千五十四話 パスカルメカニカル
パスカルがその類まれなる頭脳で新しい方向性を見つけた以外、これといった騒動もなく報告会を終えた俺は、新入達を諸後輩方に任せ、コーネルとパスカルと共に4階にある成分分析室へ向かっていた。
パスカル(というか魔道都市ゼファール)の実力を噂でしか聞いたことのない一同は驚愕していたが、俺はそこまでの驚きはなかった。
俺が文系、イブが理系だとすると、彼女は体育会系。
もちろんこれは例え話であってパスカルが運動得意とかいうことではないのだが、同じ化学反応でも見方というか思考回路が違うので、次々に新しい発想が出てくる。逆も然り。
全員、心のどこかで『ロア商会は最強』と驕っていた部分もあったような気がするので、知識以外の部分でも発見があるのは良いことだと思う。カンフル剤万歳。
「それで、実際どの程度進んでいるんだ?」
そんなことを思いながら頑丈かつ清潔感漂う廊下を歩いていると、コーネルから主語のない質問が投げかけられた。
Q.E.D.は証明終了したはずなのだが、落ち着くのか、パスカルは会場を出てもMGフィールドを張り続けている。事前に下見も済ませているのか施設紹介されても無言で頷くだけ。そんなことよりさっさと分析室に行くぞといった有様だ。
……いや知らんけどね。なんとなくそう思うだけで。ほら、友達と遊びに行った時もあるじゃん。メンドクセーって空気感じること。アレよ。
コーネルも、コミュニケーションを取るのを面倒臭がるだけで空気を読めないわけはないので、そのことには気付いているはず。
つまりこの質問は俺に対してのものだ。『進む』というワードが当てはまらないしな。
「それはもしかして第四の物質状態のことを言ってるのか?」
「ああ。お前はパスカルの返答に対して『それは干渉しているだけだ』と言ったが、フィーネさん達に協力してもらえば出力や視覚化の問題は解決するだろう」
完全に前から研究していたテイで話すコーネル。新入社員ガチャを楽しむために入社式スルーしてたのバレてら。
まぁ責めてはないっぽいし、誰かに言うつもりもなさそうだから一安心。純粋に研究者として実験の進展具合を気にしている。
コーネルは、な。
「…………」
コーネルほど俺や俺の周りの連中の生態に詳しくないパスカルは、不透明ゴーグルの上からでもわかるジト目で、無言の圧を放って説明を求めてくる。
まさかそんな裏技があるとは思ってもいなかったのだろう。通話内容も強者とは関係ないことばっかりだったし。
「コーネルの質問に答える前に……パスカル。勘違いされてそうだから言っておくけど、俺はお前のことを騙したわけでも、強者の手柄を取ったわけでもないからな。今まで話したことは全部俺の頭から生まれた案。俺の実力だ」
「……? ルークさんの実力を疑ってはいませんが?」
俺と同じく勘違いされたままでは色々と支障が出ると思ったのか、パスカルはマスクをモゴモゴ動かし、くぐもった声で主張した。
俺の被害妄想だったらしい。失敬。
「んじゃあコーネルの方に戻るけど、残念ながら構想段階で止まってる。アイツ等この件に関しては一切手を出さない方針っぽくてな。『いやまぁ出来ますけどね』って空気出すだけで何もしないんだ。ヨイショしてみてもダメだったから俺達でやれってことだろうな」
「なるほど……逆に考えれば僕達だけで何とかなる可能性があるというわけだな?」
「どうだろうなぁ。トーマス君みたいに失敗エンドもありそうじゃね? 直前でその話を出したってことはそういうことだろ? フラグだろ?」
「挑戦する前に結論を出すとか、ルークさんはいつから予言者になったんですか~? 力を手に入れた途端に調子に乗る若者ですか~? 権力に縋りつく老人ですか~?」
言いながら成分分析室の扉を開くと、中で待っていたユキからド正論パンチを喰らわされた。
研究も仕事も人生も、出来るか出来ないかじゃない。やるかやらないかだ。失敗しようが何しようが経験値は手に入る。チャレンジャーになるんだルーク=オルブライト!
「って、俺達はただ話し合ってただけですけど? 言われなくてもやりますけど?」
何故かダメ人間にされてやらない方向で話を進められているが、全くもってそんなつもりはない。むしろ最強パーティが組めてテンションアゲアゲだ。
ここにイブが入ったら究極パーティで、強者が協力的になったら超究極パーティだ。そうなったらもう止まらない。世界を改革しつくしてやる。今も止まるつもりはないが。
「うん。知ってた」
……もしかしてユキのタメ口って初めてじゃね?
