千十七話 準備オッケー
次の日。というかチビッ子交流会、当日。
約束していた時刻の4時間も前に、やたらテンションの高い幼女達からの通話で叩き起こされた俺は、朝の支度を通常の3倍速で片付けて家を出た。出させられた。
朝食を用意してくれていたフィーネは流石としか言いようがない。しかもサッと食べられる上に栄養満点のサンドイッチとバナナジュース。
俺の我がままにエルを巻き込むという選択肢は無かったので、朝食づくりに取り掛かっていなかったら食パンと生野菜と水で済ませるか、道すがらに早朝からやっている屋台があることを願うか、農場まで我慢するかだったので助かった。
「ふあぁ……ねむ……。なんだよ6時って。楽しみなのはわかるけど交流会開始は昼前つってんだから向こうが来て欲しい時間は昼前なんだよ。11時なんだよ」
起きて20分の寝惚け眼をこすりながら白雪の下へ向かっている最中、約束というものの意味をわかっていない幼女達への愚痴が自然と零れる。
昼食を先方の屋敷でご馳走になることになっているのだが、どんなに遅くても農場から30分で到着出来るし、白雪達なら一桁分で行ける距離だ。
ソーマ達への説明やイヨたん達の準備でゴタつくかもしれないので、余裕を持って10時に迎えに行くと言ったのに、この有様……。
(まったく……可愛すぎるわ!)
過ぎたことをグチグチ言っていても仕方がないので、主役達の機嫌をこねないよう、ポジティブシンキングと光合成と歩きながらでも出来る柔軟運動で体を起こし、商店の2階へ。
「クルゥ……」
ソーマ家の扉の前に立った瞬間、中から「こんな時間に何の用よ……」と不機嫌な顔と声をした白雪が現れた。
寝起きで無防備な人妻という、隣人の大学生に150%オカズにされるシチュエーションだが、人化していなければどうということはない。俺のようなケモナーでなければ衣類もはだけていないこの状況で興奮することは難しいだろう。
「クルル」
(流石はクーデレマニア。ジト目なら何でも良いんですね)
「そんな褒めんなよ。惚れるじゃねぇか」
「クル。クルル」
(照れてください。そして表に出さないでください)
「おっ、ついに白雪も無反応に性的興奮を覚えるようになったのか!」
「クルル」
(なってませんし、なる予定もありません。時間の問題みたいな言い方しないでください。私の要求はそんなポジティブな気持ちではありません。不愉快だからです)
「なら覚えておけ。普段優しい人妻が冷たくしてもギャップ萌えでしかないぞ。そういうのを引き出したい勢も居るから気をつけろ」
俺? 否定はしないよ。普段から(というほど高頻度でもないが)彼女達の寝起きの姿を見てるけど、ここまで不機嫌なのは珍しいから見れて嬉しいし。
「クル……」
(どうしろと……)
「どうもしなくて良いと思うぞ。性癖に健全も不健全もないし、止めることも出来ないじゃん」
禁止したら禁止しただけ、叶わなければ叶わないだけ、欲求が強くなるのは自然の摂理だ。
隣の芝生は青く見えるように、手に入らないからこそ欲しくなり、その苦労や背徳感に燃え上がるのは仕方のないこと。
「というわけで今から騎乗プレイをしようと思います」
「クルッ!」
(言い方ッ! そして流れ!!)
「まぁこんなもんで許してやるか。神獣様の介抱のお代しては安すぎるぐらいだけど、こいつ等が食べる分を残しておかないといけないからな」
「クルル」
(私の台詞と手柄を取らないでください)
脳を起こす会話もそこそこに家に押し入ると、酔っ払い共は誰一人起きていなかったが、仕事に遅れるほどバカではないと知っているので、目覚ましだけセットしてギリギリまで寝かせてやることに。
世話代として、冷蔵庫の中身と昨日の飲み会の残りを奪……受け取った俺達は、このあと大役を担うことになる白雪に腹を満たしてもらいつつ農場へ急ぐ。
「クル?」
(大役ってなんですか?)
「あー、そう言えば白雪は居なかったな。というか誰も居なかったけど、昨日寝る前に唯一の保護者として記念すべき日を万全の状態で時間ギリギリまで楽しんでもらうためにはどうしたら良いか考えたところ、送り迎えをするべきという結論に至ったんだ」
「クルル」
(まぁ徒歩だと一張羅が汚れてしまいますからね。シチュエーション的にも私達の背中からより荷台から降りる方が大人っぽくて良いでしょうし)
さり気なく自分達の背中は汚れていないと主張する白雪さん。外気や泥はねを理由にすれば良いのに、と思ったのは内緒です。
「で、その引手を頼みたいんだけど……肝心の乗る車がありません」
「クル?」
(オルブライト家やロア商会、農場、いくらでも荷台は余ってると思いますけど……まさか全部先約が?)
「いや、たぶんどれかは空いてる。少なくともオルブライト家のは空いてた。
ただ、乗り物ってのは持ち主の看板も背負ってるから、個人として遊びに行く時には家紋やマークみたいなものは取り外して極力目立たなくするもんだけど、荷台の装飾品はどうしようもない。
そしてあの子達は貴族でも何でもない一般人だ。もし金持ちに思われても良いってんなら貸せるけど、3人は『ロア商会の○○』『オルブライト侯爵家と所縁のある○○』なんて肩書は欲しがらない。それどころか邪魔になる。なら使うのはどうなんだと思って」
父さんからの受け売りだ。昨日の晩に荷台を貸してくれるよう頼んだらそう言われた。
「クル~」
(貸出しているものであれば平気なのでは? 安いものなら地味でしょ?)
