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異世界の魔道具ライフ  作者: 多趣味な平民
五十章 ニューフェイスとニューウェーブ

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千五十五話 第四の物質状態

 新生活の初日というのは、誰もが浮かれるし、誰もが戸惑うし、誰もがユルくなるものだ。


 学生はもちろん社会人までレクリエーション気分でダラダラ過ごす。実際1日でも早く慣れてもらおうとレクリエーションが開催されることもある。


 が、しかし、中にはそんなことより仕事がしたいという人間も居る。


 周りと仲良くする意味を感じないだとか、夢を叶えるためには一秒たりとも時間を無駄に出来ないだとか、オチャラケタ空気が苦手だとか、足手まといにならないように一刻も早く仕事を覚えたいだとか、理由は様々だが不参加希望者は一定数居る。


 例えば俺の目の前にも――。



「…………」


「ねぇ……この子、怖いんだけど……わたしの眼球を引っ張り出しそうなぐらい凝視して来るんだけど……」


 未知を研究する者にとって何を基礎とするかの話はさて置き、俺達に教えられるまでもなく、あるいは教えたらすぐに魔道具の使い方を理解・習得したパスカルは、早速仕事に取り掛かった。


 色々とやりたいことはあるようだが、まずは今しか出来ないことから。


 具体的にはヒカリの千里眼の調査。


 ロア商会の警備担当という世界一意味のない仕事に就いているヒカリは、フリーランスとして主に研究に必要な素材調達(と猫の手食堂のウェイトレス)を担っている。


 機密がうんぬんかんぬん、品質がどうのこうの、期限があれこれ、責任がうんたらかたらとなるので、多くの大企業は自社で完結するシステムを採用しているのだが、ン十人と居る研究員全員を彼女一人でカバーするのは到底不可能。


 強者が気まぐれに手伝う場合もあるが、基本ないものと考えて良いので、ちゃんとした部署として『素材調達班』が存在する。


 当然、新人も入って来るので、一流とまでは行かずともそこそこの冒険者になれるよう鍛えるのが、先輩にして準強者のヒカリの春から夏に掛けての仕事だ。


 そしてもう1つ。ヒカリはフィーネとユキから『千里眼』という超絶便利アイテムを与えられた人間でもある。


 まだ手に入れて10年足らずで極められていないらしいが、それでも精霊の視覚化と使役、視力と呼ぶのもおこがましいレベルの識別能力を持つ。その気になれば1km先のパンチラだろうとおそろしく速い手刀だろうと見逃さない。


 そんなトンデモ能力に化学反応の次なる段階の可能性を見出した俺は、この2週間、彼女のことを隅から隅までズズズイと調べていたのだが、何の成果も得られなかった。


 1人で無理なら仲間と協力しようということで、母国から帰還したコーネルや期待の留学生パスカルと共に解析するべく、暇になったらで良いからとお願いしたところ、まさかの当日に来てくれた。


「……………………………………」


 で、パスカルが『出来そうで出来ない、でも確実に存在する事情』という研究者殺しの調査に発狂しかけていると。ヒカリを怖がらせていると。


「…………遠視」


「はい」


 調査を始める前は「貴方に出来るかな~」と乗り気だったヒカリも、今ではすっかり指示に従って力を使ったり動いたりするだけのロボット。全身から来なければ良かったオーラが噴き出している。


 まぁいい経験だろう。これが限度を知らない本物ってやつだ。


「調査の域を超えようとした変態から逃げたら、自由な時間を邪魔しないとか言って寝床に忍び込んできたり残り湯や洗濯前の衣服を分析したり酷い目に遭ったから、二度としないって約束で協力したのに……まさかこっちもハズレだとは思わなかったよ……」


「本当っぽく言うのやめろ。ありのまま語っても問題ない程度には節度を守ってただろうが。というか嫌がられた瞬間に俺は屍と化すだろうが。物理的に解決させられる人間が被害者面すんな。もはやそういうプレイだぞ」


 抵抗出来るのにしないのは『くっころ、ビクンビクン』を楽しんでおられるのと変わらない。合意の上という主張がまかり通るレベルだ。


「黙って。次、精霊術」


「……はい」


 ざまぁ。人を貶めようとした罰だ。


 しかしロクに会話も出来ないのは流石に可哀想なので、そろそろこの状況を打開すべく前向きに議論していこう。




「お前等が千里眼の理屈を教えてくれないからだぞ」


 この状況を作り出した責任の半分は、ここまでやっても一切の情報を出さない強者達にある。


 別にヒントを求めているわけではない。トライ&エラーは慣れっ子だ。むしろそれが楽しみと言っても良い。


 ただプロテクトを掛けるのは違うじゃん。妨害するのは違うじゃん。メチャクチャ複雑な術式を何時間も掛けて解読して、ようやく見つけたのが『残念ハズレ』は違うじゃん。術式が組み代わって最初からはダメだと思うんだ、俺。


「人が苦労して得たものを楽して手に入れようなんて生意気ですよ~。ムシャクシャするのでぶん殴ります~」


(お前はどこのジャイ●ンだ……)


