閑話 王都強襲1
王都にあるセイルーン高校へ転校して早3か月。
レオは充実した毎日を過ごしていた。
ここは学生寮の1人部屋。高校に通うほとんどが貴族なので学生寮も自ずと豪華になり、1人部屋としては大きすぎる部屋だった。
「う・・・・朝か」
レオはいつも6時に起きる。
朝の支度や軽い運動などをして、通学前に脳と体を活性化させるのが日課だ。
「おはようございます~」
「うわっ!?」
しかし今朝は部屋にレオ1人では無かった。
「元気ですか~? ユキちゃんですよ~」
「お、おはようユキ。朝からどうしたの?」
何故か早朝からユキがベッドの上でレオの顔面を覗き込んでいたのだ。
ユキの突然な転移には慣れたものだが、流石に寝起きドッキリには驚いたらしい。
「今日は高校見学に来ました~」
そして朝から気が重くなるレオだった。
ユキが言うには、息子の通うセイルーン高校がどのような場所で、どういう高校生活を送っているのか調査するようにアラン達から頼まれたらしい。
「あ、これ手紙です~。オルブライト家公認なので高校も断らないと思いますよ~」
しっかりとオルブライト子爵の印鑑が押された正式な手紙だった。
これがあれば保護者として校内見学が可能になる。遠方出身の生徒もいるので、わざわざやって来た親族なら自由に授業参観をすることが出来る高校なのだ。
「つまり今日はずっと僕と一緒に行動するってこと?」
「もちろん迷惑は掛けませんよ~」
自信満々に答えるユキだが、レオの表情は優れないままだ。
(もうすでに迷惑だなんて言えない・・・・)
とは言え、見られても特に困ることはないので同行を許すことにしたレオ。
この選択が彼の人生を大きく左右するとも知らずに・・・・・・。
「あまり時間がないからランニングしながら話そうか」
レオは学生寮から近くの神殿まで3キロほどの道のりを毎朝走っている。
走り始めると、ユキが何かに気付き話しかけてきた。
「お~、縮地を覚えてきてますね~。まだまだ魔力のコントロールが甘いですけど、頑張ってるじゃないですか~」
「魔術を鍛えようとしてたら出来るようになってたんだよ。前に教えてもらった魔力の圧縮の応用だよね」
高速移動の基本は、以前ユキが教えた『腕押し相撲』と『魔術の圧縮』の応用であり、レオは独自の練習方法で身に付けていた。
そして指導したユキは、生徒の成長を喜んだ。
「フフフ~。私の素晴らしい教育のお陰ですね~。
私、なんでルークさんからの評価は低いんでしょうね~? 不思議です~」
実はルークからの扱いに不満があると言うユキ。
(好奇心旺盛なところを治せば、たぶんフィーネと並ぶぐらい高評価なんだろうけどな~。まぁこれがユキらしさだよね)
知らぬは本人のみである。
ランニングしている間、絶え間なくユキが話しかけていたが、たまには騒がしいのも良いか、と近況報告をしたレオ。
ランニング終わりに行水で汗を流して朝食へと向かう。
学生寮には風呂が完備されているが、朝から風呂に入る人は少ないし、ユキは息も切らしていないので部屋でリバーシをしていた。
なのでまだ誰もユキの存在を知らない。
「さていよいよ朝食を食べる。つまり、学生寮の人達と会うことになる」
「どうしたんですか~? はは~ん、さては好きな女の子が居るから緊張してるんですね~。伊達に長生きしてないですからね、私にはお見通しですよ~」
(この笑顔・・・・殴っていいかな)
レオは満面の笑みで見当違いな想像をしているユキの対処に困っている。
「はぁ・・・・もういいから。騒がないでよ」
しかし何を言っても無駄だと気付いたレオは目立たないように言い、2人は朝食を食べるために食堂に入っていった。
「「「レオが女を連れてるっ!」」」
「「「レオ様っ! 誰ですかその女性は!?」」」
食堂に居たほぼ全員が2パターンのどちらかの反応をした。
「初めまして~。メイド兼お友達のユキです~」
一気に騒がしくなった食堂で、全く動じることなく普段通りの挨拶をするユキ。そして寮生たちに視線で説明を求められるレオ。
「実家から様子を見るように言われて来たんだよ。今日一日は校内も一緒に過ごすからよろしくね」
「レオさん人気者ですね~。メモメモ・・・・っと」
ユキが何やら手帳に書き始めた。おそらくアランへの報告記録なのだろう。
レオの想像以上に大人しいユキだったが、ユキにばかり気を取られて寮生たちの反応までは予想していなかったようだ。
「あの、ご実家でのレオ様はどのような子供だったのでしょう?」
「レオ様の好きな食べ物や魔道具を教えてください!」
「ふむ、レオはご両親から大切にされているんだね」
「ウチのメイドとは比べ物にならないんだけど・・・・交換しない?」
