千十四話 はじめてのともだち8
俺とユチ、ハーフエルフ兄妹《ウッド》と《ツリー》、さらにはケータイ越しにシェラード家の当主《ジェファソン》さんと愛娘の《ルイーズ》嬢を加えて食事会の計画を立てようとしたのだが……。
「「「あした!」」」
幼女カルテットが声を揃えて言ったことで、話し合いは1分と経たず終了した。
俺・ウッド・ツリー以外は都合が悪かったが、主役はあくまでもエルフ(もちろんハーフエルフも)と新入生4人であり、個人的に最優先の4人が1日でも早く会いたいと望むのであれば拒否することは出来ない。
それは他の皆も同じ気持ちだった。
まずユチ。
「任せたニャ」
「おう……って何を? 子供達が勝手に楽しむだけじゃね? そして子供って危ないことしてナンボじゃね?」
本人の自主性を尊重するタイプの彼女は、一切悩むことなく保護者交代宣言。
何を任されたのかは不明だ。盛り上げ役か? それとも悪い遊びを教える役か? どっちもウェルカムだし、もしシェラード家が禁止するようなら徹底抗戦してやる。
と、当たり前のように保護者面しているが、本当の保護者はサイ達との飲み会が相当盛り上がっているのか連絡しても出なかったが、おそらく不参加だろう。
チラシが入る土曜日は販売店が最も忙しくなる日だ。もし無理やり休暇を取ったとしても、子供達の邪魔をするわけにはいかないし、相手の親御さんも居ないのですることがない。娘達が選んだ友達を自分のものさしで測るつもりがないのなら不参加安定だ。
「貴重なエルフとの交流会に参加出来ないのは痛いが……仕方あるまい。これも娘のためだ。明日は自由にウチを使うと良い」
ジェファソン氏は最後まで悲しんでいたが涙を呑んで了承した。ケータイ越しにも人の良さが伝わって来た。俺の内申点は爆上げだ。
「さてさて、イヨたんに似合う服はどこかな~」
十数時間後の再会を約束して別れ、やって来たのは2階、衣料品売り場。
店内を駆け回って子供服エリアを探す3人とは違い、俺とユチは店員に尋ねて最短ルートをのんびり移動中である。
いくらかしこまった場ではないと言っても、初対面の同級生の家での食事会というのは子供にとって誕生日パーティのようなもの。
おめかししたくなるのは当然のことだし、貴族の長女であるルイーズはもちろんココもチコも一張羅を持っているらしく、イヨたんに合わせて私服というのは誰も得しないのでプレゼントしてやることに。
入学祝は別で用意したいし、恩も着せたくないので、エルフの里で世話になったお礼ということにして(世話したのはこっちなので不本意だが)、好きな服を選べと言った途端、イヨたんは……いやイヨたん達は1階化粧品売り場には目もくれず大喜びで2階への階段を駆け上がった。
「こういう時に躊躇なく財布になれる男はモテるニャ」
「ま、自腹じゃないけどな」
財布に入れた覚えのない大金が入っていたのだ。
出処は不明だが使っても問題ない金に違いない。むしろ使わなかったら怒られる。しかも知り合い全員に怒られるから金の出処もわからず損しかしない。
「いやいや、ルークさんはもしそのお金が入ってなかったとしても払うつもりだったニャ。リボ払いしてたニャ。ギルドにダッシュして貯金下ろしてたニャ」
「それを言ったらユチだって許可してくれたじゃないか。よくわからない食品の時はダメだったのにさ」
「籠められてる想いが違うからニャ」
ごもっとも。
「ところでこの褒め合戦はいつまで続けるんでしょう? そろそろ惚れるけど良いかな? 全財産使って家と結婚指輪とプレゼント用意するけど良いかな?」
「私は貢物NGな女だニャ。欲しいものは自分の手で奪い取るニャ」
そこに痺れる憧れるぅ~!
「し、知ってるか? 1階に化粧品売り場がある理由って臭いを外に逃がすためなんだぞ。他にも消耗品だから定期的に来店してもらえるし、坪単価……あ~売り場の面積は小さくても高価な品を買ってもらえるからな。集客効果も高いし。要するに1階は売上に期待されてる部門ってわけだ。
特に柱周りなんて『一本金貨1000枚』なんて言われるほど凄いだぞ。目印になるし、広告とかデカデカ貼れるし、ここをどれだけ抑えられるかがブランド力の証明でもあるんだ」
紳士服売り場を抜けた先には男子の天国にして地獄の女性下着売り場が。
それ等を広めた張本人なのだが、遠い昔の話で色々進化しているし、使用者が居るというプレッシャーは凄まじく、前世の記憶も相まってこのピンク色の空間はソワソワしてしまう。
堪らず、店内見学で止まっていた会話を再開させる。
「ふんふん。流石ルークさん。私の知らないこと沢山知ってるニャ。凄いニャ。他には他には?」
今だけは女子の『さしすせそ』を許そう。
だから聞き手でいてください! ここを抜けるまでは俺のターンだ!
