千四十二話 スポーツ大会5
午前11時。
俺は空を飛んでいた。
心地の良い春風と一体となれる素晴らしい体験をさせてもらっていた。
眼下には地獄が広がっている。
天然芝の競技フィールドを全身全霊で燃やす者、そこをグルッと囲うように敷き詰められた土に穴をあけたり隆起させる者、観客席もろとも氷漬けにする者、手当たり次第に殴り掛かる者。
弱肉強食の世界で弱者が生き残るためには、媚びへつらうか、身を潜めるか、巻き込まれないように逃げ惑うしかないが、腹を空かしている相手に命乞いをしても意味など無いし、自分達が潰し合っている間にポイントをかすめ取るor何もせずに高順位に入るFPS界隈で言うところの『イモる』行為はお断りだろう。
探すのが困難な場合なら有効かもしれないが、広範囲攻撃が可能で『取り合えず撃っとこう』の精神の者達相手には悪手だ。
耐えられなければポイントうめぇご馳走様だし、耐えたら耐えたで「その力を攻撃に使え」「同格相手になら通用するだろうが」と説教された後に狩られる。
そう考えた俺は、出来るだけ格上連中の狩猟本能を刺激しないように存在感を消しつつ勝機のありそうな戦いに手を出してポイントを稼ぐ、積極的イモ戦法で、第二種目『ケイドロ』に挑むことに。
(まぁ、マリーさんの瞬獄●で全ゲージ飛ばされて、「うあ、うあ、うあ」中なんですけどね……)
警備兵が泥棒を追いかける鬼ごっこだが、リアルを追及しているので泥棒は捕まらないために、警備兵は逃がさないために容赦なく攻撃し、お互いに倒した数がポイントとなるため、ほぼバトルロイヤル。
各チームがラウンドごとにどちらかに割り振られるため、チーム対抗戦でありながら全体の紅白戦でもある。
「ぐえっ……」
体感時間30秒という長いようで短い空の旅を満喫した俺は、ボロ雑巾のように地面に倒れた。
迎え入れてくれた天然芝はとても柔らかかった。でもちょっと焦げていた。
「フィーネが15位で、白雪が17位、レオ兄が8位か……撃破ポイントが気になるところだけど、俺以外はみんな健闘してるようで何より何より」
第一ラウンド終了後、俺はチームメイトを集めて各々の成績を確認しながら、運営本部の発表を待っていた。
全参加者が39人なのでそこそこの順位と言えるだろう。
ちなみに15位だの8位だのは残った順。
敵チームを全滅させた時に残っていた者はこの撃破ポイントで順位分けされるので、敵を潰すことはもちろんのこと、如何に味方を減らすかも重要となってくる。
ポイントこそ入らないものの味方を減らせば稼ぐ機会は自然と増えるし、その分順位は上がるからな。
例えば、10人撃破していても、誰も倒していないヤツに最後の最後で背後から攻撃されれば順位的にはそいつが1位だし、裏切ったヤツが相手チームに負ければ3位だ。
相手チームを全滅させるまで順位は決まらないので、裏切るタイミングはいくらでもある。実際、第一ラウンドも終盤は裏切りの連発だった。
「39位の人に褒められてもねぇ……」
「バカ野郎! チームプレイって言葉知らないのか!? 俺が犠牲になってなかったらレオ兄が狙われてたかもしれないんだぞ! いいや絶対狙われてたね! というかレオ兄が俺を盾にしたから実質俺が8位だね!」
「たしかに隣に居たけど……僕だと回避されるかもしれないから、確実に落とせるルークを狙っただけでしょ?」
「俺だって避けられましたぁー。でも避けた先で、マリクvsノッチvsイヨたんvsゴーレムさんとかいう地獄のような戦いが繰り広げられたから、より生き残れる方を選んだだけですぅー。飛ばされた先には、母さんとかアリスとかラッキーとか、雑魚しかいなかったから耐えられたら順位爆上げだったんですぅー」
最初の一撃をわざと受けて戦場から離脱しようと思っていたら、まさかの掴み技からの連撃っていうね。ガード見てから瞬●殺余裕でしたってか?
