外伝29 妖精乱舞3
「グギャアアアアアアアアーーーッ!」
木の内部のような広々とした空間に響き渡るドラゴンの悲痛な叫び。その周りで息を切らす少年少女。
ちょっとした寄り道のつもりが、次から次へと隠しルートを発見していったアリシア一行は、4層目でダンジョンマスターを討伐するに至った。
誰か一人の活躍ではない。
大樹の上級精霊に鍛えられたピンキーは味方の能力上昇および敵の能力低下を、湖の上級精霊に鍛えられたパックは風と水の結界術を駆使して、攻撃担当のアリシアとクロの能力を極限まで高めて初めて得られる勝利だった。
「二度とこんなもん作るんじゃないわよ!!」
が、自慢の火魔法で強敵グリーンドラゴンにトドメを刺したというのにアリシアは全身から不満オーラを垂れ流すばかりで、普段の達成感に満ちた様子も、更なる高みを目指す意気込みに溢れている様子も感じられない。
怒りも口先だけのものではない。
ダンジョンに挑む冒険者の最終目標と言っても過言ではないダンジョンマスターの残骸(魔石や素材)を、残り少ない魔力を使用して丁寧に、そして忌々し気に燃やし尽くしていく。
余裕があれば死が救いとなる地獄のサンドバッグか、はたまた1秒でも早くこの世から抹殺するべく確殺術を行使していたことだろう。
「アンタ達もこのダンジョンであったことは全部忘れなさい! 良いわね!」
その怒りは敵だけでなく仲間にも向けられた。
「私は悪くありません」
真っ先に異論を唱えたのは性の権化、ピンキー。
アリシアと違って帰りの道中のこともシッカリ考えている彼女は、残していた回復薬を飲みながら主張を続けた。
「アリシアが見つけた2層目を踏破したところで引き返すよう進言したのに、パックのお陰で水問題が解決したからと忠告を無視して先に進もうとしたので、自分の能力を過信しているアリシアにわかってもらうために、仕方な~く身体能力を低下させる薬を食事に混ぜただけです」
「立ってられなくなるほどのねッ!」
アリシアとクロの敗因は性的な術にのみ気を付けていたこと。
調合という形で物に付与させられるなど想像もしていなかった。スリ師も真っ青な手腕で混入されることや、誰にも怪しまれずに料理中に薬を作ることも。
「クロは気付いていましたよ。しかし今回は私の言うことが正しいと見逃してくれたんです」
「グル……」
(まさかあそこまでの代物だったとは……)
さり気なく罪を被せようとするピンキーと、素直に認めるクロ。
「んで、オイラが気を利かせて小便塗れになったアリシアの汚れを取ってやったら、移動先に変な空間があるって気付いて3層目の発見よ!」
「……忘れろって言ったわよね?」
「あ……」
そしてドヤ顔で自爆するパック。
新たな隠しルートを発見した直後、彼女達がダンジョンに入ってから丸1日の間におこなった排泄の詳細を把握していたことがバレて、彼は今と同じ目に遭っているのだが、この悪戯小僧は懲りるということを知らないらしい。
「まだ話は終わってないわよ。4層目の分が残ってるわ」
やれやれと肩を竦めるクロとピンキーに、死刑執行人の鋭い眼光が向けられる。
「グル~」
(強化してくれって頼んだのはアリシアさんじゃないですか~)
「それに私はちゃんと言いましたよ。『人間に使ったことがないので効果は保証しない』って」
パックと同じ目に遭わないよう、発言に細心の注意を払いながら自身のおこないを正当化しようとする2人。
おそらく誰も詳細は口にしないのでここでさせてもらうが、4層はピンキーのバフが強力過ぎて色々な意味で暴走したアリシアの手によって発見されていたりする。
本人からの依頼なのでクロも警告しかせず、ピンキーも『何を副作用と呼ぶかは人によって違うし』の精神で効果説明を求められても隠していたので、おそらくパック以外の全員が悪い。
「言い訳してんじゃないわよ! 問題は過程じゃなくて結果よ!」
ベチャ――。
怒りと威嚇を両立させた結果、アリシアは勢いに任せて手の中に居た……いや、あった生ゴミを投げつけて2人の退路を塞いだ。
「やれやれ……疲れ切った貴方が私に勝てるとでも?」
今の彼女に何を言っても無駄だと悟ったピンキーは、残していた力を表に出して抵抗する意思を見せる。
「炎っていうのは怒りとやる気に比例するのよ。それに疲れてるのはアンタも一緒でしょ。そんな状態で淫術なんて使えるの?」
「ふふっ、唯一の勝ち筋に期待しているところ申し訳ないですけど、肉弾戦が苦手なんて言ったことありませんよ。良かったですね。普段なら一瞬で方が付く勝負でほんの少し延命することが出来て」
「あらそうなの? ごめんなさい。パックより体も心も胸も小さいから、てっきり身体能力でも劣ってると思っちゃったわ。そうよね。動けるデブって言葉があるぐらいだし、ダルダルの腹でも機敏に動けるわよね。ピンクでも淫乱以外に1つぐらい取り柄あるわよね。期待してるわ。頑張って」
