千十九話 シェラード家
「にしても遅いなぁ……何してんだ?」
イヨたんの友人候補その1(ココとチコは候補じゃないから除外)は、俺が引くほどのエルフマニアの変態だった。
直視したら気色の悪い笑いが漏れる。接触したら奇声を上げて倒れる。雰囲気だけでご飯3杯はイケる。半径200m以内なら何をしているかわかる。今、俺が吸っている空気は彼女の吐いたもので、この体には彼女の成分が流れている考えたら最高にハッピー。
本日の主役の1人であるルイーズ嬢がそんな状態では交流もへったくれもないので、髪と耳を隠すだけでも少しはマシになるだろうと、イヨたんに変装を命じてから早10分。
思わずそんな愚痴が零れる。
「ワタクシに該当するのは2番目だけですわ。どこのどなたですの、その変態は」
イヨたん抜きで出来る話題も少なくなってきたので、からかう方向にシフトしてルイーズ嬢を嘲笑うと、自分を客観的に見ることが出来ていない彼女は、他人事のように扱って矛先を逸らした。
人生経験の少ない子供なので仕方のないことではあるのだが、これはあまりにもわかって無さすぎる。
「おにぃだね」
「ん。兄ちゃんは獣人の幼女相手だとそうなる。でもルイーズも自覚してないだけで1番目と3番目と5番目は該当してる。イヨの残り香を少しでも嗅ごうと鼻の穴を膨らませたのがその証拠。頑張れば4番目もイケる」
「つまり将来のルイーズちゃんでもあるね」
「あれは違いますわ! エルフどうこうではなく、お友達から良いニオイがしたら誰だって――」
「「その言い訳もおにぃ(兄ちゃん)と同じ」」
「なっ!?」
ルイーズ嬢は双子の畳みかけるような連撃に憤慨した。
見よ。これが7年後のキミだ。反面教師にしても無駄だ。意識改革しても無意味だ。キミは既に戻れないところまで足を踏み入れているのだから。
俺は、すべての恨みを向けてくる幼女に、胸を張ってスマイルを送った。
「おまたせ!」
呆れる天使に笑う天使、絶望に打ちひしがれるお嬢に、進むべき道を示すナイスガイというカオスなメンツで構成された空間に、待ちに待った新風が吹き込む。
声がするより早くルイーズが扉の方を向いていたのを俺は見逃さなかったが、まぁそれはさて置き――。
戻って来たイヨたんが身に付けていたのは、白ターバン。意識高い系女子がするようなシャレオツなものではなく、アラビア風のグルグル巻き。
微妙にダボついている辺りわかっている。それでこそイヨたんだ。不器用はそうでなくちゃ。
「おっ、当たった」
そして、それを見た瞬間、俺は勝利を確信した。
「……当たったってなにが? これのかんそーは?」
「待ってる間暇だったから、イヨたんがどんな格好で戻って来るか4人で予想してたんだよ。んで俺は、時間掛けてることから『候補が多くて悩んでる』か『中々身に付けられないか』の2択に絞って、見事的中したってわけ。色までバッチリよ。
感想は実にイヨたんらしくて良いと思う。安心した。もしオシャンティな巻き方してたら失望してたところだ。ナイスチョイス」
「むぅ~、ほめられてる気がしない……」
見る者すべてを幸せにすると言われている俺のハッピースマイルの直撃を受けても、イヨたんの頬の膨張は止まらない。ゲームに参加出来なかったことも大きいだろう。
人差し指でブスリと行きたい気持ちを抑えつつ、気難しい幼女様のご機嫌取りに入ることに。
「いやいや、褒めてるって。見ろ。あのエルフマニアのガッカリ具合を。キャンディの染色剤に昆虫が使われてると知った時の少女と同じぐらい『うあー』ってなってるじゃないか。つまりそれだけ完璧な変装だってことだよ」
「そっかー」
生まれてからずっと自然界で育ってきたお陰で、食の本質を理解しているイヨたんは、さらに『うあー』を倍増させるルイーズ嬢と違い、一切動揺することなく先程の俺の発言を褒め言葉とすることに同意した。
「ココとチコも気持ち悪がらなかったのは偉いぞぉ~」
イヨたんまでとは行かずとも、幼い頃から農場に通っているだけあってそれなりに自然界に精通している2人も『そういうもの』として受け入れた。
「だってルナちゃんがいつも言ってるもん。『自然界にあるものを気持ち悪がらないように』って。『アタシ達は他の命を糧にして生きてるんだから感謝しなさい』って」
「動物の肉を食べるのも虫の肉を食べるのも同じ。弱肉強食でたまたまそれが選ばれただけ。私は世界と共存しながら生きていく」
素晴らしい。この歳でもう『いただきます』の本質を理解している。
きっと彼女達は、作物を育てるための肥料が糞尿だったり、枝豆には高確率で虫が入っていたり、米はほぼ100%虫の卵が産みつけられていたり、香水にはウ●コの成分が入っていたり、という真実も気にしないだろう。
「カハッ……!」
が、そうでないルイーズは、イヨたんと初めて会った時とは似て非なる反応(通称、拒絶反応)を起こして、本日2度目の気絶。
