千三十七話 宴
ただでさえ1日中騒ぎっぱなしだったのに、夕食の席に現れたキャストが自分達のためだけに芸を披露してくれたり対話してくれたり、サプライズのファンサービスによって幼女達の残り少ない体力は一気にゼロへ。
糸の切れた操り人形のように動かなくなった。
ホテルで休ませることも出来たが、俺以外の全員が明日は朝から用事or仕事があるらしく、こんなところで目を覚ましたら確実にヨシュアーランド編2日目に突入するので、俺は15kg前後の大荷物を背負った親達と共に自宅を目指して暗い夜道を歩いていた。
「どうだった、初めての遊園地は。楽しかったか?」
「まあまあね!」
基礎体力の違いから10カウントKOを免れたイヨたんが元気よく答える。
「昼食はちょっとキツかったけどおもしろかったし、オヤツを買いにいった時も、まってる時間も、ゲートもバンジーもオバケヤシキもジェ……ジェット……も、ぜ~んぶたのしかったわ! 特にパレード! あれは――」
さらに、聞く者、見る者、触れる者を幸せにするエンジェルスマイルを炸裂させながら語っていく。
これでまぁまぁなら最高は一体どうなることやら。うれションとかするんじゃないだろうか。
俺がロリコンじゃなくて本当に良かった。ケモ耳ケモ尻尾なしでこの破壊力だ。もしロリコンだったら後先考えずに誘拐していただろう。
「やっぱりルイーズ達と一緒に帰すべきだったわね」
「だにゃ。ココとチコを背負わせなくて本当に良かったと思うにゃ。荷物持ちすら危機感を覚えるにゃ。くんかくんかしてそうだにゃ」
「『ロリコンじゃなくて』って言ってんだろうが。例え話にイチイチ突っかかってくんじゃねえよ。ホントにすんぞ、コラ」
俺達とは方向も身体能力も違うジェファソン氏だけ迎えの馬車を呼んだのだが、ここにいるメンバーは彼のお誘いを断り、徒歩での帰宅を選んだ。
こういうダラダラした時間も行楽の醍醐味だ。
子供達で手一杯のソーマ夫婦の荷物を持ってやっているというのに、この仕打ち……酷いと思いませんか?
「ルナマリアさんに8割持たせた上に、魔術で軽くしてもらってる人間の台詞とは思えないにゃ」
「能力に見合った采配が出来たと自負しております」
正直すべて任せても良かった。
自分の分を含めると春休み前の学生ぐらいの大荷物になる。進級するから空っぽにしなきゃいけないやつ。もちろん1回で置き勉してた分を全部持ち帰る方。
しかし半分が優しさで出来ている俺は2割持つことを選んだ。自ら選んだ。誰に言われることもなく持ちましょうかと進言した。
それなのに……それなのに……!
「恐ろしく多い手荷物。俺でなきゃ見放しちゃうね」
「はいはい助かってるにゃ。ありがとうにゃ。厚かましいにゃ。大人しくイヨちゃんの相手してるにゃ。それとルナマリアさん治癒術お願いできるかにゃ」
「了解」
チッ……そろそろ疲れただろうからニャンコ様オンブ係を代ろうと思ってた矢先に……運が良かったな! 次はこうは行かないからな!
「んじゃあ後のことは頼んだぞ、イヨたん」
「まかせてちょうだい!」
ソーマ家に到着した。
セイレーン達はホテルで宴会をするらしく、子供達を送り届けたら戻って来るよう言われた(というか戻って来なかったら攫いに行くと脅された)俺達は、ここを本日のチームチョコの拠点とすることに。
イヨたんを1人で農場まで帰らせるのは造作もないし問題もない。
しかし意識を手放しているココとチコは違う。朝起きて俺が傍に居なかったら不安になること間違いなし。
「間違いしかないわよ」
巨大シェアハウスと言っても過言ではないここなら隣人を頼れるし、歩いて数秒のところに同じ女であり猫人族のユチ達が居るので万が一にも何かあるとは思えないが、心身共に疲れ切って熟睡している子供だけというのは、薄い本が厚くなる可能性が高い。
つまり手出しはされなくても妄想のネタにされかねない。
「ルークさんが言うと説得力があるにゃ」
そこでイヨたんだ。
彼女が泊まることで『エロい妄想』が『はじめての留守番で緊張しているイキり幼女ハァハァ』に変わる。
「「無視すんな」」
じゃあ語りにツッコミ入れんな。
「何かあったら近くの人か、向かいにある猫の手食堂か、その辺にいる強者を頼れ。『タスケテケスタ』と叫べば俺達も駆けつける」
「タス……?」
「タスケテケスタ。魔法の呪文だ。ちなみに対価として衣服の一部が消えるから使用制限ありの必殺技だな」
「なにそれ怖い……」
試しに目と鼻の先にあるタンスからココかチコの下着を抜き出して、マジックの基本『実は隠し持ってました』で騙そうかとも思ったが、犯罪者扱いされかねない上、絶対に見逃してくれないエルフ様がジト目をしておられるのでやめておいた。
一度やってみたいんだよな、両手を合わせて開いたらパンツがぴろんってやつ。ポケットからハンカチを取り出したらパンツだったパターンも可。
「「「乾杯~!」」」
ヨシュアーランドに戻ってきた俺は、半数以上キャストという謎の宴会に飛び入り参加する形で、駆けつけ三杯をおこなった。
遅刻した罰という悪しき風習である一方、これさえしておけば一瞬で場に溶け込める魔法の行為でもあるため、用法容量を守って正しく使えば良いと思うのは俺だけだろうか?
