか呆れ声が飛んできた。質問の意図がわからず俺は首を傾げながら答える。


「全然遅くなってないし、心配するなら安全が確保されてる校内じゃなくて町を探すべきだし、どうせどこに居るかわかってて来てるし、百歩譲って入るにしても許可取ってからにするべきだし。今の説明はおかしいところしかないよね」


 はぐらかそうと思っていたら事細かに説明されてしまった。万事休すだ。


「些細なことは気にすんな。ハゲるぞ」


「些細ではないよ。あと女だからハゲないよ」


「たしかに獣人は毛深い種族だけど何事にも例外はあるもんだ。『自分に限ってそんなことはない』は裏切られるのが世の常だ。気にし過ぎも良くないけど気にしなさ過ぎも良くない。気を付けておいて損はないぞ」


「結局何もするなってことでしょ、それ?」


「……そうだな」


 気にすることでストレスが溜まって余計みたいな話よく聞くしね。


 で、それはそうと、いつになったら初日の感想聞けるのかな? お兄さんこう見えて結構忙しいからそろそろ本題に入りたいんだけど? 




 先程も語ったように、教師が赴任→アレコレ準備→子供達入学という流れなので、イヨたそ達はヨシュア学校に通うようになったのは俺達社会人より4日遅れてのことだった。


 別に休日というわけでもないし、どうしても初日に会わなければならない理由もないが、なんとなく少女達がどんな顔をしているか見たくなったので早退し、学童擁護員(児童の安全のために通学路に立っているボランティア。緑のおじさん)をすること20分。


 ホームルームが長引いているのか、2組と3組の生徒はパラパラと校門から出てき始めたのにイヨたそ達の所属する1組の生徒は誰一人出てこないので、心配になり校内に忍び込んだ。


「「「はぁぁ~~……」」」


 まずは貴様が我々の質問に答えろ。話はそれからだ。


 フラグ管理をキッチリする門番だか王様だかのような態度を取る3人にここまでの経緯を話すと、予想通り溜息をつかれた。


「え~っと、ツッコミどころが多過ぎるから1つ1つ片付けていくね」


「その前に1つ良いか? ルイーズの姿は見えないけどどうしたんだ?」


 ココの進行を遮って尋ねる。


 廊下には学生服を着たガキ共が溢れているが、少女カルテットを形成するエルフマニアの姿はない。さらにイヨたそ達3人の間もまるでこれがあるべき姿だと言わんばかりに狭い。今ここにルイーズが入っても友達の友達感が出てしまうだろう。


「先にかえったわよ。しんせきにアイサツするんだって」


 あれだけイベントラッシュしておいて別のクラスになったとか、そこにイヨたそより魅力的なエルフが居て友人関係を構築して今日はそっちと遊ぶとか、コミュ障にとっては裏切りとも言える状態かと不安になったが、そんな杞憂を吹き飛ばすようにイヨたそが答えた。


 不満よりも同情の色を濃く出しているのは、本人も彼女自身も歓迎すべきことではないということだろう。


「それはただのおにぃのトラウマでしょ。別に専有物じゃないだし誰と遊んでも良いでしょ」


 顔に出ていたのか、俺の抱える不安と安堵を見抜いたココが、6歳児とは思えない達観した意見を述べる。一部偏見も混じっているがスルーの方向で。


「いやいや。実際そうなったら結構傷付くもんだぞ。仲良いのに誘われないとか、招待したのに来てくれないのか、自分と話してる時より楽しそうにしてるとか、心の中ではこう思ってるのかも~ってネガティブ思考になったらもうドン底よ」


「ならなければ良い」


 さらにチコも続く。


「まぁそうなんだけどな。中々難しいのよ、これがまた」


 一番になりたいならそれなりの努力しろ。本当に面白い人間なら自然と集まって来てくれる。


 頭ではわかっていても心が認めない。自分が他者より劣っていることを受け入れられない。何を努力すれば喜んでもらえるのかわからない。でも何もせずに嫌われるなんて嫌だ。


 ネガティブな人間でなくとも一度や二度は必ずぶち当たる悩みだと思う。


「ま、楽しい学生生活を送ってるお前等には意味のない話だったな。忘れてくれ」


「最初から気にしてない」


 流石だ。やはり子供は……いや、人生はそうではなくては。


 

「それじゃあわたし達のターンだよ。まず入学式の日がいつあるか、おにぃ知ってたよね? 早退するぐらいなら休み取れば良かったでしょ。なんで『別に興味ないし』みたいなフリするの? カッコいいと思ってるの?」


