千二十七話 交流会inヨシュアーランド2
貴族の父を持つロア研究所勤続もうすぐ3年目のルーク=オルブライトは、友人の双子の娘ココとチコ、2年振りに再会した友人イヨ、先日3人の友達になったばかりのルイーズ、そして彼女達の保護者と一緒に地元の遊園地にやって来た。
この遊園地では、フェアリー君と名乗る妖精が肩に乗ってくれることが目玉の1つとなっており、幼女達も楽しみにしていたのだが……。
「キャアアアアアアアアアアアーーーーッ!」
現れたのは妖精でも可愛らしいマスコットでもなく化物。
「おいっ、ルイーズ! どこ行くんだ!」
少し前に届けられた箱の中に入っていた生首と、その滴っている血で書かれたであろう『もうすぐこの中の誰かがこうなる』の文字を思い出したルイーズは、あれは自分のことだったのだと青ざめ、肩に触れている毛だらけの手を全力で振り払い、一目散に駆け出した。
「ったく……はぐれても知らないぞ」
「あ゛あ゛あ゛あああああああああああぁぁーーーーーっ!!!」
ルーク達が彼女の姿を見失った直後、辺りに悲痛な叫びが響く。
「どうした!? ……っ、こ、これは!」
「「「ルイーズ!」」」
駆け付けた彼等が見たものは、無残な姿で横たわるルイーズだった。
「大人達も居なくなってるぞ!」
「えっ!?」
「ほ、ほんとだ!」
さらに先程まで一緒にいた保護者達も消えた。後を追ってくる様子もない。
これ等は誰の仕業なのか……。化物の仲間? 無関係な第三者? 一行の誰かが周到に作り上げたシナリオ? はたまた幾つもの思惑が複雑に絡み合った多重ミステリー?
「この事件の真犯人は必ず俺が暴いてみせる! 名貴族と言われたオルブライト家の名にかけて!」
(((ただの子供向けのお化け屋敷でしょ……貴族関係ないし……)))
この後、脅かし役をするために裏に引っ込んだルナマリア達の心のツッコミが聞こえてくるが、俺はそれ等を無視して進行役としての使命を真っ当する。
「取り合えず俺はルイーズを起こす。お前等ははぐれないように注意しながら大人達が近くにいないか辺りを探してくれ」
「「「わ、わかった!」」」
ここまで言えばわかると思うが別に事件でも何でもない。
保護者参加型のお化け屋敷を楽しんでいるだけだ。
もちろん大人達だけで。
「「「うおおおおっ!!」」」
園内の散策を開始した俺達がまず訪れたのは、入る前から見えていたバンジージャンプ的なアトラクション。
この次に控えている最恐のジェットコースター『ダークドラゴン』もそうだが、人間には不可能でもエルフならば時速数百kmで空中を移動する……のは流石に難しいが、似たような体験ならし放題だ。
しかし彼女達は嬉々として選んだ。
何故か?
「自分で飛ぶのと引っ張り回させるのじゃ感覚が全然違うからでしょ。バンジージャンプも自由落下した後に空中で振り回されるし」
「俺の台詞ッ!」
ま、まぁそういうわけだ。
技術の発達に伴って年齢制限や身長制限もなくなったので、子供からお年寄りまで楽しめるアトラクションとして人気を博している。
「……あれ? ルークは来ないの?」
人気過ぎて優先的に利用できるチケットを使っても20分待ちという本末転倒な乗り物の列に並んだ俺達だが、参加組に俺が入っていないことを知ったイヨたんが首を傾げた。
「ああ。空は飛びたいけど振り回されるのは御免だ。そんな願望はない」
「「「えーっ!」」」
ルイーズ以外の全員からの批難じみたツッコミが入る。
「それとこの後行くって言ってたダークドラゴンにも乗らん。昔乗って吐いた。その時に二度と乗らないと心に誓ったんだ。あれは楽しいアトラクションじゃない。拷問器具だ」
「「「ええーーっ!」」」
批難リターンズ。
俺にはあの全自動リバースマシーンの何が楽しいのか理解出来なかった。発案者として言わせてもらうが流石にやり過ぎだ。
見たところこのバンジージャンプも同類。呼吸器のようなもので防いでいるようだが、いくらここでしか出来ない体験だからって、そこまでしてするようなものではないと思う。