次から次へと話しかけられ戸惑うしかないレオ。
貴族とは言え、基本的にはまだまだ子供なので、珍しいもの、家族や知人の話しなどには我先にと食いついていく。
「食事をしながら情報交換しましょうか~。私は、そうですね~。レオさんが妹さんに泣かされたエピソードなんかを「うあぁぁぁーーーっ!!!」・・・・ダメですか~?」
レオの黒歴史と引き換えに、ユキは高校生活の情報を仕入れていった。
「うぅ~・・・・ひどい目にあった・・・・小さい頃の自分を知っている相手がこれほど恐ろしい存在だとは」
幼少時代からメイドをしているフィーネなら、やろうと思えばもっと恐ろしいエピソードを語れるだろう。レオは一生頭が上がらない存在が居ることを思い知った。
落ち込んでいるレオに構う事なく、学校へと興味を移すユキ。
「いよいよ高校ですね~。私、初めて入ります~。高等学校、どのぐらい高等なんでしょうか~?」
「いや、ユキが思ってるより普通だから。ユキの知識の方が上だから」
ユキの頭の中では、どれほど豪勢な学び舎が想像されているのか想像もできないレオだった。
王都セイルーン高校の学生数は500人ほどで、5学年に分かれているので1学年あたり約100人。
国内では最大級の規模を誇り、最新鋭の魔道具や情報を取り揃えている王族も通う高校である。
そんな高校に意気揚々と入っていくユキは、事務室と職員室で見学許可を受け取り、レオの授業する教室へと向かう。
授業は選択式で各々が教室を移動して1時間の授業を受ける方式だ。
「最初は魔道具の授業だよ」
ここでは魔道具の作り方、直し方、原理や最新の技術などを学ぶ。
男性教師が生徒たちの前で複数の魔道具を取り出し、構造や魔法陣について説明を始めた。
「これはかの有名な魔術師が考え出した冷却魔石と言うモノで・・・・」
「これってルークさんが失敗作だって言ってた魔道具ですよね~? こっちは余計な魔法陣が多いですね~。最新って未完成ってだけじゃないですか~?」
初っ端から出鼻を挫かれた教師は、的確な指摘をしてきたユキを睨みつけつつ授業を続ける。
「そんなことはありません! これは特許を取った国に認められた魔道具で・・・・」
「え~。だってこっちの魔法陣と、これが干渉して魔術を乱してますよ~。消耗も激しいです~」
「ユ、ユキ! すいません、授業を続けてください!」
魔道具の授業では正論を言って教師の威厳をボロボロにした。
たしかにユキからすれば魔道具は伝説級の品々と比べてしまうので、幼稚なオモチャにしか見えなかったのだろう。
そう考えたレオは気にすることなく、次の授業へと向かった。
「次は魔獣学だよ。魔獣の生態や最近の被害報告から対策を学ぶんだ」
これは明らかにレオの選択ミスである。
当然トラブルは起こった。
「さて、まず最近分かった海に生息している魔獣についてだが・・・・」
「え~? 浅瀬はフィッシュ系よりシャーク系の方が勢力大きいですよ~。
それになんですか~? 最大6m? ホエール系は大型なら体長10mは超えますよ~。お笑いです~」
海の探索で様々な体験をしているユキの前では釈迦に説法だった。もちろん教師の知識を全ての面で上回り、反論にも答え続け、生徒の前で号泣させた。
「つ、次は食糧学。いろんな料理を作ったり、食べられる魔獣を研究するんだ」
元料理人として数々の貴族の舌を満足させてきた通称『マダム』が教壇に立つ。
「皆様、ご機嫌いかがかしら。本日はこのビッグベアの肉を料理しますわよ。この肉の特徴は・・・・」
(さすがに料理なら大丈夫なはずだ。数々の料理人がおいしい料理を研究してるんんだし、これなら!)
前回の反省を活かし、ユキが詳しくないジャンルで勝負に出たレオ。
「え~」
(ダメか!?)
解説までは良かった。しかしいざ料理段階になるとユキが疑問を投げかけたのだ。レオの表情は見るまでも無い。
「なんで包丁で捌く時に残ってる魔力を取り除かないんですか~? それにビッグベアの肉なら繊維に逆らって切らないと食感が悪くなりますよ~。下味は焼く時につけないと意味ないです~」
実際にユキの作った料理と味を比べて自らの未熟さを痛感し、そして崩れ落ちる。
料理人として、主婦として、何より教師としてマダムのプライドは粉々になった。
「昼食後は戦闘訓練なんだけど・・・・見るの?」
勉学ですらこの有様なのだ、ユキの得意分野である魔術・体術・戦闘技術では一体どうなることか・・・・。
もはやレオに出来ることなどありはしない。
「もちろんですよ~。むしろここからが本番じゃないですか~」
(だよね~。たぶんアリシアから要チェックするように言われてるんだろうな~。セイルーン高校での戦闘の授業内容を教えろって)
レオの受難はまだまだ終わらない。