 やめてあげて。少年はなんでもアッサリこなせる主人公に憧れるものなんです。少女はそんなイケメンに恋するものなんです。クールと無気力を勘違いしている人間は多いものなんです。


「ちなみに俺は、休みを取ったら絶対ここに来ることバレるから、止められるから、言わなかっただけだ!」


「それを何とかするのが会話であり信頼関係でしょ……おにぃが歩んできた人生がちゃんとしてれば理解してもらえるでしょ」


「バレなきゃ良いは犯罪者の考え方」


 何故俺は入学したての少女に説教されているんだろう。しかも基礎学校の廊下で正座して。


 校内に残っていたガキ共が、畏怖と好奇を織り交ぜたような目でこちらを見ている。稀に羨望の眼差しを向けられている気がするが触れないでおこう。


「……なによ? なんか用?」


 とか思っていたらイヨたそが自分の髪や耳のことと勘違いして睨んで散らしてくれた。ありがとう。そしてありがとう。


 お礼にからかってあげるね。


「おいおい、イヨたそ。俺を見くびってもらっちゃ困るな。こんなこともあろうかと年端も行かない子供に説教された時の対処法を常日頃から考えてたんだぞ」


「そんなことかんがえてたの!?」


「知っての通り俺は研究・発明することが仕事だが、そんな日々に疑問を持っていたところでね」


「ぎもん!? 毎日がジュージツしてるように見えたけど!?」


「ぶっちゃけ実るかどうかわからない研究飽きた。同じ無駄なら成果を求めないネタに走った方が楽しい。案外役立つし」


「あーきーてーたー!!」


「というのは冗談で本当はエロいことばっか考えてる。仕方ないよな思春期だし」


「お、おうっ」


 なんか美少女に似つかわしくない男らしい声と台詞が出た。『ギャップ萌え』萌えの俺にとっては嬉しい限りだ。


 わかるけどわからない純情な感情。


 もっと引き出してみたくなる。グフフ。



「次。20分足らずで忍び込むという暴挙に出た件について」


「どうして門の外で大人しく待っていられないの? デートでも30分は待つのに」


 カエルを前にした蛇のような舌なめずりにこのままではマズイと感じたココは、実行に移す前に話題転換。次なる議題の裁判官にチコが名乗りをあげた。


 ただ良い感じの例え話を思いついたからではないことを祈る。


「議長。それはケータイが無かった頃の話です。現代では5分も遅れれば催促しますし、遅れそうになっただけでも一報入れておくものです」


「時間にうるさい男は嫌われる」


「うるさくありません。用件が無くても毎日通話しろだの、記念日は覚えておけだの、カップルの意味のない通話よりよほど報連相出来ています。そもそも約束の時間を守るのは人として当たり前のことです」


 少なくとも俺は相手が獣人だろうと連絡する。何故なら待ち合わせに遅刻したとしてもデートが成立するから。公共交通機関などでの利用は論外だが徒歩なら楽しくお喋り出来る。どこを歩いているとか、何があるとか、合流したらどうするとか、話題は無限大だ。


 しかも遅刻した罰を与えられる。グフフだ。


「チコの例え話のせいで脱線した上、おにぃに有利な感じになっちゃったよ。どう責任取ってくれるの? わたし達は待ち合わせしてたわけでもないし、ここは自由に立ち入りして良い場所じゃないし、20分なんて校内探索してればあっという間のことでしょ?」


「……ごめん」


 謝罪とは自分の非を認める行動。素晴らしいことのはずなのに、そこから先で上に立つことが困難になるので、大人やこざかしいガキはしたがらない。


 個人的にはもちろん高評価です。



「わたし達のクラスやクラスメイトの顔を知ってる理由は『おにぃだから』で納得しておくとして……」


「置いておかないで。寂しい」


「結局そこまでして校内で話をしたい理由って何なの?」


 やっぱり置いておかれた。そして無視された。


 まぁ慣れてますけどね。


「ぶっちゃけ『特にない』かな。校舎を眺めてたら久しぶりに入ってみたくなったとか、部外者が我が物顔で歩いてたら生徒や教師がどんな顔するか気になったとか、楽しそうに校内探索してるお前等の姿を見たかったとか、色々あるけど絶対にそうしたい理由はないな」


「十分な気がするけどね……」


 そう言ってくれるのは優しい人だけだと思う。

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