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異世界の魔道具ライフ  作者: 多趣味な平民
四十九章 新生活編Ⅱ

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閑話 哀愁レオポルド

 朝は誰より早く起きて仕事をする。家族が食卓に集まるまで1人書類と睨めっこする。貴族の先輩にして同僚の父さん達が参加することもある。それでも僕は誰よりも遅く席につく。そして一緒に朝食を取る。


 食後。息子のオリバーと戯れる。でも僕の頭の中は仕事のことで一杯で、家族との憩いのひと時を心から楽しむことが出来ない。仕方がない。僕は父親である前に貴族なのだから。


 ほとんどの作業は自宅でおこなうけど執務室から出ることは少ない。出たとしても書庫や別室で仕事中の父さん達のところへ行くだけ。次にオリバーに会えるのは夜だ。会合がある日は寝顔で満足することになる。廊下に出るとどこからともなく楽しそうな声が聞こえる。シャルロッテさんは産休を終えてから僕のサポートで忙しい。きっとルークやユキがオリバーと遊んでくれているんだろう。


 もちろん休みはある。オリバーをルークの作ってくれた特製乳母車に乗せて町へ繰り出したり、自宅でゆっくりしたり、遊びに来た友人達と楽しく過ごす。ただやっぱり仕事のことが頭から離れない。自然と話題は仕事のことになる。仕方がない。大人になるとはこういうことだ。


 夜。静寂に包まれた屋敷をコソ泥のように忍び足で移動して風呂に向かう。浴槽・混合栓・水の供給システム・石鹸・シャンプー、10年前は画期的だったモノたちを無意識に使用する。木製の浴槽に浸かりながら考える。そろそろリフォームが必要かな。


 火照りが取れるまで仕事の続きをして、いつものように一足早く仕事を切り上げたシャルロッテさんと、泣いて笑って考えて今日も一日全力で人生を謳歌したであろうオリバーが寝ている寝室に入る。そしてふかふかのベッドに横たわる。


 夢の中で過去の出来事を追体験する。今とは全然違う自分。楽しそうに笑っている。汚れたものは自分で拭いている。傷付いたものは家族であーだこーだ話し合いながら直している。ルークが手を加えて変な機能が追加される。また笑う。


 朝。誰よりも早く起きる。ふと鏡に映る自分を見る。


(……僕ってこんな顔してたかなぁ)




『総合優勝はチーム食堂! ヒカリさん、ニーナさん、リリさん、ユチさん、おめでとうございます! コングラッチュレーション! グッドゲーム!』


 ドッジボール、ケイドロ、ボール争奪戦、魔道チェイサー、半日掛けておこなわれたスポーツ大会は、下馬評通り猫の手食堂の優勝で幕を閉じた。


 8位という微妙な順位だったユキは大会の感想を「次は頑張ります」の一言で済まし、それ以降の進行役をルークから引き継ぎ、手慣れた様子で表彰・インタビューをおこなっていく。


 表彰台に立つ人間が進行するわけにもいかないので助かる。もしかしたらわざとかもしれない。ユキならやりかねない。


「ゴメンね。僕がリタイアしてなかったら勝ててたかも……ううん、絶対勝ててた。そしたらあそこに立ってたのは僕達だったのに」


 僕達、オルブライト家チームAは惜しくも2位。


 一同の盛り上がりもさることながら、ヒカリ達が立っているのは事情を知らない人でもひと目で勝者とわかる黄金色に輝くステージで、僕はステージ袖から眺めて妙に卑屈な気分になり、改めてチームメイトに謝罪した。


 チーム幼女(あまり呼びたくないけど正式名称なので仕方ない)との戦いで勝敗を分けたのは確実に僕のリタイアだ。


「何度も言わせんな。あれはしゃーない。あんな状況で試合を続けられるのは悪魔だけだ。そもそも謝るのは俺の方だ。これまでの競技で大丈夫だったから平気だと楽観視した俺の責任だ」


「レオポルド様が抜けた穴のカバーは私がしなければならなかったのです。しかしルイーズさんの対処が手一杯でカバーはおろか与えられた仕事すらこなせませんでした。敗因は私にあります」


「クルル」

(私もです。チェイサーの仕事は黄金ボールを捕まえること。エルフと獣人が3人掛かりで妨害に来たとしても失敗したことに変わりはありません。ごめんなさい)


「いやいや、それを言うなら俺だって酷いぞ。大人の凄さ見せ付けてやろうと思ってダブルチェイサー作戦を無視してアタッカーしてたし、幼女達のコンボ攻撃を面白がって受けてみたら動けなくなったし、何ならちょっと大人げないかな~と思って終始手加減してたから」


「「「それはルーク(様)の責任だね(です)」」」


 僕達はもちろん近くに居た3位のチーム王族からもツッコミが入る。


「なんでだよ!? なんで『幼女を一方的にボコってる姿は見せたくない』ってリタイアしたレオ兄は許されて、俺はダメなんだよ!?」


「子を想う親と『こうすれば長い時間幼女を嬲れるぜ、デュフフ』な変態との差だな」


「妄想をさも真実のように語るのはやめろ! いくら王都の守護神だからって言って良いことと悪いことがあるぞ! 俺は幼女猫を嬲りたかっただけだ!」


「「「…………」」」


「ハッ、しまった! イ、イヨたんに人生経験の大切さを教えるためには力じゃなくて技術で上回る必要があったから手を抜いただけで、ルイーズはフィーネとの戯れを楽しんでたし、今後ああいう変態が現れないとも限らないからフィーネにはその対処を学んでもらおうと考え、あえて時間を掛けてですね……」


