千二十一話 ンボンゴ2
エルフの好物(笑)の果実『ンボンゴ』の調理は、味を落とさないために1人でおこなう必要があり、1つしかないこの食材を万が一にも無駄にして交流会を台無しにしないよう、シェラード家はプロの料理人を手配していた。
「どうも、プロです」
もう一度言う。“プロ”の料理人を手配していた。
「食生活アドバイザーや野菜ソムリエといった食に関する資格はもちろんのこと、労務管理士・特許管理士・ネイリスト・心理セラピストなど各種資格を持っています」
「国家資格が1つもないのに自信満々に言うな」
しかも後半は、資格取得のための授業料を取るだけ取って実際は何の効果もない、錯誤や誇大広告を狙ってるだけの詐欺同然の資格商法だ。
国家資格にするほどではないからと民間でおこなうこと自体は悪くないのだが、さも自分達が有能で信頼の置ける人物であるように言いまわるのは違う。
あくまでも趣味の範疇で、社会的評価がほとんどないことも付け加えるべきだ。
いっそのこと資格と呼ぶのをやめろ。法令で規定されたもの以外までそう呼ぶからややこしくなるんだ。『民間検定士(通称、検士)』ぐらいにしておけ。本当に効力のあるものは資格なんて言葉使わなくても通じる。TOEICとか臨床心理士とかさ。
……話が逸れた。いや逸らされた。
何食わぬ顔で俺達の前に現れたユキの手によってな!
「で? 魔術で変装してまでシェラード家に接触したユキさんよ。お前は一体何がしたいんだ? その万国博覧会みたいな恰好と合わせて説明してくれよ」
上は居酒屋の従業員が着ているジンベイ。右上腕部には青い布が巻かれており、円状になった龍の中心に輝く『特』の文字のチラチラ見える。頭上には30cmはあろう長いコック帽。
下は清潔感のある白衣と、膝下まであるエプロン。腰には包丁などを収納したベルト。下駄。
料理人であることを主張しているのだろうが、訳がわからない。
「ユキ……? 貴方は何を言っているんですか。先程自己紹介したでしょう。私はしがない料理人の《ユーキ》です。面白くて優しくて面白くて強くて面白くて美しくて面白い世界のアイドルではありません」
「その心底不思議がるような顔をやめろ。『面白い』をそこまで強調するようなヤツはユキしかいないんだよ。自白してるようなもんなんだよ」
「何も言わないならまだしも、本人が否定しているのに受け入れないなんて、ルークさんはとんだ捻くれ者さんですね~。そんなんだから獣人と恋仲になれないんですよ~」
俺は自己紹介していない。交友関係も明かしていない。性癖も暴露していない。喋り方も素になって来ている。辺りを漂っている精霊達もノーコメントを貫いている。
ボロってレベルじゃねぇぞ。
問題は、俺以外の連中はコイツをユキと認識出来ていないので、さっさと認めてくれないと初対面の相手を家族と間違える危ないヤツ扱いされるということ。
というか既にされている。
「くくく……中途半端な精霊術を身に付けたせいですよ。ちょっと目が良くなったからって調子に乗るんじゃありませんよ。他のことに活かせないクズめ」
「もうお前がユキかどうかはどうでも良い。腕がどんなに良かろうと性格がダメなヤツはダメだ。今すぐここから追い出してくれ」
雇い主であるシェラード家の人々に訴えかける。
しかしルイーズ達は困り顔になるだけ。成り行きを見守っている。
(チッ……やはり1時間では信用を得るのは難しかったか……!)
