千五十話 スポーツ大会13
『それでは、準決勝、オルブライト家チームA対チーム幼女の試合を始めます! よーいドン!』
「うおおおおおおおりゃあああああああああーーっ!!」
毎回変わるユキの掛け声へのツッコミを放棄し、試合開始の合図と共に超加速で競技フィールドを駆けた俺は、勢いそのままに中央に落ちていたスコアボールを相手のゴールに叩き込んだ。
これまでの試合でお互いの手の内はわかっている。最初から全力だ。
「……やってくれたね、おにぃ」
スコアボードの数字が0から1へと切り替わるのを見届け、自陣へ戻ろうとしていた俺に、ココがボールの勢いで弾かれた右手を摩りながら絡んできた。
苦々しい声だ。キーパーを担当していることもあって、開始早々にゴールを決められたことを悔しがっているのだろう。
「そんな顔すんなって。今のに反応出来ただけでスゲーよ。流石は俺が見込んだ猫だ。もっと胸を張れ。耳と尻尾を立てろ。ドヤる幼女猫っていう世界遺産をジックリネットリ眺めさせてくれ」
攻撃か防御か、移動か待機か、飛んで来ている魔術を弾くのか避けるのか。
これからの試合運びに加え、レオ兄達の援護で迷いが生じた他3人は微動だにしなかったが、キーパーのココだけは弾丸のような勢いで撃ち込まれたボールに反応した。
防御専任とは言え素晴らしい反射神経だ。
「止められなかったら意味ないよ。今のは右手、両足、腹筋背筋、必要な個所に魔力と筋力を籠められなかったわたしの負け。
今のでよくわかったよ。これはチーム戦である前にわたしとおにぃ達との勝負でもあるんだよね。最終的に勝てば良いとか思ってた自分が恥ずかしい。もう二度と入れさせないからそのつもりで」
「意識たけェな~オイ」
「そうかな? 普通じゃない?」
不思議そうに首を傾げるココだが、煽られたり不利な状況に追いやられて「ありがとう」と言える人間は間違いなく意識が高い。向上心の塊だ。
「それと自慢は圧勝したらするよ。でもだからって手加減なんかしたら怒るからね」
「するわけないだろ。俺が求めてるのは『疑心暗鬼のドヤ』じゃなくて『全身全霊のドヤ』だ。作り物なんて以ての外。心の底から見下す感じが欲しいんだ。
ま、残念ながら今回は見られそうにないけどな。次の機会に期待しておくよ」
「ふふ~ん。言ってくれるじゃん。あとで吠え面をかかないようにね」
話は終わりということなのか、ココは視線を遥か前方の戦闘区域に向け、いつ飛んでくるかもわからないスコアボール&遠距離攻撃に備えた。
「……せい!」
「ここは無言で立ち去って向こうに参加する流れじゃないの!?」
「そんな流れは知らん! ここでお前を落とせば楽になるんだ!」
キーパーとタイマンの状態で何もしないほど俺は優しい人間ではない。勝つために必要なことだ。別にルール違反じゃないし。むしろ推奨されてることだし。
躱されてしまったが攻撃の手を緩める必要はない。
ココの攻撃範囲なんて彼女が生まれた瞬間から知っている。そして俺には精霊術と加速装置と未来予知メガネがある。身体能力や反射神経では劣るので近距離戦は遠慮したいが、遠距離からチクチク攻撃すれば良いだけの話だ。
「ほ~ら、ほ~ら、味方の援護がないと危ないぞ~。早く助け呼んだ方が良いぞ~。『ゴールから離れられず遠距離攻撃を持たないわたしの代わりにやっつけてください』ってお願いした方が良いぞ~」
足場を悪くして動きを鈍くしたり、フェザータッチで快楽と不快感のギリギリを模索したり、どんなニオイが好きか調べるために各種スメルを漂わせてみたり、火力こそ出せないが9割嘘と言われている時間停止モノの1割の方になった気分にはなれる。
俺得タイムだ。
「フヒヒ……さぁ次はどんな悪戯を(ゴン!)ブッ!?」
背後から鉄球が飛んできた。アンルーリィボールだ。そしてヘッドショットだ。やはり戦場でよそ見は禁物だ。みんなも気を付けよう。
「ちなみに弾いたのはフィーネさんだよ。わざとだよ」
「そうやって同士討ちを狙ってるんだろうがその手は食わないぞ」
「疑うならあとで聞いてみれば良いよ。たぶん隠さないから。それと外野からのブーイングが凄いから試合終了後も気を付けてね。あ、ほら、おにぃの家族が謝ってるよ。パパとママに土下座してるよ。ユチちゃんに賠償金要求されてるよ」
……勝つために仕方なくやりました。本当は嫌だったんです、こんな作戦。あと試合中の事故は許されるべきだと思います。それだけ本気ってことです。ラフプレーがなくなった高校野球がつまらなくなったのと一緒です。
一生懸命、だけど安全第一ってなんか違うと思います。
脳内会議の結果、ココ討伐は俺以外の誰かがやるべきだという結論に至り、俺は本来の目的『時間稼ぎ』に成功したことを喜びながら戦場へ向かった。
まだ捉えられないが着実に黄金ボールの速度は落ちている。