空気を読むってこういうことじゃないの? ノリが良いってこういうことじゃないの? 全員が全員、面白トーク引っ提げて来れると思うなよ!
「んじゃあ次は面白れぇ話な」
「今日の昼食時にあったことなんだけど、イヨって幼女が――」
まぁ俺は出来ますけどね。
「ルナマリアさんがこういうところに参加するの珍しいなぁ~。ウチ等とはよく飲んでくれるけど」
「酒自体は好きだからね。知らない連中がアホみたいな思考してるのが我慢出来ないだけで」
そんな俺達から少し離れてセイレーンとルナマリアが楽しそうに喋っている。
喋りと飲みを両立させる2人のグラスは一瞬で空になり、その度にライムがせっせと注ぐも、次の瓶を取りに行っている間に中身が消失する始末。
あそこはヤバい。
そう思ったのは俺だけではなかったようで、ポッカリと空いたその空間に何の違和感も抱くことなく飲み会を楽しむ。
たまに妖精や魔獣や人間が捕食(あれは捕食だ)されているが、自分さえよければ良いという連中の集まりだったので、誰も助けようとはしない。
「おいやめろよ! 困ってんだろ!」
「ルークこそやめようか!? 僕を盾にしないでく……ちょ、ヤバい、ヤバいって!!」
まぁ僕は助けますけどね。
「ぷはーっ。ところでルークんとこは良い新人入ったか?」
打ち上げで羽目を外しているということにして親友を見放したサイが、アルコール臭い息をまき散らしながら絡んできた。
俺は軽く乾杯のポーズをしてから手に持っていたグラスに口を付け、
「ボケてんのか。幹部は幹部でも俺はなんちゃって幹部。面接官をやったわけじゃないんだ。入ってくる連中のことなんて来月までわかるわけないだろ」
「あァ? ウチはもう来てるぞ?」
「……それダメじゃね?」
セイルーン王国の法律がどうなっているかは知らないが、俺の知る限り社員契約が始まるのは4月1日からだ。
「んなもん給料さえ払わなきゃ問題ねぇだろ」
「いつからロア商会はそんなブラック企業になったんだ!?」
「ハァ? 学生なんて卒業したら暇なんだ。その時間を無駄にしないために見習いとして修業するのは当然のことだろ。使えなきゃクビになるんだからよ。
教えてやってんのに金を払うバカは居ねぇ。むしろ金寄こせ。教育費と仕事の邪魔した分と店の信頼を落とした分の。そして一瞬でも俺にバンド解散を喜ばせたことを詫びろ」
あー、そういうことね。自主的OJTってことね。
たしかに新入社員が出社時刻より早く来て勉強したり、タイムカードだけ切ってサービス残業したりすることはよくある。というか必須だ。一刻も早く戦力になるためにしなければならない。
なら春休みを使って技術や知識を身に付けても何ら問題はない。
実に理に適ったやり方だと思う。
「販売職と違って研究は誰かに教えてもらうもんじゃないからな。資料だけ手に入れたら自宅の地下室でトライ&エラーよ」
まぁウチはそのやり方を一生採用しませんけどね。
あと次世代の店長・副店長が育ったらまたバンド活動しなよ。それがなきゃ続けたんだろ。続けたいけど出来なかっただけなんだろ。ベルダンメンバーが難しかったら他の連中誘いなよ。俺も楽器とか作るし。