「にしてもフィーネもユキもイベントに参加するの久しぶりじゃんか」
ほぼコーネルの自室と化している成分分析室の詳しい説明はその道のプロに任せて、俺は一足早く部屋に来ていたフィーネとユキと会話することに。
世間的に見れば毎日会っているが、語り部として登場させるのは久しぶり。2週間前のスポーツ大会以来だ。その前となるとちょっと記憶にない。
ここに居るということは去年のようにチームを組む気があるということだろう。
まぁ一線を引いたところから見て「頑張ってるな」と独り言を呟いたり、腕組みをして満足気に頷いたり、「今日の作業は素晴らしかった」「良い表情してる」とあたかも理解者であるかのような口ぶりをしたり、通称『後方彼氏面』をしそうだが……って女だから彼女面か。でも女は感情的にワーキャー騒ぐから違うな。やっぱり彼氏面だ。
「私は覗きの魅力に気付いただけですし、フィーネさんがストーカーになるのを抑えていたんですよ~?」
「ストーカーではありません。見守っていただけです。ルーク様にとって何が一番か考えた結果、影ながら応援することを選んだに過ぎません」
ほらな。暗に『もうちょっと協力的になって良いんじゃね?』と責めるも、2人は呆気らかんと言ってのけやがった。
言うまでもなくどちらも犯罪だ。ユキはグッジョブのように見せかけて、フィーネを抑えられていないのでアウト。やはり精霊王(笑)だ。
まぁ俺のためっていう言い分はそうなんだろうけど……もうちょっとさ。
「ルークさん、ルークさん、知ってますか~? 常識とは15歳までに身につけた偏見のコレクションのことを指すんですよ」
じゃあ何しに来たんだ。
そう尋ねる前にユキが何やら言い始めた。
わからいでか。アインシュタイン先生の名言だ。どうせ指摘しても自分のだと宣うから咎めないけど。
「そして偏見は偏った見方のこと。人間は誰にもわからないことを『周りがそう言っているから』『そう習ったから』と正しいと思い込んでいるだけなんです」
「……つまり自分達は正しいおこないをしていると?」
「イエース♪」
たしかに彼は『人生を楽しむ秘訣は普通にこだわらないこと。普通と言われる人生を送る人間なんて一人としていやしない。いたらお目にかかりたいものだ』とも言っていた。
普通でないということは、逆説的に考えれば2人の意見を正しくないと捉えることも、ただの俺の偏見ということになる。
「……って流石にこれは違くね!?」
「答えはルークさんが死んだ後に決めてくださ~い」
くっ……人生の点数を決めて良いのは死後の世界だけということか……!
「死んだら無になるので思考出来ませんよ?」
「「「え……?」」」
コーネルの話を聞きながら俺達の話も聞くというマルチタクスぶりを遺憾なく発揮したパスカルが何気なく放った一言に、全員が固まった。
「え?」
俺達の反応でパスカルも固まったから全員だ。
一応説明しておくと、人も魔獣も死んだら神アルディアによって死後の世界へと導かれるというのが、この世界の常識だ。
証拠もある。信仰心の高い者は導かれる前に現世に残された者へ遺言を伝えることが出来るのだ。神殿に通う人が多いのもその辺のことが大きいっぽい。
「もしかしてパスカルって『魔術や化学で解明出来ない事柄はすべて偽物! 存在しない!』みたいな考えする人?」
「そこまでは言いませんけど、自分が経験していないことを信じるほど愚かではないだけです。今ここに存在する空気。生きられるなら良いじゃないかと楽観視することはあたしには無理です。
死後の世界へ導くというのも神アルディアの御業という証拠はないですよね? 精霊の悪戯、あるいは未知の意志によるものという可能性もありますよね?」
「あー……『神などいない!』って真っ向から否定するんじゃなくて、信じるに値する根拠を探すのを生き甲斐にしてる感じか」
「そうですね。もし神アルディアに会ったとしても、それは妄想や幻覚かもしれないのでそうではない証拠を探して、神界と呼ばれる場所へのゲートを開いて初めて信じますね」
これじゃあ研究者じゃなくて科学者だな。
もっとも大分頭は柔らかい方だと思うけど。非科学的だろうと根拠さえ見つけられれば納得するというんだから。
「でもそんなことこれまで言わなかったじゃないか。ここに来るまでに何かあったのか?」
「生まれた時から思っていましたよ。ただ人間は自分に理解できない事柄を否定したがりますし、何かを知ろうとする人はそれを他人に語りたいだけです。あたしはどちらにもなりたくありません。だからあたしは語りません」
ここ最近、覚醒なり自己啓発なりしたのかと思ったら、単に意識高い系なだけだった。




