千三十話 まったりティータイム解散
『~~♪』
どこかで聞いたことのあるメロディが大音量で鳴り響く。
会場に集まった人々は、ガイコツが激しく打ち鳴らすドラムに、その見た目からは想像も出来ない覆面男の超絶ベーステクに、ヤンチャそうな男のかき鳴らすエレキギターの大胆な演奏に、優男がキーボードで創り上げるまとまりに、震えあがる。
「~~ッ! ~~ッ!」
その直後、誰もが知っている曲が、歌姫の手によってロックなアレンジを加えられて人々に届けられる。
音だけではない。
下半身が魚の彼女は、水中でしか出来ないはずの滑らかな動きで、顔を隠していてもわかる圧倒的強者の雰囲気を持つ男に寄り掛かったり、何故か舞台上に鎮座している岩に触れたり、会場とコールアンドレスポンスをしたり、視覚や触覚に楽しさを与える。
それを可能にしているのは文字通り足となっているスライムの存在。
常日頃から共に居る彼等にはアイコンタクトすら必要ない。まるで自分の手足のように思った瞬間に動く。
彼……ライムのお陰でセイレーンは歌って踊れるアイドルとなるのだ。
「~~♪ ~~♪」
誰も知らない歌が人々の心を揺さぶり涙腺を崩壊させる。
バンドメンバーも先程までの心弾ませる力強い演奏から一遍、しんみりとした空気に合わせて引き込むような演奏をおこなう。
パカパカパカ――。
唯一空気を読まないのはセットの岩だが、会場の人々はそれすらも涙腺崩壊ポイントとしてカウントし、苦笑しながら鼻水を啜る。
「皆さんに、ここで、ご報告があります」
そんな時間をどのくらい過ごしただろう。
曲と曲の合間に軽快なトークで場を繋いでいた歌姫が、次の曲の準備をしているメンバーを尻目に、これまでとは打って変わって神妙な顔つきで言った。
「「「…………」」」
水を打ったように静まり返る会場。
「3年前、ウチ等はあるイベントを盛り上げるために、このまったりティータイムを結成しました。
つらいこと、かなしいこと、楽しかったこと、たくさんありました。色んな人達に支えられていました。応援してもらいました。正直嬉しかったです。今こうして瞼を閉じると、まるで昨日のことのように思い出されます」
「バンド活動をやってて良かったと思いました。最高でした」
「サンキューな」
ソーマ、サイ、準備を終えたメンバーも次々に感謝の言葉を口にする。
「音楽の素晴らしさを広めることが出来ました。音楽の可能性を伝えることが出来ました。音楽の楽しさを知ってもらうことが出来ました。たくさんの曲を作りました。たくさんのCDを出しました。たくさんのファンと仲良くなれました。
そんな最高な時に……いえ、最高だからこそウチ等は話し合って決めました。
まったりティータイムは、本日をもって、解散しますッ!!」
「僕達は7人で3年前から、仲間のため、世界のためと、常に最高を目指して頑張ってきたんです。それが今叶ったんです! だから僕達はこの最高なまま解散したいと思います!」
「俺達はこのバンドメンバーの一員であったことを誇りに思ってる! 本当に……」
「「「ありがとうございました!」」」
ホネカワ、ジョセフィーヌさん、サイ、ソーマ、セイレーン、ライム、そしてベーさん。
全員が深々と頭を下げる。
「最後に……この場に集まってくれた皆、そしてどこかで聞いてくれてる皆、ウチ等のためにこんなにも素敵なステージを用意してくれたスタッフの皆様に、心から感謝します!!」
セイレーンが涙ぐみながら叫ぶ。
「「「俺達は!」」」
「「「私達は!」」」
そして全員揃って俺の方を見る。
「「「後のことをあそこにいる連中に任せて引退しますッ!! 彼等が後継バンド『のんびりスローライフ』です!!」」」
「フザけんなあああああああああああああああッッ!!!」
「――って展開にならないかな?」
なが~い妄想を語り終えたココが、意地の悪い笑みを口元に浮かべて尋ねてくる。
「ならないし、させない」
俺は一切の感情を捨てて即答する。
「そんなことより父親の晴れ舞台なんだから、ありもしない妄想してないでちゃんと演奏聞いてやれよ。頑張り見てやれよ」
「ええ~? トークコーナーは良くなくなくない?」
「なくなくなくない」
