千二十二話 ンボンゴ3
「さて……調理するとは言ったものの、どうすれば良いんだ、これ?」
ひょんなことからシェラード家が雇った料理人に代わってンボンゴを捌くことになった俺は、机の上に並べられた4つの……木の実(?)の前で戸惑っていた。
魔術を撃ち込みでもしない限り味に影響はないと言うので、一応念のために魔力を抑えて触れてみたが、硬さが尋常ではない。
基本的に木の実というのは、殻が硬いだけでそこさえ突破すれば何とでもなるものだが、指先でノックしても返って来るのは、ゴッゴッという重い音のみ。重量も相当ある。実はこういう鉄アレイでしたと言われても信じてしまいそうだ。
「セバスさんが包丁で切るって言ってた」
「それは違うぞ、チコ。セバスチャンが言ったのは『包丁が必要』であって『包丁で切る』じゃない。つまり力任せにザックリいくとは限らないってことだ。
仮に切るとしても、裏からとか筋に沿ってとか捌き方があるかもしれないし、カボチャみたいに加熱して柔らかくしてからとか、胡桃みたいに水に浸してからとか何か手順があるかもしれない。もちろん捌いた後もな」
行動力の塊のチコが、取り合えずやってみようの精神でンボンゴ調理に取り掛かろうとしていたので、手と口のダブルパンチで止める。
それはそうと……。
(セバスさんって……もしかしてチコってこの執事の名前が《セバス》だと思ってるのか? ちゃん付けされてるのだと勘違いしてるのか? イヨたんならわかるけど、実はチコも結構おバカ?)
まぁ「私が『ちゃん』を付けるのは兄ちゃんだけ。言わせんな恥ずかしい」などと言われた日には間違いなく発狂するので口には出さないが……。
妄想で楽しませてもらう。ムフフ。
「きゃー、セクハラー」
直後、抑揚のない声で悲鳴……もとい暴言が飛び出す。
妄想がバレたのかとドキリとしたが、チコ以外は精霊達も含めてノーリアクションなので表に出ていない。その前の止めた件についてのようだ。
しかしわからない。説明してる間と終わってからの5秒間、手を離さなかっただけだぞ? まだ諦めてないかもしれないんだから普通のことじゃないか。
となれば考えられることは1つ。
優位に立って俺に自分の言動を肯定させるため。
「涙もだが、それさえしておけばどんな状況でも自分の意見が通ると勘違いするような女にはなるなと、口を酸っぱくして教えてきたはずだが?」
「兄ちゃんの教えを守るなとも言われてきた」
「……な、なら、時間をやるからどっちの言ってることが正しいかよく考えてみろ。理解せずに調理して失敗するのか、理解してからやって成功するのか。俺が止めなければどうなっていたか、自分の頭で考えてみろ」
怒ることは容易い。強要することも容易い。
しかし彼女達は就学前の児童。
周りの大人達に言われたことを信じて生きてきた被害者なのだ。大勢に言われたことが正義で、何が正しいことか思考することなく育ってきた犠牲者なのだ。
ならばここ等でその洗脳を解いてやるのが俺の役目だろう。
「ンボンゴを捌くのに理解は邪魔でしかない。無心でガーッとやるのが一番って、ウッドさんとツリーさんに教えてもらった」
「俺にも教えといてくれるかな!? 情報共有ってキミ等が思ってる以上に大事だよ!?」
実は誰よりも詳しい説明を受けていたというチコ。
たしかにココとイヨたんにしか話を聞かなかった俺の落ち度もあるが、どのみち教えてもらうのに何故先に聞いてしまうのか……。
「兄ちゃんは基本的に相手にしなくて良いって教えられて育ってきた。私自身も正しいと思って生きてきた」
「なるほど。どうやら俺が間違っていたようだな」
「自覚してもらえて何より」
「勘違いするな。俺が認めた間違いは、今のやり取りじゃなくて、優しさだけでお前等と接しようとしていたことだ」
さぁ……正義を決めよう。
この戦いに勝った方が正義だ!
