千十二話 はじめてのともだち6
デパ地下でエルフの好物(?)を発見した直後、俺達の前に現れたエルフの兄妹が、それを宣伝し始めた。
「ああっ……なんと甘美な香り……」
女は憧れのアイドルを目の前にしたかのように頬を紅潮させる。もし子供だったら我慢出来ずに手を出している。そんな雰囲気だ。
「まったくだ。しかし俺達は指をくわえて見ていることしか出来ない」
「まあ! 何故ですか!?」
男は申し訳なさそうに、そして自分も受け入れがたい様子で肩を落としながら言うと、女はただでさえ大きな目をカッと開いてさらに大きくし、騒ぎを聞きつけて集まってきた人々に届く声で悲鳴を上げた。
「わかっているだろう。これほどの品だ……金を用意する前に誰かが買うに決まっているじゃないか! そして歓喜するエルフと親睦を深め、友となり、一族の繁栄を約束されるんだ!」
「な、なんですって!? たった金貨1枚でそんなことが可能なのですか!?」
「もちろんさ! エルフと仲良くなれるんだよ!」
2人は示し合わせたようなタイミングで一呼吸置き、
「「このンボンゴさえあればっ!!」」
集まってきた人々に商品を突きつけた。
「「「…………」」」
客達は困惑する。
興味はあるようだがそれだけの大金をポンと出せる者はおらず、前向きなアクションと言えば、貴族の使用人らしき者達が主or執事長への通話を開始したのみ。
しかし誰かは買うだろう。
偽物であれ本物であれ取り合えず手に入れる。騙されたのは自分ではないし、この程度のはした金を失ったところで痛くもかゆくもないし、話のタネに出来るならむしろプラス。
それが金持ちという生き物だ。
「じゃあ何してるの?」
「それとなんでエルフがあんなことしてるのかも!」
「ンボンゴの効果も知りたい」
別に俺は、通話相手でも、店の関係者でも、エルフでもないのだが、頼られて悪い気はしないし、少しでも彼女達の期待に応える努力はしよう。
まずはイヨたんから。
「たぶん彼等が話してるのはその後の対応だな。いくらエルフを誘惑出来るアイテムがあっても身近に居なきゃ何の意味もないから、この兄妹をどうやって誘うか、あるいはンボンゴをどうやって調理するか、入念な打ち合わせがおこなわれてるんだ」
「なるほどねぇ~」
イヨたんの場合、この憶測を正解と思っていそうだが、おそらく合っているし、間違っていたとしても誰が困るわけでもないので別に構わないだろう。
次。ココ。
「彼等がやることに意味があるからな。断言は出来ないけど店側から頼まれてサクラ……というか実演販売やってんだろ」
ただの好意や、個人的な感想を言っているだけの可能性もあるが、流石にこれはそう思って良いと思う。
まぁだからなんだって話だ。
証拠がないから確実なことは言えないし、あったとしても第三者が口出しするようなことではない。詐欺は見過ごせないが、経営努力は認めなければならない。
ロア商会だってフィーネの存在で大きくなったようなものだ。
「それとハーフエルフだからってのもあるだろうな」
「「ハーフエルフ?」」
「なんだ知らないのか? 他種族とエルフの間に生まれた子のことだよ。ほら、あの2人、イヨたんより耳が少し短いだろ? あれがその特徴だ」
「エルフ族の中にはごく稀に外界で暮らす者がいます。彼等は二度と里に戻らないことを条件に同族以外との間に子を成し、生まれた子は必ずエルフの血を濃く継いでハーフエルフとなります。
そしてハーフエルフには、成人した際と出産した際の二度、里へ帰るか否か決める機会が与えられます。里を出ることを望む親がいるように、里で生きることを望む子がいるからです」
「お、おお……どうしたんだイヨたん。突然語り部になったりして」
いつになく饒舌かつ国語力の強い幼女に戸惑う。俺なんかより全然詳しい。
「ふふーん! 自分の種族のことぐらい知ってて当然じゃない!」
耳の痛い言葉だ。
「なら自慢げに言うな」
と、オチをつけたところで説明再開。
