九百九十六話 お詫び完了
実は本気で探していたけど恥ずかしいから手を抜いたとか言っちゃったんだ。ツンデレさんになっちゃったんだ。
俺はそう自分に言い聞かせながらベルダン巡りを続けた。
最後にメデューサさんとレオンハルトの下を訪れ、片や『そんな話に興味ないからさっさと出て行け』、片や『武士のことをもっと聞かせろ』という、2人の熱量の違いに風邪を引きそうになりながら、なんとかミッションコンプリート。
詫びの品や長々とした話はないが、顔を出しておかないと拗ねそうなのでメルディとハーピーにも改めて礼を言い、ベルダンを後にした。
「ルナも、ミナも、ヘルガも、案外アッサリしてたわね。聖獣ってエルフ達にとって大切な存在なんでしょ? それが見つかったのに『あ、そう』で済ませるなんて」
「まぁ言って生存確認だけだからな。しかも自分で確認したわけじゃなくて又聞きの。これまで応じてたミナマリアさんの呼び出しを無視する理由もわかってないし」
その足で農場に立ち寄り、収穫作業中だったルナマリアに頼んで性悪メイドに邪魔されていた通話を親子ホットラインで繋げてもらい、娘や護衛……もとい世話係共々事情説明。
怒られるでも感謝されるでも帰還を喜ばれるでもなく、倦怠期の夫婦の如く淡泊に通話を終えた。
まぁ最後にルナマリアが、
「アンタのせいじゃないのはわかってるけど、あんまりフィーネに心配かけるんじゃないわよ」
「ああ。お前にも心配掛けたみたいだしな」
「な、何言ってるのよ! アタシは捜索に駆り出されて迷惑したんだから!
とにかく今後は気を付けなさい。アンタただでさえ巻き込まれ体質なんだから。トラブルの度に駆り出されてたら作業計画も何もあったもんじゃないわ」
と、お手本のようなツンデレを見せてくれたので良しとしよう。
友達の頼みだから断れなかった。彼女に言われなきゃ全力で探したりしなかった。もし次があっても仕方ないから探してやる。そうしないと友達が悲しむから。
いい言い訳が見つかって良かったな、ルナマリア。
それから俺達は、組織としてはヨシュア最後となる研究所に立ち寄り、ファンタジー世界で起きた夢のような体験を、時間が許す限り語った。
「精霊や微精霊に協力を仰がず、自然界に存在するエネルギーだけで鉄の箱を飛ばす、か……実に興味深いな」
「でもルーク君はそっちじゃなくて、地面を高速で這う電車(?)を作りたいみたいだよ。簡単だし、便利だし、安全だから。ならボク達も電車の仕組みづくりから取り掛かろうよ」
「リン先輩。こういった場合、大切なのは本人のやる気ではないでしょうか。2つの作業には関連性がありそうですし、同時進行で進めて、実現出来そうな方にシフトする形でも良いかと」
「……b」
「ミドリさんもそれが良いって言ってます! 私は電車派です! でも合成繊維の方が気になってます!」
すると、コーネルもリンもラッキーもミドリもカルロスも、頭が固いというか柔らかいというか、俺の話をアッサリ信じて魔道具で再現しようとあれこれ議論し始めた。
見て、触れて、味わったことのない、要するに経験値のない彼等では術式を頼っている限り……いや、これ以上は言うまい。『同じ仕組みで作った方が早いまである』ぐらいにしておこう。そこまで詳細に説明する知識は持っていないので、彼等のセンスに賭けるしかないわけだが……。
チャレンジする前から結論を出すには俺はあまりにも未熟だ。
「ったく……なんで戦いに役立つ情報を仕入れなかったのよ……」
明確な目標が出来て心弾ませる一同の楽しそうな様子を黙って見ていたアリシア姉が、苦々しい顔で呟く。
「何度も言っただろ。そういう世界じゃなかったって。俺が幼少期にアリシア姉から受けた厳しい指導の数々を話したら、子供達引いたんだぞ。
そこそこアクティブな子達でそれだ。学校の授業でしか運動しない子や、それを良しとする親や社会が聞いたら、頭がおかしいヤツってことでアリシア姉は更生施設に送られるかもしれないかもしれないぞ」
「あー無理無理。そういう平和と便利さの上に胡坐をかいたような世界、私には絶対無理」
自分には関係ないと言わんばかりの顔で(実際関係ないわけだが)、ヒラヒラと面倒臭そうに手を振るアリシア姉。
「しかも女だからって家事させられるんでしょ? 魔力とか精霊術とかないから筋力がすべてで、それが男より劣ってる女は出来る仕事が限られてて、女は女で結婚・出産したら仕事辞めるとか腑抜けたこと言ってるんでしょ?