俺の知らないところで撃破ポイントを稼いでくれたことで、暫定3位という素晴らしい順位につけた俺達は、第二ラウンドの目標を『命大事に』に設定し、警備兵に就職した。
「おっ、イブもヒカリも赤組か。しかも向こうにはポイント献上係がわんさか居やがる。こりゃ勝ったな」
「よろしく」
「2人共馴れ合いは禁物だよ。ターゲット被ったら味方でも攻撃するぐらいの勢いじゃないと。というかわたしはするし」
同じチームとして仲良くしようと近寄ると、イブは白い肌と同化しそうな真っ白ハチマキを揺らして会釈してくれたが、ヒカリは微動だにしなかった。
これだからガチ勢は困る。競技を楽しむってことを知らないらしい。スポーツ大会の理念は『エンジョイ』だろうに。参加することに意味があるのだ。
「本気でやるから楽しいんだよ」
「さよけ。ま、頑張ってくれや……」
俺は興味なさげにパタパタと手を振って自陣に戻っていった。
「おおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
開始の合図と同時に俺は敵陣目掛けて走っていく。
別にやる気に満ちているわけではない。作戦を変更したわけでもない。これが最も被害を減らす方法だとわかっているのだ。
ズドドドッ――。
事実、数秒前まで俺の立っていた場所に、敵軍勢からの攻撃魔術がこれでもかというほど突き刺さる。
「くくく……スタート地点が一律である以上、初手一網打尽は鉄板! 全力ダッシュで回避安定よ!」
開始直前に魔力の高まり……いやチココの前傾姿勢を感知した俺は、こうなることを予想して味方(オルブライト家チームA)に合図を送った。
無事に全員生き延びられたようだ。
しかし安心してはいられない。こうしている間にも上空と地底以外……要するに一直線タイプの弾丸やレーザーや津波のような魔術が飛んできている。
「地走りの呼吸、Hの型『砂土竜』!」
鳳凰山で習得した、木登りの呼吸Gの型『疾駆』の応用技で、一部遠距離攻撃を楽々回避していく。
「回避してないよね!? 防御任せてるよね!?」
「いや、避けられるものは避けてるじゃん」
俺は地面から顔を半分ほど出して、文句を言いながら自分に与えられた仕事を真っ当するレオ兄に反論する。
あと説明の途中で口を挟まないでいただきたい。『H』にはヒラメ、蛇、超ローアングルから盗撮するHENTAIの意が籠められてるって話が残ってるでしょうが。
ちなみにこの砂土竜、高位の術がいくつも複合されており、見る人が見たら『え~そんなことに使うの~』みたいな技だったりする。
大地と一体化することで薄いながらも破れづらい結界を張り、前面にも展開することでエアホッケーのように浮遊に近い移動が可能になる。
前回は使用する前に倒されてしまったが、こうなった俺を捕らえることはもはや不可能!
「そのていどでサイキョーになったつもり!? はああああっ!」
「バ、バカな!? 魔力を高めることで生み出した衝撃波で引っ張り出すだと!?」
なんて思っていた時期が俺にもありました。土の中に隠れているから強いんであって、外……しかも空中に舞い上げられたらまな板の上の鯉ですよね。
「って隙だらけだわ。バカめが」
「……え?」
「ごめんね」
「きゃ!」
レオ兄のポイントと化すイヨたん。
ほぼ初対面の幼女を背後から殴りつける男を父親に持った子供は、どんな気持ちなんだろう。あとでオリバーに聞いてみよう。
「自分の母親や知り合いの幼女を沼に沈めるルークに言われたくないなぁ」
それがドロドロプレイのことなのか、課金や限界化といった精神面のことなのか、はたまた俺には思いつかない別の何かなのか。
ケイドロという競技を楽しんでいる俺には理解出来ないことだった。
「言っておくけど僕が指摘してるのは『窒息するまで脱出させない』っていう非道なやり口のことだよ」
「なんとか回避していただけましたが、もしチコさんやココさんが捕らえられていれば、『拘束』という大義名分の下、あんなことやこんなこともしていましたね」
「回避していただけました? 捕らえられていれば? おい、フィーネ、まさかお前……」
明らかに視点があちら側になっているチームメイトに訝しむ目を向けると、フィーネは何食わぬ顔で『なんのことでしょう』と答えた。
このラウンド……荒れるな。




