千五十二話 続・新入社員ガチャ第二弾
通常、魔獣は声帯の関係で喋れても念話に近いものになるのだが、そんな常識など知ったことかと言わんばかりに人語ペラペラ、エリマケトカゲのエリート。
自意識過剰のぶりっ子は全員腹黒という俗説を見事に体現しているのか、策士にハメられただけなのか、キレると何をするかわからない若者代表アスカ。
実に個性豊かでロア商会にピッタリな2名が挨拶してくれたが、登壇すべき人物はまだまだ居る。
というわけで早速3人目行ってみよう。
「チェキ! チェケラッ! チェケラッチョ~! 俺はさすらいのセクスィーソムリエ! アンタ達のセクスィー具合、オレがチェキしてやるZE!」
上から、安っぽそうに見えて実はブランド物の野球帽、大きなサングラス、3サイズは大きいダボダボの無地の白Tシャツ、腰パンジーンズ、動きやすそうなスニーカー。
地球では各種世代、こちらでは流行真っただ中のヒップホップ系ファッションで現れた男から挨拶(?)された瞬間、会場に居た全員が思った。
(((……チェンジで)))
「ヨォヨォ、まずはフェイスをチェキ! 太い眉毛がマニアック、ある意味セクスィー、50セクスィー!」
が、当然というかなんというか、男は氷点下まで冷え切った空気を無視して自己紹介を続ける。
先程から男の言っている『チェキ』とはどうやらチェックのことらしく、アスカ強襲の一件で標的にしやすかったのか、異質を放っているので触れざるを得なかったのか、ただの偶然か、近くに居たミドリの容姿に点数をつけ始めた。
陰キャ連中は隅の方で大人しくしているので、前方がガラガラになると新人達が距離を置かれていると勘違いしてしまう。ライブや講義などで「前に詰めてくださ~い」と言われるアレ。見ている方はそうでもないかもしれないけど前に立つと心臓がキュッとなるから。マジで止めてあげて。
そう思って気を遣ったのだが……こんなことになるなら離れておくべきだった。
「???」
見ろ。あのミドリさんが困惑しておられる。
おそらく男の言葉の意味を理解している人間はこの場には居ない。コイツはそういう人種だ。
「というかさっさと名乗れ。なんだよセクスィーチェックって。基準も意味も何もかもがわかんねえよ。あだ名が『セクスィー』になっても知らんぞ」
「チェキチェキ、お次は服をチェキ! 緑の単色、でも艶々、結構イケてる100セクスィー!」
「無視すんな。絡んでやってるだけ有難いと思え」
「最後にわがままボディーをチェキ! 特に目を引くそのヒップ! 大きくて丸くて悩ましい……なかなか最高、美味しそう、結構ステキでビュティフォウ! まさにヒップオブヒップ、つまりヒップアンドホップ! 驚異の1000セクシィ~!!」
またも無視する後輩。
採点中に邪魔した俺も悪いかもしれないが、それにしたって随分とミドリを気に入っているようだ。
あとセクシィーポイントがインフレを起こしている。『最初に50点をつけた顔は何だったんだ、貶してないか』とツッコミたかったが、どうせ無視されるのでやめておいた。
「アンタのヒップは極上ヒップ! キラキラ輝くダイヤモンッ! 俺の本能刺激しまくり! 俺の魂揺さぶられまくり! 消された記憶も飛び出すぜベイベ!
そいつを使ってアタックかけりゃ、どんなヤツでも一撃コロリ。バタンでキューっと潰れちまう。ヒップを制する者は世界を制する。俺はそいつに青春をかける。ついて行くぜマイブラザー!」
「……………………」
迷惑そうな顔をしている! 表情が変わらないことに定評のあるミドリが、『あまりの鬱陶しさに顔を歪めている』と錯覚してしまうほどの雰囲気を纏っている! いつもの笑顔も心なしか沈んで見える!