もし俺を知っている人間ならこれが冗談か否か一目瞭然なのだが、出会って1時間足らずの彼女達では難しかったらしく、こちらの意図を汲み取ってフォローしないイヨたん達にも苛立ちと失望を抱いてしまう。
しかし俺が敵対するべき相手は彼女達ではなくユキ。
「お前なんて居なくても問題ない。俺が調理する」
仕方なく別の方法を取ることに。
「フッフッフ~。何の実績もない子供の勢い任せの戯言を信じるとでも? それほど貴重なものではないとは言え、ここに1つしかないことは事実。調理に失敗しては元も子もありません。イチ保護者の個人的な好みを優先してまでそのリスクを受け入れるほど、大人は優しくもありませんし融通も利きませんよ」
「たしかに、美味しく調理されたンボンゴを食べるのを楽しみにしていたウッドとツリーは怒るだろうし、2人と交流を持ちたかったシェラード家も困るな」
しかし子供は別だ。
「自分達で調理した方が絶対楽しいぞ」
「「「たしかに!」」」
楽しさを武器に幼女達を取り込む作戦……成功。
「そもそもエルフならイヨたんが居るだろ。客と店員より何百倍も距離の近い友達がよ。言い方悪いけど半端者のウッド達と仲良くなるより、純血種のイヨたんと仲良くなって彼女の保護者に認められた方がメリットあるんじゃないか?」
「「た、たしかに……」」
損得勘定を武器に従者達を取り込む作戦……たぶん成功。
「いやいやいやいや、待て待て待て待て、ちょ~っと待て! 苦労して手に入れたンボンゴを台無しにされたら怒るぞ? 美味しいンボンゴを振舞ってくれるって言うから俺達はここまで来たんだ。口約束だろうと約束は約束だ」
「そうですわ。今日の食事会をどれだけ楽しみにしていたと思っていますの。このためだけに接客などという不得意な仕事を頑張りましたのよ」
が、ハーフエルフ兄妹は敵に回ってしまった。
(というか、接客が不得意? あれで? 俺には天職にしか見えなかったぞ?)
彼等の戦闘力がどの程度のものかは知らないが、今後も人間と交流してでもンボンゴを食したいというなら、冒険者より販売員を続けるべきだ。
俺がどうこう言うことではないが、少々気になったもので……。
「要は美味しくすりゃ良いんだろ。大丈夫だって。任せろって」
「なら根拠を示してくれ。その人も言っていたが、実績もない子供の勢い任せの戯言を信じるわけにはいかない」
つまり根拠があれば納得してくれると。
有難い。勝てる見込みが出てきた。
「精霊術が使えるぞ。こんなこと出来る人間そうは居ない。俺が調理したンボンゴは絶対美味しい」
言いながら俺は手の平に氷の塊を生み出す。
ハーフエルフなら、これが内なる力ではなく、世界を漂う精霊を集めて作ったものだとわかるはずだ。
「……まだ弱いな」
流石は強者。ただ精霊術が使えるだけでは合格ラインに届かないらしい。
まぁ俺の実力不足ってのもあるだろうが。
「んじゃあ2つ目。俺自身料理が上手い。精霊術師で料理人で心優しい人間なんて、ン百年に1人の逸材だぞ。この機会を逃すと一生食べられないかもしれないぞ。後悔しても知らないぞ」
「む……」
これにはウッドも思わず唸る。
「おっと、残念ですがルークさん、その条件は私にも当てはまりますよ。まだイーブンです」
「なら楽しさを優先しても良いだろうが」
「おやおや……私の調理を見るより自分達でする方が楽しいと? 見くびられたものですね。精霊と聖獣と幻獣と神獣の夢の競演に感涙しても知りませんよ」
……ちょっと気になる。
しかし引くわけにはいかない。
…………いかないか?
