千五十三話 先輩×任命×報告会
新人達の挨拶が終わると、次は研究所の代表者から『ここの職員がどのような仕事をしているのか』『どのような信念を持っているのか』『今後の目標』といった説明を受けることになる。
歓迎会の前におこなわれた入社式で似たようなことを聞いているはずだが、あれはロア商会全体(農林業のような例外もあるが)のイベントで、フィーネ会長の有難いお言葉を賜ったり会社としての方針を話すだけ。学校で例えるなら全校集会とホームルームだ。
その大役を任された俺は、緊張した面持ちでステージ中央に設置されたマイクの前に立ち、
『あー、最初に言っておく。入社式で俺が寝てると思ったヤツ。間違いだ。面白い仮説が浮かんだから脳内で構築・実験・立証してただけだ』
「「「第一声それ!?」」」
ノリの良い連中から総ツッコミを受けた。
真面目な場ではリアクションしにくいから新人ガチャはここまで取っておこうなんて、全然、まったく、これっぽっちも思ってないのよ。信じて。
しかし惜しいことをした。エリートやアスカは大体想像出来るが、入社式という大舞台でセクスィーがどんな挨拶をしたのかまったく想像出来ない。後悔するほどではないが気になる。あとで誰かに聞いてみよう。
「ちなみにそれはどのようなものですか?」
『物質の状態変化のことでちょっと』
「詳しく」
パスカルから執拗に説明を求められた俺は、フィーネとユキ、それと会場の空気を見て、ここは代表者として進行するのではなく研究者として脱線すべきだと判断し、裏でこっそり進めていた研究……もとい入社式の最中に思いついたことを話し始めた。
『固体・液体・気体は自然界における物質の基本的状態ってのは知ってるな?』
「もちろんです。定まった体積と形を持つ固体。定まった体積を持ちますが形は定まっていない液体。体積も形も定まっていない気体。これ等『物質の三態』は精霊や微精霊の干渉によって起こります。融解・凝固・蒸発などに変化することで世界は成り立っています」
『正解だ。ただそれは自然現象であって人為的要因、つまり化学反応を用いた場合、新しい反応が見つかるかもしれない……って議論が研究者達の間で度々起こってるわけだ』
化学の観点から状態変化を考察すると、固体は原子や分子が詰まった状態でその場所からほとんど動けない。だからこそ安定しているし、形を変える時は壊れる。この仕事を辞めるぐらいなら死を選ぶって感じの頑固者。
液体は温度と圧力が一定なら体積は一定だけど、形は一定じゃない。原因は、原子や分子は自由に移動出来るけど距離は変わらないから。誰かが動けば全員がついて行くから。集団行動が出来る連中。
気体は高エネルギーを持つ代償として定まった形や体積を持てない。原因は、分子同士の影響が小さくて、原子との相互作用もほとんどなくて、全員が位置も距離も関係なく好き勝手してる状態だから。例えるなら夢追い人。ただ結構成功したり更生したりしている。
『この気体は原子や分子の影響が小さいからこそ成り立ってる状態なわけだが、そこに干渉して影響を大きくしたらどうなるかな~と思ってな』
「その実験はすでにおこなわれていますが?」
『もちろん知ってるさ。ウチでもやってるしな。けどそれは干渉してるだけだろ?暖簾に腕押し。糠に釘。流されたり受け止められたり弾き返されたりしてるに過ぎない。
そんなんでこれは無理だって諦めるんだからそりゃ進歩せんよ。「私は失敗したことがない。ただ1万通りのうまく行かない方法を見つけただけだ」って言えるぐらいじゃないと。
成功するまで信じた道を突き進め。人生を棒に振れ。それが研究者の生き方だ』
新入社員の3人だけではなくこの場に居る全員に向けて研究者の心得を伝え、ナチュラルに評価を爆上げした俺は、改めて代表者として新人達に、
「人の名言をさも自分が考えたように言わないでくださいよ~。それ私のですよ~。250年ほど前に悩める研究者のトーマス君にアドバイスしたんですから~」
新人達に先輩面する直前でユキに邪魔された。
(エジソンさん、貴方まさか転生者だったりします? こっちの世界で身に付けた魔道技術で電気のあれこれ生み出してたりします? 神様も転生者が来るのは数千年振りって言ってたけど送り出したとは言ってなかったし…………ま、いいや。気にしても仕方ない)