 これに対してルークは、いつものように大げさに驚いて場を乱し、謝罪する空気を綺麗サッパリ消し去ってしまった。




「「「おつかれ~!」」」


 身体を動かした後は水分補給。祭りの後は打ち上げ。友達と友達と仲良くなるためには親睦会。空間制御の術式を調べたいからフィールドを消さないで。


 何が正しくて何が間違っているのかわからなくなるほど多くの理由の下に始まった飲み会は、参加するつもりのなかった僕達一家を巻き込んで、盛大におこなわれた。


「まぁそんなこと言わずに。これでも食って落ち着けよ」


 爵位を持たない大人は呑んだくれている。社会的地位を気にしない子供ははしゃいでいる。この空気に半日で馴染んだ貴族は無礼講の方針を取っている。


 ただ新米貴族の僕にはそんな暇も心の余裕もない。


 王族の皆さんへの挨拶を終え、次はゼクト商会か王都の貴族子息か目をウロウロさせていると、ルークがオヤツにも酒のツマミにもなるポテトチップスを差し出してきた。


「いらない」


「マジか……幼女の食べ差しを断るとか、レオ兄ってもしかしてホモ?」


「食べ差しだからだよ!」


 ひと目でわかった。だって明らかに歯形がついてたから。盛りつけられているものならともかく、あと数秒あれば完食出来ていたものは受け取れない。


 あと誰かもわからない人間が手に取ったものを食べたくはない。


「というかさっさと返してきなよ。いやもう僕が返しに行くよ。これ誰の?」


「え、マジで? それってどうなんだ……家族や親友ですら戸惑うのに、昨日今日知り合ったばかりの人間が手に取ったものとか食べたくないだろ……」


「なら自分で食べなよ!」


「人の物を取るのは犯罪だぞ」


 頭痛が痛い。



「しかしご安心を! こういう時のために用意しました! どうぞ!」


 頭を抱える僕を煽るように声高らかに宣言するルーク。


 次の瞬間。フィールド中央からゴゴゴゴと巨大な岩がせり上がってきた。


「どっせい!」


 何事かと注目する一同を他所に、ルークは手に持ったポテトチップスを放り投げた。


 が、重量も軽ければ空気抵抗も激しいチップスは、失敗した紙飛行機のように地面に落ちる。そしてそのまま地面に吸い込まれていった。


「「「なんでだよ!?」」」


 ベルフェゴールさんのことを知らない一同からツッコミが入る。


 正直、僕も大地の異変は大体彼女の仕業だということぐらいの認識でしかない。


「シャルロッテさん、今この乳マニアは巨乳のことを考えましたよ。貴方が一番とか言っておきながら大きな大きなバストのことを考えましたよ。嘘だと思うならフィーネでもユキでも尋ねてみてください」


「……あの岩の正体をバラすことになるけど良いのかな?」


「それは俺に聞くことじゃないな。それとこれは無関係だけど……そこで興味津々にしてる幼女達! 世の中には知らなくて良いことが山ほどあるぞ!」


 ルークの一言で、手にしていた別味のチップスを投げようとしていたココちゃん達は(間違いなくさっきのチップスは彼女達のだ)、スローイングモーションを解いた。


(無関係? 絶対間接的な忠告をするつもりじゃないか。ココちゃん達と一緒に僕も脅迫するつもりじゃないか)


 そんな僕の考えを読み取ったのか、ルークはニンマリと悪い笑みを浮かべて幼女達の脅迫に入った。


「アレが何なのか知りたかったら、まずは『国家予算の詳細な使い道』と『人の心の奥底にある悪意』と『子供の作り方』を知ることだな。それとエルフの体臭と排泄物についてのレポートも頼もうか」


「じ、地獄のような条件ですわね……」


 教えるつもりがないのだから当然だろう。万が一達成しても次なる試練が襲うだけだ。たぶん最終段階はゴーレムさんに認められること。


 毎日のようにヨシュアを訪れるあの人なら一般人でも接点作れるし。


「ちなみに失敗したら関係者全員が記憶を失うから気を付けろ」


「それほどの危険物が何故このようなところに!? ヨシュアは、国は、何をしているんですの!?」


「見りゃわかるだろ。スルーしてるんだよ。見てみぬフリしてるんだよ」


 ヨシュア領の領主も町を支える貴族やその子息達も、暮らしを支える商店街の人達も、王女達も、アレが何なのか見当をつけた一同が純粋無垢な視線を向けてくる幼女達からスッと目を逸らす。


「ま、これで正解だ。知ってる連中は知ろうとする連中を絶対に止めるし、知らない連中は知らないまま一生を終える。アレはそういう存在だ」


 もしそれ以上関わるようならお前達も……。


 たぶんルークにはそんな意図はないんだろうけど、ベルフェゴールさんのことを知らない人達にはそう見えたらしく、ここ数分の会話がなかったように無関係な雑談を始めた。


 君子危うきに近寄らず。触らぬ神に祟りなし。


「あ、また食べ物を要求してるぞ。お前等誰か投げ込めよ」


「「「鬼かッ!!」」」


 まるでここに投げ込めと言わんばかりに岩の中央にポッカリと穴が開く。しかしあんな話を聞いた後に誰がやりたがるというのか。


「しゃーない。なら俺がやろう。ついでに中身を引っ張り出してやろう」


「「「やめて!?」」」

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