千二十四話 幼女は素晴らしいものですね
『ンボンゴは俺が創り出したものではない』
その一言が決め手となり、ンボンゴから始まる異種族交流は俺抜きで……いや、アドバイザー兼交渉役として程々にかかわることとなった。
つまり部外者である。
「こんなもんを渡しておいて部外者は無理があるだろ!?」
天から舞い降りた十数枚の紙を乱暴に突き出して吠えるウッド。
ンボンゴの群生地や生産予定地、味の系統を決める育て方、味の変化の法則性、オススメの調理法、それに合う食材を含めた流通ルートまで、事細かに書かれた紙だ。
「怒りではなくツッコミだと思って話を進めるが、俺がやったって証拠もないのに俺の仕業だと断言するのはやめてもらおうか。俺は無関係だ。
それに手が空いたら調べてみようと思ってたんだ。知ってたらそんなことしないだろ? 楽しみを奪われていい迷惑だよ。
ほら、今の言葉が嘘かどうか、精霊達に確認してみろよ。見ての通り俺は口止めなんてしてないからな。みんな正直に答えてくれるはずだぞ」
「んなことはとっくの昔にやっとるわ! でもビックリするぐらい同じ返答が返って来るんだよ! 普段、中立的な立場として真実を教えつつも軽減を求めて弁護したり、逆に過激な意見出したり、こういういざこざに消極的だったりする奴等まで、声を揃えて『さぁ~?』って知らんぷりするんだよ!!」
「信用を勝ち取れてない証拠だな。どんな時でも自分の味方でいてくれる存在を、家族以外で1人は作っておけって習わなかったのか?」
100人の友達より1人の親友。常識だ。
「居るよ。いや居たよ。たった今寝取られたがなッ!」
やはり大きい方が……あ、力の話ね。『男の力』と書いて腕力・経済力・包容力・話力・精力・男根サイズと読むこともあるが。
「実はそいつとは昔からの関係で、そいつに命令されて嫌々ウッドと付き合ってた可能性もあるが、傷口に塩を塗るような真似はしたくないので口には出さないでおこう!!」
「出てる! これでもかってぐらい大声で口に出してる!」
ったく……これだからメンタル弱い被害者は困る。一度や二度の裏切りで世界が自分の敵だと勘違いしやがる。しかも自分は悪くないみたいに言ってな。
俺は『どんな時でも自分の味方でいてくれる存在』と言ったのだ。
裏切った時点でそいつは対象から外れる。そんなクズを引き合いに出すんじゃねえ。親友を作れてない自分が悪いんじゃないか。
「な、なんだよ……その目は……」
「別に。それよりそれはメモに対する返答だろ。俺の話の真偽は別なはずだ。ちゃんと精霊達に聞いてみろって」
こうなった人間は何を言っても聞き入れないので、俺は正論パンチも正義の鉄槌も更生キックも封じて、話を戻した。
「別じゃねぇよ……。そりゃルークの言ってることは本当だろうよ。なにせお前の関係者が勝手にやったことなんだから。どうせあの料理人の仕業だろ」
「おっと、イヨたん達が動き出したぞ。カメラを持ってることから察するに、子供だけで記念撮影をするつもりだろうな。当然か。折角の一張羅だもんな」
「……今度脱線しやがったら盗撮すんのやめるからな」
「しかもあのカメラ……新品同然だな。真面目な話をしてたし、向こうもキッズトークばっかだったからあんまり聞いてなかったけど、入学祝で貰ったカメラを使いたいってルイーズの発案の可能性大! って何すんだ!?」
突然、何の前触れもなく映像と音声が切れた。
「忠告はした。聞かなかったお前が悪い」
「ウッドが言ったのは盗撮だけだろ! 音声は残しておけよ! 約束が違うじゃんか! この後で俺批判が始まるかもしれないじゃんか!」
「屁理屈をこねるな。そもそもアイツ等は遊びに夢中で、お前のことなんて微塵も頭にねぇよ。杞憂だよ。自意識過剰だよ」
いやいやわかりませんよ~。思い出ってのは良いものも悪いものも、ふとした瞬間に甦るものですからね。まだ油断は出来ません。さぁわかったら早く映像と音声を戻すのです。
――と言おうかとも思ったのだが、「だとしたら一生盗聴し続けなきゃならんだろうが」とツッコミを入れられて、最悪変態扱いされかねないのでやめておいた。
「さっき会ったばかりのルイーズはともかく他3人が俺を忘れるなんてあり得ないな。俺達の絆舐めんな。生まれ変わっても覚えてるわ」
そこは譲れませんけどね!
