千十八話 ルイーズ=シェラード
『必要なのは歓迎よりも仲良くなるための時間! 私が会いたいんだから向こうも会いたいに決まってる! だから今から行っても何の問題もない!』
そんな、恐ろしくも実に子供らしい暴論で計画を前倒ししようとする幼女達を、風呂に入れて身嗜みを整えさせたり、お泊り会の感想を聞いたり、人生の先輩として学校や社交界に関する助言をしたり、シェラード子爵家のことを知っていた人間に話を聞いたり、自分で服を着替えさせたり。
なんやかんや時間稼ぎすること2時間。
これ以上は無理だと判断して、幼女達をルナマリア特製の荷台に、俺は形だけの御者をするために前方の席に乗り込み、9時半に農場を出発した。
(お前等、わかってるな?)
そんなことを念じる必要はない。もちろん口に出す必要もない。
引手をすることは確定しているのだから、手持ちハーネスの握り具合なんて幼女達がなんやかんやしている間に確認すれば良いのに、白雪とルーシーは乗り込んだ後におこなった。
素晴らしい時間稼ぎだ。例え1分1秒でも到着を遅らせようという気概が感じられる。俺にはわかる。俺にだけわかる。
さらに素晴らしいのはそれだけはない。
では彼女達はその時間、何をしていたのか?
夜遅くまで、そして朝早くから幼女達に付き合っていた、グータラらしくない頑張りを見せた一夜の労をねぎらっていたのだ。『3人はどうだった。これからも上手くやって行けそう?』的な親子トークもふんだんに盛り込まれている。
言い訳までパーフェクト!
「へぇ、貴族街の奥の方ってこんな風になってたのか……」
帰り道が同じということでついて来た一夜のペースに合わせてノロノロ進み、買い食いをし、さり気なくヨシュアトークを挟んで幼女達の気を逸らし、別れてからも時々そんな台詞を吐いて町並みを観察。
到着していないのに予想最大時間の30分を優に超えることに成功した。
ちなみに俺の感想は本気だったりする。
学校周りやヨシュア中央部ならともかく、その片隅。東部との境目なんて普段も特別な時も訪れることはない。だからこそ何もかもが新鮮だ。
「ねー、まだ着かないのー?」
そんなことをしていると、ココが窓から首だけ出して、到着予定時刻を尋ねて来た。
「あとちょっとで着くぞ」
「それ10分前にも聞いたー」
子供と大人では時間の流れ方が違うとよく言うが、今の彼女達には10分がどの程度に感じられているのだろう。
……え? 初めて行ったラブホで彼女の風呂上りを待っている男と同じ? なるほど納得。そりゃなげぇわ。ほぼ永遠じゃん。
しかし理解したところで俺にはどうすることも出来ない。
「仕方ないだろ。混んでるんだから。文句ならこんなところに家を建てたシェラード子爵家と、この道を使ってる連中と、空いてる時間を教えてくれたのに参考にしなかった自分達に言うんだな」
「む~~っ」
と、可愛らしく不貞腐れてココは顔を引っ込めた。可愛い。大事なことなので2回言いました。
もちろんわざと。教えてもらったルートからも外れている。白雪先生の素晴らしい時間稼ぎに感謝。
「そんなことよりちゃんと町並みを見て道を覚えろよ。次からは1人で来ないといけないんだぞ。さっき通った学校への行き方も逆算出来るようになっとけ」
守るだけではなく時には攻めることも大切だ。
この時間を無駄と思われないよう、車内の3人に宿題を投げかける。日常生活の範囲だった先程までは使えない方法だ。
白雪がわかりにくい道を通っているというのもあるが、今後何度も来る可能性のある場所は全ルート覚えておいて損はないので、実際有意義な時間ではある。
「よゆーよ!」
「ふ~ん。じゃあ帰りはイヨたんに御者してもらおうかな。もちろん白雪達は指示に従うだけな」
「じ、じぶんに出来ないことを、ひひ、人にきょーよーするのはよくないのよ」
「俺はちゃ~んと道や町並みを見てたから覚えてますぅー。道案内出来ますぅー」
マップの何割を記憶していたら胸を張れって言えるのかは不明だが、1割も覚えていないイヨたんはもちろん、多少マシな程度のチココにも通用したらしく、それ以降彼女達からの質問はなくなった。
「しゅびっィ……フぁま、、、まじでぇ……?」
最初に言っておくが俺ではない。
最後の悪あがきに「あれ~? どの家だったけなぁ~?」からの表札チェックで時間を稼ぎ、約束50分前ならギリギリセーフだろうと訪れたシェラード家の玄関で待っていた、ルイーズ嬢だ。
「か、彼女どうしたんだ?」
「どうかお気になさらずに。お嬢様は昔からエルフに憧れておりまして、本人を目の前に感極まってこのような気持ちの悪い反応をしてしまっただけですので」
「キモオタここに極まれりでございますね」
デパ地下で会った執事さんと、門からここまで案内してくれたメイドさんが、歓喜の先にある感情に支配されたお嬢様を罵倒(これは罵倒だ)する。
「フヒ、わ、わだし……ファ、しゅびーず……れしゅ……」
