千二十五話 誠意は言葉ではなく金額だったら楽なのに
イヨたん達の交流会から3日が経った。
俺は、イヨたんの入学祝を作製するために、リニアモーター関係の研究の傍ら彼女の好みや向いている物を探す日々を送っていた。
「たしかに嘘ではない…しかし真実でもない…」
「それで押し通そうとしてる分、嘘より酷いわよ。嘘吐きは泥棒の始まりだけど、バレなきゃ良いは浮気の始まりよ。アタシ的には後者の方が心象悪いわね」
「ウチは程度によるかな~。安定って意味なら浮気やけど。借りパクは許されること多いけど浮気は高確率で絶縁になるし」
『そうですね。泥棒は止むに止まれぬ事情があるかもしれませんけど、浮気には理由なんてないですし。心が傾くことは仕方ありません。しかし今の相手との関係をきっぱり清算してからにするべきです。もしくは同意を得てから』
まるで俺が泥棒と浮気をしているかのような責められ方だが、当然ながらどちらもしていない。
この流れを作ったルナマリアには謝罪を要求するしかあるまい。
「はいはい……悪かったわよ、変な例え話して。この話はここで終わり。アンタ達も良いわね」
適当……いやテキトーな謝罪の言葉を口にしたルナマリアは、周りにいるベーさん・セイレーン・ライムに終了の合図を送り、これで満足かという顔を向けてきた。
「じゃあ話を戻すけど、脱走した4人へのお仕置きが気持ち悪すぎて絶交されてるだけでしょ」
そして禁忌の扉を開いた。
「年端もいかん幼女を膝の上に乗せて、『私達は目先のことしか考えず、大人から協力するよう頼まれていただけの精霊を、自分の力と勘違いして悪いことに使いました。今後このようなことがないように心を鍛えます。ごめんなさい』とかいう、フザけた反省文を書き終わるまで尻を撫でまわしながらセクハラ発言連発するとか……ほんまキモいわぁ……」
同じ空気を吸うのも嫌と言わんばかりの様子で、冷めた目を向けてくるセイレーン。他の強者達も同じ雰囲気を纏っている。
「尻叩きより良いと思ったんだよ! 痛みより感情揺さぶる方が効果的だと思ったんだよ! 『悪いことをしたらこうなるぞ』って強迫観念を植え付けることで、力こそ正義とかいう舐めた考えをしなくなると思ったんだよ!」
好きにやれと言ったのは俺だ。
子供だけで勝手に屋敷を抜け出したことは許そう。カメラのレンタルなんて悪知恵を働かせて金を入手したことも良い。迷子になりながらも目的の物を購入したことなんて全力で褒めてやりたい。
しかし精霊を悪用して密かにというのはダメだ。
ルナマリアも言っていたがバレなきゃ良いは浮気の始まり。
あの場で一番の精霊術師だったイヨたんが欺くと決めた瞬間、俺達はどうすることも出来なくなった。それは一方的な虐殺と一緒。阻止しようと立ちはだかる連中をぶん殴って逃げるのと一緒。
あんな幼くバカでアホな子が『力こそ正義』などという暴論を覚えたらどうなるか……想像するまでもない。
そうならないようにするには教える必要がある。俺とアリシア姉の時と違って今回は“力”には頼らない。頼れない。暴力ではそれこそ暴論を認めてしまう。
鍛えるのは体ではなく心。
「それで嫌われていれば世話がない…」
「そこまでやっても好感度保てる自信があった!」
言葉だけでは伝わらない想いを、罰を与えながらに伝えられる素晴らしい方法だと思ったのだが、反省文を書き終えた幼女達の顔と言ったら……もう……。
悪いことをしてる気になるほど悲惨なものだった。『死んだような顔』とはああいうのを言うのだろう。
「暴力には肉体的なものと精神的なものがあることぐらいわかってるでしょ……」
この言葉を信頼と取れないヤツは卑屈。
ルナマリアから珍しくデレを向けられた俺は、その信頼を失望に換えないよう、自身をもってこう答えた。
「え~? 昔から似たようなことしてたんだぞ? 風呂やトイレを一緒にみたいな脅し文句を言ったのも10や20じゃない。なのになんで今回だけダメなんだよ。演技力が高すぎたか? キモ男1000%スパーキングしたせいか?」
『通報しました』
どこで覚えたのか、ライムはケータイでの通話はなくキーボードで入力する仕草をしながら、ある意味テンプレな台詞を吐いた。
肉体的接触は立派なコミュニケーションのはずなのになぁ……。
実際、捜索中に大人達にセクハラ……もとい精神教育することを告げると賛成してくれたし、ココ達も親友を闇落ちさせかけたことに気付いて猛省した。
こんなに引きずってるのはイヨたんだけなんだよ。
