外伝30 怪しい男
とある町の小さな食堂で、アリシアは少し遅めの昼食を取っていた。
古ぼけた木製テーブルの上には、1人前の定食と手のひらサイズの妖精2人が並んでいる。近くにクロの姿はない。どれだけ強くて賢くても見た目が竜のクロは店の外だ。
「私、思うんですよ。男女の間に友情は成立しないんじゃないかって」
その内の1人、全身ピンクの淫乱妖精ピンキーが、自身の体と変わらない大きさのナイフ・フォークを巧みに操ってアリシアの焼肉定食を貪りながら、他愛のない話を振る。
いつよろけても不思議ではない見た目からは想像もつかないほど余裕がある。もう片方の妖精パックも彼女ほどではないが普通に食事中。
クロの件もそうだが、冒険者ギルドに入っている食堂のように融通を利かせてくれる店ばかりではなく、ここのように注文するかしないか0か100かの店の場合、パックとピンキーに食事を分けて、足りなければ買い込んだ食糧に手を出すのが最近のアリシアの食事方式だ。
「恋人から『異性の友達と遊びに行く』なんて言われても誰も信じないじゃないですか。留守の間に家に上がり込んでたら嫌な気持ちになるじゃないですか。子供の頃の純粋な気持ちを失くしてしまっている証拠です。
そもそも断りを入れてる時点でダメだと思うんですよね。浮気を疑われないため以外にどのような理由があるというんです? 友達と遊ぶだけなのに親兄弟に『○○時から××と△△して遊ぶ、帰宅は○○時』なんてイチイチ説明する人居ませんよね? でも恋人や夫婦の間柄だとしなくちゃいけない。意味がわからなくないですか?」
沈黙が嫌いというよりも話したがりなのだろう。ピンキーはアリシア達の返答を待たずに話を続ける。
内容は今日も今日とて男女のこと。
当然口だけではなく行動に移す気満々である。ラブテロリストの二つ名は伊達ではない。
「ピンキーの話題広げづらいのよ。もうちょっと私達にわかる話題にしてちょうだい。魔力とかダンジョンとか」
「達って……何も言ってないのにオイラも混ぜられてる……。あとそっちはそっちで広げづらくねぇ? もう散々したじゃん」
「何言ってんのよ。能力は成長するし状況は常に変化するんだから毎日したって構わないでしょ」
「ならもっと、胸がどのぐらい育ったとか、いつ頃から陰毛が生え始めたとか、種族による違いとか、そういう話もしろよ! 聞きたくって仕方ねえよこの野郎!」
ツッコミ役のクロが居ないので脱線が止まらない。
「胸がどうしたって?」
突然、前の席に座っていた男がアリシア達の方を振り返り、中学生男子でもしないような低俗極まりない質問をしてきた。
(この男、さっきの……)
アリシアはその男に見覚えがあった。
ギルドから緊急の依頼で、つい数十分前まで多くの冒険者がどこからともなく現れた魔獣の群れの殲滅をおこなっていたのだが、その中に混じっていたのだ。
「おっと、話してるところ悪いね。別に盗み聞きしてたわけじゃねぇんだが、女体の話とあっちゃ、男として見過ごすわけにもいかなくてね。そっちのピンクの姉さんの話も陰ながら唸らせてもらってたぜ」
「アリシア。この男は良い人です。是非とも下トークをご一緒に」
「で? で? で? いつ頃からだよ。お前の胸が大きくなったの。ってか最近また大きくなったんだろ? な? な? どんぐらい大きくなったんだ?」
「……もぐもぐ」
ニヒルな笑みを浮かべる男と、爽やかな笑みを浮かべるピンキーと、盛りのついた猿のように迫るパックを全スルーして、アリシアは食事を続けた。
ただ彼女の纏うオーラは『次に変な話題を出したら燃やす』と言っていた。
「出発よ」
「グル……? ル!?」
食後。忠告(?)を無視して盛り上がる一同にシッカリキッチリお仕置きしたアリシアは、店の外で便所飯ならぬ駐車場飯を堪能していたクロの食事を取り上げ、超特急で町を出ようとする。
邪魔になったらパーティ解散という契約など何のその。しれっと合流したパックとピンキーをハエでも追い払うように雑に扱っていると、
「待て待て。俺を置いて行くな。話があるんだ。あんな誰が聞いてるかもわからないとこじゃ出来ねぇ真面目なやつが」
「それは私以外のヤツにしなさい。じゃあね。さようなら。二度と会うことはないでしょう。今度顔を見せたら八つ裂きにするから」
「何をそんなに怒ってるんだよ。気が弱くてデリバリーヘルプにチェンジを言うことが出来なかった話か? 勘違いすんなよ。あれはヘルスじゃない。日雇い冒険者のことだ」
「まぁ嘘ですけどね。派遣型の風俗嬢を冒険者仲間ということにするのは、冒険者が太古の昔からおこなっている常套手段です。先程おこなった男女の友情の話と同じです。野外プレイなどされたら絶対気付きません。ちなみに本当の日雇い冒険者は『臨時メンバー』や『助っ人』や『ヘルプ』という言葉を使います。そもそもデリバリーヘルプは何をデリバリーするんですか」