しかも先程のやり取りで、こちらのチームには俺という速攻アタッカーが居ることを、相手チームに教えることが出来た。もうココがゴールを離れることはない。つまりオフェンスは多くても3人。
作戦通りだ。
「初めて聞いたよ、そんな作戦。点数は入らなかったかもしれないけど、最初から全員で攻めればココちゃんは落とせたんじゃないかな?」
「おとす!? まさかアンタもよーじょによーじょーするよーじょーい人物なわけ!?」
遠距離攻撃が得意なヤツの方が相性良いだろうと、白雪ではなくレオ兄にココ討伐の任務を与えようと近づくと、戦闘相手をしていたイヨたんが信じられないという目をして激怒した。
「レオ兄は幼女に欲情する要注意人物じゃないし、『落とす』は恋に落とすんじゃなくて倒す方。というか話に割り込んでくるな。今から教育について真面目な話をするんだから」
「だまされないわよ! 男のする『真面目な話』はホンダイから話をそらすためのウソって知ってるんだから!」
ヒステリック女の如く激昂しているイヨたんは、人の話を聞き入れようとせず、親友の貞操(という概念が彼女にあるかは不明だが)を守ろうと一層激しく攻撃してくる。
まぁそれは全部レオ兄に受けてもらうとして、
「たしかにそういう連中も居るけどレオ兄は違う。レオ兄は尻より乳派で、大は小を兼ねる派だったけど、結婚してからは『嫁が一番』と自分に言い聞かせて性癖をねじ曲げることに成功した偉大な男だ」
「シャルロッテさんが凄い目をしてるから後で土下座してもらうね」
何をどうしたら胸で大は小を兼ねられるのか。そして本当に大きい胸(通称おっぱい)はちっぱいより上なのか。何故自分に同情的な目を向けるのか。
混乱するイヨたんの一瞬の隙を突いて撃退したレオ兄だが、追撃はせず、負のオーラが立ち込める一部外野から目を逸らしてフェチズムトークを続けた。
「え? 嫁一筋って怒られるようなことなん? 昔がどうだったとか関係なくない? 謝る必要なくない?」
「言い方の問題だね。たぶん嫌々発情してるように聞こえたんじゃないかな。あとはスタイルを馬鹿にされたと思ったとか。僕は今も昔もフェチズムにこだわりなんて無いからどちらにしても謝ってもらうけど」
はい出た、好きな相手ならオールオッケーパターン。
それが悪いとは言わないが、「○○君のフェチってなに?」と聞かれて「特にない。好きになった相手が理想」と答える人は、人生楽しいんだろうか? もしかして食べ物とかも「愛情込めて作ってくれた物ならなんでも」みたいなこと言うんだろうか?
自分をシッカリ持て! 人生を充実させる好みの話ぐらい脳死で出来るようになれ! じゃないとその内「何が食べたい? ……え? なんでもいい? いや私は具体的に答えてって言ってるんだけど」って喧嘩になるぞ!
「それはそうとココをフルボッコにしなかった理由説明して良い?」
「いや、今ので大体わかったからもういい……」
「今ので!? 俺何かしましたか!?」
一生懸命頑張っている相手には全力でぶつかる。
当たり前のことのように思えるが、それ等は戦う理由や雰囲気をわかっていることが大前提で、見たことをそのままを信じる幼児には父親をはじめとした大人達が子供を虐待しているように映る。
つまるところオリバー号泣。
1対1ならギリギリセーフだと思ったのだがそれもダメだったらしく、レオ兄は戦意喪失(というか戦闘放棄)してしまった。
俺は『ダブル幼女猫』という対俺兵器に翻弄され、白雪はイヨたんに抑えられ、
「ハァハァ……エ、エルフ……銀髪のエルフ……! どのような感触なのかしら、どのようなニオイなのかしら、どのような味なのかしら!!」
「ち、近寄らないでください……」
フィーネも変態相手にはたじたじ。
普段なら容赦のない首トンで意識を刈り取る彼女だが、能力制限した状態では難しいらしく、中途半端な攻撃は触れ合いと見なされて喜ばせてしまうのでこうなっている。
試してはない。強者特有の勘が予感させているのだろう。
『まぁ身近に見本が居ますしね~』
誰だろう。皆目見当もつかない。そんな高耐久の変態が昔居たって話か? フィーネの過去編が始まるのか? 俺にNTR属性はないから不愉快だったら切断するぞ?
『キモケモ―ドが発動してるルークさんそのものですよ~』
「『気持ち悪いケモナー状態』を略すのそろそろやめてもらえませんかね。実は結構傷付いてるんですよ? 悪意のない悪口って存在するんですよ?」
『気持ち悪いものは気持ち悪いんですから仕方ないじゃないですか~。あと負けて暇でしょう~? 一緒に実況しませんか?』
はい、というわけで、次々に弱点を突かれた俺達はチーム幼女に負けた。そして総合優勝を逃した。
悔いはない。
俺達は正々堂々戦ったのだのだから。可能な限り全力を出して頑張ったのだから。誰よりも楽しんだのだから。




