千九話 はじめてのともだち3
「えっ!? 2人共あののーじょーよく行くの!? わたしそこに住んでるのよ!」
精霊とは、真偽や善悪を判断する絶対的存在であり、彼等が見える者の心は清く正しい。
「うらやましい……ルナさんの髪を食べ放題なんて……」
「カ、カミ……? カミってこのかみ?」
「あ、チコのこれはおにぃのケモノスキーと同じだから気にしないで。
でもそっかー。農場に住んでるのかー。これからは一緒に遊べるねっ。ちょっと遠いけど休みの日以外にも遊びに行くから! もちろん来てくれても良いし!」
獣人は、他種族より直感が優れており、私意は混じるが精霊術師の読心術に近い力を持っている。
「一緒のクラスになれるといいねっ」
「なれるに決まってるじゃない! だから今言っておくわ! よろしく!」
「今は食べるに値しないか弱いつぼみだけど、5年後にはルナさんやフィーネさんにも負けない力を身に付けて、私の舌と心を満足させてくれると信じてる。その時こう言うの。『彼女は私が育てた』『私が一番最初に目をつけた』『彼女の髪にむしゃぶりつきたかったら私に許可を取れ』と。
イヨの成長を誰よりも間近で見守るのは私。これからも末永いお付き合いをよろしくお願いします」
「よ、よろしく……」
そして子供は素直だ。
どれだけイイ子だろうと、どれだけ周りから頼まれようと、自分に合わないと思ったら仲良くならない。なれない。面倒臭さが態度に出る。
友人・学校・遊び場といった共通のものから、生まれ育った環境・能力・常識といった個々のものまで、一晩では到底語り尽くせないほどの話題があろうと、興味のない相手であれば苦痛でしかない。
しかしどうだ。
イヨたんもココもチコも、俺達が何も言わずとも仲良くなってるじゃないか。心と体の相性がバッチリだったじゃないか。
「卑猥だにゃ」
戯れる幼女達を微笑ましく眺めていると、発言と顔、どちらかはわからないがトリーから謂れのない批難が飛んできた。
俺はすぐさま反論する。
「事実だろ。初対面で上辺だけの付き合いにならないのがどれほど難しいかことか、トリーだってわかってるだろ。しかもこいつ等は万能仲介役である『遊び』を使っていない。対話オンリーだ。これはもう相性としか言いようないって」
精霊術が使えるからわかるなどとマウントを取るまでもなく、3人の心に嘘偽りがないことは、この場に居る全員がわかっているはずだ。
「最初からそれだけで良いにゃ。なんで『心と体』なんて必要のないワードを付け足したんだにゃ。説明不足もダメだけど過多も同じくらいダメにゃ」
「曲解するんじゃない。俺はそんなこと1ミリも意図してない。今トリーの言ったことは説明する側にも責任があるけど、受け取った側にも責任があることだぞ」
「「「ダウト」」」
トリー、ソーマ、ユチ、ココ、チコ、イヨたん、白雪。
要するに全員から声を揃えて嘘つき呼ばわりされてしまった。
有名なトランプゲームなので、エルフや魔獣が掛け声を知っていても不思議はないが……問題はその理由。
「おい、トリー。何をもって俺の発言を嘘とした? 事と次第によっては容赦せんぞ。人妻だろうが関係ない。『わ、私には愛する夫が……でも感じちゃう。びくんびくん』って言うまで耳と尻尾を触り続けてやる。慎重に発言するんだな」
「獣人を騙せると思うにゃ」
トリーの言葉に娘3人が頷く。
「おい、イヨたん。何をもって俺の発言を嘘とした? 事と次第によっちゃ容赦しないぞ。幼女だろうが関係ない。『な、なに、この感覚……こんなの初めて。びくんびくん』ってなるまで全身くすぐってやる。慎重に発言するんだな」
「分が悪くなったらアッサリ引き下がる。典型的な雑魚ムーブだニャ。数分前に自分がした発言もブーメランにしかなってなくて恥ずかしいニャ」
視界の端で猫娘が何か言っているが無視無視。
「人間ごときがエルフをだませるわけないでしょ」
イヨたんの言葉に白雪が頷く。
「おい、ソーマ。何をもって俺の発言を嘘とした?」
「僕だけ雑だね……まぁ気持ちはわからなくはないけど……」
「ならイチイチ口に出すんじゃねぇ。男を責めたってなんも楽しくないんだよ。ぶっちゃけ聞くのも億劫だ。良いからさっさと答えろ。俺の気が変わらん内にな」
無視された腹いせか、妹達、ひいてはイヨたんを囲ってこの後の予定を話し合い始めたユチに、8割方気持ちを持っていかれ……あ、今、9割になった。もう無理。
「何年の付き合いだと思ってるんだよ。この後『じゃあお前等の心と体の相性がどんなもんか思い知らせてやるよ! 凄かったら謝れよ!』と挑発して、町に繰り出すところまで予想出来てるよ」
別に知ってもらわなくても良いけど、と消極的な姿勢を示しながらもキッチリ説明するソーマ。なんだかんだ彼も構ってちゃんである。
そして明かされた理由は納得せざるを得ないもの。
というかネタバレやめて。自然な形でイベント起こそうとしてるのバラさないで。俺のためって名目で断れなくして楽しんでもらう計画が台無しじゃないか。
「クル……」
(別にバレてませんよ……)
あ、たしかに。ソーマは俺が言おうとしてたことを先に言っただけだわ。良かった良かった。
何はともあれ、Let's エンジョイ!