「おやぁ~? どうやらアリシアは目と頭が悪いお子様だったみたいですね~。仕方ないですね~。貴方でも理解出来るようにその身に叩き込んであげますよ……妖精の怖さってやつをね!!」
第二形態とはまた違う形のボス戦の開幕である。
成果だけ見れば素晴らしいの一言に尽きる時間を過ごし、辿り着いた町の冒険者ギルドでも絶賛された後。
「さて、と……それじゃあ私達はもう行くわ。ここにはもう用は無いし。一応お礼を言っておくわね。楽しかったわ」
冒険者としての目的を達成したアリシアは、宿屋に預けていた荷台を回収し、次の地を目指して旅立つことを決めた。
それすなわち、目的が異なるパックとピンキーとの別れを意味する。
「なんだかんだでアンタ達頼りになったし、力を貸して欲しい時は声を掛けようと思ってたんだけど……その体じゃケータイなんて持てないわよね」
身長20cm足らずの妖精の体では通話機器を装備することはまず不可能。
連絡先の交換は妖精用ミニケータイを作ってからで良いか(もちろんルーク任せ)と納得することにしたアリシアは、
「またどこまで会いましょ」
と、2日間の臨時パーティを解散させた。
「……って言ってるのになんでピンキーは肩から降りないわけ? パックも何も入ってない棚を見つめて何してるわけ?」
話している間も、話し終わった後も、一向に動き出す気配を見せない2人。
その理由を尋ねられた妖精達は、
「「お世話になりま~す」」
揃って頭を下げて冒険者パーティに加わることを宣言した。
「同族や他種族の調査をするんじゃないの!?」
同じ冒険者として何か困ったことがあれば協力を求めるつもりだったので嫌ではないが、自分のやるべきことを投げ出してまで一緒に居られるのは、アリシアにとっても彼等にとっても良い話ではない。
「それはアリシアと一緒でも出来ますし。むしろ一緒の方が出来ますし」
「私!? 私を調べるつもりなの!? それとも普通じゃない経験が出来るって意味!?」
「どっちもですね」
「だとしたら全力で拒否するわ。もっと良い理由になってから加わりなさい」
言うが早いか、車内で浮遊していたパックをクロが、肩に留まっていたピンキーをアリシアが割とガッツリ目に握り(クロは噛み)、外へ放り出した。
「拒否することを拒否します」
「心配すんな。お互いのプライベートは守る。オイラの設計に間違いはないぜ」
羽根など飾りだと言わんばかりに一切羽ばたかせることなく空中でビタッと制止した2人は、何事もなかったように舞い戻って来て話を続ける。
「何をそんなに嫌がることがあるんですか? 一緒に居て楽しかったって言ったばかりじゃないですか。力もあるに越したことはないでしょう? ドラゴンとの戦いも良い感じでしたし」
「仲間を実験・観察対象にしないように、世界を見て回ってからでも良いでしょ……。調べる必要がなくなってからで十分間に合うわよ。だからパック。勝手に改造始めるないように。そこはアンタの家にも部屋にもならないから」
「そりゃそうだ。オイラとピンキーの愛の巣になるんだからな」
「「寝言は寝てから言え」」
アリシアとピンキーの両名から睨まれたパックは、大人しくクロの下へ飛んでいき、出発準備の邪魔だと尻尾で追い払われ、御者席で1人黄昏た。
「ではこうしましょう。私達は極力アリシアとクロ以外の人間を調べます。なのでパーティに加えてください。ぶっちゃけ冒険者としてやっていける気がしません。主に実験との両立で」
「せめて『常識』って言いなさいよ……」
代案を出しているように見えるが、この言い方からして間違いなくピンキーは今後も人体実験を続ける。そして責任を押し付けられる。それを何とかするためには自分が実験体になるしかない。
一瞬で方程式を組み上げたアリシアはやはり2人の加入を拒否することに。
そもそも『極力』という言葉が信用出来ない。それは『努力したけど無理でした』がまかり通る魔法の言葉だ。
「そんなこと言うなら勝手について行きますよ? もちろん巻き込みますよ? 何かあったら『あの人がリーダーです』って言いますよ? 知り合いにあった時にあることないこと言い回りますよ? 寝てる時に淫夢見せますよ? 四六時中パックに監視させますよ? 実家に帰った時に――」
「あーっ、もう良いわよ! 入れてあげるわよ!」
「「おなしゃーっす」」
ピンキーはやると言ったら間違いなくやる女だ。
法律では裁けない厄介過ぎるストーカーに、アリシアの心は一瞬で折れた。
「ったく……その代わり限界超えたらぶっ飛ばしてでも除籍するからね。それと私の言うことには従うように。もちろん自分達のやったことの責任は自分達で取ること」
「「りょ」」
「妖精は良いから人間の実験や研究は私に全部見せるように。検閲するから」
「「…………」」
「返事ッ!!」
こうしてアリシア一味は勢力を倍増させることに成功(?)した。
彼等が世界を震撼させる冒険者パーティになるのは、そう遠くない未来の話である……良くも悪くも。