「おいおい……そんな調子じゃ3人と仲良くやっていくのは無理だぞ。価値観が違い過ぎる」
「ンガァッ! ま、まだですわ……ワタクシはまだやれますわ……!」
と思ったら、床に倒れ込む寸前で根性の復活を遂げた。踏み出した右足が雄々しい。ハイヒールを履いていたら踵の部分は折れていたし、もしバトル漫画だったら筋肉から湯気が出ていただろう。
「そういうところもおにぃに似てるね」
「やめてやれ。これ以上彼女を追い込むのは。そろそろ限界だぞ」
ココと一言によって、これまたイヨたんの時とは違う意味で過呼吸になったルイーズ嬢。
ただ心外なのでちょっと嫌がらせをば。
「これじゃあ最終手段『イヨたんの介抱』を発動するしかなくなる」
「あ、やっぱり無理かもしれませんわ……」
数秒前までの根性を投げ捨てて静々と……もう一度言う、女の子らしく静々と床にゆっくり倒れ込んだ。
もちろん誰も何もしない。細目を開けてチラチラこちらを見ているが知らん。最終手段って言っただろ。まだその時じゃない。
「最初に手を出したのはおにぃでしょ」
ココが話を再開させたことで完全に復活するタイミングを見失ったがドンマイ。
「俺のは優しさ。将来の役に立つことを、良かれと思って助言したら、勝手に彼女がショックを受けたんだ」
凄い顔で睨んでいるルイーズはスルー安定。絶対介抱してもらえると勘違いして倒れたのは自分だし。発言も嘘ではない。
知識とは力だ。知識を得ることでしか拓けない世界もある。それをどう使うかは貴方次第。
「そのメッセージを受け取ってもらえてないけど? そもそも貴族の子息が農業や料理をすることってないんじゃない?」
「いやいや、わからんぞ。シェラード家がそういう仕事をしてたら全然あり得る」
「シェラード家は代々建築関係の仕事をしております」
イヨたんと一緒に戻って来ていたが、執事らしく部屋の片隅で佇んでいたセバスチャンが淡々と答える。
全員が『で?』という顔でこちらを見ている。
俺はそっと目を逸らして、何故か床に倒れているルイーズ嬢に手を差し伸べた。
パンッと勢いよく払われた。
「は? 7時から待ってた? あそこで? ずっと?」
何がとは言わないがお詫びに進行役を買って出た俺は、今朝の出来事を面白おかしく語りながら適度に話題を振るという超絶コミュ力を発揮して、幼女達を楽しませていた。
話がシェラード家に到着したところまで進み、玄関に立っていたルイーズがいつからそこに居たのか、自然な流れで尋ねると、返ってきたのは『幼女達の中での到着予定時刻』という驚きの答え。
「ええ。当然でしょう。だってエルフと会えるんですのよ? そのためなら睡眠時間なんていくらでも削りますわ」
「じゃあパパさんのケータイ借りて連絡入れろよ! 俺か、イヨたんの保護者か、チココの保護者に!」
「万が一起きていなかったら迷惑でしょう! そのようなことをして嫌われでもしたらどうすれば良いんですの!?」
「その気持ちは、前倒しで会場準備するために叩き起こされたシェラード家の使用人全員に向けろ! 彼等の努力と犠牲を無駄にするな!」
別に彼女の苦労なんてどうでもいい。本人が望んでやっていることだ。俺が怒っているのは巻き込まれた人々のため。『金払ってんだから言うこと聞け』は、もはや同情するしかない。
無関係の第三者の言葉でも嬉しかったのか、セバスチャンとメアリーさんが『よくぞ言ってくれた』という空気を纏う。
断言するが彼女は完成を見届けてから玄関待機している。
さぞ急かされたことだろう。そりゃメアリーさんも『マジふざけんなよ』とヤンキーチックな苛立ちを放ちますわ。仕事って楽なことばっかりじゃないよね。
「「「じぃ……」」」
と、話題転換を試みても幼女達には通用しなかった。
「そんな目で見るな。俺は間違ってない。初対面の相手との食事会で3時間も前に来られて迷惑じゃないヤツなんて1%も居ないはずだ。今回たまたまそうだっただけで基本は時間厳守なんだ。破るのはもちろん早過ぎてもダメ。どこかで時間を潰すべきなんだ。
ハーフエルフ兄妹だってそう思ったからまだ来てないんだぞ。いや~あいつ等わかってるわ~。大人だわ~」
「「「じぃぃぃ~~」」」
「……ごめんなさい。来るだけ来ておくべきでした」
相手を待たせる可能性がある以上、取り合えず現地に行ってみるのは、決して悪い手ではなかった。
それをしなかった俺の怠慢と認めざるを得ない。『通話相手が忙しいパパさんしか居なかったから』などという言い訳は通用しない。
まぁ俺は何度でもこうするけどな! 何のための予定だよ! 早く行く気があったんなら「その時間に行けたら行く~」ぐらい言っておけよ!
もし例のアレがここから派生したものだとしたら、俺は最初にしたヤツを許さない。来るという前提を裏切るなどあってはならないのだ。




