外伝27 妖精乱舞1
「きゃああああああーーーッ!! 誰か助けてえええええーーーーッッ!!」
山の中に響く女の悲鳴。
「うるせぇ! 黙ってろ! 手こずらせやがって!」
「へっへっへ。叫んだところでこんなダンジョンもなければ討伐対象もいない山奥に人なんて来やしねえよ」
獲物を追い詰めた狩人のような顔で女を取り囲む2人の男。
3人の額には、少し前まで逃走劇を繰り広げていたことを証明するように汗が滲み、加えて女の太ももには血が滲んでいる。
「そこまでよ!」
そこへ颯爽と登場する今回の主人公、アリシア=オルブライト。
「た、助けてくださいっ! こいつ等が、こいつ等が私に暴行を……!」
女は、天の助けとばかりに、足の傷と押さえていた手に付着した血を見せつけて訴えかける。
それを聞いたアリシアは、鋭い眼光と共に背負った大剣の切っ先を男達に向け、
「ちょっと待て!? お前が俺達から金を盗んだんだろ!?」
「その傷だって逃げてる時に木の枝で負ったもんだろ! 俺達じゃねえ!」
「嘘よ! 見ての通り私は何も持ってないわ! それに木の枝じゃなくて貴方達の罠でしょ!」
「持ってなくて当然だろ! 身軽じゃねえと逃げ切れないと踏んで途中で山ん中に隠したんだからな! 罠かどうかも怪我した場所に行けば一目瞭然だしな!」
「必死に逃げてたんだから覚えてるわけないでしょ! それに私の血かどうかなんて誰にもわからないわ! 自分達の主張を正当化するために用意してる可能性だってある! 貴方! こいつ等の言うことを信じないで!」
典型的な『野盗に襲われる美女』のパターンかと思いきや、両者が被害者は自分だと言い出した。
そもそも美女ではない。どちらかと言えばブサイクだ。もちろん男達も負けてはいない。『成功すれば誰でも良かった』の精神でないとしたら、人身売買目的は消える。誰も買わない。
「クロ。どっち?」
そんな、ややこしくも面倒臭い消去法による推理などアリシアがするはずもなく、迷うことなく相棒に判断を仰いだ。
「……ガルル!」
「はい、アンタが悪人」
両者の顔をジックリ数秒眺めたクロが女に吠える。同時にアリシアは判決を下した。
「ちょっと待って! この竜が適当に決めただけじゃない! 私は悪くないわよ!!」
「初対面のアンタと長い付き合いのクロ。どっちを信じるかなんて決まってるでしょ。それ以上ゴチャゴチャ言うつもりなら知り合いの精霊術師呼ぶわよ。もちろん精霊裁判の結果次第では……」
ザンッ――。
アリシアが勢いよく剣を振り下ろすと、女の寄りかかっていた木が地面ごと真っ二つに割れた。
「……私がやりました」
強制労働が出来れば御の字という地獄のような未来を垣間見た女が、自らの罪を認めて大人しく連行される道を選ぶのは当然と言えた。
「あ、そいつ等、盗賊です。私は盗賊専門の盗人ですけど、そいつ等は善良な市民から金品を奪うクズです。どうか私より重い罰を与えてください」
「「テメッ、この野郎!!」」
諸行無常。
まぁ彼女が言わなければクロが言っていたので、彼等が今後も盗賊活動をおこなえる確率はどちらにしても0%だったのだが。
もちろん、ここでアリシアに勝つことが出来ればその世界線は変えられるのだが、そんな度胸や実力がないから盗賊をやっているわけで……。
「違うっていうの?」
「「い、いえ……」」
アリシアに睨まれた男達も、女と同様に大人しく連行される道を選んだ。
「それとこれは黙ってたことへの罰ね」
「「……は?」」
ドゴッ!