もし本当に彼女の言う通り、見ず知らずの連中(おそらく幼女達はベルダンメンバーの半分も知らない)のどうでもいい話に飽きて雑談を始めたのなら、俺は注意しなかった。
「でも違うだろ? たしかにココが妄想を垂れ流し始めたのはコーナーが始まってからだ。でもとても即興とは思えない出来だな。それにどの曲を聞いても興奮してる様子もないし、一切感想を言ってないし、話を振られても曖昧に濁すだけ。
つまり演奏も聞かずに妄想に励んでいた。違うか?」
ライブの進行度は約70%。
3度目となるトークコーナーが開催されているのだが、ココは最初の挨拶以降父親のトークにすら興味を示さず、コーナーが始まる度にライブと無関係の話を振って来ていた。
「別に責めてるんじゃないんだ。気持ちはわかるし」
俺は、誰にも気持ちを理解してもらえず1人不貞腐れようとしていたココに、優しく語り掛ける。
「……そうなの?」
「ああ」
聞いたことのある曲や自分の好きな曲でない限り、例え演奏者が知り合いだろうと聞いていてワクワクはしづらい。逆に曲が気に入れば、誰が演奏していようと誰が隣に居ようと盛り上がれる。
『あ、これ知ってる』が少ない子供にはどんな超絶テクニックも心に響かないし、楽しんでいる人達を見ても喜びより孤独感の方が大きいだろう。
「たぶんココは演奏を聞くより自分で演奏したいタイプなんだよな?」
「流石おにぃ、わかってるぅ~! そうなの! 人を楽しませるより自分が楽しんだ方が絶対楽しいよね!」
楽しさのゲシュタルト崩壊。
(なら入学祝に電子ピアノを作ったのは正解だったかな)
嬉々として自分でおこなうことの素晴らしさを語るココを他所に、俺は心の中で1人自己満足に浸った。
そもそも音楽に興味がない可能性もあるが、電子ピアノは感受性豊かなチコに、魔道チェイサーは体を動かすことが好きなココに贈れば良いだけの話だ。
あとは彼女が演奏することにどれだけ喜びを見出すか。
兄弟や友人が持っている物を触らせてもらっている内に自分でも欲しくなって、なんとかかんとか手に入れて、夢中になって遊んでいたらいつの間にか彼等より上になっている。
人生あるあるだ。
「だとしても一言ぐらい感想言ってやらないとソーマのヤツ拗ねるぞ。最後ぐらいちゃんと聞いてやれよ。それがイイ女ってもんだ」
「は~い」
よし、これであり得そうなシチュエーションを口走るのは止められた。
語るだけなら一向に構わないが、今の話を聞いてた強者が、計画になくてもノリでやっちゃうタイプのアホ共が、本当に指名しかねない。
このままだと俺もココも損しかしないのだ。
ぷら~ん、ぷら~ん。
「…………」
ぷら~ん、ぷら~ん、ぷら~ん。
「………………」
まぁそうですよね。『楽しみを見出せない』っていう根本的問題が解決してないのに、そんな状態で演奏を見聞きしてどう思い出に残せって話ですよね。
周囲が盛り上がれば盛り上がるほどテンションを落としていくココ。
椅子の上で尻尾と両足をプラプラさせる幼女猫にハァハァしつつ、俺は解決策を持っていそうなルナマリアに心の中でヘルプを要請した。
曲目は残りわずか。
このままではマズイ。
「アレの応用で良いんじゃない。音が自分にしか聞こえない楽器。これならいくら演奏しても迷惑にならないし、譜面や次に押すべき場所のナビが出るから彼等がどんなことしてるか体感出来るわよ」
するとルナマリアは、舞台上の岩……もといベーさんを顎でシャクり、俺達が何時間も掛けて作り出した電子ピアノに近い楽器を、ものの数秒で創り出した。
まぁ俺の不満はさて置き、彼女が導き出した解決策は『イヤホンしてスマホゲームで時間潰してろ』だったと。
「「「なにそれッ!?」」」
んで、幼女達の反応も素晴らしかったと。
近日発表予定の電子ピアノの布石になったし、喜んでもらえることも確定したんだけど、なんだかなぁ……。
余談だが、この『なんだかなぁ……』は俺の中に残り続け、彼等の曲を世界初のアニメーション作品のオープニングとエンディングに起用したところ、それを見た幼女達が歓喜することになる。
すべての子供がそうとは言わないが、彼女達には聴覚より視覚情報の方が重要だったようだ。