「ターゲットの年齢層としては、買い回りしやすい低層は中高年層だな。化粧品や服飾品みたいに財布を握っている主婦向きの商品を配置してるんだ」
「え? でも……」
「ああ。ここは違う。本当なら婦人服と紳士・子供服も分けるつもりだったんだけど、まだそこまで品数無いからこんな感じの売り場になったんだ。
んで中層には今言った紳士服・子供服。これは取り合えず置いておこうって感じだな。ガチの人はオーダー可能な店に頼むし、安くて良いって人は商店街に行くから、俺達みたいに今すぐそれなりの服が欲しいって連中しか使わない。ぶっちゃけ死筋。
高層は家具だ。こういうところで取り扱ってる家具のほとんどは展示だから持ち帰ることは出来ないし、あったとしても専用エレベーターがあるから積み下ろしは簡単。入荷した商品の搬送も同じ。
最上階はレストラン街。地下の食品売り場とは逆に、ここで飲食した人達がついでだからって階下の売り場に足を運ぶ『シャワー効果』が期待出来るな。家具売り場を挟んでる理由は衣類だと煙やニオイが移るから。あと食事っていう家の中で日常的にしてる行為の後だとイメージしやすいってのもある。今の気持ちで座りたい椅子とか使いたいカラーリングとか」
「にゃ~るほどね~」
と、頭のメモ帳に書き込んでいくユチ。
一介のウェイトレスでしかない彼女の人生にどう役立つのかはわからないが、知識を蓄えるのは良いことだし、下手なことされてターンを終わらされても困るので、このまま続けよう。
「順調に知り合い増やせてるニャ~」
そんな時間をどのくらい過ごしただろう。
百貨店ネタが尽き、誰にどんな服が似合うか、下着売り場でするには危なすぎるもしもトークを始めようとしていると、ユチが話を振って来た。
しかも内容も触れざるを得ないもの。
それはそうとこの下着売り場長くね? 結構歩いたよ? もしかしてオタロード的な感じ? 1本向こうに行けば普通の婦人服売り場だったりする? 最短ルートで行こうとしたのが間違いだった?
閑話休題――。
「なんだ、気付いてたのか」
「まぁこっちはこっちで同じこと考えてたからニャ。エルフという存在を受け入れてもらえて安堵してるとこも見てたし、接客もギャンブルも人を見る仕事だからこのぐらいはお手の物だニャ」
と、カンニング行為をおこなったことを自白して苦笑するユチ。
新生活をスタートさせる幼女……いや、少女達のことを心配していたのは俺だけではなかったということだ。
ま、生まれた時から住んでいて知り合いも大勢居て常識を知っていてありふれた種族の子と、そうでない子の差はあるだろうけどな。
でも些細な差だ。
「ではでは、知り合いを親友にするための服を選ぶとしましょうか!」
「おおー!」
子供服売り場に到着だ。
「私これ」
「わたしはこれよ!」
「あっ、ちょ、ちょっと待って! わたしまだ決まってない!」
一足早く到着していた子供組は、本来の目的を忘れて自分の服を選んでおり、当たり前のように俺に差し出して来た。ココは差し出す予定だ。
「イヨたんにはエルフの里で世話になったって理由があるけど、キミ達はどんな理由で買ってもらおうとしてるのか、お兄さんに教えてくれないかな?」
ココとチコはやっていることも可愛いし服も似合っていると思うので買ってやりたいのは山々だが、そこそこ値の張るものを理由もなく買い与えるのは教育によろしくない。デザートとは訳が違うのだ。
しかも買ったらおしまい。ご褒美と違って原動力になるわけでもない。
「「おにぃ(兄ちゃん)のお世話してる」」
「ならオッケー!」
今年一番良い笑顔でサムズアップ出来たと思う。
「良いんだ!?」
すかさずユチが叫ぶ。
「当たり前だろ。俺を誰だと思ってやがる。泣く子も黙る精霊術師様よ。2人の言葉に嘘がないんだから許可するしかないじゃないか。自分の主観で頑張りを認めないのは愚かなことだぞ。彼女達が世話してるって言うならそうなんだよ」
「それはそうだけど……この値段のものは流石にニャァ……」
「ソーマ達には上手いこと言っておいてくれ。俺は買う。そしてこれからも世話してもらう。奉仕と金。WIN-WINの関係であり続ける」
「知り合いじゃなかったら通報してたニャ」
ただの事実なのな……。
「たぶんイヨたんの服が決まってから別れたわけじゃないんだろうけど、結果的に1人で選べてるからそれは良いんだが……なんだ、その服は? 一番高い服を探すゲームでもしてたのか?」
イヨたんが手にしていたのは、デザイン性や機能性を無視した宝石塗れの服。防刃性は高そうだ。
「子供はえんりょーなんてしないものよ」
間違ってはいないが自分で言うことではない。
そして、こんな防弾ガラスケースにでも入れておくべき品が、本当に彼女の好みと言うのだろうか? というかこんなものを子供の手の届くところに置いておくんじゃない。どうなってるんだ、この百貨店は。
「本当にそれ欲しいのか?」
「え? いらないけど?」
「じゃあ何故選んだ!?」
「ていいんがオススメだって」
彼女が騙されやす過ぎることより、こんな品が売っていることより、誰もツッコまなかったことより、店員の説教をしよう。