そして彼女の目が言っている。『コイツの教育係だけは嫌だ』と。
「俺が太陽ならアンタは月! 俺がクレオならアンタはパトラ! 2人で行こうぜ、どこまでもッ!!」
そんなことはお構いなしに、ダンスか何かに誘うようにミドリに手を差し伸べる男。
ミドリは貼り付けたような笑顔でのそりのそりとステージへ近づいて行き、
ブン――。
「ぐえっ!?」
今度は登壇せずに少し離れた場所から右手を振った。
その瞬間、衝撃波が男を襲った。叩きおろしではこうはいかない。横から殴りつけることでお仕置きと共に強制退場もさせられる。確信犯だ。
もしかしたら本名がクレオの可能性もあるが、もう俺達の中でコイツは『セクスィー』だ。いつまでも名乗らないコイツが悪い。
余談だが、ミドリの目的は『拒絶』だったらしく、ステージから弾き飛ばされたセクスィーはすくっと立ち上がり、何事もなかったように次の標的を探して会場をうろつき始めた。自分に向けられなければどうでも良いらしい。
あと、真の陰キャには声を掛けていないので、この男、案外人を見る目あります。広報をはじめとした比較的陽キャな連中ばかり狙っている。
というか新人3人の内2人が暴力沙汰ってどうなんだろう? 普通のはずのエリート君がマイノリティになっている。物足りない気すらしてくる。
「ロア商会へようこそ!」
偶然だろうがアスカに声を掛けたリンの第一声が妙に印象に残った。
「凄いです、ミドリさん! 今のは良かったですよ! 練習の成果が出ましたね!」
乱れに乱れた空気をリセットするべく、ユキが小粋な氷ジョークで会場を冷やしている最中。ラッキーが2連続で新人に焼きを入れたミドリを称賛し始めた。
「なんだ、練習って?」
「あれ? ルーク先輩ご存じなかったんですか? ミドリさん、こう見えて意外と負けず嫌いなので、バカにされないように早く歩く練習してるんですよ。
……え? あ、そうですね。走る練習ですね。私達にとっては老人の歩み寄り遅いですけど、ミドリさんからしたら走ってるんですよね」
ナウ、バカにされたが、悪気があるわけではなさそうだし本人も気づいていないのでわざわざ触れなくても良いだろう。
「要するにセクスィーに迫った時の歩行がスムーズだったと?」
「ですです。これで先輩としての威厳が出ますよ、きっと」
そんなわけはない。
――とか言うヤツは自己啓発を頑張れ。
学生の頃は『早く走れる』『給食を早く食べられる』『二重飛びが出来る』がステータスだったじゃないか。なんで大人はダメなんだよ。成長したんだろ? なら何歳だろうと褒められるべきだ。自己肯定欲と他者肯定欲を高めてけ。
いつから出来るのが当たり前になるんだろうな? 出来なきゃ怒られるようになるんだろうな? 成果に意味を見出すようになるんだろうな?
(実は一番先輩としての自覚があるのはミドリだったりして……)
「んじゃあ行ってくるわ」
「次はあたしですよ」
4人目(司会・進行をしているユキを含めれば5人目。ミドリ達を含めたらもう知らん。予定では4人目だったんだ)の登壇者になるべく、パーティメンバーから外れて1人移動を開始した俺は、後ろから掛けられた声に振り向いた。
クセっ気の強い金髪、日光を知らない真っ白な肌、創作物なら100%特殊能力を持つ瞳孔が何重にもなっている目。
「お前……パスカルか?」
それは魔道都市ゼファールで一番の天才の名前だ。
何度も通話しているし、研究内容を伝えるために映像を出したりもしているのだが、彼女はいつもマスクや不透明ゴーグルをつけていて中身を見たことはなかった。
しかし人間は声と雰囲気だけで対象を判別することが出来る生き物。
「今はこちらの方が技術が進んでいますからね」
クイズやサプライズではなかったのか、パスカルは少ないヒントから正解を導き出した俺に何を贈るでもなく、淡々と来訪した目的だけを告げる。
この場に居るということはしばらく研究所の世話になるつもりなのだろう。
「どうも皆さん。ゼファールで研究者をしているパスカルと申します。
言っておきますが陽キャではありません。この清潔感とコミュニケーション能力は今だけです。研究を始めたら皆さんと同じ醜い姿になりますし、必要以上に会話する気はないので、技術を盗み終わるまでの間、お互い距離感を大切にしましょう。よろしくお願いします」
「オブラートォオオオーーーッ!!!」
とにもかくにもエリート・アスカ・セクスィーの新人3名と、留学生(?)のパスカルが仲間に加わった。
慌ただしくなりそうな予感しかしない。




