千二十話 ンボンゴ1
「本日はお招きいただきありがとうございます」
俺達に遅れること45分。
約束の時間の5分前という、実に社会人らしい行動理念を胸に現れたハーフエルフ兄妹、ウッドとツリーは、形だけの礼儀作法をおこないメンバー入りを果たした。
兄のウッドに至っては口に出してすらいない。
恰好もジャケットとジーンズというカジュアルなもの。アフターフォローをキッチリしないと次に繋がらないということを理解していないと見える。
「ん? これか? これは『作法なんてお構いなしにグイグイ行く兄』と『お淑やかで話しやすい妹』で役割分担した方が楽だからそうしてるだけだぞ。
ま、接客テクニックの1つだと思ってくれ」
「エルフがそんな面倒臭い手法採用してんじゃねぇよ! 素の自分で勝負しろよ! つーかだとしたら妹下手過ぎるだろ! ぎこちなさが滲み出てるぞ!?」
「純血種の前だから緊張してるってのもあるが、まさか変な仮装までしてるとは思わなかったからな。いつもはもっと上手くやるさ。ちなみに俺もツリーもこれが素だ」
ウッドは肩を竦めながら、小学生が巻いたようなグチャグチャ頭のイヨたんに目を向ける。
エルフとハーフエルフがどういった関係にあるかはわからないが、もし初めて見た王族がこんな珍行動を取っていたら、俺なら距離を置く。
イブおよびセイルーン王家がそうでなくて本当に良かった。
「まぁ2人もすぐにこうなるんだけどな」
「「は……?」」
何故俺が1人でウッド達を出迎えたのか。
何故もてなす側のはずのルイーズが一切登場しなかったか。
真実はいつも1つだ。
イヨたんと同じように頭装備を与えられた2人は、エルフマニアの厳重なチェックを掻い潜り、何事もなく交流会がスタート!
……するはずもなく、
「ハァ……ハァ……! 鎮まりなさい、ワタクシの右腕……!」
後ろめたいことなど何一つないのに自慢の部位を隠すことはハーフエルフとしてのプライドが許さないらしく、いくら太客の頼みだろうと聞けないと一蹴した結果、ルイーズ嬢が中二病化させてしまった。
唯一(というか唯二)の救いは、彼女が憧れているのは純血のエルフなので効果が半減していることと、お互いに客と店員の立場を守る気はあって物理的にも精神的にも距離を置いていること。
まぁそのお陰で、中学生男子が道端でエロ本を見つけた時のような『えっ、えっ、マ、マジで? え? マジで? え?』をひたすら繰り返す、世にも珍しい挙動不審な幼女が見られているわけだが……。
「せめて『憧れのアイドルを目の前にした』くらいにして差し上げたらどうです? 彼女が可哀想ですわ」
「ルイーズを想っての発言なら許すが、自分はアイドルだとほざいているんだとしたら、俺はお前を許さない」
「あら。ルークさんは幼女に優しく女性に厳しい変態紳士ですのね」
どうやらツリーは戦争をお望みのようだ。
しかし、今ここで起こすメリットは皆無なので、さり気なくアイドルを肯定していることと合わせて水に流すとしよう。躍動するハーフエルフなんて見たら今度こそルイーズが死ぬ。
「お前等が常日頃から、中毒症状のように息を荒げながら震える手を伸ばされたり、それを歯を食いしばって抑えようとするヤツを見てるってんならな」
「割とありますわ」
……ブサイクや凡人も人生ハードモードだと思ったけど、求められるか求められないかの違いだけで、美形や天才もハードモードなんだな。
容姿はともかく能力は上も下も経験してる俺はそんなことないのに。
やっぱ嫌なことは嫌ってちゃんと言うことと、それで納得させられるだけの力が重要ってことかな。主に後者。
「へぇ~。ンボンゴってそうやって食べるんだね」
「なら、ここからがじゅーよーじゃない!」
……ほったらかしにしてたの謝るから、俺抜きで話を進めるのはやめてくれません? いくら脇役でもそこは譲れないよ?
で、何が重要なの? ただ切るだけじゃなくてひと手間必要になるの?