 前半部分が正論だっただけに台無し感が凄い。ヤンキーが雨の中で寒さに震える子猫を助ける逆パターンになっている。逆ギャップ萌えだ。萌えでもないけど。


「ユキ。嘘はいけません。苦労していませんよね?」


「まぁそうなんですけど~」


 本当に殴り掛かってきたユキの拳を俺の代わりに受け止めたフィーネは、そもそもの前提を覆す発言をして、ユキもこれをアッサリ肯定。


 じゃあなんで俺は殴られかけたんだ……。


「というか話を逸らすな。ヒント寄こせ」


「このぐらい解けないようじゃリニアモーターシステムの実現なんて夢のまた夢ですよ~。嘘ですけど」


「否定が早いよ。せめてやり遂げてからチクショーって言わせろ。悔しがらせろ。誰も辿り着いてないのに次のステップに進ませるな」


「勝手に信じたルークさんが悪いんですぅ~。化学反応なんて未知の現象、私達にわかるわけないじゃないですか~。

 化学反応で変化させた微精霊を千里眼の力で別の物質に転移出来ることや、そうやって生まれた新しい物質を安定させるために必要な知識や技術は既に持っていることや、皆さんがこれまでに見つけた化学反応の中にそれがあることなんて、ぜ~んぜん知りませんよ~」


 だから早いよ……色々台無しだよ……でもありがとう!



「みんな聞いたな!」


「ああ。現在見つかっている原子・分子および化学反応が載っている資料集はそこの棚だ。全員で取り掛かれば2日もあれば終わるだろう」


「…………」


 何故、ユキの生態に詳しい俺と、それなりに知っているコーネルと、まったく知らないパスカルが同じ信頼度なのかはさて置き、アンサーを受け取った俺達は千里眼の解析を中断。


 棚から取り出した資料と睨めっこし、使えそうな物質・反応を検討し始めた。


 ちなみに、パスカルの全身から噴き出すオーラは、『1日あれば十分です』と語っていた。口より先に手を動かすタイプなので察するしかない。


 もしこれが嘘だったら俺はユキを絶対に許さない。


「え?」


「ん?」


「あ、いえいえ、嘘ではないですけど今のヒカリさんだとちょ~っと実力不足かな~と思いまして。微精霊の転移なんてしたことないでしょ? 化学反応に興味持ったことないでしょ? そういう人はちょっと難しいです~」


 ようやく自分の出番が来た、と強者然とした態度で準備運動を始めたヒカリを、申し訳なさそうに見ながら説明するユキ。


「じゃあ修行付き合ってよ」


 こちらとしては胸だか肩だかを撫で下ろせる内容だが、あちらとしてはそうもいかないようで、今からその力を身に付けると言い出した。


 流石は元祖意識高い系。先日まで修行していたのにまだ続けるつもりらしい。新人教育は大丈夫なんだろうか?


「ノウッ! 手を出すことばかりが教育ではありません! 見守ること、見捨てること、邪魔すること、肉体的・精神的に追い詰めて諦めさせることもまた教育なのです!」


 そんなヒカリからの要請に対し、ユキは両手で大きくバッテンを作って拒否。


 教育する側とされる側が納得するかどうかの問題なので俺がとやかく言うことではないが、個人的には見守る以降はアウトかな。


 しかし困った。


 わかっていたこととは言え、強者達が非協力的な状態で技術なり知識なりが足りなくなると、進展がなくなる。どれだけ早く正解を見つけようが意味がないじゃないか。


「一応聞いておくけど、生み出した物質を利用出来ないわけじゃないよな?」


「……え?」


「『化学反応で変化させた微精霊を千里眼で別の物質に転移』『その物質を安定させる知識や技術はもう持ってる』『微精霊はこれまでに見つけた化学反応の中にある』って言ってたけど、作った後がどうなるかは触れてなかっただろ。

 まさか使えなくて無駄になるなんてオチじゃないよな?」


「…………ひゅ、ひゅぃ~♪ ぴゅるる~♪」


 出た、いつもの誤魔化し口笛。あとちょっと上手くなってんのやめろ。練習の成果出すな。メチャ上手に吹けること知ってんだぞ。



「はぁ……口出しするつもりはありませんでしたが、ルーク様。新たな物質は千里眼などという万人が持ちえない力に頼らずとも生み出せますよ」


 詰んだ。色々と詰んだ。


 無駄にモヤモヤした気持ちを抱えたまま一から再スタートをすることになるのかぁ、とネガティブな気持ちになっていると、ほぼほぼ事態を傍観していたフィーネが久しぶりに口を開いた。


 しかもメチャクチャ重要そうなセリフと共に。


「ユキは、今後の目標を見失っているヒカリさんへのアドバイスと、微精霊の変化は反応させやすい物質内でおこなった方が良いという提案と、無駄のように思えることでも身に付けておく重要性を述べたに過ぎませんよ」


「フィーネさぁ~ん。ちょ~っとバラし過ぎじゃないですか~?」


「そうでしょうか? 並の研究者であればここまで言われても100年は掛かりますし、私の知る限り世界最高峰の頭脳を持つルーク様達でも数年は掛かるかと思いますが?」


「そーですけどー」


 何やら2人が指導方針をめぐって喧嘩を始めた。さり気なく長期計画になることが決定しているのはスルーする方向で。



(もしかして物質って、そのものズバリ物体のことじゃなくて、物質の三態のことじゃね? 俺が第四の物質状態『プラズマ』を作り出そうとしてるの気付いてね?)


 それが俺の導き出したリニアモーターカーを動かすための力、そして化学反応の最終形態だ。

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