九百九十五話 ベルダンに詫びも感謝も必要ねぇ!
「アンタ、本当にモグラのこと嫌いよね……」
ホネカワ、モグラ、セイレーン、ライムの4人と会い、そのうち3人にお詫びの品を渡した俺は、残弾を補充するためにベルダンの外へと引き返していた。
その道中。アリシア姉が、2件目から3件目への転移があまりにも早く、出来なかった話題を始めた。
挑発以外の何もしなかったことを責めているのだ。
「探すどころか心配すらしてないヤツに渡すもんも伝える感謝もねぇ! そもそも最初に喧嘩を売って来たのはあっちだ」
「だったらなんで2番目に顔出したのよ? 普通好きな順でしょ」
「ルーク先生の算数講座のはじまりはじまり~♪」
突然の脱線にキョトンとするアリシア姉。
俺は構わず続ける。
「R君は3人分のお詫びの品を持っています。最初に訪れたH君の家にはH君しか居らず、1つだけ渡しました。
問題です。2番目に訪れる家の条件は何でしょう!」
「残る品物は2つだから2人以下ね」
「そう! セイレーンとライムはセットだから、もしセイレーンのところに誰かが遊びに来てたら詫びの品が足りなくなる。よってあそこは候補から外れる。逆に部屋から出ないメデューサさんは1人確定だから品物は1つの時で良い。
残るメンバーの中で一番予想しやすいのがモグラだ。アイツのところに居る可能性があるのは、セイレーンとライムの2人だけ。
人間の文化に染まり切ってるシュナイダーは出禁喰らってるし、アラクネさんの巨体にあの通路は狭いし、レオンハルトは……」
「刃物に関しては私以上に戦闘狂で落ち着きないヤツだから、斬るもののないフロアに行くことはあり得ない。でしょ?」
「ああ。もしセイレーン&ライムコンビが来てたら2人に渡せば良いし、俺の知らない間に関係性が変わってたとしてもシュナイダー1人。
そしてシュナイダーと言えば自他共に認めるホモ蛇だ。自分の体に絶対的な自信を持つ自信家のセイレーンは、『は? 彼の方が美しいでござるよ?』と真顔でブサ男に軍配を上げそうなシュナイダーに近づかないだろう。
つまりモグラのところに詫びの品を渡すべき相手が3人居ることはない。だから2番目だったってわけ。その後どう転んでも品切れになることはないしな」
2人なら帰還、1人ならメデューサ、0人ならセイレーン。
「ちょっと待ちなさい。セイレーンはさっき候補から外したでしょ。誰か居るかもしれないって」
「アリシア姉が詫びの品を持ってるなんて知らなかったからな!!」
こういうことはすべて本人がやるべきだと言って、荷物持ちすら非協力的なアリシア姉が、何故か今回に限って詫びの品を隠し持っていたのだ。
「というか何故隠し持つ? 言えよ。言っとけよ」
「モグラ用によ。アンタのことだから誰が一緒に居ようと『お前にはやらないけどな』とか言って仲間外れにすると思ったから」
「そこまで意地悪じゃねぇよ!? 足りなかったら仕方ないで済ますけど、丁度だったら流石に渡すよ!?」
「済まそうとしてる時点でアウトよ」
フヒヒ、サーセン。
もしかしたら彼女が俺に同行した理由はそれだったのかもしれない。対モグラ用決戦兵器だったのだ。
だがしかし。断言しよう。モグラは例え品物を渡されたり感謝の言葉を贈られたとしても、俺以上の罵倒と挑発を持って台無しにしていたと。拒絶していたと。
俺達の関係はお互いを認め合うライバルなどではない。
それぞれの種族を一番にしようとしていて、一番に思っていて、そのためには邪魔な存在だが、排除したらしたで不利益を被るので手を出せない微妙な間柄。
それが俺とモグラだ。
でもそれで良いんだと思う。
一番になることを諦めるのも、自分の種族を守らないのも、太古の昔から続く伝統を廃れさせるのも、今の自分を捨ててでも姿形を合わせるのも、違うから。
だから俺達は今日も戦う。自分の種族が一番良いと胸を張って戦う。
役目を終えて今度こそ本当に荷物持ちを放棄しようとするアリシア姉をなんとか説得し、持ち物制限を1つだけ増やすことに成功した俺は、残る4人分の詫びの品をすべて持ち、再びベルダンに足を踏み入れた。
「シュナイダー。良いネタ仕入れて来たぞ」
「おおっ、誠でござるか!?」
メルディとハーピーを入れると9人目となる相手は、ベルダン一のオタクにして世界的大ヒットの恋愛冒険小説を生み出した才気溢れる大蛇、シュナイダー。
こちらはジョセフィーヌさんと違って人化している方が作業しやすいらしく、本来の姿ではなくキモオタ……もといヨレヨレのチェックのシャツとジーパンを身に纏い、服はキッチリズボンに入れ、ボサボサの髪と野暮ったい黒ブチメガネと猫背が印象的な、ボソボソ声でデュフデュフ言っているぽっちゃり系男子となっている。
この印象操作でメディアを批難するかどうかは人によるだろう。
ひと目でオタクとわかる恰好が広まったせい(お陰)で、ネタにしやすくなったし、相当な数の作品に出演してオタクというものへの関心が深まった。
ちなみに俺は賛成派。
行き過ぎた印象操作は、今もなおマスゴミが健在であることを教えてくれる、重要なファクターだしな。日本男児はチョンマゲで帯刀してるみたいなもんだ。