話を先に進めよう。
「ちなみに彼は見事人生を棒に振りました~」
「人ひとりの人生を台無しにしておいてする笑顔じゃないな。そして失敗談をするな。自分がそうなるかもってネガティブ思考しちゃうだろ」
転生先(?)では彼女を見返すために頑張ったのかもしれない。魔術より科学の方が向いていたんだろう。ドンマイ。
「メンゴメンゴ~♪ でも成果を残せなかっただけで充実してたっぽいですよ~。そこまで親しくなかったので詳しくは知りませんけど、子供も居ましたし、周りから応援されてましたし」
子孫登場フラグやめい。
今後の研修の流れを説明したり、素材保管庫を案内したり、なんやかんやあって新入社員歓迎会も終盤。
『それじゃあ、ミドリには同じ魔獣としてエリートを、カルロスはセクスィー、ラッキーはアスカを担当してくれ』
この1時間ほどの雰囲気を見ながらラッキー達も交えて会議をおこなった結果、新人の教育係は以上のように決まった。
先輩と知らずに暴力を振った(?)アスカやそれ以上に嫌われているセクスィーはミドリの担当から除外し、女性に絡むことが多かったセクスィーには男性を割り当て、アスカのぶりっ子や腹黒を気にしなさそうな人物。
まぁ消去法だ。
『困ったことがあれば遠慮なく頼ってくれ。ただし基本はお前達だけで教育しろ。俺達はサポートしかしないからな』
「「はいっ」」
「……b」
1年間、技術を磨き知識を身に付け、教育してくれた先輩のことを見ていた人間なら出来るはず。
もちろん真似するだけではダメだ。
臨機応変は教えられなくても出せる自力のこと。
今のラッキー達にはそれがあると思ったから任せるだけ。何故なら彼等は今日から先輩なのだから。
「ルークさん、あたしは?」
『パスカルの担当は俺とコーネルだ。基本的に好き勝手やってもらっていいけど、電子顕微鏡を使える化学反応の専門家連中の方が何かと便利だろ』
「僕は使えないんだが?」
微精霊の動きを見ることの出来る電子顕微鏡は、化学反応を調べるために必要不可欠な魔道具だが、知識や技術のない人間が使うと何が起こるかわからないので、使用および所持は国家資格を持っている者にのみ許可されている。
10種類ある分野の中で1つでも合格していれば国から与えられるが、受験していないコーネルは当然持っていないし、単身での使用も不可能。
『どうせ今年受けるんだし、俺やフィーネやユキが居れば使えるんだし、一緒にプロフェッショナルしようぜ』
出来ないのはあくまで単身での使用。指導者や責任者が同席していれば問題ない。もちろん基礎が出来ていてトラブルが起きないことが前提。
コーネルはすべての条件を満たしている。
「ほほぉ~。ちなみにいくつ受ける御予定で?」
「3つだが?」
言葉遣いにおいて年齢と立場を重要視しているコーネルは、同い年で同じ研究者のパスカルからの質問にタメ口で答える。
それを聞いた瞬間、パスカルの纏う空気が落胆に変わった。10種類すべて合格することが相棒になる前提と言わんばかりの雰囲気だ。
別名『裏パスカル試験』……と呼ばれているかは知らない。ちなみに俺とイブは合格している。というか国家資格が出来る前から認められている。
――というわけでそんな俺からフォローを入れておこう。
『言っておくけど専門分野が違うからだぞ。素材のことに関しては俺より詳しいから安心してくれ。コイツの知識はイブもニッコリ。サポート役に持ってこいだぞ』
「そうですか。ではよろしくお願いします。それとあたしは研究中喋らなくなりますがお気になさらずに」
そう言ってパスカルは懐に隠し持っていたマスクとゴーグルを着用した。
これから始まる報告会で知ったことを、この場で試してみるつもりなのだろう。他にもそういう人間は結構居る。
あとはトーク終了のお知らせかな。会話に飽きたら携帯弄る若者っぽい。まぁ仕事を効率的に進めるために仲良くするって感じの人だし仕方ないな。
『それじゃあ報告会に移ろう。まずは誤差を自動修正するクオーツ時計について』
こうして、新人や専門外の人間が置いてけぼりになる、各自の今後の方針を決めるかもしれないプロフェッショナルトークが幕を開けた。