「とか言って、おにぃ、高いところが怖いんでしょ~?」
「違うって。結構な頻度で高いところ行ってるし、飛んでるし、エルフの里では似たようなことばっかやってたんだぞ。俺が許容出来るのは自由落下まで。
良いから行ってこい。そして吐いてこい。もし気に入ったら俺の分のチケットも使って良いからな」
「ワ、ワタクシ……止めておこうかしら……」
今更そんなことが許されるはずもなく、友人達に連行されていったルイーズは、幼女4人(と同伴者でトリー)の中で唯一の嘔吐者になったことを、ここに記す。
あ、猫とエルフは楽しそうにしてたぞ。
待ち時間や参加人数や他アトラクションとの兼ね合いを考えて再チャレンジはしなかったが、コスパ最強だったら乗っていたに違いない。
ちなみに、ダークドラゴンは全員で乗って、トリーとルナマリア以外の全員が吐いた。
何故運行出来ているのか不思議でならない。誰もクレームを入れないんだろうか? 嘔吐率90%オーバーってどうなん? 清掃魔道具を備え付けてるってナーフする気ゼロじゃん。身長制限外したの絶対間違いだろ。
次はゆっくり出来るものにしようということになり、3番目に選んだのが、冒頭で語ったお化け屋敷。
子供も大人も楽しめるというコンセプトに引かれて訪れたところ、子供と大人、あるいは男女で別れてスタートし、合流出来るかどうかドキドキしながら進む形のものだった。
――という建前で、子供達に疑われることなく別の場所で受付を済ませた俺達は、そこで脅かし役をするかどうか尋ねられて嬉々として名乗りをあげた。
「あ、1人は子供達の傍にいて誘導してください。恐怖のあまり暴走する子も少なくありませんので」
「あー、最初は不安感を煽って、合流して緊張の糸がほどけたのも束の間、味方が次々に消えたり味方だったはずの者達の裏切りによって、子供達の恐怖は限界を突破する。仮にバレたとしても脳内に『実はあれは自分の親じゃなかったのかも……』とありもしない敵を生み出すってか?」
「はい」
イヤらしい笑みを浮かべる係員の男性。
何重にも張られた巧妙なトラップだ。疑心暗鬼ここに極まれり。というか普通にトラウマになる。やはりこの遊園地はおかしい。
「んじゃあ俺がやるわ。全員をそつなく誘導出来るのは俺ぐらいだろうし」
それもまた良し! 恐怖だろうと何だろうと楽しんでいることには変わりない! 感情を爆発させることは喜びだ!
「まるで自分は演技派と言いたげだにゃ……」
「ま、良いんじゃない? 幼女に悪戯させるよりマシでしょ」
「お化け屋敷のコンセプトを破壊しかねない発言だな」
とにもかくにも、俺は同行者として潜伏し、大人達はイヨたんに頼まれて仕方なく付き合ったルイーズが狙い目だと判断して最初の標的に選び、見事恐怖のどん底に落とし入れることに成功した。
(にしてもルイーズよ……壁から無数の手が出てきただけで気絶するなんて情けないぞ)
本人の名誉のために下半身の惨状には触れないでおくが、心の中でぐらい愚痴るのは良いだろうと、受付で渡されていた保護者キット(主に清掃魔道具)を利用しながらため息をつく。
「おーい、起きろー。ミステリーはまだまだ続くぞー」
「う……ううん……」
端からそういう想定だったのか、床が地面なことに感謝し、色々と綺麗になった幼女を大人捜索隊の1人に加えて、俺達は再びお化け屋敷の中を歩き始めた。
その後も、ルナマリア先生監修の下、あの手この手で感覚を狂わされた幼女達が絶叫マシーンとは比べものにならないほどの大声をあげることになるのだが(嘔吐寸前だったから叫んでないし)、それはまた別の話。
余談だが、このお化け屋敷は完成したばかりでフワフワした部分が多く、俺達が訪れてから1週間も経たない内に内容変更および年齢制限が設けられることとなる。
俺達(というか幼女達)が体験したのは15歳以上だった。
子供向けとは一体……。