従者にあるまじき言動だがルイーズ嬢には初めて見るエルフの方が重要らしく、感動で鼻が詰まったのか、興奮し過ぎて鼻呼吸だけでは間に合わないのか、ハフハフと口で息をしながらイヨたんに挨拶を始めた。
なんかもう色々いっぱいいっぱいだ。
「わたし、イヨ! よろしく!」
「~~~ッ!」
そんな限界オタクにも一切動揺しないイヨたんは、震えながら虚空を彷徨わせていたルイーズ嬢の手をシッカリと握り……、
「ぶるぁはッ!?」
貴族の令嬢にあるまじき声と反応を引き出して気絶させた。
数秒とは言え我慢したのは偉いと思う。鼻血を抑えるみたいだったけど……。
それはそうと……そこの幼女と竜。『別に普通だよね。獣人と接する時のルークさんも大体こんな感じだし』って目をやめろ。俺のせいで慣れてるみたいな空気出すんじゃない。
「先程は失礼しました。改めて自己紹介させていただきます。ワタクシ、シェラード子爵の長女《ルイーズ=シェラード》と申します。皆さんと同じく今年ヨシュア基礎学校に入学する6歳ですわ」
心配する必要など無かったかのように準備が整った大広間に通されて、主役その4の復活を待つこと数分。
普段の落ち着きを取り戻したルイーズ嬢が姿を現した。黒を基調としたフォーマルドレスに金髪ポニーテールが映える。
「……フヒ」
あ、ダメだ。視界の端で捉えているだけでギリギリだ。イヨたんと目を合わせたらまた限界化する。耳を見たらデュフる。接触したらまた落ちる。
なんで容姿が整ってるヤツってこうも残念なのが多いんだろうな……。
「1つ提案がある。話が進まなくなるから、イヨたんにマスクか何か被せようと思うんだが、どうだろう?」
「お断りしますわ! ……と言いたいところですが仕方がありませんわね。これは階位の足りなかったワタクシの落ち度です。
セバスチャン。彼女を例の部屋へお連れして頂戴」
「はっ」
……なんかツッコミどころ満載だったな。取り合えず執事さんの名前(?)はセバスチャン。
「ところで……貴方は? 3人とはどういったご関係かしら?」
ルイーズ嬢に限らず主役の誰を欠いても話を進行するわけにはいかないので、イヨたんが戻ってくるまで無難な自己紹介をしていると、それだけでは足りなかったらしく追加説明を求められてしまった。
「3人をめぐり合わせ、百貨店を訪れる切っ掛けを作った男だ」
「メアリー! この方に褒美を!」
「はい」
今度はメイドさんが如何にもな箱を持ってきた。
「エルフの里にも行ったことがあるぞ。キミは相当エルフが好きみたいだから今度写真を持って来てやろう」
「YESエルフNOタッチの精神を忘れたゴミめ! 今すぐこの場から立ち去りなさい!」
なるほど。彼女にとってエルフは、俺にとってのロリ獣人というわけだ。そりゃ写真なんて撮ろうもんなら許可があろうとなかろうと大激怒ですわ。
まぁ理解したところで納得はしないけどな。
「良いけど、イヨたん達も連れて帰るぞ?」
「くぅ~っ、この外道!」
そんな、絶対に人に知られたくない秘密の写真で脅されたヒロイン面されましても……でも感じちゃうビクンビクン展開にはならないよ。
さり気なく褒美没収されてるし。
「貴方。先程からココさんとチコさんのことは呼び捨てですのに、イヨさんだけ『たん』付けなのはどういうことですの?」
何を迷っているのか、中々戻って来ないイヨたんを待ちながら、幼女達のことを話していると、突然ルイーズ嬢からそんな質問を投げかけられた。
語り部はエルフの里以外はすべてココとチコだ。
里での出来事を知っているのが俺だけなので仕方がないが、ココ達の話や、イヨたんと再会してからのことも随所に俺が登場するので舌打ち連発。
その嫉妬が恋心に変わらないことを祈る。俺とイヨたん、2つの意味で。
「俺にとっては今も昔もイヨたんは幼女だからな。本人が嫌がってないし、別に良いだろ。昔はココとチコも『たん』付けで呼んでたんだけど、本人や周りが嫌がったからも呼び捨てにしてるだけで本当はそう呼びたいし。愛でるって意味で」
「たしかに彼女は思わず『たん』を付けたくなる雰囲気を持っていますわ! しかし! いつまでも子供扱いしていてはいけませんわ! あとひと月もしない内に1年生ですのよ!? 社会進出しますのよ!?」
「それはそうなんだけどさ。中々難しくね? 呼び方変えるのって。三人称もそうだし、『ぼく』を『俺』にしたり、『わたし』を『ワタクシ』にしたりも」
「ぐうの音の出ない正論で誤魔化すのはやめていただけます!? 大切なのは変えようとする意志! 努力することですわ!」
どうやらルイーズ嬢も相当苦労したようだ。もしかしたらこのお嬢様口調も含めて現在進行形で苦労しているのかもしれない。
そして言っていることは間違ってはない。
「ま、そうだな。入学してない子達よりお姉さんになるわけだしな。4月になったら呼び捨てにすることを前向きに検討するよ。もちろん本人の許可を得た上でな」
俺は若干の寂しさを覚えながら宣言した。
ちなみに、彼女達の交流は入学してからも続くことになるのだが、この1ヶ月後、何故かルイーズ嬢が詫びを入れてきた。