「野郎共の持て余した性欲と時間と愛に飢えた心に決まってんだろ。すべてを受け止めて満たしてくれる彼女達の存在がどれだけの男を救ってるかわかるか?」
「おやおや、この私に性欲のことでマウントを取るつもりですか? もちろんデリバリーのことは知っていましたよ。あれは貴方を試したに過ぎません」
「へっ、だと思ったぜ」
お互いに認め合うような視線を交わすピンキーと変質者。
荷台で物陰に隠れるように耳を塞いでいるアリシアを見るまでもなく、事情を察したクロは、深い溜息をついて移動を開始した。
「あー、眠い……何もしないから休んでいかないか?」
「なに当たり前のように先回りしてんのよ……」
食堂を離れて数分。一行の前に現れた(というよりアリシア達が追いついてしまった)のは、件の変質者。
見たところ“そういう目的”の場所ではないのだろうが、男はわざとらしく宿屋をチラ見して、如何にもな雰囲気で誘って来る。
「そのアグレッシブさは見習いたいな」
「見習いたい? 違うだろ。口にするより先に行動しろ。実行しろ。見習いたいじゃない。見習うんだよ」
「見習うな! ファイアーボール!」
意気投合する野郎共に火の玉を発射し、アリシアは再び移動を開始した。
「んで、お前等なんで神獣を蔑ろにしてたわけ?」
「…………蔑ろって昼食のことよね?」
気が付いたら隣に座っていた男からの何気ない質問に、人生で初めて悪寒を感じたアリシアだが、同時に逃げることを諦められたので大人しく対応に入った。
この男は間違いなく強者だ。
「あれは本人から『折角知らない町に来たのだからそこでしか味わえない物を味わうべき』『現地のことを知るのも冒険者の使命』って言われたからよ。
そりゃ冒険者ギルドに行けば一緒に食べられるし、冒険者になったばかりの頃はそうしてたけど、どこも同じ味とメニュー……チェーン店っていうの? だし、パックとピンキーが仲間に加わって食事中も会話出来るようになったから食堂を利用するようになっただけよ。
それに今回はたまたま別々、」
「タマタマ!?」
「「「…………」」」
全員から冷たい視線が突き刺さる。下ネタNGのアリシアは当然として、これまでノリノリだったピンキーやパックも低俗すぎると相手にしない性格らしい。
「ちなみにタマタマってのは男の股にぶら下がってる睾丸のことで、精子を作り出すっていう子孫を残すために重要な役割を持っていることから、貴重な金属に例えて『金玉』とも呼ばれてるぞ」
「……別々だっただけで一緒に食べることも多いわよ」
何を想像したのか、若干顔を赤らめながらも懸命にスルーを続けて、話を再開させるアリシア。
男はそんな彼女に感心したように唸る。
「へぇ~。昔は何をするのも一緒だったのに、今ではタイミングが合えばするだけの関係ってわけだ。まるで離婚寸前の夫婦みたいだな」
ただどちらかと言えば皮肉に近い。
それがわからないほど鈍感ではないアリシアは顔をしかめて、
「……何が言いたいわけ?」
「ん~? 悲しいな~と思ってな。お互い、愛する努力・好かれる努力・幸せになる努力はしてるのに、すれ違いを解決しないまま進んだ結果、全部無駄になってるじゃないか」
男はお前等がそうだと言わんばかりにアリシアとクロを見る。
「俺ァ、運命に抗ったけどどうしようもなかったとか、倫理観や世界観で台無しにされる悲恋とか、鬱展開とか、報われない話が嫌いなんだ。スゲェ連中がクズ共のせいで不幸になる話なんて吐き気がする。
そいつの実力に見合った場所で生きてれば絶対幸せになれたのに、才能を超えられないクズ共が口にする『みんなで頑張ろう』とかいうわけのわからない理屈を受け入れて留まったり、自分自身よりクズ共の育成を優先したり、良いように使われてるのは見てて腹立たしい。
弱い連中を育てて何になるっていうんだ? 自分を犠牲にしてまですることじゃないだろ。楽しければそれでいい? 同格の連中と切磋琢磨してから言えよ。弟子の成長を見守るのが楽しい? 成長が止まった時はどうすんだよ」
徐々に語気を荒げていく男。
もはやクロは一歩たりとも動いていない。手綱を外して臨戦態勢だ。パックとピンキーの顔からも笑顔が消えている。
「お前、自分が神獣に見合うと思ってるか?」
「ええ」
敵意どころか殺意を籠められた視線を一身に受けてアリシアは即答する。
「あー、なるほど、お前あれだな。バカだな。自分勝手で周りの迷惑を考えないヤツだ」
「よく言われるわ」
ギシッ――。
アリシアが答えた瞬間、空気が軋んだ。
「お前……ちょっくら死んどくか?」