『ンボンゴは料理人の腕で味が左右する食材で、生で食べても美味しくないので、好奇心で手を出すのはやめましょう』
幼女達が一足早く手に入れた情報をまとめるとそうなるのだが、それはそうでない食材を教えてもらいたいぐらい当たり前のこと。
要するに、説明は始まってすらいなかったので、みんなで仲良く聞きましょう。
「わたしは聞きましたけどね」
「私も料理人を手配したので知っています」
「セバスチャン。メアリー。空気読め」
打ち解けたというよりは元からからかい体質だったシェラード家の従者を黙らせ、ウッド達に視線で話を進めるよう促す。
言ってみればこのンボンゴが本日のメインだ。これをどう弄るかで今後の盛り上がり方が変わって来る。ルイーズ嬢だってエルフ達が乱れる(?)様を楽しみにしているに違いない。
みんなで美味しくいただくためには(色んな意味で)1つたりともネタバレを許してはならない。それは開封する前に誕生日プレゼントの中身を明かすぐらい愚かなことなのだから。
「「それはどうかなぁ~(ニヤニヤ)」」
「いい加減にしろよ、お前等! 言いたがりかッ! 自分の知識をひけらかさないと気が済まない質か!!」
「「「はぁ……」」」
ねぇ……その『お前がツッコむから調子に乗るんだぞ』って目やめない? イジメに反応するから悪いぐらい暴論だと思うんだ。ルイーズも注意しようよ。キミが言えばきっと彼等も反省するよ。親が学校に言うぐらい効果あるよ。
よし、決めた! もうツッコまない!
「ンボンゴは見ての通り硬い殻で覆われているため、割るためには魔力を宿した包丁が必要となるのですが、その時に籠めた魔力によって味が変化するのです」
「そして重要となるのは魔力の質。想いの力がそのまま味に反映されるため、一流の調理人と言えど油断は禁物。捌くことを嫌がる者も少なくありません。いや~探すのに苦労しましたよ」
「戦争だああああああああああああああッ!!!」
ハーフエルフ達が担うはずだった説明役を何食わぬ顔で奪った挙句、労をねぎらえとほざき始めた執事とメイド。
どちらに手をあげるか悩む必要はない。両方殴るのだ。女だから、子供だから、老人だからと手加減される世の中は間違っている。罰は誰にでも平等でなければならない。
暴力では何も解決しないという者も居るだろうが、暴力でしか解決しないこともあるのだ。
まさに今。
そもそもこれから始まるのは暴力ではない。軍隊や社会やバトル漫画のように、上限関係を叩き込むことで平和にするだけ。迫力満載の戦闘シーンに心躍らせろ。
「ふふっ、合法的にお客様に手をあげられる時ほど、メイドをしていて嬉しいと思うことはありません」
「今すぐこのメイドを首にしろ。いや、俺が物理的に排除してくれる。覚悟しろ」
「実現出来たら良いですね」
俺は両手に魔力を込めてメアリーさんに殴り掛かった。
「そこから一歩でも動いたら一生おにぃと口聞かないから」
ココのこの一言によって俺達の戦いは始まる前に終わった。
手を出されなければ正当防衛は成立しない。つまりセバスチャンとメアリーは無害。イヨたんに威嚇されたルイーズの威嚇で震えあがってるし。
「じゃあ子供より子供な大人達が大人しくなったところで話を戻すけど……魔力ならエルフが一番でしょ。なんで人間にやらせるの?」
「牛や鳥肉は良くても人肉を食べたいとは思わないだろ? それと一緒だ。同族の力が籠ったンボンゴなんていくら美味くても無理無理」
ココが『自分達でやった方が良いのでは?』と尋ねると、ウッドは笑いながら拒否するように手を振った。
説明力の無さよ。
わかりやすければ良いってもんじゃないだろうに……。
「って、もしかしてエルフをメロメロにする効果ってのも、世界に1つしかない味がどんなか興味があるからって意味か?」
「おっ、思ったより賢いな。正解だ」
「詐欺じゃねぇか! あの宣伝文句、大体嘘じゃん! お前等が食べたいだけじゃん!」
結婚して1人に縛られるより独身で遊んでたい精神じゃん、という例えは辛うじて喉の奥に押しこんだ。幼女の教育によろしくない。
しかし、購入者(代理)の目の前で事実を突きつけられても、2人は顔色一つ変えなかった。
「嘘でも詐欺でもないのですから当然ですわ」
「ああ。里の外に出られるようになった祝いに細い繊維の入ったスープを飲んだことがあるだけってのも、宮廷晩餐会ですら特別な時にしか出されないってのも本当のことだぞ」
「キノコや薬味感覚でンボンゴを入れてただけだろ!? 特別は『豪華な席』じゃなくて『食に困った時』って意味だろ!?」
「貴重品なんて一言も言ってないしぃ~。エルフでも好きなヤツは好きだしぃ~」
うぜぇ……顎をクイッとしてるのがとてつもなくうぜぇ……せめてツリーがやってくれ。野郎は見るに堪えん。
「大体、それほどの高級品が金貨1枚で手に入るわけないではありませんか。わたし達と知り合えただけで十分元は取れていますわ」
「とうとう開き直ったな!」
「つーか怒るならお前じゃなくて金払ったシェラード家だろ。ま、この様子からして無いだろうけどよ」
それを言われると辛い。
過程や各々の意図はどうあれ、結果的に誰も損していないわけだし、ンボンゴもネタとして楽しめたら良しと……してくれるかなぁ。