しかし俺とチコの戦いは予想外の形で決着を迎えた。
なんと、魔術を撃ち込まなければ不可能と言われていたンボンゴの調理が、武器と防具にするだけで完了したのだ。
……って当たり前か。マジもんのココナッツクラッシュをするために魔力も使ってたし。
ともかく、水やりと同じで与え過ぎると逆効果とのことで、出来上がったンボンゴを死守するべくハーフエルフ兄妹が武力介入し、終戦を迎えた。
「え~、それでは右から、
『心を鬼にして大好きな幼女猫に殴り掛かった兄の苦悩』
『そんなことはお構いなしに戦いを楽しむ幼女猫の歓喜』
『最高傑作が誕生する直前に邪魔されたエルフの怒りと悲しみ』
『それを見て再び限界オタクと化した幼女の興奮』
『ひたすら笑っていたら何か出来上がってしまった風ドリア~猫耳添え~』
となっております」
他の幼女達はこちらを無視して作業を進めていたので、陽キャヤンキー特有の『な~に良い子ちゃんぶってんだよ。俺達と遊ぼうぜ』の精神で絡み、御覧の5品が完成した。
「おっ! 『苦悩』はトロ~リ濃厚で体全体に栄養が行き渡る感じだ。美味い。まさに人の不幸は蜜の味だな」
「『歓喜』も素晴らしいですわ。のど越し爽やかで、夏の空のようにどこまでもフレッシュな空気が口いっぱいに広がります」
俺のボケを華麗にスルーして、手慣れた様子でンボンゴを繰り抜き、ストローを刺して中身をチューチュー啜るウッドとツリー。
「ツッコめよ! 一杯あっただろ、ツッコむところ!」
堪らず絡む。
「貴方。試食会をネタ合戦か何かと勘違いしているのではありませんこと?」
「試食会的には正しいが人間的には正しくない。百歩譲ってボケ殺しを許すとしても、食べ方の説明をしてないし、みんなで飲むんだから独り占めせずに器に移した方が良いと思う」
「食べ方も何も、魔力を付与した包丁でンボンゴの裏側を繰り抜き、中にある固形胚乳を取り出し、液体を飲むだけですわ」
見た目だけでなく食べ方までヤシの実だ。
まぁ2人がよほどの味音痴でなければコメント的に違うのだが。
「普通は調理しながらやるんだが、お前等はその過程をすっ飛ばしたからな。味が落ちないように俺達がやってやったってわけだ」
「ならそれを最初に言え。そして加工したら一旦置け。自分の物でもないのに、なに当然のように美味しくいただいちゃってんだよ」
「「早い者勝ちだ(ですわ)」」
いつからハーフエルフはこんなにも意地汚くなったのだろう……。
食べ物でその理屈をこねるヤツなんて、ヤンチャな兄弟の多い家庭か、小学校の給食でデザートが残った時しか見たことがない。
ゼリーと冷凍ミカンは仕方ないよな。あと揚げパン。
まぁ見かねた担任にジャンケンにしろって怒られて、最初の争奪戦に参加してなかったヤツに掻っ攫われるまでがデフォ。
酸化したら味が落ちるというわけでもないらしいので、5つとも容器に移してもらい、改めて試食会スタート。
同族が調理したンボンゴは食べられたものではないらしいが、その理屈でいくと俺達はイヨたんが調理したもの以外を美味しく感じない上、それも1人のマニアが独占しそうなので、念のために他の料理も用意してもらっていたのだが……。
「美味しいじゃん」
誰が作ったものも普通に飲めた。
味は2人が言っていたように1つ1つ異なる。
個人的にはココの『ひたすら笑っていたら何か出来上がってしまった風ドリア~猫耳添え~』が好みだった。炭酸強めのメロンソーダっぽいやつ。
調理する前はココナッツジュースだった可能性はあるが、こんな加工の難しい品を頼らなくても類似品は存在しているので、商品化するつもりはない。
……そっちではな。
ビックリアイテムor新しい飲み物としては別。
まぁすべては安定供給と味の変化の法則性を見つけてからの話だ。
「おいしいっ!!」
生産に前向きになった理由は、同族OKだった俺達と同様に、イヨたんも自作ジュースを美味と言ったから。
もちろん他の幼女達も喜んではいるのだが、魔力が作用した飲み物だからなのか、彼女は特にお気に召したらしい。
あながちウッド達の言っていたことも嘘ではなかったということだ。
「なんかお前等も普通に飲めてるしさ」
面白がってウッドとツリーにイヨたんの品を勧めてみたところ、嫌々口にした2人は手のひらを返して絶賛した。
もう1つンボンゴがあれば、ウッドの作った品をイヨたんが飲むという逆パターンも試してみたかったのだが、贅沢は言うまい。
「なんでだろうな? やっぱエルフが作ったからか?」
「あり得ますわね。わたし達ハーフエルフとは精霊の加護が比べものにならないと聞きますし。一説によればエルフの作る料理は食した者に合わせて変化するので失敗しないらしいですわよ」
「え……?」
どうやらイヨたんは違うらしい。ワンチャン、魔力を手に入れる前と、手に入れた直後の子供も。
彼女がチート能力を身に付けない内に、是非とも素の腕前を知っておきたいものだ。『レシピよりこっちの方が美味しくなるから』に100円。