「ま、そういうわけで、人間界で生きることを選んだんだ彼等は、ああして普通に仕事してるってわけ。エルフほどじゃないけどそれなりに珍しいみたいだぞ」
普通は生まれ持った戦闘力を活かして冒険者や護衛になるものだが……まぁ人の仕事をとやかくは言うまい。
「んじゃあ最後チコの質問だが……エルフ博士。頼む」
「……え?」
「『え?』じゃねーよ。ンボンゴの真贋鑑定と効果の説明をどうぞ。本当にエルフを魅了するほどの品なのか? 価格にあったものなのか? 食べ方や品質の見分け方も教えてくれよ」
「ウ、ウチの里にはなかったしなぁ……」
頭を掻きながら目を逸らすイヨたん。
他の里のことも知らないのに、よく自分の種族に詳しいとか言えたな。最新情報とまではいかなくても種族共通の好物ぐらい覚えとけよ。
日本人にとっての醤油と味噌みたいなもんだろ。
「買ってみたら? 食べたことないから知らないだけで、口に入れさえすればエルフの血が判別してくれるんじゃない? あそこまで種族に効くって言ってんだし」
「あっ、それいいわね!」
ココからの助け舟に躊躇なく乗るイヨたん。
2人共それなりに興味もあるのだろう。
「残念ながらそれは無理だ。俺のことを何でも買ってくれる金持ちと言ってくれるのは嬉しいけど、財布の中に常に月給を忍ばせている勇者じゃない」
「う、嬉しいんだ……」
あれ? なんで引くの? 理由はなんであれ好きな子から頼られるのって嬉しくない? この人ならやってくれるって信頼感の表れでしょ?
「一応電子マネーのリボ払いを使えば購入は可能だけど……」
「コーネルほどじゃないけど金利は嫌いニャ。無駄に払ってる感がハンパないニャ。一括で買えないなら我慢するべきニャ」
「そう言うと思ったよ」
ユチに目を向けると、それが何を意味するのか知っている少女は、この提案を却下。
流石はお金大好き少女。通帳残高が増えることに喜びを感じるのであれば、当然減ることに悲しみを覚えるし、契約とは言え勝手に減ることは苦痛に違いない。
そのぐらい(と言ったら金持ちの嫌味っぽいが)驕っても良いのだが、俺もユチと同じ考えだし、幼女達の金銭感覚を麻痺させるのは本意ではないので、やめておくとしよう。
ココはともかくイヨたんとチコは金貨1枚を大したことないと思ってそうだ。
……旅? そんなもん現地調達に決まってんだろ。金なんて銅貨1枚使ってねぇよ。再会した時に飲んでたジュースだって俺が買い方を教えたんだぞ。
「「「???」」」
「ま、つまり購入は不可ってこと」
クレジットカードの詳しい説明もしない。難しいことを覚えるのは基礎(現金の使い方)を覚えた後で良い。
「おにぃの精霊術で何とか出来ないの?」
「エルフだしなぁ……」
種族や年の差で実力が劣っている俺達では、彼等を探ることはもちろん、バレずに成分分析をすることも不可能だ。というか分析出来てもわからん。比較対象知らんし。
試してないけどたぶんそう。
せめてイヨたんがあと5年人生経験を積んでいたら、例え彼等が何百歳であろうと炎とマグマ……もとい種族値で圧倒出来ていたのに……。
エルフの純血種とハーフでは生まれつき2倍の差があるらしく、成長速度や精霊の好かれ具合も加味したら、それはもう凄い差になるんだとか。
あ、ちなみに、ハーフエルフと人間の差はそれ以上だからな。
俺が戦闘に特化していないということもあるが、普段なら『やる? やっちゃう?』と好戦的な精霊が1人や2人居るのに、今は全員が『あ~、あれは無理っスわ』と協力放棄して遊び始めちゃってるほどだ。
内容は敗北者ごっこ。
俺の記憶読み取って遊ぶな。
「ならフィーネちゃんやユキちゃん!」
「呼びかけに応じてくれない。自分達で何とかしろってことなんだろうな。八方塞がりな感じが凄いけど」
「勝負するなら任せるニャ。すべての逃げ道を塞いで、こっちが有利な勝負に乗らせて、百貨店を巻き込んだ大イベントにしてンボンゴ代を稼ぐニャ」
絶対に貴方には頼みません。
「じゃあイヨちゃんで威嚇!」
それは……ありですね。