「レンタルは全員が気を遣うことになるから却下。安くて銀貨20枚とかだぞ。そんだけあれば高級ディナーを家族で食べられる。お詫びにってトリーが体を差し出して来たらどうしたら良いかわからん」
「クル……クルル、クルル?」
(あり得ないので安心してください……じゃあどうするんですか? 到着してから綺麗にします? それとも空でも飛びます?)
「いやいや、もっと簡単で確実な方法があるじゃないか。言っただろ。お前達には引き手をしてもらうって」
「ル……?」
それは一体……。
俺は首を傾げる白雪に胸を張って言った。
「荷台が無ければ作れば良いじゃない!」
俺自身、一度作ったことがあるし、作っているところは何度も見ているので、ルナマリア達に協力してもらえば1時間もあれば作れるはず。
この考えが楽観的かどうかは見てのお楽しみということで、農場に入り、既に労働を始めていた農家の人々を横目に宿舎を目指していると、
「あるぅ~。荷台あるぅ~。滅茶苦茶クオリティ高いやつあるぅ~」
そこには我が生涯最高傑作のフェアリーテイル号に若干負ける程度の、クソガキ共が『簡素だけど細部までこだわってるし、こういうのに王族が乗ってたりして……』と覗き込むほど素晴らしい外見の荷台が、静かに佇んでいた。
もちろん外見だけではない。どんなデコボコ道でも絶対荒っぽい音を立てて走ったりしないし、室内は揺れないし、強度も恐ろしいことになっている。
「こんな世界で2番目に素晴らしい荷台を作ったヤツは誰だ!?」
「アタシよ」
テンションを上げていく俺とは対照的に、ローテンションなルナマリアが現れた。全身から疲れたオーラが溢れている。
「貴様かぁ~! 一体何を思ってこんなもん用意しやがった!」
「鬱陶しいから叫ぶの止めなさい。今のアタシは不機嫌よ」
と、自己申告および死刑宣告をしたルナマリアは、そのままの調子で続ける。
「今朝……というか真夜中にイヨ達が騒ぎ出したのよ。アンタが考えてるのとほぼ同じことをね。モグラにでも聞いたんでしょうけど、そのお陰でアタシは、子供達の描いた稚拙なイラストを2時間掛けて再現する羽目になったわ」
「俺が聞いてるのはそんなことじゃない……作ってやるなんて、与えるなんて、何を考えてるんだ!? そこは一緒に作るべきだろ!?」
「そっち!?」
俺が楽しみにしていたワクワク……ゴホン! ドキドキさん計画を奪ったというのもあるが、それ以上に物作りの楽しさを教えないことに怒り心頭。
「もし楽だからって理由ならお前は教育者に向いてない。親の価値は子供のために面倒なことをどれだけ出来るかによって決まるんだぞ」
「じゃあアンタは、誘いを無視して一心不乱に構想を練る子供達からペンを奪い取って、ひたすら木の板を張り付ける地味な作業をさせるのね? 開始1分で飽きたって言う子供に、どれだけ頑張っても成功しない子供に、無理矢理続けさせるわけね?」
「スイマセンでしたぁぁーーっ!!」
出来るようになるまで根気よく教えるなんて理屈は、時間とやる気がなければ成立しない。
俺は精一杯の謝罪の気持ちを込めて土下座した。というか地面に頭を突っ込んだ。土下寝のさらに上を行く謝罪だと個人的には思っている。
「「「もぐもぐ……もぐもぐ……」」」
頭に付いた土は男の勲章。
どうもルークです。俺は今、幼女の朝食風景を眺めています。変な意味ではありません。
俺が到着したと知った3人が、スタープラチナパワーでドレスアップしようとしたのでまだ早いと止めたところ、『ならどうするんだ』という話になり、目を離すと3人の温もりが残る畳まれていない皺くちゃの布団が部屋中央に川の字で並べられているイヨルームに忍び込む、と謂れのない疑いを掛けられているので監視下に置かれるしかないのです。
俺と白雪は既に食べているので、ティーをドリンクしながらボーっと見ているしかないのです。
「その見てきたような言い方が怖いのよ。年齢的にも能力的にも冗談で済まなくなってることを自覚しなさい」
「成長すればするほど生きづらくなるなんて、嫌な世の中だな……」
「被害者ぶってんじゃないわよ。正しく使う努力をしないからでしょ。3人以外にも居るんだからそっちを見なさい。もしくは話を振りなさい」
へいへい……。
「肉体・精神・物質、すべてを把握してるルナマリアが教えても出来ないとか、お前等どんだけ不得意なんだよ」
「「ぶぅ~」」
不貞腐れたのがココとチコだけだったのを、俺は見逃さなかった。イヨたんは2人に合わせた可能性大。
「わたしはできたし、たのしかったわよ。でも1人でするよりみんなで絵をかいてた方がたのしかったから」
と思っていたら本人が肯定した。
「周りに合わせるってのは良いことではあるけど、出来るのにやらないのを見下されてると勘違いされたり、今回は合わせてくれないのかって文句言われたりすることもあるから気を付けろよ」
「ふ~ん。むのーってたいへんね」
そういうとこ~。火種担いで歩くのやめて~。導火線の先に強者ってダイナマイトも大量にあるし、自分の危険性に気付いて~。
……俺は違うよ。自覚してるし。わざとだし。トラブル解決するスキル持ってるし。