「あれ? そう言えばなんで対抗心燃やしてんだっけ? 別にユキがやれば良くね? コイツの言動は気に入らないなんていつものことじゃん」
「あれ!? そこで引くんですか!? そしてさり気なく酷い扱い!?」
「はい、認めたー。自分がユキだって認めましたー」
「いやいや、もうそういうの良いんで。その話だいぶ前に終わってるんで」
「勝手に終わらすな。回答しないままここまで来ただけだろ。汚い政治家や企業みたいなことしてんじゃねえよ」
「え~? 私否定しましたよ~?」
NOと言うだけでまかり通るような社会は今すぐ滅びろ。こちとら散々証拠示しとんじゃ。見て見ぬ振りは絶対に許さん。
あくまでもユキとは別人だと主張し続けるユーキを睨みつける。
「そんなことより本当に私で良いんですか~?」
「だから流すなと何度言えば……」
いや、もう指摘すまい。どうせ無駄だ。時間はもっと有効に使うべきだ。
「なんで嫌そうなんだよ。追われると逃げるけど引き下がられると寄って来る恋の駆け引きか」
「恋愛のスペシャリストに不可能はありません。これまでに100人以上の男を落としてきました」
長続きしてないから失敗だな。二度とスペシャリストを名乗るんじゃねえぞ。
「ふっ……良いでしょう。貴方達のやる気に免じて今日のところは引いておきますよ。せいぜい極上品にすることですね。アディオス」
まるで俺が必死に抵抗したので仕方なく引き下がったかのような雰囲気を醸し出したユキは、自身に与えられた仕事を放棄および押し付けて会場から出て……行かない。
「そちらの御2人は納得していないようですが、これだけは言っておきます。あまり彼等を見くびらないことですね。ルークさん達の力をもってすれば一度食べた食材を生み出すことなど朝飯前なのです」
途中で振り返り、ウッドとツリーに指を突きつけて、完全に俺サイドの人間になって師匠orライバル面で忠告を始めた。
「……本当か?」
「あ、ああ……たぶん出来るけど……」
昨日今日知り合ったばかりのハーフエルフの頼みなどイチイチ聞いていられないが、幼女達が気に入ったのなら量産しても良い。
まぁこの後の結果次第ということで。
「あ、それと当日キャンセルなので前金は返せませんからね~」
「ザケんな! 資格持ってないヤツがそういうことするから他の連中の信頼まで地に落ちるんだろ! 成果も残してないのに金取るなよ! 説明責任放棄すんなよ!」
まだ残っていたユキがいつも通り凄まじい暴論を繰り出す。俺の説教に耳を傾ける様子もない。
「それとこれは私からのささやかなプレゼント」
ヌッという音がとても似合う雰囲気で虚空から何かを取り出したユキは、氷のベールに包まれたそれを扉の近くに置き、今度こそ退席した。
「へいへい……行きますよ。行けば良いんでしょ」
彼女を危険人物と思うのであればセバスチャンかメアリーが、そうでないなら家の者であるルイーズが開けるべきなのだろうが、全員がこちらを見ているので代表して開封の儀をおこなうことに。
「どれどれ……」
ベールを取り去ると、現れたのはイヨたん達の前にある容器に勝るとも劣らない立派な容器。ただし大きさは4倍以上ある。
開けてみると中にはンボンゴが4つ。
「良いヤツだったぁ~! 貧乏な村からの依頼を『まったく……とんだ赤字だよ』とか言いながら実質無償でやるパターンだったぁぁ~~!!
絶対さっきの前金でンボンゴの生産に最適な土地を見つけてるぅ~! しかもロア農場みたいなチート立地じゃなくて、努力が報われない親子や、農業の才能があるのに過去の失敗から立ち直れない老人に、苗だか種だかを与えて産業化するやつやぁぁ~~!!」
「バレない程度に土地を活性化させたりしてね」
あるあるぅ~。
ただ渡すことも出来たのにひと悶着起こして生産までの一連の流れを作ったユキさん……もといユーキさんに乾杯。貴方は素晴らしい人だ。
「そんな褒められたら照れるじゃないですか~」
「「「…………」」」
「な、なんとー! 実は私がユーキでした~。いや~ビックリですね~」
「「「…………」」」
しばらく粘っていたが、誰も相手をしてくれないので、ユキは寂しそうに消えた。
タイミングって重要よね。