「はぁ……埒が明きませんわ」
そんな俺達のやり取りを黙って眺めていたツリーが、疲れたように溜息を漏らし、会話に割り込んで来た。
「ルークさんがそこまでして部外者ヅラする必要はどこにありますの? 人間らしく鼻につく笑みを浮かべて自分の手柄にすればよろしいでしょう? 威張り散らかして指示すればよろしいでしょう? 口止めするつもりもないようですし、そのようなことをされなくてもわたし達は貴方がかかわっていることを広めたりしませんわよ?」
ハーフエルフから見た人間のイメージなのか、彼等が歩んだ人生の賜物なのか、ただの皮肉なのか、判断はつかないが否定しづらいのは確か。
よってスルー安定。
「それは2つ目の話題に関係してるからそっちで話す。その他にも『面倒臭い』『これ以上仕事も知り合いも増やしたくない』『成功しようと失敗しようと興味ない』って理由もあるけどな」
「そ、そうですか……」
あまりにも直球な理由に顔を引きつらせるツリー。
いつまで経っても盗聴・盗撮機能を復活させないウッドが『俺だってそうだよ……』という顔をしているが、そんなアピールをしている暇があるならさっさと直せ。気合が足らん。
「そこまでですわ。これ以上貴方達の雑談に付き合うつもりはありません。早くわたし達を残した3つの理由とやらを話しなさい」
「だ~か~ら~。それをするために誠意を見せろって言ってんだろ。いつまで掛かってんだよ。さっきは秒だっただろ。そんな大量に寝取られてんのか?」
「んだとコラァ!?」
「はいはい……お兄様は全力で精霊術を行使するように。ハーフエルフの底力を見せておやりなさい。信頼はそうやって勝ち取るものですわよ。
ルークさんは大人しく話をするように。術者の精神を乱したらかえって復旧が遅れますわよ。わたし達にはこのまま帰るという選択肢が残されていることをお忘れなく」
「「……うっす」」
まとめ役の登場によって語りフェーズは次なる段階へと進んだ。
「2つ目は、今後の俺達の付き合いについてだ。たぶんあの子達はクラスが違っても仲良くやっていく。でも俺達は仲良くする理由も必要もない」
ウッドとツリーはンボンゴ目当ての集り屋。
俺達が調理した品をどの程度気に入ったのかはわからないが、今後は別のところでもアレ以上のものを格安で、やりようによっては無料で食べられるのだから、俺達と交流を続ける必要性は皆無。
いつハーフエルフの村を作ると言い出しても不思議ではない。
俺は保護者代理。
ココとチコにはソーマとトリーという正式な保護者が居るし、イヨたんにもルナマリアやフィーネといった色々な意味で俺より便利な同族の保護者が居る。
そんな俺達が、私生活を犠牲にしてまで他人の子供やシェラード家と交流を続けるかと言われたら、正直微妙なところだ。
普段ならそんなこと気にせずに自由気ままに付き合うのだが、親同士の関係や子供からの好感度、教育方針など、親達が得るべきもの、おこなうべきものを奪うことになるので慎重にならざるを得ない。
「子育てにメリットを求めるなんて終わってますわよ」
そういうのはもう良いから……。
「皆はどうしたい? 付き合いを続けるにしてもどの程度の仲が望ましい? ちなみに俺は、ウッドもツリーもルイーズも、こっちからは声を掛けないけどイヨたん達が誘ったら参加を認める程度の関係だ」
ぶっちゃけ幼女任せ。『俺の』と言うよりは『彼女達の』知り合いって感じだな。
「俺はンボンゴを量産してくれるなら定期的に食事会を開いても良いと思ってる。メンツも限定しない。学校行事としてやってくれても全然オッケーだ」
「わたしもお兄様と同意見ですわ。条件を付け加えるとすれば、ンボンゴを上手に調理出来なかった者は除外していただきたいですわね。もちろんハーフエルフだからと寄って来る者も」
ハーフエルフはンボンゴ基準と。
「我々は交流を続けたいと思っております。有力者との関係が強いに越したことはありませんので」
シェラード家はまぁそうだろう。
おそらく俺がロア商会の人間ということも調べがついているはず。仮にそうでないとしてもエルフと知り合いの精霊術師というだけで価値がある。誰に対してもズケズケ物を言える便利屋&ムードメーカーとしてもな。
「しかしながらルーク様の御主張はごもっともです。本来であればこの食事会は、ココ様とチコ様、イヨ様のご両親を招いておこなわれてたもの。代理人をいつまでも拘束することは我々としても本意ではありません」
「アンタならそう言ってくれると思ったよ」
俺がそうであるようにシェラード家にとっても俺という存在は異端だ。
例えるなら友達の友達。
初対面でよほど気が合ったならともかく、そうでもないヤツと仲良くなるぐらいなら友達と親友になろうと努力するはずだ。一緒に遊んでる内にそいつとも親友になれるかもしれないしな。
つまり狙うはココ・チコ・イヨたん。そして彼女達の家族。
将を射んと欲すればなんとやらだ。
今日のところは、ンボンゴの将来性を教えてもらえただけで御の字といったところだろう。
「最後。3つ目。みんな……イヨたんのことどう思った?」
ハーフエルフを見るのも初めてのセバスチャンとメアリーの目にエルフはどう映ったのか。祖先がそうであったハーフエルフには純血種がどう映ったのか。
「「「はぁ……」」」
本日の真の目的と言っても過言ではないその質問は、過保護な親バカのアホな質問として軽く流されてしまった。
良いじゃないか。みんなとは見た目も能力も育ち方も違う子が、どう思われてるか気にしたって。
良い子なのはわかってんだよ。でもそれを他人がわかってくれてるとは限らないんだよ。いつまでも愚直なバカでいられる世界じゃないんだよ。
「んなことより直ったぞ」
「おっ、やっとか……って、アイツ等どこ行った!?」
そこに映っていたのは、シェラード家の庭をうろつく白雪とルーシー。その手には数分前に見たカメラがシッカリと握られていた。
幼女4人の姿はどこにもない。