「こんな時間に外に行くの初めて! 楽しみだね~!」
楽しい腹ごなしを終えた俺達は、予定通りソーマとトリーを家に残し、駐車場で待っていたルーシー達に乗り込み、夜の町へと繰り出した。
「ん~……やっと楽になった~っ! なんで出したらダメなのかしらね、この耳」
自慢のエルフ耳を出したイヨたんは、白雪の上でグンと伸びをする。
差別や好奇心の怖さを理解しないまま大人達の言いつけを守っていたらしい。春から学校に通うのだし仲間や友達がいれば大丈夫だろうと進言したら、躊躇うどころか喜ばれてしまった。
一応、白雪達にも変な輩が居たら容赦なく殲滅しろと言ってあるが、おそらくそうなる前にフィーネがコロッとする。俺も容赦するつもりはない。
それはそうと、幼女達の就寝時間は22時とのことなので、タイムリミットは約90分。
計画的に動くのはもちろんのこと、道中のトークも重要となるので、テンションMAXの幼女達の邪魔をしないように話を振る方法を考えていると、
「ルークさん、久しぶり」
保護者になったからには相手にしないわけにもいかなかったのか、それともイヨたんと親睦を深めることを優先していただけなのか、ココがようやくまともに喋ってくれた。
だが、いただけない。
「そんな礼儀正しいココたんはココたんじゃない! 昔みたいに『お兄ちゃん』『お兄ちゃま』『お兄様』『おにいたま』『兄上様』『にいさま』『アニキ』『兄くん』『兄君さま』『兄や』って呼べ!!」
「長いよ……そんな風に呼んだことないし」
「それはココたんが覚えてる範囲だろ! 実は幼い頃に色んな呼ばせ方をさせていたのだよ。ソーマとトリーからメッチャ怒られたけど……」
「何してるニャ……」
本人達やイヨたんの反応もさることながら、ユチの反応が酷かった。まるで性的虐待でもしたかのようなドン引きがそこにはあった。
「何も知らないのを良いことにニーナやイブちゃんに同じことする男が居たら?」
「ぶん殴って、両手両足縛った状態で沼に沈める」
…………。
「おにぃ呼びを止めたらソーマを沈める」
「今日もカッコいいね、おにぃ!」
ふふっ、勘の良いニャンコは好きですよ。『ルークさん』ってのもからかっただけだろうし。
「それにしてもよくこの移動方法にしたニャ。ルークさんのことだから『デュフフ……お、俺の前が空いてるよ……』とか言ってココとチコ、どっちかに相乗りを強要すると思ったんだけどニャ」
竜3匹に対して俺達は5人。イヨたんと一夜の組み合わせはあり得ないし、俺とユチも幅の関係で無理なので、選択肢はおのずと限られてくる。
そして、導き出した結論は、白雪&イヨたん&チコ、ルーシー&ココ、一夜、俺とユチが歩きいうもの。
仕方ないじゃないか。一夜が誰かを乗せるぐらいなら帰るって言うんだから。それもこれも労働しなくても一緒に居るだけで仲良くなれると理解したせいだ。「嫌なら別に良いよ」と言ったココとチコは悪くない。
「言っても良かったけど、こいつ等、冗談で受け取ってくれそうにないからな」
「間違いないニャ」
でもギリギリを責めないと落とせないことも理解しているので、私はやめませんよ。今じゃないってだけ。
「ここって都会よね」
尋ねたわけでもないのにイヨたんが突然そんなことを言い出した。辺りをキョロキョロしていたので当然とも言える。
「あの里と比べたら全部そうだろ。道路は未舗装。家具は木材。食べ物はその日採れた山菜と果実と動物肉。10歩歩いたら木にぶつかる。1000年前からほとんど変わらない生活じゃないか」
「ほめたのになんで怒るのよ……」
「褒めた? 違うだろ。イヨたんの本心は『自分達の方が優れてる』だ。楽しさが飽和してて本当の楽しさを忘れてる。便利が溢れてて苦労の先にある喜びを忘れてる。お前等の心は荒んでるって見下してるんだ」
「それはルークさんの被害妄想だニャ。イヨちゃんは純粋に文化の違いに感動して……」
「くっ……やるじゃない……!」
「にゃんですとおおおおッ!?」
俺達、精霊術師の戦いについて来るには、ユチはあまりにも純真で未熟だった。
その程度の実力で心理戦のプロを語るなど片腹痛いわ。家族を疑えるようになってから出直しな。
「ギャンブルの場ならそうするニャ。でも日常生活で信用出来なくなったら終わりニャ。というか時間がないって言ってるのに、なに2人でライヤーゲーム始めてるのニャ。仲間との旅行で道中ずっとリバーシやってるぐらい空気読めてないニャ」
……そこまでじゃないだろ?
全員をグルッと見渡したが賛同は得られなかった。イヨたんもまさかの裏切り。
「まぁ全部が全部嘘ってこともなさそうだし、褒めたテイで話を進めるけど、なんと言うか田舎には田舎のプライドがあるんだよ」
ヨシュアという町は、数年前まで『自然豊か』『食べ物がおいしい』『のんびりできる』といった、田舎を褒める時に使う言葉がピッタリ来る場所だった。
ロア商会の活躍もあって急成長したが、その時の気持ちを失ったわけではない。
アレだ。日本のド田舎もどこぞの部族にとっては十分都会みたいな。コンクリートの建築物があるだけでスゲーって言われて、「お前ンとこと比べんな」って腹を立てるみたいな。
実際は彼等もテレビ用に着飾っているだけで、電子機器をはじめとした現代文明のお世話になっているらしいが……。すべては江戸村的なサムシング。