話を戻して――。
このシュナイダー、『鳴かぬ(泣かぬ)なら鳴かせて見せよう男達』をモットーに、強者の力を使って無理矢理BL展開を生み出す厄介オタクだったりする。
「デュフフ……流石はルーク殿。拙者の期待を裏切らないでござるな」
「任せろ。お前の力は俺の作ろうとしてる世界に必要だからな。これからもガンガンネタを提供する頑張ってくれよ」
止められないなら適度にエサを与えて被害を抑えるしかない。
本来は主であるベーさんや仲間達の仕事なのだが、コイツが一番喜びそうな話題を持っているのが俺というのだから仕方ない。
ベーさんにはアイスを、メルディには空想話とゴッコ遊びを、シュナイダーにはBLネタになりそうな友人達とのやり取りと作品づくりに役立つ異世界情報を。
得られるのは、タメになる情報だったり、協力だったり、面白さだったり、人々の関心だったり、俺と彼等の間にはギブアンドテイクが成り立っている。
「それとこっちは探してくれたお礼だ」
俺は両手いっぱいに抱えていた箱(まぁ話の邪魔になるからシュナイダーと会った瞬間に地面に置いたが)の1つを手渡す。
普通は詫びの品を先に渡すものだが、相手が何よりも望んでいるのは体験談なので、マニュアルやマナーなんてクソ喰らえと後回しにした。
「拙者、ルーク殿を捜索している時に良い感じの冒険者パーティを見つけ、ついいつもの調子で魔獣をけしかけてワクワクしていたでござる」
「俺はお前達の友達じゃなかったのか!? 今んとこまともに俺を探してたの誰一人居ないぞ!?」
返って来たのは謙虚な心でも頑張ったアピールでもなく、衝撃の事実。
せめてもうちょっとオブラートに包んでもらいたい。ここまで露骨に優先順位を下げられると結構傷付く。
「む? 全員が参加したはずでござるが?」
「お前やモグラのを参加と呼ぶ程度にはな!」
メルディとハーピーは上司に怒られない程度にダラダラと、遠方担当のジョセフィーヌさんは移動中に、近隣担当のゴーレムさんは町でトラブルが発生してそちらに掛かりきりとなり、モグラは言わずもがな。
「おや? ホネカワ殿とライム殿とセイレーン殿は?」
「あいつ等、専門分野が他の強者と被ってんだよ」
ホネカワは知らないが、ライムとセイレーンは世界中の水面・雪面・氷面を一瞬で把握可能な精霊王のせいで出番がなかった。
それでも自分達にも何か出来ることがあるかもしれないと必死になるのが友情というものだが、3人はそれに甘えてベーさんとライブの練習をしていたらしい。
まったりティータイム。たま~に活動しているバンドチームの名だ。
ちなみに、このあと会いに行く武士レオンハルトは、真面目に捜索してくれていたサイとソーマの代わりに臨時メンバーとなっている。
「サボりは感心せんでござるなぁ……」
意味があるかないかはともかく居なくなった友達の捜索と、何となくで急遽開催した練習のどちらを優先するのが正しいかは、言うまでもないと思う。
まだ挨拶回りは残っているので詳しい話はまた後日にしてもらい、暇を持て余したアリシア姉がBL本に手を伸ばす前に話を切り上げ、10人目。
「アラクネさんは俺のこと探してくれたよな?」
『え……? あの……』
もはや友人度を確かめるためにしている挨拶回りの記念すべき10人目となったのは、その身1つですべてのファッションを手掛ける巨大蜘蛛のアラクネさん。
普段はこのようにオドオドしているが、衣服のこととなっても性格が変わらない、個性豊かなベルダンメンバーの中では珍しい無個性な人だ。
「どうやって探してくれたんだ? 世界中の蜘蛛と会話が出来たり、糸を繋げた相手や空間のことを何から何まで把握出来たり、特殊な魔法陣を編み上げたりしたのか?」
『わ、私は……その……そ、そんな感じです……』
「そうかそうか。俺が聞いた話では、外国の蜘蛛から興味深い文化を教えてもらって、捜索そっちのけで新しい服づくりに励んでいたらしいけどな」
『ううぅぅ……す、すみません……私が広めた物が予想だにしない形状になっていたので、どういう経緯でそうなったのか調べたくなってしまって……つい……』
「いやいや、良いんだよ。それに比べたら俺が異世界から仕入れた情報なんて全然大したことないわけだし。合成繊維とか再生繊維とか半合成繊維とか、木材パルプとか石油とか、ぜ~んぜん必要ない知識なわけだしぃ~」
『~~~ッ!!』
四つん這いの蜘蛛ならいざ知らず、下半身が全身の8割を占める半人半妖のアラクネ族の土下座を見た人間は、相当少ないはずだ。
なんかこう……シャチホコみたいになってた。ボディバランスと腕力が強くないと出来ない芸当だった。
「アンタのところからは見えなかったの? 下半身は糸で支えてたわよ」
……まぁ楽しようと謝罪は謝罪だ。本当に無理だったのかもしれない。でも気弱な人だからそれを言う勇気がなかった。だから許す。
ただ言っておくぞ。次もこうなるとは思わないことだ。
イーさんにも言ったが、仏の顔は三度まででも俺は気分次第なんだ。