強烈な腹パン。男達は地面に倒れた。
「あんたは怪我してるから許してあげる。代わりに痛みの割に治癒効果の少ない野草を塗り込むわね」
「……お、お手柔らかに」
数秒の間に絶望と安堵を行ったり来たりした女は、下手に抵抗して罰が重くなるよりはと、小さな声で呟いた。
「甘えんじゃないわよ。自分でやりなさい」
が、アリシアがそんな器用で面倒な真似をするはずもなく、薬草探しから塗布まで女がすべてすることとなった。道中で見つけられなければ治療なしという、どう転んでも痛いルートだ。
痛みは教育に効果あり。
早い内に彼女の正義をなんとかしなければエライことになりそうだが、残念ながら今のところそれを否定出来る人間とシチュエーションは存在しない。
「ところで……町ってどこ?」
冒険者アリシア=オルブライトは絶賛迷子だった。
「んぐんぐ……っはー! 生き返った!」
一度犯した罪を償うことなど出来はしないが、社会的には許されることとなる懲役期間を嬉々として受け入れた3人を門番に引き渡した後。
アリシアは露店で購入したジュースを、1日ぶりの水分を、全身に染み渡らせていた。
「グルル」
「だから悪かったって言ってるじゃない。まさか山の中であんなに水が無いとは思わなかったのよ」
宿屋に荷台を預けて近所のダンジョンに挑んだまでは良いが、明らかにオーバーキルの相手に放った魔法が新たなルートを開拓してしまい、クロの必死の説得を無視して無計画に足を踏み入れたのが運の尽き。
1日掛けて探索した結果、大自然のダンジョン内での自給自足に失敗し、限界を感じて無念の途中リタイア(ダンジョン破壊による脱出)した彼女が出会ったのが、彼等だった。
「というか何処よ、ここ? 私達が宿を取ってた町とは別のところよね?」
「グル」
(20km以上離れた場所ですよ)
てっきり元の町に戻れると思っていたアリシアは、予想と違う結果に……まったく動じない。
「たまにはこういう当てのない旅も楽しいわよね」
「グルッ!」
クロがどれだけ咎めようと彼女はまた隙を見てチャレンジしてしまうだろう。
何故なら彼女は冒険者なのだから。
「それは私がピンクだからですか!?」
初めて訪れた町の冒険者ギルドは取り合えず覗くことにしているアリシアが、いつものように面白い依頼や噂話があることを願って扉を開くと、聞き覚えのある声と魔力と台詞が耳に飛び込んで来た。
「これって……」
確認するような視線を向けられたクロは静かに頷く。
あと数歩進むか、しばらくこの状態でいれば、彼等は間違いなく狂乱の性魔神と再会することが出来るだろう。
「なら何故妖精が冒険者ギルドを利用してはいけないのか教えていただけます!?」
それが良いことなのか悪いことなのか、2人が迷っている間も声の主はヒートアップしていく。
店内にいる何者かと口論しているようだ。会話の内容からして相手はおそらくギルド職員か偏見に満ちた冒険者か酔っ払い。
「貴方がブラックリストに入っているからです。傷害事件5件。冒険者間のトラブル21件。器物破損23件。住居侵入や強制わいせつなどの苦情に至っては数えきれないほど。再三にわたる警告もすべて無視。
この半年で随分とやらかしていますね……ピンキーさん」
ただ正義は相手側にあった。
「チィ……愚かな人間共め……。思春期男子も真っ青な発情期に苦しめ。そして快楽に溺れろ」
「ピンキー……アンタ、何やってんのよ……」
追い出される形で冒険者ギルドから出てきたピンクの悪魔……もとい精霊に、溜息と共に再会の挨拶を贈るアリシア。
「あら。アリシアではありませんか。お久しぶりですね。煩悩に塗れてますか? 私は塗れていますよ。相変わらずです。やはりピンクは淫乱という……ハッ!」
旧友の顔を見た途端、直前まで垂れ流していた恨み節はどこへやら、どこぞのオバチャンのように両手を合わせて笑顔でマシンガントークを始めた。
そして何かを思い出したように固まった。
「煩悩のスパイス、桃色の悪魔、ピンキー惨状!」
実行に移したそれを一言で説明するのであれば『戦隊モノの登場シーン』である。
「あの背後の靄、絶対怪しい術でしょ。消しなさい」
「いや~。再会したら絶対やろうと心に決めていたのに、愚鈍な人間のせいでスッカリ頭から抜け落ちていましたよ~」
怪しい術か否かに関しては一切触れず、恥ずかしそうに頭を掻くピンキー。
もしも彼女の言っていたことが巻け犬の遠吠えでないとしたら、紛うことなき惨状だろう。彼女にはそれだけの……というよりそれ専用の力があるのだ。
「性欲を活性化させることの何が悪いと言うんでしょうね? 子供をつくらずに生涯を閉じるよりよほど健全なことですよね? 犯罪一歩手前の行動をしてでも男と女はくっ付くべきですよね?」
「アンタのは一歩手前じゃなくて立派な犯罪よ」
「いえいえ、時間停止モノと同じで媚薬や洗脳の9割はヤラセですから。私は彼等が内に秘めている想いをそっと後押ししてあげているだけ」
「嘘つくんじゃないわよ! ったく……こんな危険なヤツを野放しにするとか、あの里の連中は何を考えてるのよ……」
「その言葉。そっくりそのままお返しします」
自分が暴力を振るうアリシアと、相手に暴力を振るわせるピンキーは、もしかしたら世界で最も危ない組み合わせなのかもしれない。
一歩間違えば戦乱の世、間違わなければ健全な世となるが、おそらく世界はそこまでのリスクを背負って改善することを求めてはいない。