「というか何でお前等が説教する側に回ってんだよ……。フィーネから聞いたぞ。精霊にあんな指示出したのはルナマリアだってな。あの方法が脳裏を過ったのが精霊の仕業だったとしたら実質お前の案だろ。俺は逆立ちしたってあんなヤラシイことを思いつかない」
「「「え……?」」」
まぁ逆立ちしてもは言い過ぎたかな。
「そんなことよりどうなんだ? やったのか? やってないのか?」
「安易に力を頼った罰としてしばらく精神鍛練をすることは指示したわね。何がどう悪かったのか自分の言葉で書かせることも良いと思うわ」
「そうか……認めるんだな……」
「……ちょっと待って。全部の罪をアタシに擦り付けようとしてるけど、セクハラはアンタの仕業だからね? そこが一番の焦点よ?」
強者達の説教も要約すると『もっと上手くやれよ』だったわけで。
でも俺は俺なりに頑張ったんだよ。彼等とはちょっとだけ感性が違っただけ。90%は納得の結末だし良いと思うんだ。
「その1人が大事なんですけどね…」
「過ぎたことをとやかく言っても仕方ないだろ。そんなことより先の話をしようぜ。なんかイイ仲直りのアイディア浮かんだ? プレゼントする品でも良いよ?」
はい、というわけで、農場だとイヨたんに見つかる可能性があるので、俺は今、彼女が立ち入りを許されていない精神的弱者お断りの魔境にやって来ていますよ~。入学祝を起死回生の一手にしようと安易な考えですよ~。
「ん~、やっぱ現段階で魔道チェイサーや電子ピアノ以上の化学反応って厳しいと思うんだよな~。片や強者、片やプロの協力あってのもんだしさ」
自然界に存在しない力を人の手で生み出す『化学反応』は、原子や分子を結合させたり分断させたり放出させたり、世界の理に従うだけなら簡単だが、安定や向上を得ることは非常に難しい。
……なに? 矛盾している? 自然界にないのに世界の理はおかしい?
そんなこと言われても知らん。実際そうなのだから納得してもらうしかない。
あ、そうだ。利用が難しい理由も含めて、人間社会で例えたらわかりやすいかもしれない。
俺達が道や町を作ったら微精霊が使うようになった。しかし手違いで料金所を設けてしまっているのか、税金や環境の問題で住み心地が悪いのか、逆に住み心地が良過ぎて譲りたくない連中が悪質なデマを流しているのか、利用者は増えない。
改善しようにも金(知識)が足りなくて無理。微精霊達は苦情も賛辞もなく淡々と使うだけで利用者アンケートにも応えてくれない。閉鎖したらしたでやはり文句もなく元に戻るだけ。
どうしろっちゅーねん。
「あの子、好みらしい好みもないしね」
「だよなぁ……」
全部楽しい・全部好きというのは、世間知らずの子供ならでは素晴らしい感覚だと思うが、今は歓迎できる気分ではない。
どうせなら将来に役立つ品……端的に言えば『これの影響で○○になりました!』な品を贈りたいのだが、すべてを喜ぶイヨたんがそこまで影響を受けるものがあるかと言われたら難しいところだ。
『ネガティブではないので何とかする方面も無しですしね。マイナスを埋めるのではなく、どこまでプラスを伸ばせるかということが選択肢を狭めています』
「しかもルークに出来ることなんて限られてるしなぁ」
「うるせぇ! 自分達が何でも出来るからって調子乗ってんじゃねーぞ! 人間の中では多い方だわ! 製作に関して言えばトップ100に入ってる自信ある!」
「本当に自信のある人は…他人を頼らない…」
やめてー。正論を持ち出すのやめてー。
「大精霊とか上級精霊はどうなのよ? アタシ達に一から説明するより、彼等の協力を仰いだ方が出来ること多いんじゃないの?」
「ウ、ウウ、ウチは上級精霊ちゃうで!?」
俺に向けられたはずのルナマリアの助言は、何故かセイレーンにダメージを与えた。見ているこっちが驚くほど狼狽える。
「上級精霊?」
「な、なんでもないで。気にせんといて」
露骨に目を逸らすセイレーン。
実は彼女だけ魔獣ではないのかとも考えたが、ベーさんが仲間外れをつくるような真似をするはずがないので(彼女は例え昔馴染みが困っていようと面倒臭がって放置する)、すぐにその思考を投げ捨てた。
他に考えられるのは、自主的なものか頼まれた仕事かはさて置き、そういう役を演じることになったから。
まぁ本人が答える気がない以上、考えても無駄なわけだが……。
それはそうとルナマリアよ。
いくら出来ることが増えても、したいことが見つからなければ意味はないんだ。豚に真珠なんだ。ルナマリアにBカップのブラなんだ。