そんなの学校に行く意味ないじゃない。勉強する意味ないじゃない。目的が決まってるなら最初から花嫁修業だけしてればいいじゃない」
選択肢を広げた結果、そこに辿り着くのだから、彼女の言っていることは間違ってはいない。
間違ってはいないが、一応前世でお世話になった世界なのでフォローしておこう。
「で、でも、こっちより断然少ないけど『上に行こう』『一生この仕事を続けよう』ってバリバリのキャリアウーマンも居るには居るからな? 学校はそういう人達の役には立ってるからな? 集団生活は楽しいし」
するとアリシア姉は「ハァ……」と深い溜息をつき、
「一部でしょ。ほとんどの女……いえ、男も女も、中学校、高校、大学ってこんなに分岐点があるのに、なんで役に立たない勉強ばっかしてるわけ? バカなの?」
「進みたい道が見つからないから取り合えず腰掛にしてるってのと、能力を見てもらうためには学歴が必要だから仕方なく通ってるんだよ」
「……10歳越えても将来の夢が決まってないとかあり得るの? 夢なんて放っておいて叶うもんじゃないでしょ。自分の力で叶えるものよ。なら突き進みなさいよ。門戸を開いてない企業はロクなとこじゃないから潰すべきね。
あっ、そうだわ! こっちみたいに中学校とは別に職業訓練所を作って、どっちに行きたいか子供に決めさせたら良いのよ! これなら学歴も能力も両立するじゃない!」
信じられないといった様子で自論……というか当然のことを言うアリシア姉。
「それを決めるのにプラス10年掛かる世界なんだよ。突き進んだ結果『失敗しました』『向いてませんでした』じゃ人生詰むから、みんな慎重になってるんだ」
「だからそれがなんでって聞いてんのよ。慎重になるのもおかしいわ。身に付けた技術を活かせるところに行くか、第二志望か二番目に得意な仕事をすれば良いだけでしょ?」
「向こうの連中は自尊心が強いから、失敗したら中々立ち直れないし、社会もそれを汚点として見下す傾向にあるんだよ。あと他人を蹴落としてでも生き残ろうとする人間が多過ぎる。なもんだから良いところはすぐに席が無くなる。優先的に座ろうと思ったら学歴が必要になる」
「私……そんな世界に生まれ変わったら絶望して自殺するかも……」
恋愛より戦い、結婚より称賛、出産よりワクワクを求めているアリシア姉にとって、地球という平和な星は地獄でしかないようだ。
面倒臭い社会との繋がりを持ちたくない、スローライフに向いていないとも言う。
家を出た時には詫びの品で埋め尽くされていた竜車の棚が心もとなくなった頃。
「皆への感謝とお詫びは終わったかい?」
まだ夕方にもなっていないので、友人達の家でも巡ろうかと思っていた俺の前に、家族一同が現れた……というか道すがらオルブライト家の前を通ったら呼び止められた。
「あとはファイ達んとこに行って終わりだけど……何か用か?」
「そうか。なら僕等も一緒に行こう」
「断る。なんで旧友との親睦を深めるのに、ほぼ初対面の大人達がゾロゾロついて来るんだよ。友達の家族と一緒に過ごす時間ほど気まずいものはないってわかってるだろ? 百歩譲って大人が一緒じゃないと行けない遠方とかなら良いよ。でもこれは違うだろ。正直アリシア姉でギリギリだよ」
マリク、エル、シャルロッテさんは家で待つようだが、他の、具体的には父さん、母さん、レオ兄はついて来る気満々だった。
こんなよく知らない連中に押し掛けて来られても迷惑だろうし、俺も迷惑だ。
「それじゃあ私はここまでね」
「ヘイヘイヘイ。まるで自分の役目を終えたように竜車を降りようとしてるアリシア姉。ヘイ」
「違うわよ。降りるのはアンタ。私は今からクロと一緒に旅に出る準備をするのよ。結構長いことこっちに居たからね」
「それは俺が求めてる答えじゃないぜ。ヘイ。事情を知ってるなら教えて欲しいんだぜ。ヘイ。邪魔者扱いしたことを怒ってるのかヘイ」
「怒ってないわよ。言ったでしょ。私はアンタが無茶苦茶しそなモグラ担当だって。猫の手食堂やベルダンもだいぶ怪しかったけど……まぁとにかくアンタが迷惑掛けたことを詫びたかったのは私も父さん達も同じなのよ。
昨日今日行ったのは父さん達より私の方が向いてる場所だったから私だっただけで、父さん達がやるっていうなら私が行く意味はないでしょ」
「つまり最初から分担制だったと? アリシア姉は純粋な謝罪のみで、父さん達は俺がファイやアリスに顔見せに行くついでに、パトリック家とエドワード家と仕事の話をするつもりだったと?」
「そうね。あと王都もね」
王族と仕事の話というのは気乗りするものではないが、リニアモーターカーを実現させるためには必要不可欠なわけで……。
(って俺、みんなにリニアモーターカーのこと言ってないよな? ってことはガウェインさんやユウナさんへの用件って、捜索で迷惑を掛けた謝罪と開拓地の調査報告だけ? そのためだけにオルブライト家の貴族担当が全員参加?)
白雪率いる第二陣は、父さん、母さん、レオ兄、フィーネの4人。
果たしてそれはヨシュアでの仕事を放り出してまですることだろうか? 1人ぐらい残っても良いのではないだろうか? むしろ同行者が1人で良いのではないだろうか?
「どうせ1人で行くつもりだったんでしょ。人との付き合いはそんな単純なものじゃないのよ」
「そんなことはわかってるよ」
チッ、読まれてたか……。
だがいささかやり過ぎな気がするのはたしかだ。
「侯爵家が全員ってどうなんだ?」
アリシア姉は実質護衛。貴族じゃない。というのは当人を含め全員が認識しているらしく、誰もツッコまない。
「それに謝罪なら色々な意味で関わりの深いユキも連れて行くべきじゃないか? 犯人の1人だし、暇人だし、セイルーン王家とは昔からの付き合いだし、フィーネ以上にウチとロア商会と王家を繋いでる存在じゃん」
「ユキは……ほら、アレよ……」
「うん。アレだね。だから今回は僕達だけで行くよ」
露骨にユキの不参加を表明する我が両親。
怪しい……絶対何かある……。




